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第三十二話 食欲魔神の食談義

「で、どうするんだ?このままじゃ出口にたどり着いた瞬間に、邪魔が入ってモロクソ苦労するフラグが立っちまうぞ」

隣に居たファーザスが苦々しくつぶやく声が聞こえてくる。



「こうなったらいっそのこと全員で一斉に突入して、そのバカを囲んでフルボッコヒーローを…」

「アンタはバカ!?さっきこの中に一度に入れる定員は2人て言っていたの忘れたの?」

「そういうことです。それとどうやら一人目は確定しているようですね。向こ

うからのお迎えが来ているようですし」

「お迎え?」

「あっ…。きっとわたしのことね…」


スティルの視線から先に目を向ける…と、真っ黒だった結界の色が変わってい

た。とはいえ、黒いヴェールから小豆に泥と油を混ぜたような色彩なので余計

不気味な造形に変貌している。よく見ると、そこから漏れる黒い光が地面を照

らし、スティルへと向かっている。


「これは…スティルにこの中にこいってことですか」

「見方によってはそう言えますね。私には「お前はここから逃がさない」と言

うように見えましたよ。いつもとシナリオが狂ってることにようやく気がつい

て、彼女を呼び戻す緊急指令を出したのでしょう」

「同行は?」

「一人だけ可能ですね。私たちの存在には気がついてないようですし。手を握

っていればはぐれる心配もないでしょう」

「あの…私一人だけ行くというのは…」

「ふふっ、あなただけ置いて立ち去るだなんて、私たちにそんな選択肢がある

わけないでしょう?先生、この中ってどうなっているか分かるかしら?」

「ええ、向こうから門戸を開いてくれたから解析できましたよ。悪魔を現世に

追い飛ばす結界はてんこ盛りですが、理不尽なのはなさそうですね。あ、いや

一つだけありましたよ…ティルの記憶を利用して、彼女の記憶に関わりが薄い

子は追い出されるみたいですね。万が一、誰か乱入したとき部外者は引っ込ん

でいろ…とでも言うつもりかな」


全員の視線が僕へと集まってきた。


「それってどう見ても王子専用ステージよねぇ。イグウィル様どうするう?」


マナが聞いてきたけれど、もう答えが分かっているいけいけムードの口調だ。


「イグウィル様ダメ!お願いですから着いてこないで下さい!!これ以上迷惑

はかけられません。私なら大丈夫ですから、一人でもみんなを元の世界に返せ

ますから!」

「そうはいかないよ、さっきも言ったけれど可愛くて素敵なスティルをココで

一人に出来るものか。守れるならば意地でも着いていくぞ」

「か、かわ…!?って、イグウィル様に何かあったら嫌!私一人だけここに残

れば、みんな帰れますし…だからこないで!」

「既に犠牲になるつもりでいてはいそうですか…って言えるものか!僕だって

嫌だ!ついていく!」

「だめ、イグウィル様はこないで!」

「嫌だ、ついてく!」

「こないで!」

「ついてく!」

「こないで!」

「何をしているのよアンタ達は…」


ナナに呆れられてしまった。

お互いに押し黙ってしまった僕らの横で、キコキコという音が聞こえてきた。

見ると、イシマちゃんがイチジクの缶詰の上で缶切りを動かしている。


「ほい、これスティルの分。食べて」


何か言う前に、彼女は蓋を開けきると、ひょいっとスティルの手に蓋空き缶詰

を押しつけてきた。思わず受け取ってしまったスティルは困ったように缶詰を

眺めていたが、やがて今も見つめているイシマちゃんに観念したのか、一つ一

つイチジクをつまんんで、口に入れていった。


「美味しい…。貴方って本当に食べ物にもの凄くこだわるのね」

「そりゃそうだって。自由に生きる最大の一歩は、満足なる食から産まれるっ

ていうし。スティルはさぁ、美味しいものって早々食べたことなかったでし

ょ?そんなんじゃロクな意見が出てこないって、まずはこれ食べてみなって」

「おや、イシマちゃん良いことを言いますね。私の間でも『天才的な思想は胃

袋から』『胃袋が空の優れた政治顧問は決して存在しない』という言葉もある

くらいですから。私も一つ貰いましょう」


先生に褒められて嬉しげに缶切りをキコキコと動かすイシマちゃん。彼女なり

の励まし方なのだろうが、缶詰の図案が王室の食堂にあったロイヤルイチジク

ーなのは言わないほうがいいんだろう。これ食べたスティルと先生も共犯にならない

だろうな。


「ふう…やっぱりうまー、お腹膨れたしこのまま寝ようかな。自覚と反省はし

ているけれど、行動はやめられない。」

「いやいや、やめなさいこんな時に!」

「本当に貴方って素直って言うか自由って言うか…、イグウィル様の前でそん

なのでいいの?」

「いいのっ、王子って素直で自由な子を見るのが大好きだからね。なんて言え

ばいいか難しいけれど、王子って身近なヒト達に自由に居て欲しいって気持ち

を持ってるんだよね」


スティルが「あら?」というような不思議そうな表情でイシマちゃんを見つめ

てきた、彼女がこうやって話すのは珍しい。

 確かに、イシマちゃんの言うとおりだ。友人一行に色々と振り回されている

ことが多いけれど、それでも友達で居られるのは憎悪や下心がなく、やってい

ることがワガママと言うより自由で素直な領域に近いからだ。実際、こそこそ

せずに堂々とお金を欲しがったり食べ物をねだることが多いけれど、その決定

権は常時僕が持っている。不快となる境目を無意識にわかっているのだろう。

他の王国で聞かれるような腹の探り合いや、蹴落とし合いも全く無い。王子の

権力を利用することに興味が全くないのだろう。


「王子がそんな気持ちを持っている理由って、自分もそうなりたいって願望が

あるせいかな。自分の立場のことも意識しているせいもあるかな。その王子の

願いに応えて自由に生きたいって思わない?だから王子頼って良いさ、王子っ

て規則には頭が固いけれど、そういうとこ頼りになるんだから」

「うん…それイグウィル様にもどこかで聞かれたことがある気がするわ」


「だろうね」とばかりに頷くイシマちゃん。それにしても今日の彼女は絶好調

だ、一体どうしたんだ?


