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第二十三話 竜の王子と月の秘密

食後の話し合いで、一行は2階の部屋を分けて使うことで落ち着いた。僕の部

屋も明け渡す形になったので、僕と先生は一階の居間にベットを移して眠るこ

とになった。ナナが室内の家具に目を輝かせていたけれど、「室内の備品を無

断で持ち出したらリアルマネーで請求しますよ」という先生の言葉にがっくり

と肩を落としていた。今頃手が出せない家具類を諦められず、眠れないでいる

のじゃないだろうか。

 もっとも、眠れないのは僕も同じだった。いつもと違い、妙に目がさえて眠

ることは出来なかったのだ。

窓辺に目を向けると、脇の机に飾っているリボンが目に入る。この世界に転移

した日に、スティルからプレゼントで貰ったものだ。彼女は大丈夫かな、この

世界なら安心して眠れているだろうか?


「寝付けないですか、イグウィル君?こうやってイグウィル君と同じ部屋で寝

るのは何年ぶりでしょう」


 ライトタワーのライトアップを見ようと身を乗り出したとき、ベッドから先

生の声が聞こえてきた。


「ここまで世界の脱出に時間がかかって、イグウィル君に謝らねばなりません

ね。本当ならお城にある天蓋のあるベッドで休みたいのでしょうに」

「ベッドと毛布があるなら僕は十分ですよ。僕が城下にでて宿屋をしょっちゅ

う利用しているのは知っているでしょう?ただ、ここに長く居るせいかな、ち

ょっと考え事があったので。今の状況について…ね」

「考え事?」

「ええ…。この世界の出口のことです。先生、本当は本気で捜せていないので

はないですか?」


ここ最近湧き上がっていた疑問だ。数秒の沈黙の後、先生のベッドから声がか

かってくる。


「どうしてそう思ったのです?」

「ここで起こったことの体験、一番バランスが取れて良い状況を保っているか

らです。偶然か、計画的にかは分からないですけれどね」


先生からの返事はない。暗に話の先を促しているのだろう。


「僕としては農と食べる事についてここでしっかり教われましたし、スティル

も辛いことを忘れて生き生きと過ごせています。 本来なら元の世界で僕らが

行方不明になる最大のデメリットも、この亜世界の時間の流れの違いで問題に

ならないようですし。実際、ここで半年は経過しているけれど、向こうでは3

0分も経っていないのでしょう?」


問題は残っているが、恐らくこれも解決可能だろう。さすがにナナ達は巻き込

まれたように思えるけれどね、


「確かにその通りですね。それでイグウィル君はどのような結論に至りました

か?」

「何となく知識と分析力に秀でた先生の能力に制限をかけているような、そん

な風に思えます。もちろん、僕やスティル達のためを考えて…を前提にした話

しですよ」

「イグウィル君、最大の目的は君達をこの世界から脱出させる、これは君に誓

って嘘はいいません」


ここで一旦先生は言葉を切った。数秒の沈黙の後、再び先生の声が聞こえてく

る。


「ただ、君の言う気持ちが、心のどこかにあるのも否定できないですね。実際

君の言うとおり本来は地獄だったはずのこの亜世界が、イグウィル君達のおか

げで穏やかな世界を保っています。君やスティル、そしてイシマちゃん達を生

き生きしているとしていますからね。「まだ見つからなくてもいいじゃないか

な」と考えが無意識にあって、判断を鈍らせているかもしれません。全く、王

子のことを考えるべき専属教育者としては失格でしょうね」

「『専属教育者』ならね。でも広い意味の『教育者』としては、ありかもしれ

ません」

「そう言ってくれると心が楽です。こんな王子に育てたヒトの顔が見たいです

よ?」

「鏡を見れば一発でしょう。それにしても、先生も迷うことが沢山あるんだな

ぁ」

「ええ。迷いますし、そして怖いですよ。大人になって清濁を知りすぎた指導

者や教育者を、教えてくれるヒトは居ませんからね」


僕から視線を外し答える先生の表情は、どことなく寂しげだった。

教わる相手がいない中の迷いや恐れの気持ちは痛いほど分かる。理想と現実の

板挟みの立場ならなおさらだ。一昔前の社会の王族が、占星術で自分たちを導

こうとしていたのも、心にその気持ちがあったからだろう。


「もっともここじゃ、それすらも出来ないけれどね」


僕はそうつぶやくと、窓ごしに月へと目を向けた。全く欠けのない建物からさ

ほど離れていないところで白く光っている。占星術に必須の満ち欠けが起こら

ないので、ここが隔絶された世界だと思い知らされる。

 ただ、月の模様は、僕らの世界と寸分の違いもない天使の女性の横顔だ。長

い髪に大きな翼、顔には鮮やかな黒い瞳までくっきりと…。


挿絵(By みてみん)


