プロローグと第一話 竜の王子と友人達
夕方6時に定期的にアップしていきます。
(イラスト:ヒドラ 作)
幾つもの世界が繋がり、竜と獣が知と文化を持つヒトとなった。
そんな僕らの世界の理を表しているものはなにか、この問いに、大半のヒトが
「トーラス100年の旅」と答えるだろう。この世界に生きるヒトなら誰でも
知っている、古代の世界を旅した賢者の自伝だ。その一節にはこのように書か
れている。
もし僕らの世界を知りたいのなら、他世界への門をくぐりぬけ
世界のすべてを渡るといい。
ここでは長い時間を経て星の数の世界が生まれてきた。
そして長い時間を経て星の数の種族が生まれてきた。
やがて世界は泡のように繋がり、種族は手と手を取り合い繋がってゆく。
幾多の種族が出会いを求め文化を求め、争いの後にヒトと呼ばれる種族の中に
溶け込んだ。
そして天使がヒトを祝福し、悪魔がヒトを呪い尽くす。
空駆ける竜よ地を舞う獣よ。幾多もある世界を渡れ、
技術を求めよ、魔法を求めよ。その旅には終わりなど ない。
「トーラス100年の旅」 第1章より
(イラスト:えにし(縁)作)
この世界でどう王として立ち回るか、貴族達、そして国民とどう関わるの
か。王族なら誰しも考える命題だ。その答えとして、各国の王は様々な答えを
出してきた。王権神授に社会契約、学問が進んだ国では啓蒙思想や立憲君主な
ど。王政そのものの廃止を検討した王国だってある。
もっとも、その答えが出たとしても、僕らの住むこの世界は一つではない。
住むヒトの姿形が多様ないくつもの世界が干渉し合うため、政治体制はかなり
流動的だ。国の状況に適した答えを見つけ出しても、時がたてばその考えを覆
されてしまうことも多い。そのため、王族は国民との距離を縮めてその答えを
出し続けるため、それぞれ模索を行ってきていた。演説台から話しかけるだけ
でなく社会奉仕や寄付を積極的に行う王族もいれば、王宮の一部を一般に開放
したりした王だっている。中には、こっそり城を抜け出し、見て回る王族も少
なくない。絵本じゃ国民の生活を考えないワガママな王様の話が多いけれど、
僕らだってヒトだ。みんなと身分を忘れて分け隔てなく話せれば嬉しいんだ。
ここで気がついたヒトもいるだろうが、僕もその王族の中の一人だ。
ドラゴニア王国の第一王子、イグウィル=ユグド。僕も城を抜け出し、
先ほどの命題の答えを探そうと思っている。
さて、難しい話をしているように思えるけれど、深く考えることはない。だ
って、こんなことを考えた理由というのが…。
「なんでそんな僕の私室で、みんなしてくつろいでいるんだあっ!?」
「「「「え?」」」」」
青筋混じりに叫ぶ僕の目の前に居るのは僕の友人5人組。街の宿屋で偶然彼ら
と出会ってもう半年になる。王政に関わる街の情報や珍しい食べ物で話が合い
それ以来、城の僕の部屋にはフリーパスでちょくちょく遊びにやってくる。当
初は王子と分かってガチガチだったのが、慣れてきたから悪いことではないの
だろう。けれどこれはもうフリーパスどころかフリーダムまで振り切ってる。
実際僕が見ているここはどうみても王子の部屋の光景じゃないだろう、さっ
きの僕の考えも今目の前のこのカオス空間を目の当たりにしたせいだ。
僕の目の前で金目のものを探っている猫獣人の少女のナナに、どういうわけか
壁にめり込んでいるファードラゴン(竜と獣のハイブリッド)のファーザス、ナナの姉になる我関せずのマナと天使のルヒエルは持ち込んだらしいこたつに入って最近王都で流行っているアヴァロンカードで遊んでいるし、猫みたいな毛玉マスコット体型のイシマちゃんは…、おい、何でせんべいを持って床に寝転がっているんだ!? 袋からせんべいが零れているぞ。
(イラスト:ヒドラ作)
「ルヒエル、みんなで僕の部屋で何をしているんだ?、誰も居なかった筈なの
に一体どうなっているか説明してくれ!」
「え?どうって王様デッキを組もうとして捨てる手札の優先順位を……」
「そっちじゃない!!僕が部屋を留守にしていた30分の間に、どうしてここ
までこうなった!」
「どうして…って言われても。暇だったから遊びに来たのはいいけれど、イグ
っち留守だったろ?とりあえずここで待つのも何だから、こうやって
先にイグっち部屋に入って暇つぶしを…」
「その時点でどこかがおかしいって気がついてくれっ!」
この中で一番常識もちの君でそれはないだろう。
今話しているのはこの世界では珍しい天使のルヒエル。友人一行の中で年長者
である彼がこの友人グループをまとめることが多いのだが、こたつに入ったま
ま乱雑にカードを並べて、カードバトルの真っ最中。熱心にデッキを確認して
いる姿はどう見ても天使には見えない。…そういえばどこから持ってきたんだ
よそのコタツ、うちの城にはなかったよな…?
