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常夜の月界、女神の社にて、接吻は続く。
「んむ……ちゅぱ。ちゅ……んふ、むぅ……」
「くちゅ、ぢゅぷ……ちゅく、くぅっ! ……んっ」
揺れる篝火に照らされながら、唇を求め合う、妖美なる饗宴。
豊かな黒髪の巫女、緋魅呼が、銀髪の童女姿の、月の女神、月海輝夜之比売と唇を重ね、精気を捧げている。
「ちゅ……ふぁっ。んむぅ、む、ぷぅ……」
「くぷ。ふぅっ……ん。ちゅぶ、くちゅぅ……」
夜空のお月様は、寂しかったのかもしれない。
精気尽きざる巫女、緋魅呼と出会い半月、日に日に女神の求める接吻は長くなっていく。
「ちゅ……ん……っ!」
一際深く吸い合った後、ゆっくり唇を離す。
とろりと、銀色の蜜が、舌と舌の間を垂れた。
指は絡めたまま。
熱っぽく潤んだ瞳で、見つめ合う……。
かと思えば、女神が赤くなって怒り出した。
「す、吸い過ぎじゃ。ばかっ」
お互い、口の中は少女の味でいっぱいだ。
「こ、この色情魔! 予は、神様なのじゃぞ!?」
「……なによ。昨日は早めにやめたら、怒ったくせに」
色情魔呼ばわりされて……緋魅呼は頬を膨らませる。
恥ずかしいのを我慢してるのは、同じなのに。
ふぁさ、と黒髪をかき上げながら、睨んでやる。
「別にいいですよーだ。やめたって。私は接吻しなくても、生きられるんだから」
ふと疑問に思い、質問。
「……ねえ、神子様。貴女って、乙女と接吻以外の食事方法は、無いの?」
すると女神は、幼い顔をぼぼぼ、と紅潮させて、消え入りそうに羞じらった。
「あ、有るが……言えぬ」
態度で、緋魅呼も察して赤くなる。
「ああ……。もしかして、まぐわ」
「言うでないわ、ばかものぉぉ!?」
吠えた子猫のように息を切らせつつ、女神はまた赤くなって、
「と、とにかくじゃ。その……そなたら人の子の間では、接吻とは好きおうた者同士でするのじゃろう? 予とて、こうも長く一人のおなごと吸い合うのは初めてで……恥ずかしいのじゃ」
存外素直に本音を吐露されて、緋魅呼は。
「そっか。……順番が、逆だったね」
とても、腑に落ちた。
そうだ。気付けば、簡単なこと。
少女同士唇を吸い合うのは、嫌じゃない。けれど、どこか物足りなさを感じていた。
それは。その理由は。
(巫女の使命で嫌々、とかじゃなくて。「好きな人」と、接吻はしたいよね)
女神、月海輝夜之比売を見る。
お月様が女の子の形を取ったような、清らかな美貌。
でも、偉い神様のくせに、怒ると年下の……妹がいたら、こんな感じだろうか……ただの童女みたいな。
……可愛らしい、女の子。
「私は、神子様のこと、好きだな」
はにかみながら言ってみると、女神さまは驚いた顔をしたけれど。
本当の気持ちなので、隠さずに伝えてみた。
「ねえ。友達に、なろうよ」
夜空のお月様は、綺麗で、でもちょっぴり寂しそうで。
星になって、寄り添ってあげたいと思った。
「……本気か、そなた?」
疑わし気に見てくる女神の唇を、指で押さえて。
「そなたじゃなくて、ヒミコ。……これだけ接吻しておいて、今さら他人行儀じゃない?」
女神は頬を染め、嬉しそうに……一瞬は見えたが、すぐに冬の月のように影を帯びて。
どうせ人の子は、先に逝ってしまうくせに。
ずっと寄り添い合うなど、できもしないくせに、と。
つぶやいた。
けれど、それが何だというのだろう。
緋魅呼は、女神の頬を抱き、顔を近付けて、
「それって、友達にならない理由に、なる?」
ちゅ、と、口づけた。
甘く痺れる、接吻の誘惑。
万の言の葉よりもなお、親愛の魂を伝えてくれる……唇と唇の逢瀬。
きっと、永遠の時よりも……この刹那は、満たされている。
望月の、欠けたることも、無きがごとくに。
「……ちゅ。ん……む、ちゅぷ。ふぅっ……、んく」
「ん……!? ふ、ふやぁ……んん……」
受け入れた証か、拒まず吸われるままの女神は、照れ隠しのように目尻をきつくしながら、
「ひ、ひとつだけ。条件が有る」
なに、神子さま?と尋ねる緋魅呼へ。
その、神子さまと呼ぶのを止めよと。
「……ツクミと呼べ。親しい神は、そう呼ぶ」
儚き人の身の緋魅呼と、共になるのを受け入れた。
それが嬉しくて、緋魅呼は、
「ちゅぅっ♪ んー、ぷちゅ、くぷぅ♪ んぐ……ふぅっ、ちゅぷ……んむぅ♪」
「ふぅっ! んふ……、くぅっ! るちゅ、んくぅ♪ んっ……ん」
これでもかと、親愛を表現した。
「ちゅ……ふ、ん。むぅっ……んく、くぷぅ……るぷ、るぷぅ」
「るちゅ、んー……。ふくぅ、ん……! ず、ちゅっ、ちゅぅん……!」
月の世界の、女神の社にて。
終わることなく奏でられる、甘い水音。上擦った吐息と、衣擦れ。
乙女と乙女。
人と神。
ヒミコとツクミ。
星と月。
睦み合う接吻は、孤独な月を慰める、巫女神楽。
これより始まるは、けして手の届かぬ夜空の月に恋した、少女の物語である。
※ ※ ※
月の社より遠く離れた、天の宮。
朱塗りの鳥居が霞むほど目映い光に溢れた、神の社にて。
「ちゅ……んぷ。む、くぅ……ふぅっ!」
金の髪をした、豊満な肢体の女性に唇を吸われて、
「んっ……、あぅぅぅ……っ!」
巫女の少女が意識を失う。
「あらあらー。困りましたわね。わたくし、ちっとも足りませんのよ?」
唇を吸い足りないらしい、金の髪の女性……太陽の女神は、ぽん、と手を打った。
「ふふ、そうだわ。ツクミちゃんのところに、贄を分けて、もらおうかしらー」