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第三十四話 月の堕天使と大天使長

出来レースの判決が読み上げられ、スティルの白い翼が青白く変わっていく。殺気の塊の周囲が何も言わないのが不気味すぎる…。

堕天使の認定をされた瞬間幻影のスティルは呆然と立ち尽くしていた。無理もない、無実なのにあこがれていたはずの 大天使に堕天使呼ばわりされたのだから、彼女にはショックだろう。傍らにいるスティルも、このシーンに腕を絡める力が強くなっていた。

 なぜスティルをスケープゴートにしたかったか、政に詳しい王族や政治学者ならこのからくりは簡単にわかる。自らの失政に国民の不満の高まった大天使は悪魔界への侵略で不満をそらそうとしたが失敗、内外共に行き詰まっていた。追い詰められた大天使は、不満のはけ口先に海外から国内へと目が向け、責任を取りやすい者や社会的立場に弱い者でスケープゴートを作ってうっぷん晴らしをさせようとしたのだ。

 そういえば聖王国では彼女の事を舞いの天使って言っていたな。舞いの天使というのは最初から捨て駒のつもりだったろう。彼らの頭では、「舞い」は優雅な天使でなく、クモの網にかかった蝶のようにもがく意味合いを含んでいた筈だ。他の天使と会わせないようにしていたのも理由がつく。

 なぜスティルがそのスケープゴートに選ばれた理由には興味がなかった。下らないか腹が立つかのどちらかの理由しかないからだ。

 これでスティルが体験してきたことがほぼ把握できた。後は、僕に出会うまでは先生の言う『バットエンドが確定している悲劇のヒロインコース』一直線だったのだろう。住民からの罵声は言うまでもなく、さっき荒廃した町中で見えた謎の液体や割れたガラス器具からから察するに、何らかの生体実験にも利用されていたかもしれない。程なくして魔族が侵攻して内乱で生き残った住民は、大天使を含めて逃亡、スティルはここに繋げられてレイブンに捕まって奴隷にされたのだ。

 そして何度ともこの悪夢をループさせられている今の状況だ。天使側からも悪魔側からも競うように口で言えないような境遇を味わされているのだ。悲劇のヒロインと言うより地獄だろうな、くそったれ。


「スティル、一体何度ここに連れ戻されたんだ?」

「もう覚えていないわ、20回、30回…ううんもっとあったはずだわ。もう数を数えたくない…」


スティルの声は震えていた。


「畜生…、もうスティルにこんな悪夢は沢山だ。何をすればこの悪夢は消せるんだ!?どこかにこの悪夢へと引きずり込む発生装置みたいなのがないのか!?」


『あるわ、大聖堂の何処かに亜世界管理システムがあるから。それを見つければいい』

「えっ!?」


突然、すぐ脇から聞こえてきた言葉に僕は言葉を切った、聞こえていた方を見ると…どういうことだ?幻影で映し出されている側のスティルが、今こっちを見てちょっとだけ笑っている。


『おい、誰も居ないところに何を話しかけているのだ、貴様は!?』

『礼儀知らずに用はない、失せろ!』


『礼儀知らずはあなたたちでしょう!堕天使だろうと大天使だろうと私は私!あなたたちに縛られることはありません!」

「なっ!?」


突然の幻影のスティルの変わりように大天使長側一同は驚いたままスティルを凝視していた。あれ?さっきよりもスティルの幻影がはっきりと見える。


「スティル、一体これはどうなっている…!?」


脇にいる本物のスティルに目を向けた瞬間ハッとなった。脇にいる本物の筈のスティルの姿がわずかに透き通っていたからだ。それだけじゃない、肌触りの良かったスティルの毛並みの感触が薄れかかってる。

この光景で僕は嫌でも悟った。スティルが実体ごと過去の悪夢の現場へと移行しかけているんだ。


「スティル、どういうことだ?この光景は過去の出来事を再現しているだけだって?」

「そうよ、でも、本来は私があそこに飛ばされて、あの天使たちに非難されてボロボロにされるはずだったの。今回は、イグウィル様が一緒にいたから、一時的に傍観する側についていただけ」


