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お医者さん  作者: RANPO
第四章 「運も実力のおうちっていウヨ?」
8/10

第四章 その2

第四章 その1の続きです。

 眼球マニアの部屋だと言うその場所はいたって普通の部屋だった。名前の通り、ホルマリン漬けにされた眼球が並んでいるのかと思っていたのだが……

『ウウン? ガンキュウハナイノカ?』

 オレのこころを読むかのようにスッテンがそう言った。

「たまに持ってきますが……ここには置いていません。眼球は研究室の方にありますよ。」

『『イリョウギジュツケンキュウジョ』カ。』

「そうです。ささ、こちらへ。今お茶をいれますので。」

『オカマイナクダ。』

 オレたちは部屋の真ん中に置いてあるソファに座り、眼球マニアは棚に置いてあるカップや茶葉をカチャカチャといじり始める。

「本来なら――」

 お茶を淹れながら、眼球マニアが申し訳なさそうにしゃべる。

「様々な理由があるとは言え、《ヤブ医者》が二人、遠路はるばるスクールに来たのですから、出迎えるのは我が校の校長であるべきなのですが……急な用事ができましてね。緊急の会議だそうです。」

「会議?」

 会議と聞くと『半円卓会議』しか思いつかないオレだったが、スッテンは納得した感じで頷いた。

『スクールトイッテモ……イヤ、スクールトイウノダカラトウゼントモイエルカ。チイキノヒトヤウエノニンゲントノカイギノヒトツヤフタツ、アルダロウ。』

「そういう雰囲気ではありませんでしたね……」

 眼球マニアがオレたちそれぞれの前にお茶を置く。

「私の所感ではありますが……事によっては私たちが動くことになるような……そんな事のような気がしますね……」

 私たち……つまり《ヤブ医者》という事か。

『アッハッハ。ソレハソレデナットクデキルトイウモノダ。ナニセ、コノバニハ《ヤブイシャ》ガサンニンイルノダカラナ。コレガ《デアウルス》ノケイサンドオリトイウコトハジュウブンニアリエルハナシダ。』

「《パンデミッカー》が活動を再開したそうですからね。聞きましたよ、ニック・フラスコの件。」

「《デアウルス》からか?」

「ええ……《パンデミッカー》の名前が《お医者さん》界を震撼させていた頃、私はまだまだ勉強中の身でしたが……あの恐ろしさは覚えていますよ。」

『ホウ。ソノイイカタダト、アッタコトガアルノカ? メンバーノダレカニ。』

「偶然ですがね。たまたまいたとある講演会で……その場にいた一人の腕のいい《お医者さん》を狙った、当時ランカーと呼ばれていた《パンデミッカー》の中でも手練れの一人に遭遇しましたよ。」

「……」

 オレは、前に《イクシード》に聞いた話を思い出す。

 キャメロンが二番目でアウシュヴィッツという人物が一番。三番目にモロー、四番目に……現トップのアリベルト。他に六人で計十人で構成されるランカーと呼ばれていたメンバー。

 キャメロンと《イクシード》のコンビが実質最強だったから二人とも苦戦はしなかったらしいが、実際、普通の《お医者さん》が相対したら……ランカーは化け物にしか見えないそうだ。

「今や《ヤブ医者》の一人に数えられている私ですが……あの頃と変わらず、彼らと戦うとなったら私は無力でしょうね。」

『アッハッハ。ムキフムキハアル。キニスルナ。』

「ん? そう言えば眼球マニア、あんたの治療法ってのは……」

「ああ。術式ですよ。別段特別でもない、オーソドックスなね。私が《ヤブ医者》に選ばれた理由は単純な技術力だと思いますよ。これでも研究者なので。」

 本人はこう言うが……たぶん、オーソドックスはオーソドックスでも、普通はできないような、それこそ禁術と呼ばれるような術を軽く使ったりするんだろう。《ヤブ医者》というのは大体そんな連中だ。

 自分で言うのもあれだが。


「あの……」


 ぼそりと、オレの横で呟く声。見るとことねさんがライマンくんと一緒に困った顔でこっちを見ていた。

『オットット。コチラノハナシデモリアガッテシマッタナ。』

「これはこれは。私としたことが……他の《ヤブ医者》に出会うのは久しぶりなもので。本題を話しましょうか。」

 眼球マニアは申し訳なさそうに笑い、腕を組む。

「話としては単純です。我が校の生徒の一人が、勉強の為に留学した先で危ない目に遭いました。スクールには責任がありますから、我が校の校長は事の一部始終をその生徒のご両親に報告し……それを聞いたご両親は子供の事が心配になりました。そこで一度その生徒に戻ってきてもらい、元気な所を見せて安心していただこうと……そういうわけです。その生徒は優秀故に留学をしましたから……スクールとしては是非立派な《お医者さん》になって欲しい……妙な遺恨を作らぬよう、その辺りをきっかりとして置きたい。それが我が校の校長の意思です。」

「……そんで頼まれてもないけど、オレはオレとして監督責任ってのがあるから……ここに来た。」

「頼まれていないなどと、卑下しないで下さい。こちらとしては有難い事なのです。」

『ゥワァタシハソンナタノマレテモナイジンブツヲココマデハコンデキタ。ソシテソノデシモヒョッコリトツイテキテ、ケッカ、コンナメンツガソロッテイルノダナ。』

 何やらスッテンは楽しそうに笑っている。もちろん、顔は見えないが雰囲気がそんな感じだ。これでも顔の無い家族との付き合いが長いからか、そういう感情を読むのはそこそこ得意らしい。

「では、早速行きましょうか。」

「ん? もう行くのか? ていうか今行くのか? オレたちは結構いきなり来たんだが……ライマンくんのご両親の都合とかは……」

「ご心配なく。予め《デアウルス》からあなた方がこちらに来る時間は聞いていましたで、ご両親には連絡済みです。我が子の帰りを今か今かと待っている頃でしょうね。」

「さすが《デアウルス》……」


 眼球マニアが淹れてくれたお茶を飲み終え、オレたちは車に乗ってライマンくんの実家に向かう。その車というのがまたしてもリムジンだったから、オレはもう一度「さすが《デアウルス》」と言ったのだが、眼球マニアが「これは私のです。」と言ったもんだからビックリした。

 無論、私のですと言っても眼球マニアが運転するわけではなく、オレたちは眼球マニアの運転手が運転するリムジンの無駄に広い空間に座った。

 ……どうでもいいが、スッテンがリムジンに乗っているという光景はドッキリカメラか何かにしか見えなかった。

「僕の親、腰をぬかさないカナ……」

 ライマンくんがスッテンを見てそう呟いた。



 眼球マニア……さんのリムジンで十五分。私たちは住宅街の中、一件の家の前にとまった。家と言っても、私が……日本人がイメージするような家とはちょっと違くて、なんというか……平たい。それにお庭が広い。サッカーができるくらいはある気がする。

「ライマンさんてお金持ちなんですか?」

「ンン? 別にそうでもないと思ウゾ? これくらいの庭、ここら辺の家ならみんな持ってルシ。」

 ……国の面積が大きいと一件あたりの面積も大きいのかな……

「あ、そウダ。ことね、靴は脱がないんダゾ?」

 ライマンさんが妙に自慢げにそう言った。私もそれくらいは知っているけど……実際靴を脱がないで家に入るというのは変な気分だ。


「ローラ!」


 ライマンさんがただいまと言う前にライマンさんのご両親が出てきた。当たり前かもしれないけど、二人とも金髪で青い目だ。

「ちょっとだけ帰ってきタゾ。」

「元気そうで良かった……」

 ご両親に抱き付かれてかなり恥ずかしそうにワタワタするライマンさん。そんな家族のスキンシップが一段落したとこで、眼球マニアさんが一歩前に出る。

「初めまして。私はスクールで講師を務めているジョン・スミスです。」

 かなりさらりと、なんだがよくありそうなアメリカ人の名前を名乗った眼球マニアさん。それに続いて先生が自己紹介する。私もした方がいいかなと思っているとスッテンさんに肩を叩かれた。

『コノサキハメンドウナカイワガツヅクダロウ。ゥワァタシタチハソトデマッテイルトシヨウカ。』

「え……いいんですか?」

『ツイテキハシタガ、ゥワァタシノジコショウカイヲハジメルトマトマルハナシモマトマラナイダロウ?』

 ふと前を見ると、眼球マニアさんと先生の自己紹介を聞いているライマンさんのご両親は、目をパチクリさせてスッテンさんを見ていた。不謹慎だとか無礼だとかを通り越して意味がわからないという顔だ。

 それに……この訪問はどっちかというと謝りに来た感じだし……私が何かを言うのも変かもしれない。


 こうして、私とスッテンさんは車の横に立っていることにした。

『ソウイエバ、コノマエワタシタジショハツカッテイルノカ?』

 この前の辞書……『半円卓会議』の後、ファムさんの家に行って先生がファムさんに……アレをしている時にスッテンさんがくれた万能辞書。

「はい。すごく便利で……」

『ソレハナニヨリ。モトモトレイノノート……キョーマノセンセイガノコシタトイウシリョウノカイドクノタメニワタシタモノダッタガ……コノマエノムカシバナシデワカッテシマッタ。トハイエ、アレハガイヨウデアッテショウサイデハナイ。ゥワァタシハソコガシリタイカラナ……デキレバ、ヒキツヅキカイドクヲオネガイシタイノダガ……』

 ノートの解読。ちょっとずつ読み進めてはいるけど……やっぱり内容が難しいから、色々な事を調べながら読む形になっている。

「……スッテンさんが自分で解読した方が早いかもしれませんよ?」

『アッハッハ。ソレハソウダロウガ、キガノラナイノダヨ。ショウライソノギジュツヲツグカモシレナイコトネヲ……キョーマカラノートヲモラッタコトネヲサシオイテサキニナカミヲシルトイウノハイササカテイコウガアル。』

 スッテンさんが腕を組みながら少し上を……たぶん空を見る。

『ミチナルコトヘノキョウミハタシカダガ、ウシロメタサヲモッテトリクミタクハナイ。イマハイイジダイナノダカラ。』

「時代ですか。」

『……シッテイルカ、コトネ。イマデハダレモガツカッテイルインターネット、アレハセンソウチュウノジョウホウセンノタマモノナノダ。センソウニヨッテカガクハオオイニススンダガ、トウノホンニンタチハフクザツナキブンダッタロウ。シカシソウイウカタチデシカカガクシャヲナノレナカッタ。カレラガツクッタイマノジダイ、カレラガデキナカッタノビノビトシタケンキュウヲ、ゥワァタシタチハヤルベキナノダヨ。』


