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月花 百合神楽  作者: 百合宮 伯爵
壱の神楽
7/10

7

 常夜の月界、女神のやしろにて、接吻くちづけは続く。


「んむ……ちゅぱ。ちゅ……んふ、むぅ……」


「くちゅ、ぢゅぷ……ちゅく、くぅっ! ……んっ」


 揺れる篝火かがりびに照らされながら、唇を求め合う、妖美なる饗宴。

 豊かな黒髪の巫女、緋魅呼ヒミコが、銀髪の童女姿の、月の女神、月海輝夜之比売ツクミカグヤノヒメと唇を重ね、精気を捧げている。


「ちゅ……ふぁっ。んむぅ、む、ぷぅ……」


「くぷ。ふぅっ……ん。ちゅぶ、くちゅぅ……」


 夜空のお月様は、寂しかったのかもしれない。

 精気尽きざる巫女、緋魅呼と出会い半月、日に日に女神の求める接吻くちづけは長くなっていく。


「ちゅ……ん……っ!」


 一際深く吸い合った後、ゆっくり唇を離す。

 とろりと、銀色の蜜が、舌と舌の間を垂れた。


 指は絡めたまま。

 熱っぽく潤んだ瞳で、見つめ合う……。


 かと思えば、女神が赤くなって怒り出した。


「す、吸い過ぎじゃ。ばかっ」


 お互い、口の中は少女の味でいっぱいだ。


「こ、この色情魔! 予は、神様なのじゃぞ!?」


「……なによ。昨日は早めにやめたら、怒ったくせに」


 色情魔呼ばわりされて……緋魅呼は頬を膨らませる。

 恥ずかしいのを我慢してるのは、同じなのに。


 ふぁさ、と黒髪をかき上げながら、睨んでやる。


「別にいいですよーだ。やめたって。私は接吻くちづけしなくても、生きられるんだから」


 ふと疑問に思い、質問。


「……ねえ、神子みこ様。貴女って、乙女と接吻くちづけ以外の食事方法は、無いの?」


 すると女神は、幼い顔をぼぼぼ、と紅潮させて、消え入りそうに羞じらった。


「あ、有るが……言えぬ」


 態度で、緋魅呼も察して赤くなる。


「ああ……。もしかして、まぐわ」


「言うでないわ、ばかものぉぉ!?」


 吠えた子猫のように息を切らせつつ、女神はまた赤くなって、


「と、とにかくじゃ。その……そなたら人の子の間では、接吻とは好きおうた者同士でするのじゃろう? 予とて、こうも長く一人のおなごと吸い合うのは初めてで……恥ずかしいのじゃ」


 存外素直に本音を吐露されて、緋魅呼は。


「そっか。……順番が、逆だったね」


 とても、腑に落ちた。

 そうだ。気付けば、簡単なこと。


 少女同士唇を吸い合うのは、嫌じゃない。けれど、どこか物足りなさを感じていた。

 それは。その理由は。


(巫女の使命で嫌々、とかじゃなくて。「好きな人」と、接吻はしたいよね)


 女神、月海輝夜之比売ツクミカグヤノヒメを見る。

 お月様が女の子の形を取ったような、清らかな美貌。

 でも、偉い神様のくせに、怒ると年下の……妹がいたら、こんな感じだろうか……ただの童女みたいな。

 ……可愛らしい、女の子。


「私は、神子みこ様のこと、好きだな」


 はにかみながら言ってみると、女神さまは驚いた顔をしたけれど。

 本当の気持ちなので、隠さずに伝えてみた。


「ねえ。友達に、なろうよ」


 夜空のお月様は、綺麗で、でもちょっぴり寂しそうで。

 星になって、寄り添ってあげたいと思った。


「……本気か、そなた?」


 疑わし気に見てくる女神の唇を、指で押さえて。


「そなたじゃなくて、ヒミコ。……これだけ接吻くちづけしておいて、今さら他人行儀じゃない?」


 女神は頬を染め、嬉しそうに……一瞬は見えたが、すぐに冬の月のように影を帯びて。


 どうせ人の子は、先に逝ってしまうくせに。

 ずっと寄り添い合うなど、できもしないくせに、と。

 つぶやいた。


 けれど、それが何だというのだろう。

 緋魅呼は、女神の頬を抱き、顔を近付けて、


「それって、友達にならない理由に、なる?」


 ちゅ、と、口づけた。

 甘く痺れる、接吻くちづけの誘惑。

 万の言の葉よりもなお、親愛の魂を伝えてくれる……唇と唇の逢瀬。


 きっと、永遠の時よりも……この刹那は、満たされている。

 望月もちづきの、欠けたることも、無きがごとくに。


「……ちゅ。ん……む、ちゅぷ。ふぅっ……、んく」


「ん……!? ふ、ふやぁ……んん……」


 受け入れた証か、拒まず吸われるままの女神は、照れ隠しのように目尻をきつくしながら、


「ひ、ひとつだけ。条件が有る」


 なに、神子みこさま?と尋ねる緋魅呼へ。

 その、神子みこさまと呼ぶのを止めよと。


「……ツクミと呼べ。親しいものは、そう呼ぶ」


 儚き人の身の緋魅呼と、共になるのを受け入れた。


 それが嬉しくて、緋魅呼は、


「ちゅぅっ♪ んー、ぷちゅ、くぷぅ♪ んぐ……ふぅっ、ちゅぷ……んむぅ♪」


「ふぅっ! んふ……、くぅっ! るちゅ、んくぅ♪ んっ……ん」


 これでもかと、親愛を表現した。


「ちゅ……ふ、ん。むぅっ……んく、くぷぅ……るぷ、るぷぅ」


「るちゅ、んー……。ふくぅ、ん……! ず、ちゅっ、ちゅぅん……!」


 月の世界の、女神のやしろにて。

 終わることなく奏でられる、甘い水音。上擦った吐息と、衣擦れ。


 乙女と乙女。

 人と神。

 ヒミコとツクミ。

 星と月。


 睦み合う接吻くちづけは、孤独な月を慰める、巫女神楽。


 これより始まるは、けして手の届かぬ夜空の月に恋した、少女の物語である。


 ※ ※ ※


 月のやしろより遠く離れた、天の宮。

 朱塗りの鳥居が霞むほど目映い光に溢れた、神のやしろにて。


「ちゅ……んぷ。む、くぅ……ふぅっ!」


 金の髪をした、豊満な肢体の女性に唇を吸われて、


「んっ……、あぅぅぅ……っ!」


 巫女の少女が意識を失う。


「あらあらー。困りましたわね。わたくし、ちっとも足りませんのよ?」


 唇を吸い足りないらしい、金の髪の女性……太陽の女神は、ぽん、と手を打った。


「ふふ、そうだわ。ツクミちゃんのところに、ごはんを分けて、もらおうかしらー」

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