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第十七話 竜の王子と天使の魔術

立ち寄ったとある国は、食に恵まれた裕福な国だった。私は旅の経験を買わ

れ、大商会の御曹司に、食べ物のありがたみを教えて欲しいと依頼された。

同時期に雇われたある学者は「美味しいモノを取り上げ、粗末なモノれば、食

に対するありがたみが分かるだろう」と話し、暖かいモノは作らず、粗末で冷

たいモノを出すように命じていた。

 翌日、御曹司の食卓に粗末な食べ物はなく、どの世界の美食家達もうならせ

るような暖かい料理が並べられていた。私が学者命令の後に、会長の後押しを

貰い料理人達に命じたメニューだった。

 食が足りてなお、食を大事にさせたいと願うなら、美味しいと思う気持ちを

奪うべきでない。食を大事にする気持ちは、食べたときの幸福感から生まれる

からだ。美味しさから遠ざけた食事を強いたとき、行き着くのは食の大切さで

はなく食への無関心だろう。

 跡取り息子は料理に感謝し、その後食品業で大成した。学者は、その日出さ

れた料理を食べ残して、何も言わずにその商会を立ち去った。




トーラス100年の旅 第5章より





 スティルが紹介してくれた借家は、大通りから一ブロックそれた所にある石

造りの住宅だった。部屋はキッチンを兼ねた居間と寝室の2部屋だけで決して

広い家とは言えなかったが、基本的なインフラは整っていたし借家からスティ

ルの住む大神殿にも近かったので、しばらくはここに腰を落ち着けることにし

たのだった。貨幣で流通している品物も全てイミティアで作られたモノだけれ

ど、魔力を使わなければ、道具としては一応使えるので助かった。

 それにしても、先生は全てがまがい物と言ったけれど、ヒトも建物も模倣が

よく出来ている。店では、お金さえあれば売買も普通にできたし、街を歩く天

使達の動きは普通のヒトに話題を振ると。彼女の経験や記憶はなさそうな所 

まで再現されていた。恐らく、この都市を設計のための情報源は彼女の記憶だ

けでなく、彼女以外の外的要因も取り込んで再現しているのだろう。このイミ

ティアを作った悪魔は、余程高位な悪魔だろうな。もっとも悪魔払いやら 翼

を持たないヒトの流行ファッションとかここじゃあり得ないことまでが話題に

しているから完璧とは言いがたい。いくら高等魔術といえども、情報源となっ

た地上での知識や文化学習をそこまで修正出来なかったのだろう。

 そんな世界でやるべきことは沢山合ったが、何をするにも僕と先生の二人だ

けだ。話し合いの末、最優先の食料調達は僕が。出口となるゲートの探索は先

生が行うことになった。僕によく似たあの大天使長ルフトの情報も集めたかっ

たが、余裕ができるまでは保留だろう。何かの片手間で調べない方が良さそう

だ。

 農作業の準備では、困ることは何も無かった。街から一歩でれば手つかずで

使い放題の農地が何処でも広がっている。よくできたこの亜世界も農家までは

再現できなかったと言うことか。もっとも、労働力は僕一人だけなので、たい

した物は作れない。とりあえず畑は、少しでも労力を減らそうと不耕起栽培

(耕さずに作物を栽培すること)で対処した。生命のないこの世界の荒れ地な

ら、雑草が多くなるというデメリットはないだろう。

 あとは、野菜の種を播種して植物特有の魔術を補助に用いれば、ごく短期間

で実りの畑へと変わっていく。当面の食料はこれでいけるはずだ。



そう思っていたのだけれどなぁ…。



「ダメだ、失敗だなこれは」


この世界に降り立ってから一月あまりが過ぎ去ったころ、僕は街のすぐ外にあ

る畑で立ち尽くしていた。

 手に握りしめているのは収穫で束ねられたばかりの品種改良を重ねたフォニ

オの穂。荒れ地でもよく育ち、種を植えて一月もすれば、茎が垂れ下がるほど

の実が収穫できるので荒野の救世主と呼ばれている。それなのに、僕が今手に

しているフォニオの束は異様に軽かった。脱穀しても殆ど中身は望めないだろ

う。

 原因は明らかに栄養不足だ。今居る空間はもともと生物圏が存在していない

狭い亜世界、そんな世界では栄養成分になるものなんてあるはずがはない。マ

ジックガーデニングに付属している肥料を投入してみたが、この世界では土壌