 その後、科学の進歩の歴史について長い話を聞いている内に先生たちが出てきた。だけどライマンさんはいない。

「ライマンくんは今日、家に泊まるって。」

「せっかくですから……と言うよりは、ご両親が泊まっていきなさいとライマンに迫ったのですがね。」

『ソレデ、ドウダッタンダ。ガッコウトセイトトソノオヤノメンドウソウナカイワハ。』

「予想通りというか、オレと眼球マニアは結構怒られたよ。スクールをやめさせるとかいう話にもなりかけたけど……ライマンくんが色々と説得してくれた……そんな感じかな。」

『アッハッハ。』

 スッテンさんは何がおかしいのか、笑いながらリムジンのドアを開ける。

『ソレデ、ゥワァタシタチハ?』 

「ライマンは明日にならないと帰ってきませんから、スクールの方に泊まっていかれては? 部屋ならありますし、何より寮の生徒が喜びますよ。」

「喜ぶ?」

 先生が首を傾げながらリムジンに乗り込む。すると眼球マニアさんがため息をつきながら後に続いた。

「安藤、あなたは《ヤブ医者》なのですよ。スクールにおいて《ヤブ医者》とは、スポーツ選手を目指す者にとってのオリンピック選手です。自分で言うのもなんですがね。」

「……そんなにか。」

「私が何人か紹介していますし、生徒たちの関心は大きいですよ。」

『ガンキュウマニアモソンナフウニミラレルノカ? アコガレノタイショウトシテ。』

「ええ……まぁ。しかし私はここで長い事講師をやっていますからね。珍しさはもう無いでしょう。そこへお二人のような目立つ《ヤブ医者》です。皆、興味津々でしょう。」

「え……スッテンはともかくオレも?」

「先生、年がら年中便所サンダルの人は目立ちますよ。」

「そうかな……」

 思うに、先生はキャメロンさんをずっと見ていたから自分の格好がどれくらい変なのかということにイマイチ関心がない。

「服装の話ではありませんよ。未だその技術が謎の《ヤブ医者》。世界で唯一、切り離しを行わずに治療を行える《お医者さん》。人が集まるには充分な事実をお持ちですよ? 安藤は。」

『タダデサエ、《ヤブイシャ》ノチュウモクヲアツメタンダシナ。カクゴスルトイイ。』

 リムジンがスクールに向けて出発する。先生はスクールに近づくにつれて鬱々とした顔になっていく。

「注目されてもなぁ……オレが教えられることは何もない。治療法のアドバイスもできないし……なんかガッカリさせてしまいそうで嫌だよ……」

 不安……というか、心底嫌だという顔をしている先生。

「……なんだか先生のそういう顔、初めて見ましたよ。大抵、なんだかんだ何とかなるだろうっていう感じの顔ですから。」

「オレがことねさんの大爆笑を見たことないのと同じ感じだよ……きっとこれはオレのレア顔なんだよ……」

『アッハッハ。キョーマニモニガテナコトガアルトイウコトダロウ。』

「注目される事が苦手ですか? 安藤。」

「……昔の経験からかな……人と違うって感じに注目されるのは苦手だ。」

 人と違う……『異常五感』を制御できていなかった頃の先生ということだろうか。

「二人にはないのか? 苦手な事。」

 先生が暗い顔でスッテンさんと眼球マニアさんを見た。

『ゥワァタシハコドモガニガテダ。』

「え、そうなんですか?」

 思わずそう言った私を見て、スッテンさんが首を傾げる。

『ウン? ソンナニオドロクコトダッタカ?』

「いえ……スッテンさんは科学者ですから……なんかこう、科学者にとっては子供の無邪気な発想がいいとか、そんな事を聞いたことあるので……なんとなく。」

『ムジャキナハッソウカ。ソレハマァミトメナクモナイガ……ゥワァタシガニガテナノハコドモトイウイキモノソノモノダヨ。チナミニ、ゥワァタシノイウコドモトハショウガッコウノテイガクネンヤヨウチエンノネンダイノコトダ。』

「ああ……頭の良い方がたまに言いますね。理論的でないとか、理解できない生き物だとか。やはりコロリンもそうなのですか。」

『ソンナトコロダ。ヒトガ「ドウブツ」カラ「ニンゲン」ニナルチョウドサカイメ……ホンノウニマカセテウゴクノデハナク、アルテイドノチセイヲモッタウエデヨクボウニシタガッテウゴクイキモノ。アレホドイミノワカラナイイキモノハホカニナイ。』

 淡々と、それこそ理論を話す学者のようにそこまでしゃべると、スッテンさんは突然笑い出す。

『アッハッハ。トイウノハタテマエトシテ、ジッサイ、カンジョウヲコントロールデキズニショッチュウバクハツサセルアノフアンテイサニイラダツノダガナ。』

「ぶっちゃけたな、スッテン。」

『アッハッハ。キライナモノハキライナノダカラシカタガナイ。』

「眼球マニアはどうだ? 何かあるか?」

「私は……コロリンと少し似ているところがあるかもしれません。」

「と言うと?」

「理解できないから苦手。私のそれは深海生物です。」

「何でまた……」

「目が無いからですよ。」

 眼球マニアさんはふふふと笑う。

「目を見れば、私はそのモノの大抵の事がわかります。そんな技術が身についていますから、目が無い生き物は私にとって理解できない生き物に映るのですよ。未知故に恐怖するのです。」

「なまじ変な技術が身についてるからこそ……か。」

 面白そうに話を聞いていた先生は、当然の流れとして私を見た。

「ことねさんは何かある?」

「……球技ですかね。」

「? ことねさんスポーツ苦手だっけ?」

「いえ。身体を動かすことは好きですけど、ルールのあるモノはちょっと。」

『ナルホド。タンナルカケッコナラヨイガ、ソコニルールヲモウケテキソウトナルトイヤナタイプカ。』


 そんなどうでもいい話をしている内にスクールに到着する。

「先生。泊まるって言っても、日帰りのつもりでしたから着替えとかありませんよ。」

「そうだけど……ほら、こっちは夕方だけどさ、実際オレたちが起きたのはついさっきだよ? 着替えるほど服も汚れていないというか……」

「そう言えばそうでしたね。」

『アッハッハ。ライマンモソウダロウガ、ソモソモネムレナイダロウ。』

 スッテンさんがそう言うと、待ってましたと言いそうなニッコリ笑顔で眼球マニアさんが私たちを見た。

「そうですよね? ですから、少々イベントを。」

眼球マニアさんに連れられて、私と先生とスッテンさんは、何故か体育館のような建物の前に来た。

「眼球マニア。ここは?」

「私も講師……教師の端くれですから、生徒には良い学び場を提供したいのです。」

『ナンノハナシダ?』

「先ほど言いましたが……生徒はあなた方に興味津々です。自宅生の為に、明日も時間を設けたいと思っていますが、とりあえずは寮生に対してですね。」

「?」

「あと五分もすれば生徒がここにやってきますので。」

「んな!?」

「偉大なる《ヤブ医者》のお二人から、皆が何か得られると幸いです。」

 眼球マニアさんは、今までで一番楽しそうな……意地悪な笑顔でそう言った。ずっと紳士なイメージだったけど……こういう顔もする人なのか。


 数分後。ノートとかカメラとか、色々なモノを持って結構な数の生徒が建物にやってきた。眼球マニアさんの誘導に従い、生徒たちは学校でよく見る朝礼みたいに、きれいに整列して体育座りした。

 先生とスッテンさんは用意されたパイプ椅子に座り、生徒たちと向かい合っている。眼球マニアさんが二人の紹介をした後、生徒たちの質問攻めが始まった。

 スッテンさんは顔が見えないから何とも言えないけど、先生はものすごく緊張した困り顔で質問に答えていた。あれをテンパるというのだろう。あんな先生は初めて見る。

 私は入口近くに座り込み、そんな先生を眺めていた。私は本当にすごい人に《お医者さん》を教えてもらっているんだなぁと、日頃の先生を思い出しながらそのギャップに一人笑っていた。


「あら。何の騒ぎなのかしら。」


 正直かなり驚いた。入口の横に座っていた私の横に、突然人が現れてそう呟いたのだ。別に瞬間移動をしたわけじゃないけど、生徒は全員あそこに体育座りしていると思っていたから誰かが私の横に立つとは思っていなかったのだ。

「? 見ない顔ね。」

 その人物は自分の足元に誰かが座っている事に気づき、私を見た。


 怖い。それが第一印象だった。

 井戸から出て来る幽霊のような真っ黒で長い髪。ギリギリ見える目は半分しか開かれていない。だけどその半目は気だるげと言うよりは何かを吟味しているかのようだった。何故かニタリと笑っている口元と合わさって、何か悪巧みしているように見える。

 サイズが合っていないのか、袖が長くて手が見えず、裾が長くて足が見えない。そんな上下を身に着け、しかもその色が白。

 幽霊のコスプレと言うには真に迫りすぎている。そんな格好の女性が、これまた真っ白なスーツケースを片手に私の横に立っていた。


「入学式はまだ先だから……編入生? あの状況を知っているのなら、お姉さんに教えてくれないかしら?」

 怖い外見だけど、《デアウルス》さんみたいではない、綺麗な声だった。

「えっと……《ヤブ医者》が来たという事で……皆さん色々と質問を……」

「《ヤブ医者》? あそこの……白衣の方と鎧の方が?」

「そ、そうです。」

「へぇ……お姉さん、眼球マニア以外は初めて見たわ。面倒な用事でこっちに戻されたけど、良い事もあるものね。」

「あの……もしかして日本人ですか?」

 こんな外見でアメリカ人という事は無いだろうと、私は思わず聞いてしまった。

「そうよ? そういうアナタは……あの質問会に混ざってないという事は、スクール側ではなく、あちらの《ヤブ医者》関係の人? 白衣の方は日本人っぽいからアナタも?」

「は、はい。日本人です。溝川ことねと言います。」

「あら、綺麗な名前ね。」

 女性は本当にそう思っているのかどうなのか、意地の悪い感じにニタリと笑ってこう言った。

「お姉さんは宇田川妙々よ。」

 うだがわ……みょうみょう!?

