<第7話> またいつもの日々へ
ついに成し遂げた。
龍殺しという、英雄たちの偉業を。
他の誰でもない俺が。
俺の目の前で、邪龍が光の粒へとなって空へ消えていく。
まるで邪龍は俺を祝福するように、俺を包み、溶けていった。
俺の中へ、俺の内側へ。
心は澄み渡っていた。
これが達成感か。
長いようで短かった。
俺の中で自信が生まれ始めていた。
「…………」
――龍、消えちゃったじゃん。
狩った証がない。
――なんて説明すりゃいいんだ?
殺したけど消えちゃいました。
「うーん」
額を貫いて、すぐさま首を切り離さなければいけなかったのだろうか。
「……嘘だろ?」
あのガキは何と言ったか。
龍を狩ってこい、と言ったのだ。
なら別に戦利品など要らんということだろう。
そうだ。
そういうことにするか。
★
鏡を見れば一目瞭然だった。
俺の顔の左半分に、奇妙な刻印が浮かび上がっていた。
「やったのか」
サソリのおっさんが俺をじろじろと見回してつぶやいた。
城にひっそりと戻ると、まっさきに見つかって観察されたのだ。
気持ち悪い。
「それは龍殺しの刻印。存在が許される限り、お嬢様に仕えよ鎧」
言い切って、さっさとどこかへ行くサソリ老人。
カサカサと嫌な足音だ。
早朝ということもあって、城はしんと静まり返っている。
我がご主人様は眠りについたころだろう。
廊下ですれ違うゴブリンたちに激励され、主人の部屋へとたどりつく。
機会があれば、城の魔物たちと話してみるのもいいかもしれない。
お嬢様にはあまり従者が近寄らないために、俺も接する機会がないのだ。
お嬢様が嫌がっているのか、それとも。
後継者争いとかいう面倒なものもあるらしいので、深くは考えない方がいいだろう。
それにしても俺ががんばったってのに、迎えがこれっぽちか。
人間の英雄だったら、街に帰ったらパレードだぞ。
シャンパンタワーだぞ。酒を浴びて人にもみくちゃにされるんだぞ。
いや、別に羨ましくないな。
これくらいつつましい方がいいかもしれない。
それにしても。
「刻印か」
顔に恥ずかしいものを書かれたものだ。
英雄たちが英雄だとわかるのは、雰囲気とかオーラとか、仲間の口上とかでなく、刻印だったか。
分かりやすいように、功績を刻んでくれるとは。
いいんだか悪いんだか。
螺旋階段を上り、三階の角部屋へついた。
絵画が掛けられた廊下をあるく。
赤いじゅうたんの先には、メイド服姿の女性がひとり。
「おかえりなさい、クラディウスさん」
ふんわりと笑いかけてくるノイルさん。
「やり遂げたようですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
礼を言うと、またにっこりとほほ笑んでくれる。
朝の薄影の中で、ノイルさんの白磁のような肌がうかんでいた。
その病的なまでに白い肌と、透明感のある雰囲気。
黒から赤へと移り変わるようなグラデーションの髪。
たれ目と、大きくふくらんだ胸部。
くちびるの右下にあるほくらがチャームポイントメイドさん。
「お嬢様はまだ起きておられますよ」
「ん、そうなのですか」
「ええ」
ノイルさんは食事に行くと言って下へ降りて行った。
扉の先には我がご主人様。
魔物にノックの文化はない。
できるだけ物音を立てずに開ける。
「クロード」
窓際に腰かけたエルジェイドが俺の名を呼んだ。
こちらも見ずに、顔を西へと向けている。
日が昇る方角だ。
「綺麗だと思わない? この人間界は」
うっすらと顔を出し始める朝日。
ぼんやりと朝日がエルジェイドの横顔を照らしていた。
「均衡が取れているわ。美醜の天秤がつり合ってるのよ
そう、この世界はワタシにこそふさわしい」
流し目でこちらをうかがってきた。
俺に会話に付き合うセンスなんてなかった。
突っ立たまま、視線をエルジェイドに合わせただけだ。
「フフフ、クロード。ワタシは魔王になる。兄たちを殺して、聖王も殺す。
クソの天使たちなんて欠片さえ残さないわ。
そして、天界も支配する。
魔界と冥界、人間界と天界、そうついでに精霊界も支配してやってもいいわ。
聖徒も聖人も、熾天使も天神さえも。
ワタシに歯向かう者は皆殺し。従う者だけ生かしてやってもいい。
そしてワタシは子を造らない。
永遠に生きて、永遠にこの世界たちはワタシのもの」
どう反応すればいいかわからなかった。
ただ俺は黙って、エルジェイドを見ていた。
「ワタシのクロード、世界をワタシに捧げるのよ」
★
クラディウスを部屋の外に待機にさせると、エルジェイドはベッドに寝そべった。
にやにやと笑って、天井を見つめる。
「フフフ」
やっぱり父と冥府のサソリが創っただけある。
二人は心配していたけれど、なんのことはなかった。
クラウディウスはしっかりとワタシの命令通りに、龍を殺してきたのだ。
クラディウスはワタシの騎士で、ワタシのもので、ワタシの力だ。
無口なのがちょっと残念だけど、それはまあいい。
邪龍がどんな特性なのかわからないままだが、問題はない。
クラディウスが強いと証明されただけで十分だ。
「なによブラッド、必要なかったじゃない」
クラディウスはワタシに従っている。
ブラッドから貰った魔法薬を使う時は来ないだろう。
飲めば、一度だけ”完全魅了”を使える魔法薬。
使うならクラディウスだ。
これから配下を増やしていくにしても、クラディウス以上は出てこないだろう。
「そうね……次は――」
エルジェイドはまだまだ眠らない。