も全てがイミティア製。そのため肥料は土壌で分解されずにそのまま残り、植

物が栄養として吸収できなかった。頼みの綱となる僕の植物属性魔でフィニオ

の成長を試みたが、無から有を作り出すなんて出来るはずがない。

 当初からその可能性は想定していたけれど打つ手は限られていたからな…。

他の作物も植えているが、状況としては似たり寄ったりだろう。


「これじゃあ他の作物も収穫がしばらく期待できないな。こんな所で飢饉を体

験することになるとはなぁ」


今備蓄されてある食料を思い出す。食べられるものはレイヴンの所から頂いた

パンと干し肉が一山ある程度。肉の缶詰もそれなりに残されていたが、足りな

い補助栄養素の補給にしかならないだろう。

 信じがたいだろうが、この世界では、どんな王族でも飢饉をないがしろにす

ることはない。まともな王族は言うまでもないが、悪評まみれの権力者といえ

ども、飢饉で人民を見捨てたときの風評を恐れているからだ。僕も先生の教え

と他国の飢饉の悲惨さから、絶対にみんな空腹にさせるものか…の気持ちで過

ごしていた。

 ただ、今の僕を含めて飢饉の伝聞と現実との隔たりが大きすぎた。贅沢はし

ていないけれど王子という立場上食べ物は身の回りに溢れていて、決してなく

なることなんてない。食堂は常に百人単位のスタッフが居て食べたいもののリ

クエストはみんな答えてくれていた。それにおやつが食べたくなったときも、

大調理場の裏に行けば顔なじみの料理人がこっそりとおやつを出してくれてい

たっけ。


『ちゃんと食べ物のありがたみを感じるようになるのですよ』


よくそう言っていたパティおばさんの言葉を思い出す。好きなときに好きなだ

け食べられる、そんな食べ物のありがたみを感じたのはこれが初めてだろう。

逆に食べられないってこんなに辛いことなのか…。

これは当分の間夕食は節約した缶詰になるな。これの茎葉は食べられないだろ

うし…。


「あっ、イグウィル様見つけたっ!」


ふと、頭上からの声に頭をあげると、羽を水平に広げて滑空するスティルの姿

が見えた。よく見ると、お城の居たときより彼女の翼が大きく見えるな。半精

霊体の翼は精神に影響されるというから、城に居たときより落ち着いているの

だろう。


「良く来たな、僕がこう畑仕事をしていたら、全然王子に見えないだろう?」

「そんなことないわよ、農作業をしていても王子らしい上品な動きが抜けきっ

てないもの。イグウィル様って農民になりきるのは向いてないみたい」


彼女の正直すぎる指摘に少しがっくりきた。純粋すぎるんだよなこの子って。


「まぁ、否定は出来ないか。実際に畑作りに失敗しているからなぁ」


 ため息交じりに天を仰ぐと、強い太陽の光に僕は眼を細める。この狭いはず

の亜世界でも、空の太陽と月はハッキリと見えた。先生の話では太陽と月、そ

して昼夜も良く出来たプラネタリウムみたいなものらしいけれど、まぶしさを

感じることは変わらない。


「ごめんなさい、気分を悪くさせちゃったみたいね」

「いいって。何でも出来るヒトなんていないのだから。『トーラス100年の

旅』じゃあ、そんなヒトが居たら、それは悪魔だって言われている位だから

ね」

「悪魔ですって?」


スティルが不安げな顔で聞いてくる。脳裏にはあの粗暴なレイヴンの姿が思い

浮かんでいるのだろう。


「あくまでも本の話さ。ある世界の古代国家に絶世の女王が自分の無理難題を

全て満たす力がなければ夫にしないと豪語してね。幾人かの詐欺師の後に、や

ってきたのは、黒尽くめの青年。彼は女王の願いを全て叶え、結婚をしたけれ

ど、そいつの正体は悪魔だった…という結末さ」


その過程で美しかった都が魔都となり、住民が亡霊となって悪魔と飛び交う描

写もあるけれど言わないでおこう。彼女に悪魔絡みのホラー描写はタブーだ。


「イグウィル様、それって本当の話なの?」

「虚実が入り交じったこの本の中では信憑性は高いよ。最も、この話が史実か

どうかより、「ヒトは万能であれ。そう豪語して傲慢な要求をヒトに押しつけ

るモノは、悪魔に取り込まれて悲惨な末路を迎える」という教訓自体が大事な

のだけれどね」


実際話の続きでは、悪魔の逃亡後に残ったのは何もかもが奪われた都だけ。無