スティルが答えた瞬間、僕の手からスティルの体がすり抜けていった。


「大丈夫、私の身に何かあろうと大聖堂のどこかに捜し物はあるわ。魔力の違和感があるから調べればすぐ見つかるわよ」

「それなら幻影を無視して制御装置を探し出して、この世界の根本を変えてしまえばそれで終わりだ。自分を苦しめてまで過去のゴミ天使につきあう事なんてないだろう?」


そのゴミ天使達は『気でも触れたのか?』と、顔を見合わせていたが困惑した表情で立ち尽くしている。もちろん僕には視線すら合わせないままだ。


「前の話だけれど、私に言っていたこと覚えている?ほら、イグウィル様が心を閉ざしていた私と一緒に街の夜景を見て、「私だって何にでもなれる」って言ってくれたこと。ここで、その記憶が真っ先に思い浮かんだの。あ、もちろん、先生やお友達のしてくれたことも覚えてるわよ。イグウィルが居ない時、監視や威圧をしようとしていた貴族から、私を守ってくれたわ」


初耳だった、みんなも僕に隠れてスティルを助けてくれていたのか。


「それで私は決めたわ、「自分はもう大丈夫、みんなに心配かけることなくイグウィル一緒に生きれる!」って証明して、イグウィル様とずっと一緒にいるって。もし自由に居きられるなら私はそれを望むわ!」


そう叫んだ瞬間、僕の隣のスティルは消え、幻影だったスティルが完全に実体化した。完全に過去の場面に、移行したのだろう。

 僕は何も言えなかった。ここに転移する直前に誓った言葉を守るつもりなのだ。大天使との対峙し天界の心的外傷と決別し、翼の後ろに隠れずに、翼を並べ僕と共に生きる。この子なりのけじめなのだろう。


「まって!その気持ちは嬉しいけれど一人で抱え込むな!それなら僕だって手伝う…」

「無理よ。私が体験した過去の再現なのだから、ここに行けるのは私だけ、イグウィル様には映像みたいに見ることしかできないわ」

「そんな、一人でこんな連中を相手に出来るはずが…!?」

「大丈夫、イグウィルが見ているだけで安心できるモノ。それに、このときどうすれば良いかはイグウィル、あなたが教えてくれたじゃない!」

「え?」


僕が聞き返したその時、ピリッとした不思議な感触が全身を包んでくる。


「なんだ、それは!?」


大天使の顔が驚愕に染まっていた。この感覚には覚えがある、スティルが畑で植物を育てた魔術の発動と一緒だ。詠唱が短いからその簡易版みたいなものだ

ろうか。

「私の無実を証明します。大聖堂の花に祝福を…!」


歌うような発音と同時に、スティルの翼が輝き、青白い光が当たりを包む込む。と、その瞬間外周に植えられていた の花が、天使を囲うように次々と咲いていった。綺麗だ、…さながら地に開く花火のように見えてくる。もちろん、天使達への演出効果は抜群だった。周


「すごい…花が咲かせる力があるなんて…」

「こんな魔術見たことがないぞ」

「やばい…これで堕天使呼ばわりしたなんてなんてことだ…」


聞こえてくるのは賞賛と畏怖の言葉ばかり。座り込んでいた天使も立ち上がって眺めている。周囲からの厳しい視線は溶けさり、目が覚めたような顔で彼女をみつめていた。中には跪くようにスティルに手を組んでいる天使も混ざっている。


「まて、こんなもので無実の証明?ふざけるのも大概にしろ!」


おや、一人だけ応対が違うな。見ると、肝心の大天使長だけが渋い顔でスティルを睨み付けている。


「花が咲いたところでなんだというのだ!私の判決が不服というのか!堕天使が!」

「異議を唱えているだけです!実際に花は私に祝福を返してくれました、この光景が何よりの証拠…きゃっ」


スティルの言葉が終わる前に、大天使はスティルを押しのけた。そのまま花の外周の中央に立って杖を上のフレスコ画へと向けて叫ぶ。


「皆の者よ惑わされるな!堕天使が花を育んだ?そんなものかりそめのに過ぎない!私が直々に光を与え祝福を見せつけてやる!これが本当の魔術だ!」

 

大天使はそう叫ぶと詠唱もなく杖へと魔力を一気に流し込んだ。数秒で強烈な光が魔力をかき集めると、それを一気に放出した。


「うわ、眩しすぎる…!」


薄目を開けて辛うじて見れたのは、空間一杯に広がる光のドームだった。空間全てが発光しているらしい。ここまで強力な光の魔術は見たことがなかった。魔力だけならスティルよりもはるかに強い、まさに大天使長と言える能力だろう。

 ただし悪い意味でだ、選択肢を間違えてしまったな。


「どうだ…、これで祝福を…」


光のドームは数秒で元に戻り幾分息が荒くなった大天使長が勝ち誇ったように周囲を見回す。が、次の瞬間にはその表情は凍り付いていた。天使達もしんと静まりかえり、賛同の声は聞こえない。「なんてことを…」というつぶやきがかすかに耳に聞こえている。