「! それじゃ――」

 私がその後を言う前に、女性はスーツケースを引きずって、先生と生徒たちの中に入って行った。



 《ヤブ医者》質問会が終わったのは夜中の二時だった。と言っても、私たちは全然眠くないので、スクールの寮の談話室みたいな所で飲み物を飲みながら一息ついていた。

 私とスッテンさんは至って普通だけど、先生はげっそりしていた。

『アッハッハ。ナンダカオモシロカッタナ。』

 スッテンさんは自動販売機で買ってきた缶ジュースにストローを挿して兜の……覗き穴? からズズズと飲んでいる。

「どんな質問をされたんですか? やっぱり治療法についてですか?」

「……いんや……例えば……子供の頃から《お医者さん》を目指したのかとか、彼女はいるんですかとか、好きな食べ物は何ですかとか……」

「教育実習に来た人にする質問ですね……」

「どうもスクールにはルールがあるみたいでね。」

「ルール?」

「今日のオレらみたいに、ふとやってきた現役の《お医者さん》には治療法についての質問をしないっていうね。」

「? どうしてでしょうか。」

 《ヤブ医者》の治療法なんてスクールの人にとっては真っ先に聞きたい事なんだろうと思っていたのだけど……

『《デアウルス》ガキメタノダロウナ……』

 スッテンさんがストローを兜の隙間に挿したままこっちを見る。

『《ヤブイシャ》トイウセイドカラモワカルトオリ、《オイシャサン》ノセカイハツネニアタラシイチリョウホウヲモトメテイル。ヴァンドロームガセンサバンベツナノダカラ、チリョウスルガワモセンサバンベツノホウホウヲモッテイナクテハナラナイ。』

「現役で活躍している人の治療法っていうのは確かに参考になるけど、自分の治療法を確立できてない生徒からしたら……それは参考以上に、一つの正解になってしまうって話だろうね。誰だって、確実に成功する方法を選びたいじゃない。」

「……つまり、よりヘンテコな……もしかしたら万能の治療法が生まれるかもしれない可能性を無くさないように……余計な知識を与えないってことですか?」

『オソラクナ。ダガカワリニ、ヤッテキタ《オイシャサン》ジシンニツイテノシツモンハスイショウシテイルヨウダ。』

「それはまたどうして……」

「それはたぶん、《お医者さん》に向いている人ってのが無いからじゃないかな。」

「?」

「ほら、例えばスポーツ選手ならさ、運動できることはそこそこの条件でしょ? 《医者》とか弁護士さんとかは試験があるから、そこそこの学力が要る。でも《お医者さん》は……言い方はひどくなるけど、馬鹿でも天才でも、スポーツ万能でも運動音痴でもなれるんだよ。」

『ヨウスルニ、コノショクギョウノヒトトイウノハダイタイコウイウヒト……トイウガイネンガホカノショクギョウヨリモキハクナンダ。』

「だからこそ、こんな人でもあんな人でも《お医者さん》になれる……きっとそういう事に気づいて欲しくて、さらに言えばだからこそどんな治療法でも良いんだよって伝えたい……のかな。」

「《デアウルス》さんって教育熱心ですね……」

『アッハッハ。ソレトハチガウキガスルガナ。』

 笑うスッテンさんを見て、先生が思い出したように話題を変えた。

「そういえばスッテン。面白い質問されてたな。」

『ウン?』

「『スッテンさんは男ですか、女ですか』って。」

「? 男の人じゃないんですか? しゃべり方からして……」

『アッハッハ。ツイサイキン、オトコノフリヲシテイタオンナヲシッタバカリダロウニ。』

「そ、そうですけど……」

『マァ、ソウゾウニマカセルカナ。アッハッハ!』

「スッテンが実は女でしたってか……あり得そうなのがなんだかなぁ……」

『モシカシタラ、アルバートハオンナカモシレナイシ、ファムハオトコカモシレナイゾ?』

「あの二人の性別が逆だったらもう何も信じられないな……んまぁ、それはないだろ。」

『ホウ?』

「アルバートは男だからより男らしく、ファムは女だからより女らしく……そうあろうとして今、ああなったんだぞ?」

『タシカニ。ダンジョビョウドウノゴジセイニ、オトコハドウアルベキデ、オンナハドウアルベキカヲカタルフタリダカラナ。』


 こっちの時間的には深夜真っ只中。だけど私たち……いや、正確にはスッテンさんのおしゃべりは尽きる事はなかった。まるで、久しぶりにあった親友に積もり積もった話をするように、本当に楽しそうに話すのだ。

 こんな時を待ち望んでいたみたいに。



 気がつくと日が昇っていた。経過した時間を考えると、夕方に来て今次の日の朝なのだから、丸十二時間。私たちが起きた時間で考えると、日本は夜。身体的にはそろそろ寝る状態なのだけど、太陽が出ている状態で寝る気は起きない。まぁ、どうせライマンさんと合流して……眼球マニアさんが昨日言ってた「自宅生の為の質問会」を終えたら帰ることになるし、そうしたらきっと日本は真夜中だから、そこでぐっすり眠れるはずだ。


 こっちの時計で八時頃、自宅生の生徒が登校してきた。スクールは言わば専門学校だから、もちろん制服なんてものはないし……そもそも海外の学生の制服というのは想像できないけど、ともかく、私からしたら私服で登校する学生というのは新鮮な光景だった。

「おはヨウ。」

 ライマンさんが来るだろうと、校門で待っていると少し疲れた顔のライマンさんがやって来た。

「一晩中質問攻めにあっタヨ。」

 ぐったりしたライマンさんが昨日の先生と被る。

「そうだろうね。ご両親、正直《お医者さん》の事をあんまり知らない感じだったしね。スクールに入る時に説明しなかったの?」

「前にお母さんを治してくれた人が使ってた技術を学ぶって事しか言ってなかったンダ。」

「それじゃあかなり心配してたはずだよ。仕方ないね。」

「これがジゴクトクトクというやつなんダナ……」

「うん、たぶん自業自得だね。」

「でも大丈ブダ! ちゃんと説明したしわかってくれたタゾ! 僕は《お医者さん》になるンダ!」

 グッとグーにした手を挙げるライマンさん。

『イッケンラクチャクダナ。メインイベントハオワッタガ……キョーマ、ゥワァタシタチニハモウヒトツミッションガアルゾ。』

「質問会だろ……」

「質問カイ? なんだソレ?」

「実はね――」


「あら? ライマンじゃない。」


 先生が事の成り行きを説明しようとした時、視界の隅に真っ白な人が映った。

「! ミョン!」

 その人を見ると、ライマンさんはすごく嬉しいけどビックリしているという器用な顔になった。

「みょん? もしかしてライマンくんが言ってた……」

 先生がそう言うと、ライマンさんは白い人を引っ張って自分の横に立たせた。

「紹介すルゾ! 宇田川ミョンダ!」

「お姉さん、そんな名前じゃないわよ。」

『ンン? キノウノシツモンカイニイタナ。トチュウカラハイッテキタ……』

「そうだけど……一応自己紹介するわ。お姉さんは宇田川妙々。ライマンの……お友達よ。」

 普通に自己紹介しているだけなのだけど、悪巧みしているような顔だから偽名なんじゃないかと思ってしまう。

「そうか。君が宇田川さんか。オレは安藤享守。今、ライマンくんの最終試験の……担当というか相手というか、そんな感じの事をやってる。」

「へぇ、ライマン、アナタ《ヤブ医者》の所に行っていたのね。」

「そウダ! 羨ましいだロウ!」

 エッヘンというポーズをとるライマンさん。

「えっと……昨日も言いましたけど、私は溝川ことねです。先生……安藤先生の所で《お医者さん》の勉強をしてます。」

「なるほど、そういう関係だったのね。」

『ソシテゥワァタシガスッテン・コロリンダ。《ヤブイシャ》デキョーマノトモダチダ。』

「すってんころりん……面白い名前ね。」

『ニホンジンニハタイテイソウイワレルナ。』

「あ、ちなみにこの人たちは僕の本名を知っていルゾ。性べツモ。」

「そうなの? それじゃあローラって呼んだ方がいい?」

「えーっと……ライマンがいいカナ。」

「そう。それで……アナタはどうしてここにいるの?」

「ミョンコソ。」

「お姉さんは……家の用事よ。」




 突然だが、名門と呼ばれるくくりが色々な世界にある。今でこそ、頭のいい学校とかの呼び方の一つくらいにしか使われない言葉だが、人が馬に乗って人と戦っていた時代にはそう呼ばれるくくりがたくさんあった。

 騎士の名門、武士の名門……何かの分野における技術やノウハウを代々受け継いできた家に対して使われる言葉であり、実際そこで学んだ者はその世界において優秀な者として活躍する。

名門と呼ばれるにはそれなりの歴史を積む必要があるわけで、それはつまり、古い歴史を持っている世界では名門と呼ばれるくくりが結構な確率である……という事につながる。

 《お医者さん》の歴史はかなり古い。わかりやすく言うなら、《お医者さん》の歴史というのはオカルトの歴史だ。占い師、予言者、妖術使い、魔法使い、錬金術師……呼び方は様々だが、そういう非科学的な事を行うとされていた人々は、その九割が今で言う《お医者さん》だ。

 当時錬金術師として名をはせ、今は《お医者さん》と呼ばれている……そんな家系が確かにあり、それは名門と呼んで差支えない。

 要するに、昔っから《お医者さん》をやってきた名門と呼ばれる人たちが《お医者さん》の世界にもいるということだ。

 そしてそれは、独特の進化をしてきた日本の《お医者さん》界にも存在している。


 その昔、具体的にいつかは知らないが……陰陽師とかがあちこちにいて権威をふるっていた時代、日本の《お医者さん》界は四つの家……いや、流派がトップに立っていた。

 この縦長の国をどう分断したのかは知らないが、その四つの流派は東西南北にわかれてそれぞれの場所で《お医者さん》たちを指揮していた。

 そしてその四つの流派は、より権威を明確にしたかったのか、どこかのお茶目さんがそう呼んだのか、いつの頃からか自分たちを『四条』と呼んだ。

 それぞれの流派には本家と呼ばれる元締め的な家があったのだが、それらの家は本来の家名を捨てて『条』の字と自分たちが治める方角を合わせた名前を名乗るようになった。

 それが日本における《お医者さん》の名門、東条家、西条家、南条家、北条家だ。




「『四条』は不定期に集まって会合みたいのをするのよ。お姉さんの家、宇田川は北条家の分家みたいなモノだから……それに参加することになってるのよ。」

 自宅生の為の質問会を乗り越えたオレたちは、お昼の時間に宇田川さんがスクールに戻って来た理由を聞いていた。

「会合って、『半円卓会議』みたいなもノカ?」

「そうよ。まぁ、お姉さん、呼ばれてその場所に行きはするけど、実際に話し合いをするのは各家の家長だからどんな事を話しているのかは知らないわ。」

「呼ばれ損ダナ! でもどうしてここにいるのかまだわかんなイゾ? 寮に忘れ物でもしたノカ?」

「……『四条』の会合だから当然日本でやると思ってるんでしょうけど、違うわよ?」

「え、そうなノカ?」

「基本的には日本よ。でも今回の会合を仕切るのは順番から言って東条家なのよ。」

「トージョーだと変になるノカ?」

「『四条』は日本の名門だから、結構保守的よ。でも東条家は海外とのつながりをもっと持って外の技術も取り入れるべきって考えなのよ。だから弟子に日本人以外をとったりするわ。」

