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第六話 竜の王子と光の天使

一通り遊び(散らかし)終えたあと、あの悪魔には注意するよう言い残して、ナナ達一行は去って行った。去り際に、ナナが小声で「ショタイグウィル写真集…キタコレ!増やして売るかワタシのコレクションのどっちがいいかしら」ってつぶやいていたが、聞かなかったことにしよう。

 二人残されたところで、僕は保温瓶にいれたお湯から二人分のお茶を入れてカップへと注ぎ込んだ。王族専用エリアでは常駐出来るスタッフの数が限られるので、近くにスタッフが居ないときは、自分の事は自分でやるのが原則だ。信頼できる専属の召使いが居たらいいのだけれどね。


「さてと、僕の部屋にナナ達が乱入していたところから、聞きたいことが色々ありますがどれから答えてくれますか、先生?」

「ああ、あの写真集のことならちゃんと王国の肖像用ということで許可が出ていますよ。いずれ製本問屋に卸される見通しで」

「ほう、今度の先生の部屋の整頓のときに、僕の親衛隊からお手伝いはいらないようで?」

「ごめんごめん、冗談ですよ。ではここで問題を一つ、イグウィル君の聞きたいことは次の三択もうちどれでしょう?


①:あの悪魔の目的を知りたい、

②:あの奴隷の子のことを知りたい、

③:あの悪魔が、イグウィル君にあの奴隷の子を押しつけた理由を知りたい、


これのどれになりましょうかね?」


「全部ですよ。それと④:そんな彼女を先生が引き取った理由は?も追加で

す。あの子のこと、先生は単なる同情だけで引き取った訳じゃないでしょう。客間ではなくわざわざ先生の部屋に連れて行った位なのですから」


「ええ、それもちゃんと説明しますよ。イグウィル君、とりあえず私の部屋に来て貰いましょうか?」


お茶を飲み終えて部屋を出た時には、城の外は夕暮れから夜へと景色を変えつつあった。差し込む光が途絶えた宮殿通路の左右で魔法の光源が街灯のように光り、壁際に並ぶ植物を淡く照らしている。


「まず①、悪魔ことレイレイ君の目的から説明しておきましょう。ああ、安心して下さい。彼は特にうちの国に何かしようとしていた様子はありませんでした。立ち去る前の言葉も、悪魔なりの別れの挨拶ですから深い意味はありません。俗語で言う「アウトオブ眼中」ってところでしょう」

「安心どころか聞いて腹立ってきましたよそれ!?単純に僕らはどうでも良いって事じゃ無いですか?」


あの特別謁見で笑いを必死でこらえたガマン大会の努力を返せ、あの悪魔めっ。


「私は運が良かったと思いますよ。本来だったら周囲もろとも巻き込んで被害を与えるのが悪魔のスタイルですから。余程彼女を不幸な目に遭わせることだけにご執着のようですね」

「執着って、もしかして悪魔の目的ってまさかのそれ!?」

「それです」


先生がきっぱりと言い切る。


「その証拠として、レイレイ君が持ってきた贈り物、それと彼女の首輪には盗撮映像用の記録水晶を密かに忍ばされていました。彼女の不幸な映像記録を作っていたのでしょう。ルヒエル君のいう残虐な悪魔という認識は間違いではありませんね」


先生の言葉を聞いて、憤りの感情の中に安堵の気持ちが入り交じった。彼女は悪魔の手先じゃなかったんだな…。


「そしてこの目的が、②、あの奴隷の子のことに関わってくるのですが…」

「あれ…?」


不意に身体が何かに包まれるような違和感を感じとった、まるで少し分厚くしたシャボン玉に入り込んだような、そんな感覚だろうか。よくよく目をこらしてみると、もう目の前までたどり着いた先生の部屋を包み込むように、不自然に空気が固まっているのが見て取れる。


「あれ、これって僕の部屋にある結界に似ているような…?」

「ええ、王子の部屋で使っていた結界に更に手を加えて、悪魔だけでなく関連魔法すら跳ね返すように仕掛けました。折角彼女を保護できたのに、悪魔に再びテイクアウトされる訳にはいきませんから」


