お稲荷さまのまんじゅう (童話15)
夏休みが終わるころ。
ボクとノリスケ君は、となり村へと続く山道を歩いていた。その日、となり村にいる友だちと遊ぶ約束をしていたのだ。
山をのぼりきったところで、道の脇に小さなお稲荷さまが見えた。このお稲荷さまのホコラには石のキツネが座っている。
いつもはそのまま前を通りすぎる。
でも、この日。
キツネの前だれがやけに赤く見えた。
気になってホコラの中をのぞくと、やわらかそうなまんじゅうが三つ供えられていた。
食べる気なんてなかったけど、
「まんじゅうがあるぜ。なあ、いただいて食っちゃおうよ」
ノリスケ君をからかうつもりで、ボクはホコラに手を入れて、まんじゅうを取るまねをしてみせた。
「やめるんやー、やめとけって!」
ノリスケ君がかけ寄ってきて、いきなりボクの腕をつかみ、ころびそうになるほど強く引っぱった。
「いてえよ! はなしてったら」
ふりほどこうとしたが、ノリスケ君はどうしても手をはなそうとしなかった。それからお稲荷様からはなれたところで、奇妙な話を始めたのだった。
「あのお稲荷さまのことなんやけど。去年、すっげえ不思議なことがあったんや」
「なんだよ、不思議なことって?」
「オレのクラスにいたミヤサトって、ほら、覚えてるやろ? 去年の四月に転校して来て、二学期が始まる前にいなくなった……」
「そんなヤツ、おったか?」
ミヤサトなんて名前にまったく覚えがなかった。クラスが別で、それも一学期しかいなかったせいかもしれないけど。
「やっぱりな」
ノリスケ君はがっかりしたようだが、それでも話をやめなかった。
「去年のちょうど今ごろ、ミヤサトとな、あのお稲荷さまの前を通ったんよ。それで今日みたいに、まんじゅうが三つあって……。ミヤサトのヤツ、まんじゅうを取って食ったんだ。神さまのバチが当たるんがこわいんで、オレはよしたけどな。で、アイツはみんな食って……」
「そんで、バチが当たったっていうんか?」
「そうなんよ。まんじゅうを食ったあと、アイツが消えちゃったんだ」
「消えた? ノリスケ君、消えるのを見たんか」
「そこんとこは見てねえけどな。別れてからずっと会わなかったんで、気がついたんは二学期になってからなんよ」
「じゃあ、いつ消えたんや?」
「わからんけど、二学期になっても、ずっと欠席したままなんよ。それで先生に聞いてみたらな、ミヤサトなんておらんて言われたんや。クラスのみんなに聞いても同じやった」
「からかわれたんじゃねえのか。ソイツ、夏休みのうちに転校していったとかは?」
「オレもそう思ってな。ミヤサトの家に行ってみたんよ。けどな、おねえさんが出てきて、そんな子はいないって」
「その人、ほんとにおねえさんだったんか?」
「まちがいねえよ。オレ、遊びに行って、いっしょに話したことがあったもん」
「そんなら、ほんとにへんだよな」
「それでオレ、話すのやめたんよ。この話をするたんび、みんなからバカにされるんでな」
そこまで話すと……。
ノリスケ君はボクの顔をじっと見つめた。
その目には、ボクだけには信じてほしい。そんな思いがありありとうかがえた。
でも、ボクは信じなかった。
むしろ、ひどくまじめくさった顔で、そんな話をするノリスケ君のことがおかしくてしかたなかった。
「なあ、からかってんだろ。だってそんな話、だれだって信じられるわけねえだろ」
「ほんとなんだから」
それっきり……。
ノリスケ君は転校生の話をしなくなった。
帰り道。
お稲荷さまが見えたところで、ボクはお稲荷さまにかけ寄った。来るときからかわれたので、仕返しにまんじゅうを食べておどろかせてやるのだ。
「コイツを食ったら、消えちゃうんだったよな」
ボクはおおげさに言って、それからまんじゅうをひとつ手に取ってみせた。
「やめろー」
ノリスケ君が叫びながら走ってくる。
バチが当たるわけがない。キツネの神さまがいることだって、ウソに決まってるんだ。
食べようとしたとたん、
「やめろって!」
ノリスケ君に腕を引っぱられ、ちょっとかんだところで、まんじゅうは口から出てしまった。
「よかったよ、まだ食ってねえで。それ、早く返した方がいいって」
「わかったよ」
お稲荷様にマンジュウをもどしてから、ボクはニヤリと笑ってみせた。
「なあ、おどろいた?」
「あ、あ、あ……」
ノリスケ君がボクの口元を指さし、目をまん丸にしている。
「ど、どうしたんだよ?」
「歯が、前歯がなくなってる。ほら、まんじゅう、かんだからだよ」
「なに、今ごろ言ってんだよ。おとなの歯がはえるんで抜けたんよ。来るとちゅう、そのこと話したじゃねえか」
「そんなの聞いてねえよ。だってオレ、さっきまで前歯があったの見てるもん」
「ウソじゃねえって。だいいち抜けた歯、ノリスケ君にも見せたじゃねえか」
「見てねえ。そんなの見てねえよ」
「そん歯、ここにあるんだからな」
抜けた前歯は記念として持っている。
ボクはハンカチをポケットから取り出した。
ところが………。
ハンカチにくるんであった前歯がいつのまにか消えていた。
「おい、あれを見てみろよ。ついてるぞ。ほら、ちゃんと歯のあとが」
ノリスケ君が指さしたまんじゅうには、きれいにそろった前歯の歯形がついていた。
「そんなあ!」
朝に歯をみがいたとき、たしかに前歯はあったような……。
ボクは急にそんな気がしてきたのだった。