魔性の瞳-11◆「邂逅」
■ヴェロンディ連合王国/王都シェンドル/王宮(祝宴にて)
彼女との出会いは、シェンドルでのことだった。
北の魔国撃退を期に、それまで延期していたフリヨンディのアーサー王とヴェルナのアン・コーデリア姫との正式な婚姻を取りかわす祝いの宴。すなわち、ヴェロンディ連合王国結成の祝宴であり、ヴェロンディ連合王国初代国王アーサー1世の正式な戴冠を祝う宴でもある。
その時の私は、堕聖剣士という頚木からは解き放たれていたが、それでも“阿修羅”は常に持ち歩いており、多くの者から避けられていた。
華やかな宴。優雅な音楽が奏でられ、人々は談笑しているか、あるいは音楽にあわせて踊っている。
そんな中、私は壁際で酒のグラスを片手に無表情にあたりを眺めていた。
当然のことながら、私の周囲に人影はない。
退屈な時が流れ、来場者の顔触れが次第に地位の高い者に変化してゆく。
「・・・マーガレット・レムリア・オフ・ヴェロンディ。アーサー新王陛下の妹君!」
名前が呼ばれ、あたりの者がざわめく。
『ドゥームセイヤー』(災厄を告げる者)、『魔性の瞳』などの異名でも知られるアーサー王の腹違いの妹姫。
こうした宴の席には滅多に顔を見せぬ人物らしい。
もっとも、その時の私には、そのようなことなど知る由もなかったが。
おそらく、そうした理由のせいもあったのだろう。人々の好奇の視線を浴びながら、その姫君は二階の大扉から広間への階段を下りてきた。そして、階段の中ほどにある踊り場でふと立ち止まると、広間を埋め尽くす人々をゆっくりと見渡してゆく。彼女の視線を向けられた者たちが、まるでその視線を避けるかのように、そそくさと他の方向を向くのがわかった。
そんな周囲の様子を見てとり、私は初めてその姫君に少しだけ興味を持った。少し目を細めて、踊り場に立つ彼女を見る。彼女の視線が壁際の私のところで一瞬だけ止まった。
「・・・・・・」
やがて凍りついた時は再び流れ始める。
彼女は人々に関心を失ったかのように視線をはずし、再び階段を降り始めた。
人々は彼女の動きを気にしながらも、少しほっとしたように会話を再開する。その話題の中心は、あらためて言うまでもなく、気まぐれに姿を見せたその姫君のことなのだろう。
私もまた彼女への関心を失い、退屈そうに酒のグラスを乾していると、やがて人垣がわかれ、件の姫君があらわれた。
「エリアド・ムーンシャドウさま、ですね。」
夜空を想わせる深い双眸。
「私は・・・」
「・・・マーガレット・レムリア、だったか?」
私は無表情に応じた。
「・・・はい。」
「私に、何か用か?」
一瞬の逡巡。そして、双眸に宿る意志・・・。
「・・・一曲、踊っていただけませんか?」
「・・・・・・」
若い姫君の口から発せられたその言葉に、私は“不覚にも”虚を突かれた。
思わず唇の端に浮かぶ冷やかな微笑み。
「・・・私が、どのような者かを知った上でのお誘いか?」
皮肉っぽい口調で聞き返す。
「では、エリアドさまは、私がどのような者か御存知ですか?」
彼女は視線を逸らそうとはしなかった。
「・・・知らぬ。」
「ならば、お互い様ではありませんか。」
「・・・そうだな。」
そして、彼女はエスコートを待つかのように、その細い腕を差し出した。
今回は、新たに登場した“魔剣士”エリアドの視点からの物語です。暫く、レムリアの視点とエリアドの視点が交互に続きます。尚、「魔性の瞳-10」でレムリアがヴェルボボンクを旅立ってから、一年の歳月が過ぎています。