 周囲に広がっていたのは萎れきった花の残骸だけだった。先ほどまで咲き乱れていた面影は、もうなくなっている。


「おい、これはどういうことだ!」


大天使が再度光をかき集め、光の魔術が花へと降り注ぐ、けれども、花はしおれたままもう花が開くことはなかった。焦りの表情で更に光をかき集めるが、萎れた花の葉が、葉焼けをしたように赤く変色していっただけだ。

 大天使達は気がついてないが、あの処置は逆効果だ。葉の変色と先端のしおれ、これは魔術の強すぎる光で光阻害を起こした曲型の症状だ。内部の組織まで損傷しているからおそらくこのまま回復せずすぐに枯れるだろう。こいつはスティルを含めた国民だけでなく植物すら不幸にさせるつもりか。大天使の皮被って疫病神か何かが取り憑いているんじゃないのかこいつは。


「もうあなたたちは怖くありません!私の悪夢から消えてください!みんなと、イグウィル様と過ごすのが望みです!」


さすがだ、もうこれはスティルの勝ちだろう。それを示すように、周囲からは所々賛同の声が聞こえてくる。スティルのその顔には今までと違う意志を持った瞳に変わっていた。心的外傷を乗り越えたんだ、頑張ったなスティル。

 ただ、また別の問題が出てきたよなこれ。僕と一緒に居たいって願いがスティルを強くしたんだ、その気持ちに応えないとまずいだろう。でも応えるたってどうするのがいいんだ?ここは両親に相談…いや、妾にするのは間違いないから却下だ。


「ふざけるなよ、小娘がよ」


…あれ?

重苦しい声がする方を見ると、うつむいていた大天使長が目を血走らせてスティルを睨み付けていた。この大天使、スティルにまだ何かする気か?武器は持ってないみたいだが…。

 出来ればもう表舞台から退場してくれ。いい加減しつこいぞ。


「!)%`+*!!!!!!」


突然、少し離れた所で、言葉にならない悲鳴が湧き上がった

それに呼応するかのように、周囲からも悲鳴が響き、さっと人並みが割れるように広がっていく。

 そして、広がった人の輪の中心には幾人かの天使が、転げ回っていた。足や翼を手で押さえているが、そこから血が滴っている。腕全体を抑えている天使もいるから、反対側にも貫通して傷が出来ているらしい。


「何をしたのですか!?」


スティルの叫びにも、大天使はニィっと不気味に口元をつり上げるだけだった。だが、背後から見回せる僕にはハッキリと見えていた。あの大天使、遠隔操作で死角からあの天使達に向かって光の矢を打ちやがった。


「皆のモノ、まさに今、同胞がこの通り苦しみの渦中に陥っている、私にはわかる、堕天使を褒め称えてしまい、天罰がもたらされたのだ!」


おいおい、まさかこんな大嘘まかり通ると思って居るのか?

ここまで嘘八百を並べ立てて平気な顔で居られる生き物モドキは初めて見る。


「私は声を大にして言いたい、このような痛ましい悲劇、過ちはもう二度と起こすべきでない!正しい道から離れるモノを天使達の末路を諸君はこれ以上見たくないだろう?」


もう貴方そのものがその結果だろう。この大天使長、虚言癖でも持っているのか?いい加減そろそろ誰か突っ込んでやってくれ。


「堕天使は敵だ!私たちの精一杯の恩恵すら盗み取って食いつぶし、国すら滅ぼしてしまう!そんな奴をこれいじょうのさばらせるべきでない!」


…………………………おかしいな?

大天使調の虚言がより酷くなっている。それなのに誰もそれを指摘する気配が全く感じられない。

 周囲に目を向けると…、なんてことだ。みんながこの大天使を疑う表情すらしていないじゃないか。予想以上に煽り耐性がなさすぎだろう。さっきまでのスティルへの賞賛と畏怖は何処に行った?


「さぁ、皆のモノ、正義のために堕天使に裁きを!」

「堕天使に裁きを!」

「よろしい!さぁ、堕天使に裁きを」

「ォォォォォォ!!!」


大天使長の妄言に群衆が沸き立つ。その目には先ほどと同じ、飢えた魔物の様に、目をぎらつかせていた。再びスティルを取り囲み輪をじりじりと狭めている。

 なんて野郎だ。修正されかけていた筋書きをなのに強引にスティルを陥れる運命に戻しやがったぞこいつめ。

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