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「ちゅっ……んぐ。ふぁ……ちゅぷぅ」
「くちゅぅ……んっ。ふ……んむぅ……」
月の世界の、ほの暗い木の浴室で。
湯浴みをしながら、女神、月海輝夜之比売と緋魅呼は唇を重ねていた。
「……んっ。ふぁぁ……ちゅっ。むぅん、ちゅぷぅ……」
ヒトがまだ、国家さえ持たない時代。
入浴という風習が一般的でない神代のこと、浴室を所有するという自体が、貴人の証でもある。
それゆえにか、少女2人産まれたままに肌をさらして、唇を求め合う行為が……淫靡なものでなく、清らかな禊の儀式にも見える。
「ちゅぅっ……ふぅ、んん! むぅっ……く、うっ」
「ちゅぅ……んー、ふぅ。ふぃっ! む……ちゅぱぁ」
やがて。
「も、もうよいっ。いつまで、予の唇を吸うのじゃ!」
赤く灼熱した顔で、唇を離したのは、女神の方だった。
月海輝夜之比売。月の明かりを糸にして束ねたような銀の髪と、真紅の瞳が美しい、月の女神。
人の身でいえば10歳ほどか、浴室ではだけた真白い身体は無垢で幼く……八重歯を見せて照れ怒る表情と相まって、童女にしか見えないが……れっきとした最高神の一柱である。
「ふ、風呂の中でまで、予に触って……。な、なんなのじゃそなたは!?」
「なんなのじゃって……、か、身体を洗ってあげてるだけでしょう!?」
怒られた方も、顔を赤くして言い返す。
贄の巫女、緋魅呼。星瞬く夜闇の色の、長い黒髪と、黄昏時の夕陽の色をした、赤い瞳。まだあどけなさを残した顔立ちに似ぬ、豊かな胸。
女神ともども裸で、浴室の中、騒ぎ合う。
「だ、だいたい神子様が、背中を流せと言ったのじゃない。その……恥ずかしいんですよ? こんな、人に裸を見せることなんか、ないんだから」
「し、仕方なかろう。人を、減らしてしまったのじゃから。湯浴みを手伝う者がおらんのじゃ」
緋魅呼が来て、10日ほどが経った。
女神にどれだけ唇を吸われても精が尽きぬ彼女がいれば、百もの巫女は不要。
今まで彼女たちの糧は、長い長い雲の階段を通って、下界から捧げさせていたが……その重荷を考え、半数以上の巫女を下界へ帰したところだ。
「だ、だが、それはそれじゃ! 唇を吸えとは、言うておらん」
一糸纏わぬ、幼い女神……羞恥にか、白い肌を火照らせて、
「あ、朝も昼も、夜も……こんなに、唇を吸い合ったではないか。予はもう、飢えてないぞっ」
唇を、なぞった。
「それとも……」
じろり、と睨んでやりながら、女神は聞く。
「そなた、そんなに予の唇が、欲しいのか?」
「……」
返ってきたのは沈黙と、百の言の葉より語って余りある、緋魅呼の真っ赤な表情。
怒ったような、反論しようとするような……でも、「唇が吸いたい」と肯定してやまない、羞じらいの顏。
「な、なんとか言わぬかぁ!?」
「そ、その、私だって、こんなの初めてで。……嫌じゃ、ないって、いうか」
口ごもりながら、頬を染めて睨み返す緋魅呼。
すっと掌で女神の頬を包み、接吻する近さで、問いかけてくる。
「神子様こそ、どうなんですか。変な気持ちに……ならないの? 唇を吸って」
言って恥ずかしくなったか、視線を逸らして、
「ま、まあ、神子様にとっては、お食事なのでしょうけど。私たち人間には、特別なことというか……って、ふぇぇぇ!?」
緋魅呼に驚かれた、そのわけは。
月海輝夜之比売自身が戸惑うくらいに、顔が熱くなっていたから。
夜と闇を司る月の女神が、ただの生娘になって、羞じらっていたから。
初めて。そう、初めてなのだ。女神にとっても。
接吻で、乙女の精を吸う女神。けれど、一人と、一人だけと、こうも唇を吸い合うことは今までに無くて。
ただの食事。それ以外の感情が、この行為に芽生え始めたことに、戸惑いを禁じ得ない。
「……ごめんなさい。変なこと、聞いた」
ぎゅっと、裸の胸に抱き締めて、緋魅呼は謝る。
そうしていると、姉妹のようだ。
と、
「……ちゅっ」
意を決して、幼い女神は、緋魅呼へ口づけた。
赤くなる彼女へ、もじもじしつつ、
「……嫌とは、言うておらぬ」
今の素直な気持ちを、吐き出してみた。
「嫌では、ない。そなたと口づけるのは。……だから、予が求めた時は、く、接吻をせよ」
予がしたい時だけだぞ?と、銀の髪を弄りながら念を押すと、
「ちゅぅっ♪ ん、むぅ……くぅ、ふぅぅ……っ!」
燃える頬の緋魅呼に、浴室の木床へ押し倒され、唇を吸われた。
「ふにゅ!? よ、予がしたい時だけと、言ったではないかぁ!?」
ぴちゃ、ぴちゅ。ちゅぷ、ちゅぷん、と。
月の女神の社、天界の風呂に、少女同士の旋律が響いた。