「そウカ! だからトージョーが仕切る時は日本から出るノカ!」

「他の『四条』からは文句たらたららしいけど……仕切りは順番っていうのが決まり事だから東条家がやるときはしぶしぶ海外っていうのが多いみたいよ。それで今年はアメリカ……たぶん東条家がスクールを見てみたいからなんだろうけど、この近くで今年はやるのよ。」

「だからここにいるノカ。」

「それで? ライマンはどうしてここにいるのよ。」

「安藤先生といっしょに《パンデミッカー》と戦ったらお母さんたちが心配しちゃったから元気だよーって言いに来たンダ。」

「《パンデミッカー》? ってあの? どういうことよ。」

「僕も頑張ったんダゾ。実は――」

 ライマンくんが宇田川さんに説明を始める。それをぼんやり眺めていると、ことねさんがオレの白衣の袖を引っ張った。

「どうしたの?」

「あの……『四条』のことなんですけど……」

「うん。」

「もしかして……詩織ちゃんって……」

「南条詩織ちゃんか。うん、たぶん南条家の人だと思うよ。」

「やっぱりですか。すごい家の人だったんですね……まだ見た事ないですけど、すごい技術を持ってたりするんですかね? あ、もしかして南条家は代々ヴァンドロームを自分にとりつかせる……とか……」

「それはないかな。詩織ちゃんやことねさんみたいなケースはかなりレアだからね。それに……逆にそのせいで微妙な立ち位置のような気がするよ。」

「? どういうことですか?」

「これは《デアウルス》から聞いた話なんだけどね。日本に限らず、歴史上、名門と呼ばれる所で学んだ《お医者さん》が《ヤブ医者》になったことはないんだ。言い換えれば、《デアウルス》が名門出の人を《ヤブ医者》に選んだことがない。」

「名門の人たちは……すごい技術を持ってるんですよね……?」

「《デアウルス》に言わせるとね、名門出の《お医者さん》はただの秀才。技術を立派に受け継ぎ、時々それに改良を加えるだけ。ゼロから生み出した天才ではないってね。その家に生まれてある程度の才能があれば持てる技術は評価の対象にならない……《デアウルス》が欲しいのは、その人だからたどり着けた、極めることのできた技術なんだってさ。『ブロックをたくさん使ってすごいモノを作る者よりも、今までに無かった形のブロックを作る者の方が、可能性の量は桁違いだ。』ってね。」

「……それが詩織ちゃんの立ち位置に関係するんですか?」

「名門の人たちはね、昔は何とかして《ヤブ医者》の中に入ろうとしてたみたいなんだけど……結局誰もなれなかった。だから段々と……嫉妬っていうのかな。古い歴史を持つ自分たちが《お医者さん》の世界を動かしていくメンバーになれないって事に怒るようになって……結果、名門の人たちは《ヤブ医者》を毛嫌いするようになったんだ。面白い事に、世界中のどの名門もね。」

「行き着く考えは同じってことですか。あ、それじゃ詩織ちゃんは……」

「そう。日本の名門、『四条』の一つである南条家が、その家の人間を《ヤブ医者》の下で学ばせようなんてことは普通あり得ない。だけど詩織ちゃんの場合はそうせざるを得なかった。とりつかれたんじゃなくて、住処にされてしまった場合の対処の仕方を知っているのは鬼頭だけだったってことだね。」

「それじゃあ……なんかドラマみたいですけど、詩織ちゃんは家では厄介者みたいなってたりしないですかね……心配です。」

『かかっ。それはないだろう。』

 いきなり《イクシード》がオレの白衣の下から顔をのぞかせた。

「《イクシード》さん……なんかそうやって出てくると先生がお人形を抱えてるみたいですね。」

『かかっ。キョーマは絵本好きだが人形は趣味ではないようだぞ。』

「何の話だよ……」

「それで……どうして『それはない』んですか?」

『かかっ。ことねよ、それを一番理解できるのはお主だろうに。』

「?」

『かかっ。《オートマティスム》はことねに危機が及ぶと何をする?』

「えっと……念力とかを起こして――まさか詩織ちゃんも……?」

『かかっ。せっかく見つけた安住の身体、ヴァンドロームはそれを守ろうとする。その南条詩織とやらにとりついているのはどんなヴァンドロームなんだ?』

「《ノーバディ》っていうBランクのヴァンドロームです。」

『かかっ。ならば尚の事安心だろうな。』

「どうしてですか?」

『かかっ。恐らくこれは……経験した者しか知らない事実であろうがな……例えば我の場合、パーフェクトマッチの安藤の身体に住んでいる。水を得た魚とでも言うのか……我の力は二~三倍に跳ね上がっているように感じる。『強制五感』も『身体支配』も、キャメロンの中にいた頃とは比べモノにならない精度と威力になっている。理屈はよくわからないが、ヴァンドロームは相性の良い身体にとりついた時、その力が上がるようなのだ。』

「それじゃ《ノーバディ》も力が? あ、でもこれはパーフェクトマッチの話ですよね……」

『かかっ。言ったであろう、相性の良い身体にとりついた時と。確かにベストはパーフェクトマッチなのだろうが、それとは別に相性があるはずだ。そうでなければ《ノーバディ》も《オートマティスム》もずっととりつきはしない。恐らく、両者とも自身の力の増大を感じているだろう。二~三倍とはいかずとも、一・五倍くらいはな。』

「《ノーバディ》はBランク……元々A、Bランクって結構強いし、そいつの能力が一・五倍となって詩織ちゃんを害から守るとすると……相当恐ろしいな。」

『かかっ。嫌がらせも、厄介者だと罵ることも……物理的だろうと心理的だろうと、その南条詩織が不快や悲しみを感じれば《ノーバディ》は動くだろう。名門から出て《ヤブ医者》の所にいる事で安心、安全になっているのは南条詩織ではなく、南条家の人間だ。』


「南条?」


 ライマンくんから事情を聞き終えた宇田川さんがオレたちの会話に入って来る。んまぁ、《イクシード》は一瞬でいなくなったが。

「はい。私の友達に南条の人がいるんです。」

「へぇ。ならその子もこっちに来るのね。」

 宇田川さんはニタリと笑い、オレの方を見た。

「ライマンから聞いたのだけど、安藤先生は……その、小町坂先生と親しいとか?」

「そうだけど……」

 突然出てきた小町坂の名前に少し驚く。だけど、ふとライマンくんが診療所にやってきた頃の事を思い出し、合点がいった。

「ああ! そういうことか。」

「先生、何に納得したんですか?」

「いや、ライマンくんがこっちに来た時さ、どうして小町坂の事を知ってるのかと思ってたんだけど……宇田川さん経由だったんだね。」

 確かに小町坂は日本系術式においては頂点に近いと思う。だけどそれは世界レベルでそう思われているってわけじゃない。日本の《お医者さん》と言えば小町坂ということにもなってない……そんな小町坂の名前がアメリカから来たライマンくんの口から出てきた理由。それは『四条』の関係者で、日本系術式の使い手に関する話なら普通よりも耳に入って来るだろう宇田川さんがいたからなわけだ。

「ええ……『四条』で有名だったから。あの卜部先生の弟子の一人で、実際に彼の技術の全てを受け継いだ人間だと。」

「ウラベ? あの占いの人ってそんなに有名だったノカ?」

 ライマンくんがひょっこり話に入って来る。

「アナタ卜部先生にも……いえ、確かもう亡くなってるはずだわ。どこかで聞いたのね。」

「安藤先生に聞イタ。」

「……日本系術式の頂点は『四条』……それが当たり前だったんだけど……ある日、それを覆す人物が現れたのよ。それが卜部相命。」

「占いデカ。」

「そう……そこがすごいのよ。日本系術式は威力が無いっていうのが通説だけど、まるで威力の無い……呪いとか清めとかじゃないただの占い。確かにあらゆる日本系術式の原点はそこって言われてるけどそれで《お医者さん》をやろうって人はいなかったわ。だけどそれをやってのけて……仕舞いには日本系術式の禁術まで会得した……すごい人なのよ。」

「ふーン。なんだか《ヤブ医者》みたいダナ。」

「みたいというか、ほとんど《ヤブ医者》だったしね。」

 特に考えもなく、ぼそりとオレがそう言うと宇田川さんが……まだ会ってそんなに経ってないが……珍しくニタリ顔でない、驚き顔になった。

「あー……実は卜部先生は《ヤブ医者》の候補……というか、《ヤブ医者》決定だったんだよ。だけどそう決まった時、卜部先生が自分は引退だって言ったからならなかったんだ。《ヤブ医者》の名簿に名前は無いけど、確かにそうだと認められたんだよ。」

「そう……なの……やっぱりすごい人だわ。」

 尊敬する人物がやっぱりすごい人だったとわかり、嬉しそうにニッコリと笑ったのだろうけど、「計画通りだわ」という顔にしか見えない宇田川さんだった。


『サテト、ドウスルキョーマ。』

 宇田川さんの話を聞き終え、アメリカっぽい濃い味のお昼ご飯を食べたオレたちは炭酸ばかりの自販機から奇跡的にあった水を買ってぐびぐび飲んでいた。

「どうするって?」

『ココニキタモクテキデアルライマンノケンモ、トッパツテキニオキタ《ヤブイシャ》インタビューモオワッタ。アトハ『シジョー』トヤラノカイゴウデモノゾキニイクカ?』

「『四条』は《ヤブ医者》嫌いだろう……」

 オレは目線をことねさんに移した。

「たぶん詩織ちゃんも来ると思うけど……会っていく?」

「いえ……別に日本でも会えますし……」

「僕は日本の《お医者さん》の会合、気になルゾ!」

 ライマンくんが目をキラキラさせる。

「ライマンは西洋と東洋をくっつけた術式だものね。日本系術式の使い手が集まる機会なんてそうあるものじゃないし……お姉さんじゃ教えられない術式も見られるかもしれないわ。確かに、ライマンにとっては楽しい場所ね。」