先生はそういうと、扉を開けて僕を中に招き入れる。

 先生の部屋も、僕と同じくらいの広さを持っていた。シミのない白地の壁に沿うように本棚や事務机が並んでおり、奥のキャビネットには半永久的に使える筆記用具と印刷機が整然と設置されている。初めて見るヒトは一目見て「さすがは賢者と言えるべき部屋だ」という印象を持つだろう。

 ただしここで騙されてはいけない。実はここの整理整頓は、先生はまったくやっていないのだ。先生は片付けがとても苦手で、そのままにしていると部屋が散らかり放題になってしまうため、時々屋内の訓練と称して親衛隊に整理をして貰っていた。この先生の唯一の欠点だろう。


「いやはや、一昨日に兵士のみなさんがきちんと整理してくれたばかりで助かりましたよ。そうでもしなければあの子のための予備のベッドを私の部屋におけなかったでしょうからね」

「そう思うなら、自分で整理整頓を心がけて下さい、先生」


先生に注意はするけれど、この散らかし属性はそうそう変わらないだろう。散らかってモノをなくすことを指摘しても「何処に何があるか覚えているからいいのでは?」と切り返す位だし。ここがいつまで整理されたままかは置いておこう。

 先生と共に設置されたベッドへと近づくと、奴隷扱いだった女の子がかすかな寝息をたてて眠っているのが見えた。既に首輪と手枷は外されていたものの、はめられた後に残る跡がまだ生々しい。


「ジャック医師に診て貰いましたが、特に病気や怪我は見られなかったそうです。疲れが相当たまっていたのか解放してからすぐに眠りに落ちましたが、朝になれば回復するでしょう」

「疲れが取れるまで休ませてあげましょう。それにしてもこんな無抵抗な子をいじめ抜こうとする悪魔の気持ちが全く分かりません。まるで居るだけで害悪みたいな扱いじゃないですか」

「ええ、そこで先ほどの②、あの奴隷の子についてですが…これは彼女を直接見た方が早いでしょう」


先生はそう言うと、眠っている彼女の毛布をほんの少しだけたくし上げた。


「あっ!?」


うつぶせに眠る彼女の背中には2枚の翼があった。背中が半分ほど隠れれる位

の大きさで、ルヒエル程のものより小さかったけれど、彼の翼よりきめ細かく滑らかに見える。ルヒエルの翼はシャープでかっこよさが際立っていたが、この子のは小鳥の翼のような可愛らしい感じだろう。

 よく見ると翼からかすかな光が放たれて、周囲を淡白色に彩っていた。だとすると属性は…光みたいだな。


「普段は透き通って見せないようにしていたようですね。今は眠っているから不可視の意識が薄れて見えるみたいです」


先生は毛布をかけ直すと、眠る彼女の頭を撫でた。


「彼女の素性はこれで分かったでしょう?光属性の天使、悪魔が特に嫌悪しているから目を付けられてしまったようですね。悪魔と闘える力もなかったから、余計狙われたのでしょう」


「納得です。あの悪魔とこの子のことについてはこれで大体分かりましたよ。でも、なんであの悪魔の天使虐めに僕まで巻き込まれたのです?」


「③イグウィル君に彼女を押しつけた理由、のことですね?この疑問も悪魔の気持ちになれば大体想像できます。イグウィル君、今ここで眠っている彼女を見てどう思います?」

「「ぬいぐるみ」かな。心の中は絶望だけ。声を失っただけでなく、何もかもあきらめているように思えますよ。あの悪魔は、ぬいぐるみのように何も反応を示さなくなった彼女に飽きたのかな?」

「その通りです。悪魔だけに泣き叫ぶ彼女の顔を見たかったのでしょうが、絶望して殆ど反応することがなくなってしまった。悪魔としてはそんな彼女の様子に飽きてしまったのでしょうね。さて、そんな彼女に対して悪魔はどうすると思います」?