「あらあらまぁまぁ、落ち着いて 」
こたつの向かい側でアヴァロンの対戦相手をしている猫型獣人の女の子、マナ
が話しかけてくる。この子も常識非常識の境界に線を引いたら常識側だ。出来
ればこのカオスを止めて欲しかったよ、君ならできるだろう。
「うんうんっ、お姉ちゃんの言うことに間違いないんだから!」
僕が答える前に、その妹のナナが口を挟む。とはいえこちらを見ずに、僕の机
の引き出しを片っ端から開け放っているのはどういうことだ?
「ナナ、もしや家捜ししているつもりかそれ?」
「そーよ。別にアンタのものなら私が貰ったって良いでしょ?ちゃんとそれ相
応の対価だって払うから、お金以外でだけれど」
「あのねぇ…」
見事なまでの拝金主義者だなこの子は。そもそもここの友人と出会ったのもこ
の子のお金絡みだ。僕が城を抜け出して街を歩いていたとき、彼女が僕の財布
をすろうとして失敗。それでもあきらめずに泥棒(というかあれはたかりだろ
うが)しようとして自爆してまぁその……僕の手がついて城へとお持ち帰りと
なったのだった。
今の関係になった後もお金好きなのは変わらない、変わりようがないのかも
しれない。犯罪になる盗みはしなくなったけれど、家捜しと手癖の悪さは相変
わらずだ。
おや、そのナナが机の引き出しを開けるのをやめて今度は本棚を漁りだし
た。分厚そうな本を選んでは文字を禄に読まずにぱらぱらとめくっている。あ
れ、前に「本って嫌と言うほど文字が羅列してあるから、読むなんて嫌!」っ
て言ってなかったか?さては…。
「もしかして印刷技術の無かった頃の手写本でも探している?そんな高く売れ
る本はここにはないから。ついでに閲覧は良いけれど持ち帰りは厳禁だからそ
こは諦めてね、ナナ」
「ええっ。それじゃあ探す意味ないじゃない、ってキャアッ。これ可愛いじゃ
ない!ねぇねぇ、コレどこで入れたのよ?」
「写真冊子まで見つけたのか…。もしかして君が言ってるのはこの子のこと
か?」
僕が指を差した先、そこには白い体毛に銀色の髪、瞳と角はダークグリーンの
ファードラゴンの男の子が勉強している姿が映っていた。
「そうそう、その子よ!写真なら実在しているのよね?いいなぁ、この子に会
っみたい!!」
(イラスト:ヒドラ作)
もうその願いなら叶った、それは僕の幼い頃のアルバムだぞ。そこの鏡に同じ
特徴のファードラ王子が映っているだろう。お金以外で彼女がここまで魚みた
いに食いつく姿は初めて見る。家捜ししなくなったのは良いけれどガン見して
にやけている姿色々と悪化しているようにしか見えない。
その後ろのイシマちゃんは…うん、とりあえず置いておこう。食べ終わるま
では絶対に反応することはないだろうし。
「全く、留守にしていたのによく僕の部屋に入れたな、普通だったら戻ってく
るまで警備隊で通せんぼだよ?」
「ああ、それならおねだりしたらあっさりOK貰って通されたよ」
ちょっとまってくれ、誰だよそんなザル警備をやらかしたのは?