「そういえばそうだね。その場所はここから近いんだよね、宇田川さん。」

「ええ。」

「ちょっと覗くくらい良いかな……」

『《ヤブイシャ》トナノラナケレバイイ。』

「……名乗らなくてもそうだとわかりそうだけどな。スッテンは……」

「でも普通、誰が《ヤブ医者》のメンバーなのかなんて知らないものよ?」

『ホレ。ウダガワモコウイッテイル。』

「じゃあ、ちょっと覗きに行くか。その会合っていつなんだい?」

「明後日よ。」

「それじゃあ……それまではスクールの授業とかを覗いてるか。」

「あ、いいですね。興味あります。」


 ということで。オレたちは今日も普通に授業をしているスクールを散策することにした。ライマンくんや宇田川さんと同学年、つまり三年生は全員が全員どこかの《お医者さん》の所に行っているわけじゃないから、惜しくも選ばれなかった三年生は普段通り勉学に励んでいる。

 卒業試験に向けて教科書片手にぶつぶつ言う同級生をライマンくんと宇田川さんが冷やかしながら、いくつかのクラスをまわったところで、オレは眼球マニアに呼び止められた。

「安藤、それにコロリン。少し良いですか?」

 そこでオレとスッテンはことねさんたちと別れ、スクールのとある部屋に案内された。見た感じ……視聴覚室みたいだ。

「……かなり深刻な事態が起きています。」

 眼球マニアに促され、オレとスッテンは一番前の席に座った。眼球マニアは教壇に立ち、機械を操作してプロジェクターを起動させる。

「先ほど我が校の校長に呼ばれましてね。昨日の会議についての話を聞きました。我が校の校長はまた違う会議に向かいましたが……それも当然でしょう。このような事が起きていては。」

 リモコンをピッと押す眼球マニア。プロジェクターが光を照射し、スクリーンに映像が映った。

「……これは……なんだ?」

『ドコカノハイキョカ?』

 オレとスッテンが見せられたのは一枚の写真。映画で見るような、瓦礫に覆われた建物。ひびが入り、崩れ、文字通り廃墟と化した光景。

「ここは……ドイツのスクールです。」

 ドイツ? 確かスクールってこことロシアか中国だかと……アフリカ……ん? あれ、ヨーロッパだったっけか?

「――って、スクール!? これがか!?」

 オレは思わず大きな声を出す。

「五日前に撮られた写真です。六日前までは通常通りにスクールでした。」

『イチニチデコウナッタトイウコトカ。ダイジシンデモキタカノヨウダガ……コノコワレカタ、ガイブカラノシュウチュウテキナチカラニヨルモノ……シュウゲキカ。』

「ええ。私も驚きました。軍隊でも派遣されたのかとね。ですが、これをやったのは一人の青年だったそうです。」

『セイネン?』

「幸い、多くの負傷者は出たものの死者はゼロだったのですが……その青年は去り際に言い残したそうです。「あと二つ」と。」

「! 他のスクールも狙ってるのか!」

『スクールヲネラウモノ……《パンデミッカー》カ?』

「可能性は高いかと。」

『フム……シカシミョウダナ。コレホドノサンジヲ、アノ《デアウルス》ガユルシタノカ?』

「いえ……《デアウルス》は対策をとっていました。実はここには、一週間前から一人の《ヤブ医者》が駐在していたのです。しかし彼は重傷を負い、現在は入院中です。」

『ダレダッタンダ? ソノ《ヤブイシャ》ハ。』

「ヴェーダです。」

『ナニ!?』


 スッテンはかなり驚いたようだった。

ヴェーダというのはもちろん、《ヤブ医者》の一人の名前だ。

一年に一回しか会わない二十七人の《ヤブ医者》たち、その全員の顔と名前がまだ一致していないオレでも、その名前の人物が誰かはわかった。

 『半円卓会議』の会議場の構造的に、真ん中のテーブルに近い人ほどよく目に入る。ヴェーダはファムのななめ後ろ辺りに座っている《ヤブ医者》だ。つまり、そこそこの古株。

 スッテンが驚いたのは、ヴェーダが《パンデミッカー》と思われる青年に「負けた」ということだ。

 ヴェーダの治療法は爆弾。ヴァンドロームを爆弾で倒すわけだが……無論、《ヤブ医者》の爆弾使いが普通なわけがない。閃光弾や音響爆弾は当然として、普通は作れないような特殊な効果を生み出す爆弾を使い、あらゆる種類のヴァンドロームに対応する。

 何かの間違いでヴェーダがどこぞのテロリストの一員になってしまったなら、CIAだろうがFBIだろうが……世界中の対テロ組織が全力をあげても、そのテロ活動を止められなくなると言われている。なぜなら、起動させたら誰にも止められず、その威力から身を守ることも不可能な完全完璧な爆弾を作れるからだ。

 んまぁ、とにかく。そんな治療法だから、攻撃力という点で見ると、ヴェーダは《ヤブ医者》の中で一、二を争う。ちなみに争っているのはアルバート。爆弾と一、二を争う筋肉というのは一体なんなのやら。


『……コノタテモノノホウカイノシカタハバクダンデハナイ。ツマリコノハカイヲウンダノハヴェーダデハナク、セイネン。アノバクダンマヲシノグイリョクヲモッタナニカダト? オソロシイテキダナ。』

「ええ。あの《デアウルス》もまさかこれ程とは考えていなかったのでしょう。故に、今回は……残った二校にはそれなりの数の《ヤブ医者》が派遣されています。もちろん、いつものように偶然を装ってではありますがね。」

「オレがライマンくんについて行くのも、スッテンが同行するのも、眼球マニアが『医療技術研究所』ではなくてスクールにいることも、全部デアウルスの計算通りってことか……相変わらずすごいな。」


「俺がここにいることもな。」


 そう言いながら、誰かが視聴覚室の扉を開いた。

「んー……目立つ奴がいると、どこに行ったか人に聞けば一発でわかるな。」

『キトージャナイカ。』

 部屋に入ってきたのは妙に襟がとんがった白衣を着て板チョコをくわえている男……鬼頭新一郎だった。

「鬼頭? ああ、あのヴァンドロームとの共存を目指しているという……」

「んー……あんたは誰だ?」

 鬼頭は、過去一度しか『半円卓会議』に出席していない眼球マニアと面識がない……というかほとんどの《ヤブ医者》が眼球マニアとは初対面なんじゃないか?

「私は眼球マニアです。」

「んー? そういやそんなあだ名の奴がいるとかなんとか聞いたな。俺は鬼頭新一郎だ。」

「鬼頭……どうしてここにいるんだ?」

 オレがそう尋ねると、鬼頭は機嫌の悪そうな顔でオレを睨んだ。

「んー? たぶん安藤のせいなんだが……いや、元凶はスッテンか。」

『ン?』

「んー……お前、安藤のとこに来た患者を俺の所にワープさせるようにしただろ。」

「えっ!?」

 オレは初耳の事に驚く。

「詩織への授業中、いきなり目の前に人が現れた。詩織は気絶するし、現れた本人もあたふたしてるし……カオスな事になったんだぞ。んで、聞いてみたら、そいつは白樺病院からの紹介で甜瓜診療所に来たっつーんだ。んで扉を開けた瞬間、ここにいたってな。」

「スッテン、一体何したんだ……?」

『《デアウルス》ニキョーマガイナイアイダノ《オイシャサン》モテハイシトケトイワレタンダガ……メンドウダカラキトーノトコロニワープスルヨウニシタンダ。キタカンジャヲナ。』

「ったく……俺にことわりもなく勝手にやんなよ。」

『シカシナンダ? モンクヲイウタメダケニワザワザヒコーキニノッテココマデキタノカ?』

「んー……ここには一瞬でこれたぞ。お前のワープ装置のおかげでな。」

『ンン?』

「ワープして来た患者をとりあえず治療した後、甜瓜診療所に行ったんだよ。そしたら入口に変な機械がくっついてた。それで何となく事情が見えたから、行き先をスッテンのいる所にしてワープしてきたんだ。」

『ヨクツカエタナ。ソコソコフクザツナソウチナンダガ。』

「丁寧に音声ガイドつけといてよく言うぜ。」

『ハテ? ソンナキノウツケタ……カモシレナイナ。ソウイエバイチジキツカイヤスサトイウノニコダワッタコロガアッタナ……』

 ……つまりなんだ? 甜瓜診療所に来た患者さんを鬼頭に任せるために、来た患者を強制的に鬼頭の診察室にワープさせる装置を設置して……んで、それに気づいた鬼頭がその装置を使ってここまで文句を言いに来たと……

「あー……なんか迷惑かけたな。」

「んー……気にするな。おかげでタダでここまで来れた。」

「? その言い方だとこっちに用があったみたいに聞こえるが……」

「俺じゃなくて詩織がな。あれでも『四条』の一員……今年はこっちで会合をやるんだとよ。」

「それじゃ……こっちに詩織ちゃんが来てるのか?」

「さっき、俺と一緒にな。」

『シカシキトー。《ヤブイシャ》ハ『シジョー』ニキラワレテルンジャナイノカ?』

「んー……そうは言っても、一応俺は詩織の師匠だからな。ちっせー島国のちっせー会合だが、何人かの実力者が集まって話をする会……それに出席するとあっちゃ、師匠が出向かないわけにはいかねーだろ。それに、俺に教わってるって事で嫌味な事を言われる可能性もある。」

『アッハッハ。イイホゴシャダナ。』

「んー? 勘違いすんなよ。その時俺が助けるのは悪口を言った方だ。」

 《イクシード》が言ったことは事実だったようだ。

……暴れる《ノーバディ》を止める役割……オレの立ち位置とかなり似ているな。

「んー……しっかし、タダでの移動の代償が《パンデミッカー》との戦闘とはな。」

『サッキノハナシ、キイテイタノカ。』

「ドア越しにな。俺が聞いちゃいけない話って事もあるからな。とりあえずこっそり聞いてた。」

『ケッキョクキクンダナ。』

「ばれるかどうかの話だからな。」

 鬼頭がキシシと笑うのを見て、眼球マニアはため息をつく。

「……理由はどうあれ、なんとこの場には現《ヤブ医者》の七分の一が揃っているわけですか。それに、鬼頭とコロリンの治療法は戦闘向け……《デアウルス》は組み合わせも考えて揃えたのでしょうか。」

