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月花 百合神楽  作者: 百合宮 伯爵
壱の神楽
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1

 まだ神と人とが共存していた、神代かみよ人代ひとよの狭間。

 八百万やおよろずの神々へ、人々はにえを捧げ、その代償に守護を得ていた。


 そして世界の半分、夜の領域を司る、月の女神のやしろ

 雲海の上から遥か、人界を見下ろす、神の社では。


「……ちゅっ。ふぅっ、んむぅ……」


「くぷ、ふぁ……んっ!」


 巫女装束の少女たちが、唇を求め合っていた。

 まだ幼さを頬に残した乙女たちの、濃密な接吻。


「……ちゅ、ん……」


 否。

 積極的に唇を吸う側の少女は、人の身ではあるまい。

 多くが黒髪であるこの地の民には見られない、月光を束ねたような銀の髪。

 血の色、炎の色の……妖しき緋の瞳。


 歳の頃こそ十を越える程度かに見えるが、真白な肌に纏った神気は、月そのものが娘の形を取ったかと疑われる。


「ちゅぱ、んむ……ふぅっ。……足りぬ。まだ足りぬ。そなたの精気、もっと、に捧げよ……」


「ふぅっ……んむぅ!」


 唇ごと精気を吸われたように、もしくはまことに吸われたか。

 銀の髪の少女が唾液を吸うと、吸われた巫女は甘い声を上げ……そのまま倒れた。


「ふぁ……あぁ。くぅっ……」


「……なんじゃ、だらしのない。次の娘、これへ」


 つまらなそうに鼻を鳴らし、銀の髪の少女が呼ぶと。

 社の壁際に待機していた巫女たち……十か二十はいようか、が恥ずかし気に頬を染めながら、順番に進み出るのだった。


「……んっ、むぷぅ……ふ」


「ふくっ! んむぅ……ん!」


 月の社にて、続く接吻、接吻、接吻。

 これは、月の女神へとにえを捧げる儀式。


「ちゅ……んっっ!」


 銀髪の幼子……夜と月とを支配する女神へ、唇を介して乙女の精を捧げる、奉納の儀式なのだ。


「ちゅぱっ、くぅっ! んむ、ふぁ……」


「ちゅぷ、ちゅぷ……ん、みゅぅ……!」


 月の女神は、汚れなき乙女の精気しか好まない。

 集められた巫女達は、各地から集められた、霊力の高い生贄であるが……、


「ふぁぁ……! み、神子みこさまぁ、もう……お許しをぉ……」


「ちゅぷっ、ちゅぷっ、ちゅぷっ。んむ、ちゅぅぅ……っ」


 神は人をおもんぱからず。

 ただ望むままに、貪欲なまでに、喰らい尽くすのみである。


「……ちゅ、んんぅ……♪」


 神の名は、月海輝夜之比売ツクミカグヤノヒメ

 夜の闇で人界を優しく包み、穏やかな眠りを約束する、最高神の一柱。


 容姿こそ幼い少女のこの神は、しかし一夜に百のくちづけを贄と求める、強欲な神であった。


「ちゅぷぅ、んむ。くぷっ、ふぅぅ……っ。んむ、んむぅ……♪」


「ちゅぱぁ、く……ふぁぁぁ……っ!」


 ただの人間に、彼女の相手が務まるものではない。

 今宵も幾人もの少女たちが、神子みこに唇と、唾液と精気を吸われ尽くして、気を失うのだ。


「あ、あの……神子みこ様。私、慣れてなくて……は、恥ずかしいです」


 今宵初めてやしろに昇った少女が、頬を染めて羞じらう。

 すると銀髪の女神、月海輝夜之比売は、唇を舐めて微笑んだ。


「知らぬな。そなたたちが予に供物を捧げぬなら……どうなるか、わかっておろうな?」


 神は人のために在るのではない。

 乙女たちが接吻で精気を捧げなければ、この無慈悲な女神は地上を見捨て……人の世に夜は訪れなくなる。

 燃える日光が休まずに大地を焦がし、稲穂は実らず、人々は飢え苦しむだろう。


「ちゅっ……♪ んんっ、むぅ……♪ くぷ、くむぅぅ♪」


 ゆえに女神は、やりたい放題。

 気の向くままに乙女の唇を奪い、精を吸い取るのであった。


「ちゅぷ、くぅっ! んむ、んん……ふぅっ。んくー、んんっ!」


「ちゅっく、ちゅくぅ……んむっ。むぅっ、ふぁぁ……♪」


 ……これは、遠き遠き、神々の御代のこと。

 神と人とが言葉を交わし、唇を重ねていた……はるか昔。


 乙女の精を吸い生きる月の女神と、ある少女の物語である。


 ※ ※ ※


 文字通り雲の上、天界の社で、女神が唇を吸っている頃。

 その真下、昼の世界の地上では、


「ここね。大ばば様の言っていた、月の神子みこくには」


 巫女の装束いでたちをした、艶やかな黒髪の少女が、小さな村へとたどり着いていた。


 

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