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まだ神と人とが共存していた、神代と人代の狭間。
八百万の神々へ、人々は贄を捧げ、その代償に守護を得ていた。
そして世界の半分、夜の領域を司る、月の女神の社。
雲海の上から遥か、人界を見下ろす、神の社では。
「……ちゅっ。ふぅっ、んむぅ……」
「くぷ、ふぁ……んっ!」
巫女装束の少女たちが、唇を求め合っていた。
まだ幼さを頬に残した乙女たちの、濃密な接吻。
「……ちゅ、ん……」
否。
積極的に唇を吸う側の少女は、人の身ではあるまい。
多くが黒髪であるこの地の民には見られない、月光を束ねたような銀の髪。
血の色、炎の色の……妖しき緋の瞳。
歳の頃こそ十を越える程度かに見えるが、真白な肌に纏った神気は、月そのものが娘の形を取ったかと疑われる。
「ちゅぱ、んむ……ふぅっ。……足りぬ。まだ足りぬ。そなたの精気、もっと、予に捧げよ……」
「ふぅっ……んむぅ!」
唇ごと精気を吸われたように、もしくはまことに吸われたか。
銀の髪の少女が唾液を吸うと、吸われた巫女は甘い声を上げ……そのまま倒れた。
「ふぁ……あぁ。くぅっ……」
「……なんじゃ、だらしのない。次の娘、これへ」
つまらなそうに鼻を鳴らし、銀の髪の少女が呼ぶと。
社の壁際に待機していた巫女たち……十か二十はいようか、が恥ずかし気に頬を染めながら、順番に進み出るのだった。
「……んっ、むぷぅ……ふ」
「ふくっ! んむぅ……ん!」
月の社にて、続く接吻、接吻、接吻。
これは、月の女神へと贄を捧げる儀式。
「ちゅ……んっっ!」
銀髪の幼子……夜と月とを支配する女神へ、唇を介して乙女の精を捧げる、奉納の儀式なのだ。
「ちゅぱっ、くぅっ! んむ、ふぁ……」
「ちゅぷ、ちゅぷ……ん、みゅぅ……!」
月の女神は、汚れなき乙女の精気しか好まない。
集められた巫女達は、各地から集められた、霊力の高い生贄であるが……、
「ふぁぁ……! み、神子さまぁ、もう……お許しをぉ……」
「ちゅぷっ、ちゅぷっ、ちゅぷっ。んむ、ちゅぅぅ……っ」
神は人を慮らず。
ただ望むままに、貪欲なまでに、喰らい尽くすのみである。
「……ちゅ、んんぅ……♪」
神の名は、月海輝夜之比売。
夜の闇で人界を優しく包み、穏やかな眠りを約束する、最高神の一柱。
容姿こそ幼い少女のこの神は、しかし一夜に百のくちづけを贄と求める、強欲な神であった。
「ちゅぷぅ、んむ。くぷっ、ふぅぅ……っ。んむ、んむぅ……♪」
「ちゅぱぁ、く……ふぁぁぁ……っ!」
ただの人間に、彼女の相手が務まるものではない。
今宵も幾人もの少女たちが、神子に唇と、唾液と精気を吸われ尽くして、気を失うのだ。
「あ、あの……神子様。私、慣れてなくて……は、恥ずかしいです」
今宵初めて社に昇った少女が、頬を染めて羞じらう。
すると銀髪の女神、月海輝夜之比売は、唇を舐めて微笑んだ。
「知らぬな。そなたたちが予に供物を捧げぬなら……どうなるか、わかっておろうな?」
神は人のために在るのではない。
乙女たちが接吻で精気を捧げなければ、この無慈悲な女神は地上を見捨て……人の世に夜は訪れなくなる。
燃える日光が休まずに大地を焦がし、稲穂は実らず、人々は飢え苦しむだろう。
「ちゅっ……♪ んんっ、むぅ……♪ くぷ、くむぅぅ♪」
ゆえに女神は、やりたい放題。
気の向くままに乙女の唇を奪い、精を吸い取るのであった。
「ちゅぷ、くぅっ! んむ、んん……ふぅっ。んくー、んんっ!」
「ちゅっく、ちゅくぅ……んむっ。むぅっ、ふぁぁ……♪」
……これは、遠き遠き、神々の御代のこと。
神と人とが言葉を交わし、唇を重ねていた……はるか昔。
乙女の精を吸い生きる月の女神と、ある少女の物語である。
※ ※ ※
文字通り雲の上、天界の社で、女神が唇を吸っている頃。
その真下、昼の世界の地上では、
「ここね。大ばば様の言っていた、月の神子の邦は」
巫女の装束をした、艶やかな黒髪の少女が、小さな村へとたどり着いていた。