第九話 竜の王子と灯り話
結局、この後はこのまま父さんとの恋愛合戦から 母親ののろけ話へと脱線
してそれ以上僕は何も言えなくなってしまった。しまいには、母さんが「みん
なに妾ちゃんのお披露目はいつにする?」とまで言い出したので、僕は部屋の
外へと逃げ出した。これ以上残っていたら、本当に夫婦二人の権限でスティル
ちゃんを妾にしようとお膳立てをされかねない。確かに彼女は可愛いし、悪魔
の呪縛から助け出したいけれど、それで流されるまま彼女を囲いたいとは思わ
ないよ。むろん性奴隷と思われるのも心外だ。
とはいえ、何もせずに彼女を手元から遠ざけることにも、僕は抵抗のような
モノを感じていた。当初見た彼女の行動が未だに頭にこびりついているせいだ
ろうか。いや、それもあるけど彼女の笑顔を見てみたいという気持ちがあるた
めだろう。天使の翼を広げた笑顔一杯の彼女…きっと絵になるはずだ。
毛皮越しにひんやりした空気が伝わってくる。いつのまにか屋外に出ていた
のか、頭上には満天の星が広がっていた。先に見える手すりと床は真っ白な大
理石。どうやら考えることに没頭している間に、城上層のバルコニーに出る通
路へと向かっていたらしい。ここの、バルコニーは、幅が10メートルほどの
半円状の形をしていて、緊急時には飛べる種族はここから離発着することが許
されている。普段は人気の少ない静かな所なので、頭が無意識に気分転換を求
めていたのだろうか。
星の海から視線を外し、自分の部屋に戻ろうと思ったその時、背中の下あた
りでトンっと軽い衝撃が伝わってきた。
「あ……、スティルちゃんごめん?」
振り返ると、僕の背中に顔を埋めるようにしてスティルがうつむいていた。彼
女は今では普通に歩くことは出来るけれど、進路に誰かが立ち尽くしている
と、そのままぶつかるまで歩くのをやめなかった。そのため、余程のことがな
ければ、城内のスタッフが道を譲ることが習わしとなっている。
そのまま脇によけると、彼女はうつむいたまま歩き、バルコニーの手すりに
身体を預けて王都の町並みを眺めていた。そういえばここ最近はここに居るこ
とが多かったかな、表情は全く変わることがないけれど。
僕も隣に歩み寄ると、そのままスティルの見ている王都の町並みに目をむけ
た。町の灯りが見えた。上空の満天の星空も綺麗だけれど、「色が溢れる宝石
箱」と呼ばれるセーバの夜景だって負けていない。中央の一際明るい白い光
は、商業区の夜店と街路の灯りだろう。
「綺麗な夜景だろ?ここの宮殿だと、ここのバルコニーからが町が一番よく見
える
んだ」
目を王都に向けたまま僕はスティルに話しかけた。彼女からの返事はなかった
けれど、構わず僕は言葉を続ける。
(イラスト:ヒドラ作)
「僕のひいじいちゃん、5代前の国王だったのだけれど、結婚したお嫁さんが
暗闇を凄く怖がってね、夜になる度にじいちゃんの傍らで泣いていた、闇にさ
らわれてどこかに連れ去られてしまいそうで怖かったのだって。じいちゃんは
お嫁さんと一緒に居て慰めていたけれど怖がるのはどうしようもなくて…、そ
れで、考えたのが国中の街や村を夜でもを明るくして安心させようって思った
らんだ。実際、その頃の街は今よりずっと夜は暗かったからね、灯りを望む声
も多かったらしい」
とはいえ、その頃の照明といえば、殆どが暗くてススのでるオイルランプと贅
沢品だったろうそくがあったくらい。じいちゃんの考えは計画すること自体大
それたものだけれど、じいちゃんの執念はそれを上回っていた。
「発明品は1割に光があたり、9割が埋もれたままでいることをじいちゃんは
知っていた。時間を見つけては発明家の家を回って照明関連の発明品を探し出
し、改良を依頼した。欠点が潰えると同時に技術団や商会が寄り集めて製品
化。その後は政策の随所に新技術の奨励組み込んで、街の照明を置き換えてい
った。その期間は僅か15年。照明維新ともいえる急激な変革だったろうな」
そうして生まれたのが従来のランプよりずっと明るく長持ちするケミカルライ
トとマジックライト。今では王都の夜景はもちろん、村の軒先にまでこの照明
が行き渡っている。ここまで普及させるため、ひいじいちゃんは夜景を楽しむ
ための必要な治安と経済を生み出す政策にも相当の努力をしたはずだろう。堅
実ながら地道な政策が多かったので、歴史書ではじいちゃんの功績は殆どかか
れていないけれど、本人が書いた回顧録でその後の王妃との仲むつまじさが書
かれていたので、本人はあの世でもきっと満足しているだろう。大切な妃に、
怖い物と思われていた闇夜に光と楽しみをプレゼントできたのだから。
「ごめんよ。別にだからどう…って話しじゃなかったのだけれどね」
ちらりとスティルを見ると、スティルと視線が交差したことに気がつき、慌て
て言葉を付け加える。
「ただ、あの色とりどりの灯りを見るとね、色々考えが湧いてくるのさ。例え
ば…、やりたいこと、やれる道があの天と地の星みたいにいくらでも出来るの
だって。僕はこうして王子をしているけれど、なれるのはあの星の中のどれか
ひとつだけ、でも、成りたいモノは自由だって」
話しているうちにだんだんと舌が回るようになってきた。口と脳がバッチリ繋
がり言葉が湧いてきたみたいだ。
「ね、スティルは何をやってみたい?やりたいことは何だってできるさ。天使
長?それともお姫様かな?ここに悪魔がきたら追い払うし、さらわれたら何処
へでも助けにいくさ。」
かさっと言う音がして、スティルの身体が視界から見えなくなる。ふり向く
と、そのままバルコニーを後にして通路へと去って行くスティルの後ろ姿がハ
ッキリと見えた。
「はぁ…僕はなにやっているのだろう」
彼女の姿が見えなくなったところで、僕はため息をついた。
思い返せばただ僕から一方通行の独り言みたいなものだろう。彼女の心を考え
ずに話したのだから。彼女はどう思ったのだろうかは分からずじまいだろう
な。
立ち去ろうと夜の街から目を離したその時、すぐ脇の手すりで、わずかに色
彩が揺らいだのに気がついた。かすかに感じた違和感に、僕は再び手すりへと
目を落とす。ここは丁度スティルちゃんが居た辺りだろうか?