『アッハッハ。ガンキュウマニアヨ、オソラクコノメンツデモットモセントウムケナノハキョーマダゾ?』

「? 安藤の治療法は謎とされてますが……そうなのですか?」

「まぁ……そこそこ。」

「んー……こりゃ思いがけずに安藤の力が見れるのか。来たかいがあったな。」

 悪そうな顔でチョコをかじる鬼頭。


 現在、このアメリカのスクールに色んな理由で集まった《ヤブ医者》は四人。

 『医療技術研究所』、《お医者さん》側の所長にしてスクールの講師。眼球マニア。

 人間とヴァンドロームの共存を目指し、《トリプルC・LX》というヴァンドロームの力を借りて驚異的な剣技を魅せる男。鬼頭新一郎。

 数百年先の科学力と言われる技術でSFの世界を現実に持ってくる鎧。スッテン・コロリン。

 そしてオレ……安藤享守。

 この前のニック・フラスコの件の時は、オレとファムとアルバートがいた。単純に人数で言えば前回は三人で今回は四人。

 《パンデミッカー》が何人も現れ、現リーダーまで登場したあの事件よりも、一人の青年がやって来るという今回の方が警戒が厳重。

 《デアウルス》の頭の中は誰にも理解できないが……もしかしたら、その一人の青年の脅威というのは、スクールを廃墟にした程度じゃ測れない、強大なモノなのかもしれない。




 ライマンさんから前に聞いたことはあったけど、スクールは本当に普通の学校だった。

 なんだか変な人が多い《お医者さん》の育成機関ともなれば……具体的にどうとは言えないけど、色々すごいのだろうと思っていた。

 だけどそうじゃなかった。教室があって机があって……ノートと教科書を使って、先生の話と黒板に書かれた事をメモし、理解する。

 私が通ってきた小、中、高と何も変わらない風景だった。

 違うのは、やっている中身だけ。

「あの教科書はどこが作ってるんですか?」

 授業中の教室をドアの窓からこっそり覗きながら、私は生徒がめくっている見慣れない表紙の教科書を指さす。

「眼球マニアの話だと、確か『医療技術研究所』よ。『エイメル』も作ってるみたいだし……《お医者さん》関係の小物類は全部そこなんじゃないかしら?」

「教科書と言えば、あれってむかーしからあったみたいダゾ。」

「昔?」

「美術館とか歴史館とか、そういうところで飾られてる……えーっと……錬金術の本とか魔導書とかってほとんどが昔の教科書だったり、誰かの研究ノートなんだっテサ。」

「そうなんですか。」

「ファンタジーな小説とか映画とかに出て来るいかにも伝説っぽい魔導書とかが、その実ただの患者の容体記録だったりするわけよ。間の抜けた話だわ。」

 先生たちと別れた後も、私とライマンさんとミョンさんは色んな教室を覗きながら校内の散策を続けていた。

「……ところで、安藤先生はどう? ライマン。」

 散策すると言っても普通の学校ほど生徒の数もいないから覗く教室も少なく、あとは理科室とか美術室みたいな特別教室だけとなった時、ふとミョンさんがそんな事を言った。

「どうッテ?」

「ほら……前に眼球マニアが言っていたじゃない。基本的に《ヤブ医者》は変な人ばかりだって。安藤先生はその辺りどうなのよ。」

 ライマンさんが先生に対して思っている事。何故か私は、まるで自分が話題の中心であるかのようにドキドキしながらライマンさんを見る。

「うーん……安藤先生は……うん、いっつも白衣でサンダルダ。あ、でもこれには深ーいわけがあるんダゾ。あとは……絵本が好キダ。たまに僕に英語の絵本の文の意味とかを聞いてくルゾ。」

 そういえば前に英語の絵本を買ってたような。確かにライマンさんに聞くのはかなり手っ取り早い。

「それと安藤先生は《医者》としてもすごイゾ。公園のチビッ子の擦りむいた膝とかを治してタゾ。それで公園の奥様からリンゴもらったりしテタ。」

「……なんだか……そんなに変でもない趣味の、優しい《お医者さん》って感じね。」

「ウン。優しい……けど、いざ《パンデミッカー》と戦ったりすると強いンダ。なんかすごい速さで走ってバーンってやっつけちゃうンダ!」

 色々とジェスチャーを交えて話すライマンさんは、ふと声のトーンを下げる。

「すごくて……うん、すごいんだけど……本人はそうでもない感じなんだヨネ。」

「? どういう事よ。」

「授業で色んな《お医者さん》を眼球マニアに教えてもらって、安藤先生の所で《ヤブ医者》にも会ったけど……みーんな元気なンダ。」

「そりゃ元気よ。会う度に病気じゃ困るわ。」

「そうじゃないンダ。なんて言えばいいのかナァ。」

 ライマンさんは首を傾げ、うんうん唸りながら言葉を探すように続ける。

「《お医者さん》はみんな……「僕はこの治療法だぞー」って言うのに、安藤先生は「オレはこの治療法を学んだ」って言ってる……みたイナ。」

「自分の治療法に自信がないってこと?」

「自信はあるとおモウ。自分の治療法がすごいってことも知ってるんだけど……自分はそれをできるだけで作ってない……うん、そんなかンジ。」

「しっくりこないわね……」

 ミョンさんはこう言ったけど、私にはライマンさんの言いたい事がわかった。

 ……というか、一緒に生活を初めてまだそんなに経ってないライマンさんでもそういう印象を受けるってことなのか……


「あ、おーい。ライマン! ウダガワ!」


 三人並んでノロノロと歩いていると、後ろから誰かが二人を呼んだ。

「なンダ?」

「呪いの人形が歩いてたんだ! なぁウダガワ、オハライしてくれよ。」

「お姉さん、別に霊媒師じゃないんだけど。だいたい呪いの人形って……それは日本のホラーよ。ここはアメリカ。」

「だから、ジャパニーズホラーのお化けが出たんだ! 何とかしてくれよ。」

 ライマンさんとミョンさんの知り合いらしいその人につれられて、私たちはスクールの入口に来た。そこには人だかりが出来ていて、みんな遠くの何かを見つめている。

「! ウダガワが来たぞ!」

「良かった!」

 ミョンさんを見るや否や、全員が遠くの何かを指さした。

 入口から少し離れた所。軽い斜面になっている芝生の上にちょこんと座っている人がいた。

真っ黒な髪の毛を肩辺りまで伸ばしたおかっぱ頭。寝ぐせなのか、頭のてっぺん付近の髪だけぴょんと立っている。前髪が長すぎて鼻と口しか見えていな――

「詩織ちゃん?」

 私はそう言いながら、遠めだと確かに夜に髪が伸びる人形に見える詩織ちゃんに近づいた。

「! こ、こと、ね、ちゃん!?」

 詩織ちゃんは、それこそお化けでも見た人のように驚く。いつもはだぼだぼの服を着ている詩織ちゃんが、今は茶道を嗜むようなピシッとした和服姿。余計に呪いの人形に見えるなぁ……

「ど、ど、どうし、て、ここに、いるん、で、すか!?」

「私は……」

 説明しようと思ったのだけど、さらっとは説明できないことに気づく。

「えぇっと……安藤先生の用事……ですかね。」

 本当はライマンさんだけど、詩織ちゃんはライマンさんを知らない。

「こトネ。そのこけしみたいな人はだレダ?」

 さらっと酷い事を言うライマンさん。

「彼女が……さっきちらっと話した南条家の人……南条詩織ちゃんです。」

「南条?」

 反応したのはやはりミョンさん。

「しかも……南条詩織!? え……この子が?」

 何故かミョンさんは驚いた。

「知ってるのか、ミョン。」

「ええ……お姉さんは会議場には行くけど出席はしないからマジマジと見るのは初めてだけど……色々と噂を聞いてるのよ。」

「わ、わたし、の、うわ、さ……?」

 普通にしゃべっているだけだけど、不敵な笑みを浮かべているミョンさんにかなりビクビクしている詩織ちゃん。

「良家揃いの『四条』に……突如現れた不良少女。他の三家の出席者に睨みをきかせて、その子息らからは恐れられてるって……こっちで言うところの姉御肌だって話だったんだけど……」

