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月花 百合神楽  作者: 百合宮 伯爵
壱の神楽
6/10

6

「ちゅっ……んぐ。ふぁ……ちゅぷぅ」


「くちゅぅ……んっ。ふ……んむぅ……」


 月の世界の、ほの暗い木の浴室で。

 湯浴みをしながら、女神、月海輝夜之比売ツクミカグヤノヒメ緋魅呼ヒミコは唇を重ねていた。


「……んっ。ふぁぁ……ちゅっ。むぅん、ちゅぷぅ……」


 ヒトがまだ、国家さえ持たない時代。

 入浴という風習が一般的でない神代のこと、浴室を所有するという自体が、貴人の証でもある。


 それゆえにか、少女2人産まれたままに肌をさらして、唇を求め合う行為が……淫靡なものでなく、清らかなみそぎの儀式にも見える。


「ちゅぅっ……ふぅ、んん! むぅっ……く、うっ」


「ちゅぅ……んー、ふぅ。ふぃっ! む……ちゅぱぁ」


 やがて。


「も、もうよいっ。いつまで、予の唇を吸うのじゃ!」


 赤く灼熱した顔で、唇を離したのは、女神の方だった。

 月海輝夜之比売ツクミカグヤノヒメ。月の明かりを糸にして束ねたような銀の髪と、真紅の瞳が美しい、月の女神。

 人の身でいえば10歳ほどか、浴室ではだけた真白い身体は無垢で幼く……八重歯を見せて照れ怒る表情と相まって、童女にしか見えないが……れっきとした最高神の一柱である。


「ふ、風呂の中でまで、予に触って……。な、なんなのじゃそなたは!?」


「なんなのじゃって……、か、身体を洗ってあげてるだけでしょう!?」


 怒られた方も、顔を赤くして言い返す。

 にえの巫女、緋魅呼ヒミコ。星瞬く夜闇の色の、長い黒髪と、黄昏時の夕陽の色をした、赤い瞳。まだあどけなさを残した顔立ちに似ぬ、豊かな胸。


 女神ともども裸で、浴室の中、騒ぎ合う。


「だ、だいたい神子みこ様が、背中を流せと言ったのじゃない。その……恥ずかしいんですよ? こんな、人に裸を見せることなんか、ないんだから」


「し、仕方なかろう。人を、減らしてしまったのじゃから。湯浴みを手伝う者がおらんのじゃ」


 緋魅呼が来て、10日ほどが経った。

 女神にどれだけ唇を吸われても精が尽きぬ彼女がいれば、百もの巫女は不要。

 今まで彼女たちの糧は、長い長い雲の階段を通って、下界から捧げさせていたが……その重荷を考え、半数以上の巫女を下界へ帰したところだ。


「だ、だが、それはそれじゃ! 唇を吸えとは、言うておらん」


 一糸纏わぬ、幼い女神……羞恥にか、白い肌を火照らせて、


「あ、朝も昼も、夜も……こんなに、唇を吸い合ったではないか。予はもう、飢えてないぞっ」


 唇を、なぞった。


「それとも……」


 じろり、と睨んでやりながら、女神は聞く。


「そなた、そんなに予の唇が、欲しいのか?」


「……」


 返ってきたのは沈黙と、百の言の葉より語って余りある、緋魅呼の真っ赤な表情。

 怒ったような、反論しようとするような……でも、「唇が吸いたい」と肯定してやまない、羞じらいの顏。


「な、なんとか言わぬかぁ!?」


「そ、その、私だって、こんなの初めてで。……嫌じゃ、ないって、いうか」


 口ごもりながら、頬を染めて睨み返す緋魅呼。

 すっと掌で女神の頬を包み、接吻くちづけする近さで、問いかけてくる。


神子みこ様こそ、どうなんですか。変な気持ちに……ならないの? 唇を吸って」


 言って恥ずかしくなったか、視線を逸らして、


「ま、まあ、神子みこ様にとっては、お食事なのでしょうけど。私たち人間には、特別なことというか……って、ふぇぇぇ!?」


 緋魅呼ヒミコに驚かれた、そのわけは。

 月海輝夜之比売ツクミカグヤノヒメ自身が戸惑うくらいに、顔が熱くなっていたから。

 夜と闇を司る月の女神が、ただの生娘になって、羞じらっていたから。


 初めて。そう、初めてなのだ。女神にとっても。

 接吻くちづけで、乙女の精を吸う女神。けれど、一人と、一人だけと、こうも唇を吸い合うことは今までに無くて。

 ただの食事。それ以外の感情が、この行為に芽生え始めたことに、戸惑いを禁じ得ない。


「……ごめんなさい。変なこと、聞いた」


 ぎゅっと、裸の胸に抱き締めて、緋魅呼は謝る。

 そうしていると、姉妹のようだ。


 と、


「……ちゅっ」


 意を決して、幼い女神は、緋魅呼ヒミコへ口づけた。

 赤くなる彼女へ、もじもじしつつ、


「……嫌とは、言うておらぬ」


 今の素直な気持ちを、吐き出してみた。


「嫌では、ない。そなたと口づけるのは。……だから、予が求めた時は、く、接吻くちづけをせよ」


 予がしたい時だけだぞ?と、銀の髪を弄りながら念を押すと、


「ちゅぅっ♪ ん、むぅ……くぅ、ふぅぅ……っ!」


 燃える頬の緋魅呼に、浴室の木床へ押し倒され、唇を吸われた。


「ふにゅ!? よ、予がしたい時だけと、言ったではないかぁ!?」


 ぴちゃ、ぴちゅ。ちゅぷ、ちゅぷん、と。

 月の女神の社、天界の風呂に、少女同士の旋律が響いた。

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