「あれ…なんだろうこれは?」
顔を近づけると、僕の動きにあわせて白亜の大理石の一部に薄い小さな影模様
がわずかに動いているのが分かった。更に目を凝らすと、辛うじて分かる白と
銀色の色彩、そしてダークグリーンの尖ったモノ…。
それを見た瞬間、僕はハッとなり手すりを指でなぞった。しみこまずに残っ
ていた彼女の涙が拭き取られ、ぐしゃぐしゃに反射していた僕の顔は僅かな光
沢を残して消えていった。なんてこった…。
「僕のバカ野郎め…。彼女が泣いていたことにも気がつかなかったのか」
悔しまぎれにつぶやくと、僕はそのまま立ち尽くした。
これまで感情を失っていた彼女はずっと無表情のまま。泣いている姿を見たの
も初めてだ。
彼女が泣いたのは何故だろう?最後に彼女の顔を見たのはひぃじいちゃんの
話をしたときだ。でもそのときは特に変わったことはなかったはず。その後何
か彼女に突き刺さった言葉があったのか…?天使、お姫様…そして…
「助けに行く…か!?」
そうだった、『たすけて』スティルが書いたメモをようやく思い出した。
「今も助けを求めているのか、スティル?」
再び後ろを振り返ったが、もうスティルの姿は見えず、マジックライトが寂し
げな光で通路を照らしていた。
僕はどうすればいい?自分の部屋まで戻り、ベッドに入ってからも僕はその思
考に埋もれていた。
これまでの様子から、彼女が悲しみの感情を持っているのはもう間違いな
い。助けて欲しい、でも身体がどうしても動かない、いや動けないじゃないか
な。まるで彼女の精神そのものを、鎖で繋がれているように見える。二ヶ月の
時が経過しても、心はあの悪魔のところにずっと置き去りにされたままなのだろう。
(イラスト:ヒドラ作)
先生から教わった事象を覚えている限りすべて引っ張り出し、解決策を練
る。彼女の心を動かすことはできないだろうか?いや、先生曰く、頭の中に入
って脳をいじる魔法は不可能だろうと言っていた。『理論的に不可能じゃ無い
ですが、頭の中を無防備に差し出すようなものですからね。無意識に拒否反応
を起こされて魔法自体が発動しないでしょう。仮に出来たとしても、対象者の
嫌な感情すら強制的に頭にすべて流れ込んでくるのですよ。スティルちゃんの
ように相手が絶望の感情を持っていたら、どんなチートな魔術師でも、肉体も
精神も耐えられなくなるでしょうね』ということらしい。そもそもこんな術が
できたら洗脳や支配も思いのままだ、危険すぎて禁術確定だろう。
せめて頭の中で直接話し合うことが出来れば…。だめだ、これも脳をいじる
ことと大して変わらないだろう。
まてよ、心に直接入り込めなくても、彼女を助けて導くこと方法があるので
は?たとえ心が折れていても、その心の中の気持ちを表れる現象がきっと…。
「あ、あるじゃないか!」
不意にとある言葉が思い浮かんだ瞬間、僕はベッドから飛び起きた。ベッド脇
の灯りをつけ、取り寄せのために置かれた蔵書本一覧を引っ張り出す。いくつ
かの項目を読み飛ばし、心理学に関わるページを探し出すと、僕は眠気が襲う
まで目当てとなる本を紙に書き始めるのだった。
夜景が見られるほど王都セーバは多彩な光源が多く、夜でも非常に明るいです。大抵の場所は灯りなしでも平気で歩けます。
ちなみにケミカルライトは現実世界でもライブ会場などでおなじみですね。
この世界では蛍光灯やLEDみたいに使われるので、中身のアンプルや仕組みはまるっきり違いますが。