理難題を出して悪魔を引き入れた女王への評価は鍋の底となってまともな国家

運営はできなくなり、程なくしてその国は隣国に併合。年金暮らしとなった女

王は生涯独身だったと言われている。


「もちろん努力はするけれどね。どんなに努力をしたって万能という言葉には

届かない。知識の塊の先生自身もいつもそう言っていたよ」

「及ばない…って王子様じゃそうも言ってられないでしょう?そういう時って

イグウィル様ならどうするの?」

「助けを求める」


あっさり答えた僕の言葉に、スティルがぽかんとした顔で僕を見つめてくる。

努力や工夫の答えを期待したのだろうけれど、現実だとそう言わざるを得な

い。


「それでいいの?」

「いいんだ。どうしても王子だって出来ないことが沢山ある、その時は後押し

して貰うのが大事だって先生の言葉さ。まあ、実際それも出来ないことも多い

から悩みが消えないんだけれどね」


実際、この畑の育ちの悪さもまさにその時だろう。いくらスティルが祝福を与

える天使でも、野菜を一瞬で生み出せるはずが…女の子に野菜を出してくれな

んて言えるわけが…。


「それなら任せて、私がイグウィルに野菜を沢山プレゼントするわ!」


ちょっとまった!?


「いやいやいや、スティル、一体どうやって…?」」


僕が振り向いたときは、スティルはもう畑の中心まで足を進めていた、翼を

僅かに宙に浮き始めたところで、言葉を紡ぎ始める。


「…………。………………」


畑の縁からじっとスティルのことを見つめていたが、彼女の口がほんの僅かに

動くだけで、声は殆ど聞き取れなかった。ただ、ヒトの可聴範囲を超えたこの

言葉は魔術独特の詠唱だ。どうやら彼女が持つ属性、光の魔術を使うつもりら

しい。


「何も…起きてないよな」


随分と詠唱の長い魔術だ。魔術の詠唱時間は通常は一瞬だけ、長くても10秒程

度で発動する。けれどもスティルの魔術は言葉を紡いでから30秒経過しても

何も起こらない。

 更にじっと待ち続け1分…2分…、何も変化は起こらないがスティルの詠唱

はまだ続いている。


「!」


3分ほど経過し、諦めてスティルに声をかけようとしたその時、ビクッと背中

の毛が逆立った。弱い静電気が水のように流れる感覚が伝わってくる。

 ほぼ同時に、スティルの足下でラディッシュの葉がかすかに震え、淡く光り

始めた。その光はスティルを中心に円状に広がり、数秒で園地全ての作物が真

っ白に光る。よく見ると、育ちの悪さでひょろひょろだった茎葉が、ゆっくり

とだが上へと成長していく様子がよく分かった。

 時間にしておよそ10秒、数センチ程度茎が伸びたところでこの光は収まっ

た。


「すごいよ、スティル!」


口調に興奮を隠せなかった。植物に光合成の能力を持たせたのだろうが、ここ

まで効果を発揮するの光魔術はそうそう見ない。彼女は一人前の光魔術師と言

えるだろう。スティルが言った野菜一杯というわけではないけれど、あとは僕

が育て上げれば少しずつ収穫が出来るはず。

 ところが彼女の返事はなかった。彼女は未だに目を閉じたまま口の中で言葉

を紡いでいる…。ちょっとまった、もしかしてまだ終わっていないのか!?


「スティル…!?」


さっきの静電気とは比べものにならない感触が伝わってきた。とんでもない魔

力量が辺り一面に充満している。突然、成長していた野菜の茎葉が再度光り、

爆発するように葉が吹き出してきた。それじゃない。まだ発芽していない芋や

穀物も土から噴き出している。もう成長って言えるレベルじゃなかった。野菜

が噴き出した勢いで嵐の中のように揺れ動き、まるで緑の噴水に包み込まれた

みたいだ。


 ざわめくような音が消えたとき、荒れた畑は緑の森が覆い尽くす光景になりか

わった。


作中に出てっきたフォニオですが、これは実在の穀類です。

成長が早くて貧栄養の土壌でも育つという高性能植物で、西アフリカを中心に栽培されています。粒が小さく脱穀などの手間が非常にかかるのが欠点で、脱穀機が開発されているそうです。


この世界では品種改良と加工機械の作成を、イグウィルの家系で既にやらかしているでしょうが…(笑)

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