う~ん、そう聞かれてもいじめっ子の気持ちが分かるわけがない。

彼女が感情を見せなくなったらどうなるか…。普通ならば、虐める事に飽きてしまって彼女を適当な所に放逐する筈だ。でもそれでわざわざ僕へと献上するなんてことはしないだろう。貴重のシルバーランクの謁見許可証使う位なのだから。


「もしかして。彼女が絶望して泣き叫ぶ様がもっと見たいから、より酷い悪夢を見せることを思いついたのですか?もっともそれだと僕は全く関係ないような気もしますが…」

「大正解ですよ。それにイグウィル君との関係も大ありです」


先生の眼鏡がきらりと光った。


「謁見後に、軍の情報部に商会とあの悪魔の情報を集めて貰ったら面白いことが分かりましたよ。どうやらあの悪魔、シャボ商会を通してイグウィル王子の噂を色々と聞いていたようですね。何でも、ユグドラシルの第一王子なのに外道なことをする外道王子…とか」

「ちょっと待って下さい!?まさか市井じゃ僕の評価はそんなに外道王子とか暴力王子とか言われているのですか?」

「あはは、まさか。あの悪魔の情報源はあの悪徳シャボ商会ですよ?彼らの愚痴や不満から、あの悪魔が勝手に『王子はみんな暴力をふるう外道王子だ』と思いこんだだけですから安心して下さい」


先生、それ全然安心できませんよ。なんでみんな王子にそこまで勝手なイメージをするもんだか。

 あとで分かったことだけれど、あの悪魔に釣られたバカ商会の愚痴に俺を羨む声があったらしい。僕の開発した木工関連の新製品で、従来の利益が減ってしまったのが相当痛手となってしまったようだ。もちろん、こちらも産業保護のために、収益の一部は損をしてしまう商会や工房へと還元している。ただ、この還元する額は、コレまでの販売額や雇用人数を元に査定を行っている。悪徳シャボ商会…いやバカ商会は、税金逃れのために販売額や雇用人数をこれまで低く申告していたため、その恩恵が殆ど回らなかった。むろん、脱税発覚後は一銭もお金が還元されなくなったのでなおさらだ。自分たちの不正を棚に上げてヒトのせいにする時点で、もうこの商会の末路が見える。


「話を戻しましょう先生。すると僕を外道王子と勝手に判断した悪魔は、彼女に更なる絶望を味合わせるつもりで僕に送りつけたと?暴力程度で心が動くはずがないだろうに」

「暴力どころか、彼女に王子の夜の相手を無理矢理させるつもりだったのでしょう。随分と可愛い子でしたし。それで彼女に生き地獄を味合わせて精神をボロボロになるのを楽しむつもり…こんなところでしょうね」

「酷い!先生、やっぱりあの悪魔今からでも捕まえて締め上げましょう!それがだめならつるし上げでもいいですから!」

「イグウィル君落ち着いて。彼女が寝ているすぐ側で、むやみに翼をばたつかせて暴れてはいけませんよ」


先生の言葉に僕は慌てて翼を引っ込めた。有翼の種族じゃ「部屋の中では邪魔になる背中の翼をむやみにばたつかせない」という常識マナーが定着していることを忘れていた。そもそも彼女が寝ている側であの大声もアウトだったろうに、ごめんよ…。


「さて、最後の疑問の④:私が彼女を引き取った理由がまだ残っていました

ね。でも、これはもう言わなくてもわかるでしょう?」


僕は無言で頷いた。そしてやるべき事ももう丸わかりだ。


「明日から闇にとらえられた彼女の心を癒やすつもりです。王子も彼女に話しかけてやってくださいね。君の姿なら、彼女も怖がることもないでしょうし」

「ええ」


僕はそう頷くとふう…と近くのソファに身を沈めて天井を仰いだ。


「それにしても今日は散々な一日だったなぁ。悪魔がやってくるわ、僕の部屋が友人達に占領されるわで…。まぁ、実際の悪魔の災いを考えたら、これくらいで済んだだけで良かったかもしれないけど」


そう言ったとき、僕はふとある考えに思い至った。もし友人が僕の部屋にいなかったら?いや、僕が王子だと気がついていたらどうなっていたか。多分、あの悪魔は友人を狙うか僕自身を狙っていたはずだ。運良く撃退できても、その後は悪魔と真っ向から対立することになっただろう。王国に相手の悪い招かざる客が一人増えることになっていたはず。


「先生、まさか彼女達を僕の部屋に招いていたのも、僕の冠を用意せずに後ろに控えさせたことも あの悪魔を予想していたからですか?」

「さぁ?」


先生は肯定も否定もせずに笑顔のままだった。僕の想像に任せるということなのだろう。


「…少なくともあの子達のフリーダムっぷりは私も予想外でしたが」

「壁の穴とひしゃげたこたつ…。どうするんですかあれ?」

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