「そんな王子が、自由を奪われたスティルが一人だけ犠牲になったら絶対に泣

くぞ。心にスティルのことずっと残って後悔するぞ。もうそれだけで王子の自

由を縛ることになるんじゃないかな」

「でも、今回もしわたしと一緒に行ったらどうなるのか分からないわよ。イグ

ウィル様の命に関わるんだから」

「何言ってるの、それでも王子は行くよ。だって自分の命の危険よりも、ステ

ィルと一緒に居る将来の方が断然上だからに決まってるじゃん!」

「にゃっ!?」


スティルの言葉が裏返った。


「だからスティルも自由にいけって素直になりなって。そもそも一人で行った

らゲームオーバー確定している時点でヒトに頼る方がいいっての」

「まるでそんな経験をしてきたみたいな言葉ね…」

「そりゃそうだよ、経験ならある。今のスティルに似たようなことをね」

「ごめんなさい…」


イシマちゃんの言葉にスティルはうつむいてしまった。今の話だけれど、きっ

と嘘ではないだろう。そういえば悪魔のことをよく知っていたな。悪魔に狙わ

れたことがあるって言っていたし。


「ほい、あとは王子が何か言ったって、愛してるでも結婚しようでも、なんな

ら食べ放題につれていってくれとかさ」

「いきなりこっちに振るかなぁ…」


本当に色気より食い気だなこの子は。さっきの名言との落差が大きすぎる。


「けれど、確かにイシマちゃんの言うとおりさ。スティル、本当は悪魔に襲わ

れている君を翼の後ろかばって守りたかったんだ」

「今は…どうなのです?」

「それだけじゃ我慢できなくなったってしまったんだ。この背中の竜の翼、こ

れを天使の翼を並べて君を見守りたい」


スティルはすぐには何も言わなかった。背中の羽根が所在なさげに僅かに揺れ

居てる。心の整理に時間がかかっているのだろう。


「イグウィル様、天使としてお願いがあります」

少しの間目を伏せていたスティルが、再度目を上げて僕の顔を見つめてくる。

「私は天界を追われた光の堕天使です。それでも…、私も自由を望みます。私

の翼の横で、見守って下さい、イグウィル様」

「仰せのままに」


優しく撫でると、すっと抱きついてきた。小さな声で「ありがとう」とつぶや

くのが聞こえてきた。」


挿絵(By みてみん)


「この雰囲気で言っちゃ悪いけれどよ、本当に無自覚の女殺しだよなあいつ。

あれぞリア竜の模範ってやつだ…良くも悪くも」

「そうそう、無意識に追い詰めて最後は相手の意志を聞かずに強引に人さら

い。私もあれやられたのよね」


翼の後ろから聞こえて居るぞそこ、無意識でワルカッタナ。というかここで

「ヒトさらい」と言うのはやめてくれ、スティルが変な誤解をするだろう?

 地面を照らす黒い光の濃淡がハッキリと見えてきた。もう、移動することに

なりそうだ。


「どうやらあまり時間がありませんね、私からはこちらを…っと」


先生が魔術を手に帯びさせると、そのまま僕とスティルの頭を撫でた。その瞬

間、口にハッカを入れたように、頭に清涼感が漂ってくる。


「同じ手を使われるわけには行かないですからね、これで前みたいな撲殺天使

の精神攻撃は防げる筈です、あとはイグウィル君の好きに料理しちゃって下さ

。それにしてもこうやって頭を撫でたのは君が子供の時以来かな。あの時と撫

でる手の位置が全然違ってしまいましたね…」


昔を懐かしむように先生が顔を緩める。

間もなく、黒い光の濃淡がハッキリと見え、黒い塔の入り口がハッキリと口を

開けてきた。もう、吸い込まれる前に行かねばならないだろう。


「イグっち、相手がナカマの天使でも構わない、遠慮なくぶっ飛ばしてや

れ!」

「そーよ、女の敵なんだから徹底してぼこぼこにするのよ!!」

「ナナの言う通りね…頑張って!」

「行ってこい、そして爆発しろ!」

「お土産はパイン缶でお願い!」


光の粒子に包まれたところで、みんなが口々に話す。明るい口ぶりなのは僕を

信頼してくれるのだろう、内容もアレだったし。


「イグウィル、私もレイヴンに聞くべき事を聞き取りを終えたら追いかけます

よ。教育係として言わせて貰いますが、中に何が待っていようと君なら絶対に

大丈夫です。だから安心して逝って下さい!」


先生はそう言うと、震えている悪魔の肩をポンと叩いた。


「さて、手早くお話を聞かせて貰いますよ」


先生の笑顔とそれに怯えるレイヴンの顔、僕がこの裏世界で見た最後の光景だ

った。



「あれ?先生何の魔術ですか、それって?」


「折角ですから中の様子を見る術をちょっと…ね。イグウィル君頑張って下さいね」

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