ちょっとまてよ…?今のはおかしい。


僕の世界にある月の模様では、天使の目の部分に瞳はない。そのことを思い出

して再度月に目を向けてみた。うん、見間違いじゃない。小さくて殆ど目立た

ないが月の中心、天使の目に当たる部分に僅かに黒点が見える。窓の汚れじゃ

ない、まるで月にくっついて見えるような…。

 肉眼ではここまでが限界だ。僕は、近くの机に置かれていた双眼鏡を手に取

り月へと向けてみた。双眼鏡で眺めても、月にはクレーター一つ見ることが出

来なかった。ただ滑らかな月の表面が大きく見えるだけで太陽も月もまやかし

だと思い知らされる

 少しだけ悲しくなった気持ちを心にしまい込むと、僕は僅かに手がぶれる双

眼鏡を窓枠に固定して視線を中央に集中させた。


「うわ、なんだこれは!?」

「イグウィル君、どうしました?」

空を眺める僕の事が気になったのだろう、先生もベッドから起き上がってき

た。


「いえ、月の中心に何か黒い点のようなものが見えたので気になって…。あ、

あった!これは点なんかじゃない、何か模様みたいなのが見えますよ。」

「模様ですって!?」

「ええ、模様というのも変かな。よく見ると、何かの紋章や人工物のような…

何なのでしょうあれ?」


僕の言葉に先生も月に視線を向ける。双眼鏡を差し出したけれど、先生の視力

なら必要ないらしく、手で振られやんわりと断られた。

先生が月に向けて瞳が僅かに開かれてほんの数秒ほど、「もしや」と短く叫ぶ

と普段の穏やかな顔が消え、滅多に見せない真剣な表情に変わっていった。


「先生…?」

「イグウィル君。どうやらいきなり前言を撤回しないといけないようです。元

の世界に帰る手がかりが出来ましたよ」

「本当ですか!」


思わず声が上ずった。一気に事態が急転したな。


「ええ、今から説明しましょうか」


先生は、部屋の脇に置かれていた机の引き出しを開いた。取り出したのは何故

か入れられていたボードゲームの駒がいくつか。更に荷物置き場から、ミニチ

ュアらしいものが取り付けられたボードが、机の上に乗せられた。


「先生、これってここの都市の模型ですか…?」

「ええ、まだほんの一部ですが、主だったものはできあがっています。建物の

高さや地形の高低差も正確に表していますよ。


改めて見ると、随分と立体的な起伏が見える。ここってテーブル状の台地に作

られた街みたいだな。


「よくここまで調べられましたね」

「私も伊達に何でも屋のギルドでSランクになったわけじゃありませんよ。Sラ

ンク冒険者としてギルドに街の区画調査を依頼したら、あっという間に調べて

くれました。」

「なるほど、その手がありましたね。それでも、簡単に調べ上げるなんてここ

の調査員って随分と優秀だったんだなぁ。」

「優秀すぎましたね。冗談交じりに各家屋の洗濯物をたたむ順番も問い合わせ

て、普通にスラスラと答えた時には流石の私もドン引きしましたよ」

「うわぁ…」


普段からそんなところまで調べられていたのか。住民の生活一つ一つが調べあ

げられている所がまっとうな社会とは思えない。先生がこの国の社会状況を警

戒していた理由が分かる気がする。実際の聖王国って徹底した管理社会だった

のかもしれない。


「まあ、今はそのことは置いておいて、今はおさらいをしましょう。この世界

から脱出するためには、まずこの世界を統括している要、―ヒトでいう脳みた

いな役割を果たしている部位を探す必要があります。元の世界へ戻るゲートの

隠蔽やスティルの記憶の封印も、そこが関与していた筈ですから」