 ミョンさんは一体誰の話をしているのか。ライマンさんと私は今の話を念頭にもう一度目の前の女の子を見る。

「人違いじゃなイカ?」

「お姉さんもそう思うわ……」

「で、でも詩織ちゃんは確かにこの人ですよ……?」

「……まぁ、噂だし……いいわ。とりあえず初めまして。お姉さんは宇田川妙々よ。」

「うだ、がわ……じゃ、じゃあ会合に、来る、んですね。わ、わたしは南条、詩織です。よろし、く、お願い、し、ます。」

 ぺこりと頭を下げる詩織ちゃん。相変わらずたどたどしいしゃべり方だ。


「んー、ここにいたか。」


 詩織ちゃんが顔を上げるのと同時に、気だるそうな声が聞こえた。見ると先生、スッテンさん、眼球マニアさんの横に鬼頭先生が並んで歩いていた。

「せ、先生。」

「ん。」

 引っ込み思案の子供みたいに、誰かの後ろに隠れる……わけではないけど、何となく鬼頭先生の傍による詩織ちゃん。

「ウワ! 安藤先生が不良を連れてきタゾ! バイクに乗ってパラパラ踊るノカ?」

「随分斬新な不良だね……パラパラ……あ、もしかしてパラリラかな。」

「そレダ。パラリラパラリラ!」

 ライマンさんがバイクをふかすジェスチャーをする。

「パラリラは音だよ……クラクションみたいなものかな。」

「面白いクラクションダナ。」

 診療所では結構日常茶飯事のこのやりとりに、ミョンさんだけ大笑いしていた。怖い。

「んー? 誰だか知らねーが……俺は鬼頭新一郎。《ヤブ医者》だ。つか、さっきから自己紹介してばっかだな、俺。」

「エッ!? また《ヤブ医者》! なんかすごイナ!」

「鬼頭……『四条』でよく聞く名前ね。悪い噂ばかりだけど。」

「やっぱリカ! 不良だもンナ! ヤクザ!」

 ヤクザと言いながら歌舞伎っぽいポーズをとるライマンさん。

「不良とヤクザは違うわよ、ライマン。」

「どう違うンダ?」

「不良はあだ名でヤクザは役職よ。」

「?」

 ミョンさんの解説に?を浮かべるライマンさん。

「んー? なんだ、『四条』の関係者か?」

 不良とかヤクザとか言われた事に対しては何も感じていないのか、鬼頭先生は変わらぬ様子でミョンさんに話しかけた。

「ええ。北条派の宇田川よ。宇田川妙々。」

「んー……わりぃ、流石に『四条』の分家までは把握してねーわ。」

「でしょうね。北条だけでも五つあるもの。」

「しかし……悪い噂か。『四条』には嫌われてっからなー。」

「お菓子で子供をさらって行くとか言われてるわ。」

『アッハッハ!』

 鬼頭先生があきれ顔になり、スッテンさんが大笑いする。

『オカシデ、トイウトコロガキトーラシイナ。ケッサクダ!』

 お腹を抱えて笑うスッテンさんは、笑い声よりも鎧の音がガショガショと響いて妙にうるさい感じになっていた。

『アッハッハ……マーソレハサテオキ、キガツケバソコソコニオオジョタイダナ。ゼンイン、『シジョー』ノカイゴウニイクワケナノダロウ?』

「いえ、私は行きませんよ……」

 眼球マニアさんが少し驚いてそう言った。

『ン? ソウナノカ?』

「それにさっきの話的に、オレたちは残るべきだろ。鬼頭は……微妙な立場だが……」

 さっきの話? 眼球マニアさんの話……一体なんだったんだろう。

『シンパイスルナ。タトエゲツメンニイタトシテモレーテンナナビョーデココニイドウデキル。イザトイウトキニモモンダイナイ。レーダーモセンサーモトリツケタ。シロクジチュウキヲハッテルワケニモイカナイカラナ。』

「取り付けた? もう?」

『ワケハナイ。』

「相変わらずすごいな、スッテンは……」

『トイウワケダ。ドウダ、ガンキュウマニアモコナイカ?』

「……それでも私は行きませんよ。ここの講師でもありますから。授業をしながら、例の青年を待ちますよ。」

『ソウカ。デハゥワァタシタチデイクトシヨウ。マ、アサッテノハナシダガナ。』

「一体何の話なンダ?」

 ライマンさんが先生を見る。先生はやれやれという顔でこう言った。

「昨日、ライマンくんを危ない目にあわせたって事で謝りに行ったのになぁ。またこんな事に……」




 『四条』の会合は明後日。着替えとか、お泊りセットを持ってきてないオレたちだが、スッテンのとんでも科学のおかげで診療所の近くのスーパーに行くよりも早く日本とアメリカを往復できるから、一度戻って着替えとかを取って来ようかと思った。だけど……そもそもぞんなに早く移動できるなら泊まる必要もない。

「ライマンくんの件も、《ヤブ医者》インタビューも終わって特に用事もないし……オレたちは一度戻るよ。」

『ンン? スクールノケンガクハモウイイノカ?』

「お姉さんとライマンでざっと紹介したわ。仮に残りをじっくり紹介するってしても、半日もあれば終わるわよ。どこぞの美術館じゃないんだから。」

『ナルホド。タシカニ、アサッテマデココニイルリユウモナイカ。』

「スッテンはどうするんだ?」

『ゥワァタシカ? セッカク『イリョウギジュツケンキュウジョ』ノ《オイシャサン》ガワショチョウニアッタカラナ。ココニノコッテイロイロトハナシヲキキタイ。』

「私にですか? コロリンが喜ぶようなものがあるかどうか……」

 一瞬で移動できるとは言え、例の《パンデミッカー》らしき青年がいつ来るかもわからない状態で現地に対応できる人がいないっていうのは少し心配だった。だがスッテンが残るなら安心だ。

 眼球マニアの言うように、スッテンの治療法は……攻撃力が高い。オレも実際に見たことは無いが、前にファムに聞いた時はこう言っていた。


『スターウォーズって映画、享守は知っているかしら?』

『知ってるけど……じっくり観た事はないな。』

『それでいいわ。とにかく、あんな感じのSF映画をイメージするのよ。』

『ああ。』

『その映画に出て来る宇宙戦艦とか、光る剣とか……そういうモノを全て実現できるのがスッテンという《ヤブ医者》よ。』

『……惑星を破壊するようなビームとかもか……』

『スッテンに無限の材料と労働力を与えたなら、作れないモノなんてこの世に無いわ。』


「鬼頭はどうする?」

 オレはスッテンのせいで巻き込んだ感じの鬼頭にたずねる。

「んー? 俺たちは残るぞ。確かに会合自体は明後日だが、『四条』の本家の連中はその前に親睦会みたいな顔合わせをすんだ。それに合わせて、俺と詩織は今日、日本を発つ予定だったんだが……スッテンのせいというかおかげというか、一瞬で来れちまった。だからこのまま会場に向かう。」

 なるほど。それで詩織ちゃんは和服でビシッと決めているのか。

「……しかし詩織のやつ、時差の影響とかもろに受けるタチだからなぁ……こんな予想外の方法で来ちまって……前みたいになんなきゃいいが……」

 何やらぶつぶつ言う鬼頭。

「ミョンはどうするンダ? やっぱり顔合わせに行くノカ?」

 鬼頭と詩織ちゃんと同じ目的でここに来た宇田川さんは意外にも首をふった。

「その顔合わせに出るのは会合の出席者だけよ。言ったでしょ? お姉さん、その場に呼ばれはするけど会合そのものには出ないのよ。まぁ、当日にちょっとあると言えばあるんだけど……」

「じゃあ僕たちと戻らなイカ? 僕が日本を案内すルゾ!」

「お姉さん、日本人なんだけど。」

「じゃあ……診療所を案内すルゾ!」

「案内するほど広くないよ……だけど……」

 オレは宇田川さんに提案する。

「一日あるし……宇田川さんが良ければ、小町坂を紹介できるよ?」

「! 本当!?」

 心底嬉しそうな……まるで血の雨の中で笑う殺人鬼か何かのような表情になる宇田川さん。


 結局、オレとことねさんとライマンくんと宇田川さんは日本に戻り、スッテンと鬼頭と詩織ちゃんと眼球マニアは残ることになった。

『ジャアアサッテニナ。モシクハ、セイネンガアラワレタトキニ。』

「……ああ。」

 スッテンからワープ装置の使い方の説明を受け、オレたちは一瞬で甜瓜診療所の前に移動した。辺りは真っ暗で、もう夜だった。

「ここが安藤先生の診療所?」

 宇田川さんが妙に納得した顔で呟いた。

「眼球マニアから聞いたわ。何か他の研究をしていて結果的に《ヤブ医者》になった場合はともかく、《お医者さん》をやっていて、技術が認められて《ヤブ医者》になった者は……大抵貧乏だって。」

「そうなノカ?」

「《ヤブ医者》っていう呼ばれ方が色々と面倒を起こすそうよ。」

「……? そういえば先生。色々ありすぎて気にしてませんでしたけど、ライマンさんが来たのに診療所は火の車ってことにはなってませんね。何でですか?」

 オレは一瞬ビクッとしたが……オレの昔話をして《イクシード》を紹介したのだから、別に隠すことでもないか。

「えーっと……オレの治療法、《医者》の世界でも通用するからさ。そっちの関係の手伝いをしてるんだよ。アルバイトみたいなモノかな。」

「え? でも安藤先生、いっつもここにいルゾ?」

「あはは……オレだってふと出かけることがあるさ……」

 本当は夜、二人が寝た後に《イクシード》の力で瞬間移動しているんだが。

 これまでもちょいちょいやってきたが、ライマンくんが来たからその時間……というか頻度を増やした。

 この協力……仮にこっちの手伝いの方を本業にするとかなりのお金になるんだが……何度も『身体支配』をやる羽目になるから疲れるんだよなぁ……

 まったく、ガン研究の手伝いも楽じゃない。

「へぇ……安藤先生の治療法は《医者》方面にも利用できるのね。」

 詳しい話をしていないが、スクールでの教えのせいか宇田川さんはそれ以上聞いてこなかった。別に聞かれれば答えるし、《イクシード》の事は絶対秘密ってわけでもないけど……それでもオレの治療法は悪い方面の利用価値が高すぎる。だからできるだけ話さない……というのが、キャメロンと《イクシード》から言われてきたことだ。

「とりあえず中に入ろうか。」

 オレが玄関のカギを取り出して扉を開けると、ライマンくんが嬉しそうに中に入り、こう言った。

「もう夜だし、ミョンは泊まっていくんダロ? まくら投げしヨウ!」

「……いいのかしら? 泊まっても。」

 宇田川さんがオレを見る。首を傾げながら「いいの?」という顔をしているんだが……かなり怖い。真っ白な服と相まって本当に幽霊のようだ。

「……んまぁ、今からホテル探すとか大変だし……ここに泊まるのが自然だね……」

 そうか……小町坂に会いたいみたいだったから宇田川さんを誘ったけど……こうなることを忘れてた。

「ミョンはどこで寝るンダ? 僕と一緒にたタミ? それとも最近発覚した地下室とカカ!」

 と、言いながらライマンくんがオレを見る。

「いやあそこは寝るような場所じゃないよ……そもそもそういう風に使えるならライマンくんの部屋にしてるよ……」

「あら、ライマンは部屋がないの?」

「ウン。いつも和室で寝テル。」

「……着替える時とかは?」

「ショージを閉メル。」

「…………それでも……ライマン、アナタは女の子で安藤先生はそれを知ってるのよね……」

「ウン。」

「……」

 宇田川さんがオレを半目で睨む。正直、シャレにならないくらい怖い顔になっている。

「あ、言っとくけど安藤先生は覗いたりとか、そーゆーエロいことはしなイゾ! だって美人のガールフレンドがいるカラ!」

「ライマンくん!?」

 その後、友達想いの宇田川さんにライマンくんには何もしてないってことを説明する……というか理解してもらうのにちょっと時間がかかった。

 確かに、オレはまだ二十代の男でことねさんとライマンくんは十代……学校で言えば女子高生の年齢。そんな組み合わせが住宅街から離れた所にポツンと建っている診療所に住んでいるわけだから……見たら誰だって女の子二人を心配するか。



