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悪の鎧騎士物語  作者: うろこ
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<第4話> 俺と邪龍さんの100日戦争:一日目

 俺は鎧になって、お嬢様のしもべとなった。

 なったからには、お嬢様の命令には従わなければならない。

 逆らったところで、俺にどうにかなるとも思えないからだ。


 それにしても竜かよ。

 いきなりハードル高すぎるんじゃないだろうか。

 最初はチュートリアルとしてほら、スライムとかさ。

 そういうのがあってもいいだろう。

 だが、現実はゲームのようにはいかない。


 俺はたった一人で、荒れた山肌を闊歩していた。

 ありがたいことに疲労はない。

 ずっと歩き続けることができる。

 竜の住まう山々。

 遠いかと思えば、すぐそこだ。

 城の裏山に竜が住んでいるとか。

 少し冒険っぽいのを想像していた俺の期待は見事に裏切られた。


「……誰もいないな」


 スライムもドラゴンもいない。

 人間もいない。

 誰もついてきてくれない。

 当たり前か。

 お嬢様が俺に与えた命令だしな。


 茶色の地面と、急な勾配の斜面。

 小さい石ころがころころと斜面をころげおちていく。

 登れないことはないが、いつまでも頂上が見えない。

 この山々を越えたら、神聖帝国か。

 後ろを振り返る。


 城と鬱蒼と暗い森、そして岩の壁。

 あの岩の壁の下に洞窟があるんだろう。

 その洞窟を抜ければ、共和国連邦。


「行ってみたいな……」


 今は俺だけだ。

 今が逃げ出すチャンスなんじゃないか?

 ――いいや、今の俺はまともじゃない。

 鎧なのだ。

 人間社会では生きていけない。


「ああ……」


 武装もくそもない。

 楯もない。剣もない。

 俺は鎧のままで山を歩き続ける。


 遠方から、龍の嘶きがきこえた。




   ★




『独りでいかせたのかエルジェ』


 サンドリラス城・玉座の間。

 玉座前に鎮座する円卓で、父と娘が向かい合っていた。

 二人の兄はそれぞれ冥府と魔界を任されているために、ここにはいない。


「ええ、そうよ」

『考えあってのことか娘よ』

「もちろん!」


 キャッキャとはじけるように笑うエルジェイド。

 デザートである魔界特産のベロの実をほうばって、父を上目遣いでみる。


「クラディウスに箔を付けさせようと思ってね」

『そうか』

「心配してなくてもいいのよパパ、クロードは必ずやり遂げるから。見張りも監視もいらないわ」

『ふむ』


 龍狩り。

 それを成し遂げたものは、一人として漏れず歴史に名を遺すことになる。

 それほど強大な力の持ち主なのだ。


 それに、山を登ったとしても龍と会えるかどうかさえわからない。

 嘶きだけで姿を現さないことがあるのだ彼らは。

 神話の住人たちは気まぐれだ。

 気に入ったやつしか相手にしない。

 あの動鎧にそれだけの器があるかどうか。


「フフ、クロードは闇龍、黒龍、魔龍、死龍。そのどれかしら。ゼラスは極龍(きょくりゅう)だったのよね」

『ああ、四天王でさえゼラスだけだ』


 エルジェイドがあげた中で、特性がわかっているのは魔龍のみ。

 倒せば、膨大な魔力を手に入れるという魔龍だ。

 しかし倒すには、その魔龍の強大な魔法をねじ伏せる必要がある。

 闇龍か、黒龍か、魔龍か、死龍か。

 龍は世界序列に組み込まれないために、その強さがわからない。

 

 

 ルドラークはグラスに入った美酒をあおる。

 ――我の世代では一歩足りぬのだ子どもたちよ……

 天界との戦争を引き継ぐ後継者を決めなければならない。

 雄である二人の息子と、雌であるエルジェイド。


 ルドラークは沈黙を保ったまま、窓の方に視線をむける。

 天高くそびえたる山々がある。

 そして、龍の嘶きが響いてきた。 




   ★




 自分の種族は動鎧(リビング・メイル)であるとオーガのゴンズから聞いていた。

 あの手がちょっとねっちょりした、あのオークだ。

 

 リビングメイル。

 動く鎧だ。

 死んだ武者の魂が、死してなお怨霊になって、その鎧に取り憑いたとか何とか。

 

 ――俺、死んでなくね?


 死んでもないし武者ですらない。

 ならこれは夢なのか。

 俺がくそ寒い三月の早朝に、見ている夢なのだろうか。

 

「……」


 右手をにぎにぎしてみる。

 ゆっくりと開かれる鎧の指。

 見上げてみれば、どんよりと曇った空とそびえ立つ山々。

 どこか遠くで龍が鳴いている世界。


 そんな摩訶不思議な世界が、圧倒的現実感をともなって俺の眼前に広がっている。

 夢であってもいい。

 くそな現実よりも一千倍マシだ。

 鎧になったとしても、どこかの物語の主人公のように、竜退治に出かけにゆけるのだから。




   ★




 邪悪をかたどったような鎧騎士が黙々と山を登っていた。

 その気配はまさしく死霊石のそれで、その濃厚なオーラに幾匹の龍が引き寄せられていた。

 そのなかで我が往くと、他を押しのけたのは、邪を司る龍だった。


 黒でもない。

 魔でもない。

 死でもない。

 闇でもない。


 そんな邪悪の騎士を邪龍は観察する。

 武装もない、丸腰の全身鎧。

 その核にあるのは、虚無の属性だ。


 魔さえ拒絶する圧倒的な無。

 邪龍には真眼を持たないが、それが判別できていた。

 魔龍が相手していれば、あの鎧にかすり傷一つつけることさえできなかっただろう。


 魔術と魔法に対する絶対的な防御だ。

 魔王の城から単独で挑んできた鎧。


 その鎧騎士が邪龍のテリトリーへと足を踏み入れようとしていた。

 すでに場は整っている。

 他の奴らは追っ払ってある。


【鎧よ、何を求める】


 邪龍は潔く姿を見せた。

 その巨体がのっそりと岩壁から出現し、鎧騎士の歩みが止まる。


 答えが返ってくるはずのない問いであった。

 だが無駄と知りつつ邪龍は問いかける。


【鎧よ、何処へ往く】


 鎧騎士はただこちらを見つめていた。

 邪龍の巨大な顎を凝視しているようにも思えた。


「…………」


 鎧騎士がその右の手のひらを邪龍へとかざしてきた。

 その手には何も握られていない。

 

 だが邪龍はわかっていた。

 リビングメイルとは本来そういう種族だ。

 実体を持たないがゆえに、虚像をつくりだす。

 武装がないのなら、その魂が武装となる。


 一本のロングソードがにぶく輝いていた。

 その剣先が邪龍の左目をとらえている。


「ぉ……」


 鎧騎士がわずかに声を発する。


【鎧よ、何を求める】


 そのロングソードが地へとおろされた。

 剣先が茶色の地面をえぐる。

 鎧騎士にはまるで戦意が感じられなかった。

 

 一度下を向き、そしてまた鎧騎士は邪龍を見上げた。

 答える。



「さあ……?」


 その奇妙な答えは、妙に似合っていた。  

 次の瞬間、邪龍の尾が鎧騎士に襲い掛かった。

 戦いの幕が開ける。

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