それは分かる。先生はこの空間全てに探索魔術をかけたけれど、全く反応がな

かったから探すのに手間取っていたはずだ。


「結論から言うと、さっきイグウィル君が月で見つけた黒い点こそが、まさに

この世界の要です。レイヴンはその利用者兼転移時の標識といったところです

ね。外部からこの世界に侵入した場合、レイヴンに照準を合わせて、途中で侵

入者が接地できる場所に転移させていたのでしょう。この世界の『背景部分』

なら『空間全て』を範囲とした探査の魔法に引っかからなかったのも頷けま

す。全く、随分手の込んだことをしてくれたものです」

 なるほど、この世界の背景部分なら、探査の魔法にひっかからなかった理由

が説明できる。本に例えれば、捜している単語が本の表紙や裏表紙にかくれて

いて、ページ全てを検索しても見つからなかったようなものだろう。


「でも、簡単に結論づけていいのですか?あの月が要といっても裏付けになる

ものがありませんが…」

「それはこの模型で証明できます。イグウィル君、ここでみんなが転移したと

きに居た場所とその時の状況をもう一度思い出して下さい。まず、イグウィル

君はスティルちゃんと一緒に最初はこの路地裏に居たのですね?確かそこを離

れた直後に日が昇ってきて、その後ミヤ通りでレイヴンに遭遇した…と?」

「ええ、その通りです」


先生が僕やレイヴンを見立てた駒を置いた場所を見て、僕は頷く。


「私は、中心部近くにあった夜のバルコニーに転移していました。丁度この辺

り…っと。そして、お友達チームは真夜中にこの塔の頂上に転移していて、レ

イヴンはそのほぼ真下にいましたね?」


先生はみんなやレイヴンが飛ばされた場所に同様に駒を置くと、何故か時刻を

書き込んでいった。


「どうです、ここまでで何か見えてきましたか?」

「見えなくはないです…が、まだ答えには届いていません」


レイヴンとその他の駒を見返してみると、どういうわけか全て東西方向に結べ

ることに気がついた。何らかの手がかりになりそうだけれど、これが直接答え

に結びつくなら、先生がとっくに気がついているはずだ。


「はい、それならここでレイヴンと転移したみんなの居場所を線で結んでみま

しょう。ただし、平面図でなく立体図でですよ」


「え?立体で?」


頷いた先生がサッと杖を振るうと、街の模型空間は小さなドームへと包み込ま

れる。多分結界のミニチュア版だろうな。同時に、レイヴンと僕らの駒が結ぶ

光の線で結ばれ、ドームの表面に月の軌跡が浮かび上がり、僕はあっと小さく

叫んだ。

「気がつきましたね、これなら証拠として十分でしょう?」


先生の問いかけに、僕は頷いた。

 日の出直前で転移した僕とスティル、それに見立てた駒とその時のレイヴン

の駒と結んだ線は西の地平線ギリギリの空へ向けられていた。夜8時頃にバル

コニーに転移した先生では、東の空に高度30度程度。そして真夜中迷い込んで

きた友人達とレイヴンを結ぶ線は、線はほぼ真上に向けられている。

 そう、この模型図でレイヴンと僕らを結んでいた線は、その時刻の月の軌跡

とぴたりと一致していたのだった。


ギルドの一般家庭の諜報能力がありえないレベルですが、比較的最近吸収された現実の某国家でも本当に同じ事やっていました。調査対象の「コーヒーに入れる砂糖の数」や「下着のたたみ方」まで徹底的に調べ上げていたそうで。


勿論真っ当な調べ方ではなかったので、作中で先生が警戒するのは無理もないでしょう。

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