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役者は揃いて頁を捲る‐‐クライン・バンカー 1

 クライン・バンカーは魔王ゾルフレアからクロッドガルドの人々を救った勇者だ。


 魔王と勇者の戦いは熾烈を極めた。剣戟が飛び、魔法は互いの体を焼き、半死人の体になりながらも捥ぎ取った勝利だった。


 彼と言う人間が居なければクロッドガルドの人類は滅ぼされていたに違いない。


 けれど、個人が世界を救った代償は大きかった。


 魔王という国を単体で滅ぼる、事実幾つもの国を滅ぼした存在をただ独りで殺す事の出来た勇者をクロッドガルドの全てが恐怖した。


 人々は恐怖した。勇者の剣が自分達へ向く事を。


 もしも、クラインがその気になれば自分達全員が滅ぼされる。仮にクラインに世界を滅ぼす気が無かったとしても、その力をただ一人保持した存在を世界は許さなかった。


 もしも、ゾルフレアを倒したのがクライン一人ではなかったのなら、きっと世界はクラインを受け入れただろう。誰かが牙を向いたとしても他の誰かがその牙を折るからだ。


 だが、現実はそうではなかった。クラインは半死半生に成りながらも孤軍奮闘で世界を救ってしまった。


 人々の幸せを願って剣を振るったのにも関わらず、救った後の世界にクライン・バンカーの居場所は無かったのだ。


 そしてクラインは絶望し、逃亡の果て、ある丘のはずれでその剣を振るった。


 ここではない何処かへ、自分の事を誰も知らない何処かへ繋がる、次元の裂け目を切り裂いたのだ。



 絶望しながらの新天地にてクラインが初めて聞いた言葉は悲鳴だった。


「誰でも良いからヘルプミー!」


 クラインは驚愕した。自分にとって異世界だと言うのに言語を理解出来ている。


 どうやら精霊の加護はまだ残っているらしい。クロッドガルドを渡り歩いている間、この加護のおかげでクラインは言語圏の違う地域に行ったとしても会話に不自由しなかった。


 何時までこの加護が続くか分からないが、とりあえず、クラインは次元の裂け目から顔を出し、声の主を探した。


 どうやら、クラインが切り裂いた次元の裂け目は上空百メートル程の所にあるらしく、声の主はちょうどその真下を走っているようだ。


「……アンデッドか?」


 どうやら声の主たる青年はアンデッドの集団に襲われている様だ。クラインが初めて見る額に呪符を貼り付けた不死者。青年は真っ白な少女を抱えて彼を追うアンデッド達から全力で逃げている。人一人を抱えているのにも関わらず中々の速度だ。


 チャキ。


 無意識にクラインの左手は右腰に括り付けた剣の柄を握っていた。


 クライン・バンカーの半生は全て人々の救済に当てられていたと言っても過言では無い。本能染みた習慣とも呼べるその呪いが無意識に左手を剣へと伸ばさせたのだ。


「……いや、僕はもう勇者じゃない」


 ハッとクラインは抜こうとした剣の刃を押し留めた。聖剣エラ。自分を支え続けたその刃をもう振るいたくなかったから異世界に来たのではなかったのか?


 勇者が自問自答している間にも、青年とアンデッドの距離はジリジリと詰っていく。後数秒もすれば捕まってしまうだろう。


 クラインの左手は主の意思に反して柄から離れない。


「……異世界の住人に挨拶をするのも良いかな」


 そう理由付ける事にした。目の前で死なれても目覚めが悪い。彼を助けて色々と情報を尋ねる事としよう。新天地の住人に恩を売って損は無い。


 音も無くクラインは聖剣エラを抜き、下方百メートル先のアンデッド達へ向けてその刃を振り下ろした。


 剣圧は質量を持った斬撃となり、寸分の狂いも無くアンデッド達へ吸い込まれ、


「あ」


 そして爆発する。


 爆風に押され前方へと吹き飛ばされる青年と白い少女の姿にクラインはしまったと声を出し、すぐさまトンッとジリジリと閉じようとする次元の裂け目から飛び降りた。


 最後に眼を向けたクロッドガルドの丘は穏やかに美しかった。



「ごめん。やり過ぎた」


「いや、助けてくれたみたいだから気にしないでください」


 クラインはライオットと名乗る青年とリアンと言う少女へまず頭を下げた。威力を加減したつもりだったが、どうやらこの世界の空気にまだ自分は慣れていないようだ。


 見るとアンデッド達の体は爆散し、周りの店や家が無残な事に成っている。品々を見る限り肉屋が最も悲惨だろう。


 クラインが起こした爆発に巻き込まれたにも関わらずライオットの体に異常は無いようだ。擦り傷などは見受けられるが、骨や筋を痛めているようには見えない。多少なりとも鍛えているのだろう。


「ところで、あなたは?」


 パタパタと体に付いた砂埃を落としたライオットがクラインへと問いかける。


 そう言えば倒れたライオットに手を貸す時、彼らの名前を聞いてはいたけれど、自分の名前を名乗っていなかった。


 クラインは習慣的に名乗ろうとし、一瞬躊躇った。


 勇者として人類から逃げ回っている間、クラインは偽名を使って逃亡していたのだ。逃亡の記憶が名乗らせる事を一瞬止めたのだ。この新たなる世界に勇者クライン・バンカーの存在を知っている者などいないはずなのに。


 その一瞬の躊躇の内に、少女が口を開いた。


「彼はクライン・バンカー。こことは異世界クロッドガルドの人々を魔王ゾルフレアから救った勇者です」


 クラインは眼を見開いた。


 何故、この白髪のリアンと言う少女は自分の事を知っているのか。


 まさか、まだ自分はクロッドガルドに居たままなのか。


「勇者? 異世界? 何言ってんの? というかさ、そろそろ俺にも色々と説明してくれない?」


 だが、ライオットの反応から見てどうやら彼はクロッドガルドの事を知らない様だ。


 ますますクラインは困惑した。一体この少女は何なのか。


「君は一体何なんだ?」


「全知の書たる私が質問に答える事を許されているのは第一読者、つまりライオット・シュタインからだけです。クライン・バンカー。あなたの質問には答えられません」


 クラインはたまらずライオットを見たが、ライオットの方が困惑していた。


「すまん。色々と訳分からない。まず、全知の書って一体何だよ?」


「今は質問に答える事が難しいと考えられます。ライオット、空から慧眼の魔女、ドロシー・クールルが来ます。率直に言いまして、屈まなければ死ぬと思われます」


 リアンの言葉にクラインは視線を空へと向ける。


 そこには箒に乗ったゴーグル姿の魔女が居た。

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