「ほら、王子とよく一緒に居る竜っぽいのヒトだよ、偉そうで帽子被って緑色
の体で…ごめん、名前なんだっけ?」
「ミーティスですよ。イシマちゃんが言うほど偉くはないですけれどね」
部屋の入り口から聞き慣れた声。振り向くと見慣れた褐色のローブをまとった
竜のヒトが笑っていた。
(イラスト:ヒドラ作)
ミーティス・ラコウ、紫の長髪を束ね、竜そのものの翼と尻尾を持つことか
ら「正真正銘の竜」と言われている。肩書きは名誉教育長だが、実質は僕の子
供の頃からの専属家庭教師だ。僕が成体となった今でも仕事の補佐役などで身
近に居ることが多く、家庭教師時代と変わらない「先生」「イグウィル君」で
呼び合っている。
この先生の人物像を一言で言えば「賢人」だろう。知識は豊富で 頭の中に
図書館でも持っているみたいだ。かなり古くから内政の相談役を経験してお
り、今の父―当然この国の国王なんだけれど僕視点だと普段はやっぱり父親だ
―、にも臨時の政治顧問に就く事があった。
そういえば、先生って子供の頃から姿は全く変わらないけれど何歳なのだろ
う。一度先生の過去を父に聞いたけれど、「そのうちわかるから楽しみにする
といい、きっと驚くぞ…クククク」と、国王らしからぬにやけ顔をするだけで
何も教えてくれなかった。一体何を知っているのだ、父よ。
「先生、ここにみんなを呼んだのって本当なの?」
「ええ、間違いありません。ただ、応接室に通して『お呼びしますからここで
お待ち下さい』と伝えたはずですが…」
「よし、とりあえず言い訳を聞こうか、ナナ!?」
彼女に目を向けると、視線をそらされた。多分『ここ(応接室)でまつ→ここ
(王城内)で待ってもいいはず→だったらここ(王子の部屋)でくつろいでい
てもいいじゃん)』って都合の良いように解釈したな?
「とにかく話を戻しましょう。先生が来たってことは、僕に急な仕事の依頼で
すか?」
「え~、王子にも仕事ってあるの?王子なんてどうせ仕事なんてしないで、取
り巻きにチヤホヤされて楽していると思ったのにさ」
「おや、そこまで言う?そんなに言うなら今から『王室森林資源多面的プロジ
ェクト』の資料作りを手伝って貰おうか?紙代と日給、毛梳きブラシなら僕の
ポケットマネーで出すからさ?」
「嫌よ。名前を聞いただけで尻尾の先まで毛がよだつわよそれ。それにアンタ
このあと勉強するんじゃなかったの?」
「いえ、今日はお休みしましょう。そのかわりに定例会議後入った特別謁見
に、イグウィル君も急遽同席して欲しいと連絡が入りましたよ」
「え、僕も?」
先生の言葉に僕は首をかしげた。確かに『王政はヒトを束ねる仕事では無い、
ヒトと会う仕事だ』と呼ばれるけれど、僕を巻き込んだ急な謁見は珍しい。
「王子だけでなく私も参加します。みんなには本来なら退室をお願いするので
すが…」
そう言うと、先生は表情を変えずに壁に生えている気絶したオブジェをちらり
と見る。
「ファーザス君がこれでは恐らく無理ですね。彼の目が覚めるまではココに居
ることを許可しましょう」
「一応生きてはいるのか…。何でファーザス君はここのマットに沈んでいた
のさ?あっ、修理代は請求しないからそんな顔をするなって、ナナ」
「ああ、実はさっき案内役の女性から貰った侍女のメイド服をナナが着てみた
んだ。そしたらそれを見た瞬間に、ファーザスが「似合わねーーwww」って
叫んで大爆笑。その直後にナナの怒りの足蹴りで…。けどまぁ安心して下さい
ね、これはいつものことですから」
壁にめり込んだオブジェには目もくれず、夢中でカードデッキを整理するルヒ
エル君を見て、僕はため息をついた。
ファーザス君ご愁傷様。今まで忘れていて…ごめん。
獣人とファードラゴン(竜と獣のハイブリッド)が出てくる出まくる…。
キャラクター紹介
(イラスト:ヒドラ作)
イグウィル
ファードラが治めるドラゴニア王国の第一王子。
キーワードを挙げると「王子」「イケメン(ファードラ基準)」「大金持ち」「真面目」とチートとは別の意味で恵まれまくってる。通称リア竜爆発しろ。
王子業はちゃんとこなしているが、時々友人達に振り回されて、王子の自覚を忘れがち。
おまけ
イグウィル「ナナの侍女服、似合うと思うのになぁ。いっそのこと侍女やってみても悪くないんじゃない?」
ナナ「やぁよ!わたしは自由を愛する女の子なんだから!」
ファーザス(オブジェ)「………(…アンタは使われるというよりこき使う方だろうが。この守銭奴女王…ゴフウッ!?)」
マナ「あら、ナナったら何をしているの?」
ナナ「イマナンカ耳障リナ言葉ガキコエタ…ブッツブス(ぐりぐりぐり)」