フォーリンラブは魔弾と共に‐‐ドロシー・クールル 2
「まあ!」
一目でドロシーは恋に落ち、愛に溺れた。
赤い糸の伸びる先。ドロシー・クールルの運命の相手。
右手の小指が赤い糸で結ばれたその彼は腿を振り上げて歯を食い縛り走っていた。
両目は見開かれ軽く血走っている。外聞をかなぐり捨てた様に息を切らし、それでも真っ直ぐに男は手を伸ばしている。
その顔の何と生気に満ちた事か。
堪らずドロシーは頬に両手を当てた。
「居た居た居たわ! 何て綺麗な顔をしているのかしら! 良いわ良いわ素晴らしいわ! こんなに綺麗な顔見た事無い!」
ドロシーのゴーグルで遮られた両眼の先、そこには白い少女を抱えた青年を追いかけるキョンシー達、を追いかける男の姿が在った。
一瞬でドロシーの魔眼は男の正体を見破った。
「なるほど、あなたはドッペルゲンガーなのね! いえ、もどきと言った方が正しいかしら? あなたは何故そんなに必死に走っているの? そんなに顔を綺麗に歪めて! ああ、気に成るわ気に成るわ気に成るわ! あなたの全てが気に成るわ!」
ドロシーはいやんいやんと両腕で抱いた体をくねくねとさせた。
一目惚れだ。ドッペルゲンガーもどきたるその男を見た瞬間、ドロシーの思考は彼に満たされた。平たく言ってしまうならばドストライク。ドロシー・クールルの魂が、彼が運命の相手だと叫んでいたのだ。
間違いない。ドロシーの指から伸びているこの赤い糸は本物だ。
ドロシーにとって初めての恋が心を燃やし、最上の愛が臓腑を満たす。
慧眼の魔女を持ってしても抗えないその〝愛〟という感覚にドロシーは悶える。
心臓を締め付け、一転して爆発しそうなこのトキメキを冷静に処理できない。
「ああ、ああ、ああ! もうイッちゃいそう!」
感情の奔流がピークに達そうとした正にその時、眼下の光景に変化が起きた。
突如として上空百メートルほどの場所に裂け目が生まれたのだ。
即座にドロシーは裂け目が異世界から繋がっていると理解する。
「あら? いきなりどうしたのかしら?」
これはとても珍しい。稀に異世界と繋がる時はあるが、それには偶発的で超常的な減少が不可欠だった。だが、どうやら、眼下の裂け目は人為的に、おそらく剣か何かで切り裂かれた事で生まれた物だった。
くねらせていた体を一時停止し、その裂け目を観察していると、脈絡も無くその裂け目から質量を持った斬撃が下方のキョンシー達へと振り下ろされ、
「あ」
爆発した。
直近の爆風に巻き込まれドロシーのダーリンが空を舞う。その様はまるでゴム人形。
同時に裂け目からドロシーが初めて見る鋼材で作られた剣を持つ男が地面へと降り立った。
ドロシーは呆然と爆風に巻き込まれて地面に倒れた運命のダーリンと剣士が近付いた青年と少女を見比べ、数秒後スッと眼を細めた。
「………………………………殺す」
ドロシーは懐から指揮棒の如き紫色の杖を取り出し、宙へ大規模な魔法式を書き下す。
瞬時に世界は慧眼の魔女の命令に従い、下方の不届き者へと極大の魔弾を放った。