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役者は揃いて頁を捲る‐‐ミン・ヤオ 1

 深夜、ドリームシティを歩く男女が居た。


 黒の道士服に身を包んだ壮年の男、ミン・ヤオの腕を、桃色のチャイナドレスを着た少女、リー・メイレイがきょろきょろとあたりを見渡しながら引いている。せわしなく動く体につられ、少女の二房に結んだ黒髪がヒョコヒョコと揺れ動いている。


 丑三つ時である事を除けば、親子が歩いている微笑ましい光景に見えないことも無かったが、メイレイの異様さがそれをさせなかった。


 メイレイの額には紅い漢字が書かれた呪言の札が貼られている。おどろおどろしいその札が快活な少女の口調と不協和音を奏でていた。


 しかし、陽も昇らない深夜という空間に対して、ヤオとメイレイの異様さは酷く馴染んでいる。


 メイレイはミン・ヤオの最高傑作であるキョンシーなのだ。


「ご主人ご主人! すごいですよ! 超能力者ですよマフィアですよポリスメンですよ! こんなに騒がしい町は初めてです! さあさあ夜の町へと繰り出しましょう! 美味しい物がわたし達を待ってます!」


 メイレイは視界の中央を邪魔する札を気にする様子も無くヤオの腕を引き、本能のままに前方の料理屋へと突撃しようとする。


「落ち着け。我らの目的を忘れたのか? それに良く見ろ。シャッターが閉まっている。まだこの店は開いていないのだ」


「そんなっ!? じゃあわたしの空腹はどうすれば良いんですか! もう干し肉は飽き飽きなんですよ!」


「……メイメイ、我らの目的を言ってみろ」


「未知なる美味を求めて」


「違う」


 メイレイでは無くメイメイと呼ぶほどのかれこれ長い付き合いであるキョンシー娘の即答にヤオは額を押さえる。このキョンシーは生前から食べ物に対して並々ならぬ情熱を注いでいたが、食事を不要とするキョンシーに成ったと言うのにどういうわけかその情熱は冷める事無く、むしろ燃え上がった。


 これも最高傑作たる理由の一つなのだろうか。


「冗談です冗談です。まあ、わたし的には美味しい物を食べられればそれで良いんですけど、ご主人の目的は〝全知の書〟でしたっけ? それを手に入れる事でしたよね?」


「そうだが、どうでも良くは無い。そもそも全知の書を求めるのはお前のためだ。そのためにわざわざこんな遠い所まで来たのだ。星を読んでみたが、今日の夜明け近く、この町の何処かで全知の書が現れる。到着が遅れてしまったのだ。すぐに準備せねば成らない」


「えー、じゃあそれが終わったら食べに行きましょうよ。わたしあのネッシー料理ってのが気になります!」


「良いだろう。準備が終わったら連れて行ってやる」


 手を上げて「わーい!」と喜ぶメイレイへ嘆息し、ヤオは周囲の喧騒に顔を顰めた。


「しかし、お前の言うとおりだが、この町は本当に騒がしい。我の故郷とは大違いだ。あの村ならこの時間に起きている者など居はしまい」


「そりゃあ、ご主人の故郷は辺境も良い所、オーパーツなド田舎じゃないですか。都市部ならこの時間でもバリバリに人が起きてますよ。まあ、わたし的にもちょっと騒がしすぎると思いますけど。ほら見てくださいご主人。また超能力に弾き飛ばされたマフィアとポリス共が空を飛んでいます」


 メイレイが指差した方向には彼女の言うとおり複数人の男達が宙を待って絶叫しながら空を飛んでいた。


 ヤオ達がドリームシティに着いたのはつい先ほど、二週間弱に渡る長旅を終えての到着だった。騒がしい町だと聞いていたが、想像以上に騒々しい。


「ご主人、ご主人、何でもブルールビーって宝石の所為みたいですよ? この騒ぎ。面白そうですね! 朝食まで暇ですし、わたし達も参加しますかっ?」


 周囲の音を聞いたのだろう。メイレイはヤオの現時点最高傑作のキョンシーであり、彼女の聴覚は人間のレベルを遥かに超えている。


「なるほど、あの宝石か。我では持ち主に選ばれんよ。あれの持ち主は最初から決まっている。それに我らの様な人間には無用の長物だ」


「あれ? 知っているんですか? さすがご主人、博識ですね!」


 こちらへ満面の笑みを向けるキョンシーを適当にあしらいながらヤオは辺りを見ながら足を進める。


「さっきも言っただろう、メイメイ。我らはすぐに準備をしなければならないのだ。お前はもう少し食事以外の物に興味を振り分けろ」


「えー、でもわたしから食への情熱を取ったらただの可愛いキョンシーガールですよ? キャラ薄くありません?」


「……どうしてこんなキョンシーに成ってしまったのか」


「ご主人が天才だからですよ!」



「ここなら良いだろう」


 ヤオとメイレイはドリームシティのとある一角に居た。喧騒絶えない町だというのに、ヤオ達が居るこの一帯だけは広さに比べて何故か静かで人気も無い。


 それもそのはず。風水や地脈の知識もあるヤオには、少し歩き回ればその土地で何処にどんな建物があるのか凡そ分かる程度の技量があった。


「メイメイ、掘れ」


 ヤオはコンクリートで覆われた地面をトントンと足で叩いた後、後ろでニコニコとしているメイレイへ命令する。


「はいはいー」


 メイレイはヤオの前に出てその手刀の形にした両手を振り上げ、ガンッと真っ直ぐに地面へと突き降ろした。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガ。


 走り回りながらメイレイの黒い爪は削岩機の様にコンクリートを削っていく。その膂力は最早重機の類。物の数秒でヤオ達が居た半径十メートルほどの一帯を覆っていたコンクリートは剥がれ落ち、その下の土が露出される。


「終わりましたご主人!」


「ご苦労」


 メイレイの頭をぽんぽんと叩き、ヤオは懐から紅い液体の入った硝子の小瓶を取り出して地面へと投げ付けた。


 パリンと小瓶は割れ、中の紅い液体が地面へと吸い込まれていく。


「さて、この下にどれだけの死体が埋まっている事やら」



 数分後、ヤオ達の前には数十を越える青白い肌の人間達が居た。誰もがヤオと似た黒と白の道士服を着ていて、何れの額にもメイレイと同じ呪言の札が貼られていた。


 これらは全てキョンシーである。過去この場で土葬された人間達の体を再生したのだ。


 メイレイと違ってこのキョンシー達に思考能力は無い。即興の土人形。ただの物言わぬ冷たい肉人形。だが、この人形達はヤオの命令を忠実にこなす従者でもあった。


 質は低くとも量はある。


「我は命じる。〝全知の書〟を探し出し、我の元へ持って来い」


「「「「「…………」」」」」


 ヤオの言葉と共にキョンシー達は腕をピンと前に突き出し、そして四方八方に跳ね飛んで散開した。


 メイレイは彼女の同胞たるキョンシー達が飛び去った方向へ顔を向け、その後晴れやかな笑顔をヤオに向けた。


「良し、ご主人! ご飯にしましょう!」


「……だから、まだ何処の店も開いていないのだ」


 たった今全知の書を手に入れるための争いが始まったというのにメイレイは何処までも呑気であり、ヤオは呆れて溜息を吐いた。

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