「よし、ミョン。一緒にお風呂に入ロウ。日本のお風呂は、まずオケにお湯を入れてそれをかぶるンダ。あ、オケをかぶるんじゃなイゾ。お湯をかぶるンダ。」

「だから、お姉さんは日本人よ……」

 そんな事を話しながら、ライマンさんとミョンさんはお風呂に入る。さっきまでお昼頃だったのにここはもう夜。お風呂に入るのも変なはずなのに、外が暗いと別に疑問も感じない。アメリカにいた時は暗くても眠くならなかったのに、何故かこっちではその明るさに身体が従ってしまう。

 私の身体は、完全に日本基準の体内時計を持っているようだ。

「なんだかんだ、疲れたね。」

 畳に座り込む先生。

 眼球マニアさんの話はどういったモノだったのか。先生は後で説明すると言って、とりあえず一休みしようと、ライマンさんたちにお風呂をすすめた。

 まぁ、先生はちゃんと教えてくれる人だから……気にはなるけど今は聞かなくてもいいか。

 ……お風呂場の方からライマンさんの声が聞こえるけど、居間には私と先生だけ。二人っきりというのは、なんだか久しぶりのような気がする。別に、ライマンさんがお風呂に入っていればこういう状況にはなるし、そう珍しくもないんだけど……ふとそんな気分になった。

 だから私は、気になっていることを聞くことにした。

「先生。」

「ん? なんだい、ことねさん。」

「あの……その、《イクシード》さんとお話してもいいですか?」

「? いいけど。」

『かかっ。我に用か。』

 先生の背中からひょっこりと《イクシード》さんが顔を出す。というか、いつも背中から出て来る気がするけど……服を着ているのにどうやって出てきているんだろうか……

「えっと……《デアウルス》さんに会った時から気になってて……それで《イクシード》さんも知ってるかなぁと……」

 私は左手を前に出して《イクシード》さんにたずねた。

「《オートマティスム》って……どんなヴァンドロームなんですか?」

 ずっと気になっていた。《デアウルス》さんが親しげに声をかけた、私の左手の中にいるヴァンドローム。『半円卓会議』では色々あって《デアウルス》さんには聞けなかった。だけど先生の昔話から、その昔、私たちがSランクと呼ぶヴァンドロームが集まった事があると知った。なら《イクシード》さんも会っているはず。

『かかっ。答えはわかっているが一応確認する。その質問の意味は、『どんな能力を持ち、どんな技を使い、何が弱点か』という事ではなく、『どんな性格の奴か』という意味でいいのか?』

「え? は、はい……」

 私は《イクシード》さんの質問の意味がよくわからなかった。だけどよくわからないという顔をしていると《イクシード》さんが笑った。

『かかっ。まぁ、ことねに《お医者さん》を教えているのはキョーマだし、我という存在にも出会ってしまった……それ以前に《デアウルス》もか。仕方のない事だ。悪いとは言わないし、改善しろとも思わないがな。』

「あの……?」

『かかっ。ことねよ。本来《お医者さん》にとってヴァンドロームとは敵なのだぞ? 倒す相手の戦闘力を知るならともかく、どんな奴かを知る必要は基本的に無いのだ。』

「!」

『かかっ。しかしことねは我や《デアウルス》のように、人間の言葉を話し、感情を持つヴァンドロームと敵対という形ではない、一つの出会いとして遭遇した。故にヴァンドロームに対して友好的な感情を持った。《お医者さん》としてあるべき姿……人間に害なす、倒すべき……いや、殺すべき対象としての認識ではなくな。』

「それは……」

『かかっ。別に構わん。鬼頭のような奴もいるのだから。だが……《お医者さん》を始めた頃のキョーマもそうだったように……一度そういう認識をした生き物を殺すというのは……非常に心に来るモノがあるぞ? しゃべるニワトリを殺してから揚げに出来るかという類の話だ。相応の覚悟をしておくといい。まぁ、先人がいるからな。指導してもらえるだろうが。』

 《イクシード》さんはそう言いながら、先生の膝の上に座った。

 私は《お医者さん》を目指す者としての矛盾を指摘されて……いや、気づかされて動揺する。だけどふと視界に入った先生がいつものように笑った。

 そうだ……《イクシード》さんとこんなに親しい先生も、今こうして《お医者さん》をやっている。その時が来たら、先生に色々聞いてみれば……きっと解決するだろう。

 今は……とりあえず。

『かかっ。心の切り替えの早さ……これはことねの長所だな。では、本題に戻るか。《オートマティスム》について……だったな。』

「はい。何度か声を聞いたことがあるだけで……どんな姿だとか、どういう性格なのかとか……何も知らないんです。」

 私は少し目線を下げて独り言のように呟く。

「……Sランクだから切り離せない……だから共存するしかない……そう言われた時は……最初は出来るわけないと思いました。だけど……鬼頭先生と詩織ちゃんに出会って……無理じゃないかもって思えて……そ、それで……せ、先生も同じだったんだなぁって……だから、その……」

『かかっ。出会いは成長を生む。我も体験済み……どれ、質問に答えようか。』

《イクシード》さんが腕組をする。

『かかっ。まずは容姿だな。体長は二メートルほどだ。』

「二メートル……」

『かかっ。ついでに横幅も奥行きも二メートル。』

「え? それじゃあサイコロじゃないですか。」

『かかっ。惜しいな。《オートマティスム》はな、我よりもシンプルな姿……球体なのだ。表面には何もなく、ただただ浮いているだけの黒い球体。』

「顔とかないんですか……」

『かかっ。無い。だが……その姿は我が見た事ある姿だ。なんとなくだが、《オートマティスム》はあの球体が真の姿とは思えないのだ。ゲームではないが、第一形態というか、力を温存している形態というか……』

「つまり……よくわからないってことですか。」

『かかっ。その通りだ。だが性格はわかるぞ。《オートマティスム》は無口で真面目な奴だ。』

「無口で真面目な黒い球体……ですか……」

『かかっ。言い方を変えると、感情表現の下手な……そう、シャイなのだ。』

「どんどんイメージできなくなるんですけど……」

『かかっ。それならばやはり、直接聞くのが良いだろうな。あれは自分が家とした者の語りかけを無視するような奴ではない。反応が無いのは恥ずかしがっているだけだろう。根気よく話しかけてみることだ。』

 そのあとも色々と話を聞いたけど、《イクシード》さんも会ったのは一回だけだから、その時の印象しか知っていることはなく、それ以上の何かを得ることはできなかった。

 それでも、「あいつはあんな奴」と語れるような相手……感情があって性格がある相手なのだから、いつかきっと話す事ができると思う。



 翌日、朝ごはんを作るから二人を起こしてきてと言われ、和室の障子を開けた私は、髪の毛を畳いっぱいに広げてうつ伏せになっているミョンさんを見て朝から心臓が止まるかと思うくらいに驚いた。まるで海に浮かぶ水死体のようだった……

 ちなみにライマンさんはミョンさんの髪の毛の中に埋まっていた。

 ライマンさんとミョンさんは本当に仲が良い。ライマンさんはすごく楽しそうだし、ミョンさんもニタリ顔がすこし和らぐ気がする。

 そして判明した。ライマンさんに変な日本の知識を教えたのはミョンさんだった。

「いただきます。」

 丸いテーブルを四人で囲み、私たちは朝ごはんを食べる。

「そういえば、なんでいただきますって言うンダ?」

 ライマンさんがフォークでしゃけを食べながらそう言うと、ミョンさんがさも当然のように答えた。

「いただきますっていうのは『頂きを目指します』の略語なのよ。」

「イタダキ?」

 ライマンさんが首を傾げると、ミョンさんは意地の悪い顔で話を続ける。

「頂上……てっぺんのことよ。この場合は、どこかのてっぺんってわけじゃなくて、今の段階よりも高みってことを指すわ。あなたの命を食べる代わりに、必ずや、わたしは更なる高みに辿り着いてみせる。あなたの命を無駄にはしない。日々精進を生き様としていた武士から広く伝わった言葉よ。命を食べる時の、自分への宣言なの。」

「オオ! サムライの言葉なノカ! かっこいイゾ! いただきマス!」

 ライマンさんが嬉しそうにごはんを食べるのを横目に、唖然としている私と先生に、ミョンさんはニタリと笑いかけた。

「それで……先生、今日は小町坂さんの所に行くんですか?」

「そのつもりだよ。」

「そうなると、また診療所が空っぽになりますけど……」

「それがね、ちょっといいものをスッテンにもらったんだよ。」

 そう言って、先生は和室の茶箪笥の中から銀色の箱を取り出した。

「その名も……ワープ風鈴。」

 箱から出てきたのは風鈴だった。何の変哲もない……診療所の入口に置いてある呼び出しベルの代わりの風鈴と何も変わらない。

「どこらへんがワープなのよ。」

 ミョンさんも興味深そうに風鈴を見る。

「これを誰かが鳴らすとね、オレたちが今持ってるワープ装置が起動して、どこにいようとも風鈴の傍まで一瞬で移動させるんだとさ。これを入口に置いておくよ。」

「……いつ発動するかわからないって怖いですね……ご飯中とかにワープしたら大変です。」

「うん。だから、これが発動するのはオレだけにしてるから安心して。みんなは気にしなくていいよ。」

「安藤先生はモチモチ、おトイレにも行けなイナ!」

「うん……たぶんオチオチだね。」



 朝ごはんの後、先生は小町坂さんに連絡を入れた。

「午前中ならいいってさ。宇田川さんの術式にも興味あるって。」

「! お姉さんの術式に……あの小町坂先生が……」

 ミョンさんはあんまりキャラに合わないと言うか何と言うか、すごく緊張しているようだった。

「午前中……そこそこ距離もありますし、早めに行きますか。」

「いや……迎えが来るんだよ。」

「え? 小町坂さんが来るんですか?」

「……高木さんが来るって……」



 電話から少し経った頃、峠の走り屋かと思うブレーキング音と共に高木さんがやってきた。

「見てください、安藤先生! 免許取ったんです。」

 高木さんは……車には詳しくないけどたぶん、軽自動車に乗っていた。ど真ん中に初心者マークの貼ってある……車に。

「病院まで送りますよ。運転したくたしょうがないんです!」

 高木さんはいつも以上にウキウキしている。私たちは道路に残された物凄いブレーキ跡を見てゾッとしていた。



「よく生きてたな。」

 晴明病院に着いた私たちに小町坂さんが最初に言ったのがそれだった。

「なんかすごい運転だったぞ……高木さんって実はレーサー?」

「走り屋だろ。たぶん、ありゃ才能だな。天才的なドライビングテクニックってやつだ。いや、センスか。教習所でドリフトかましたらしい。」

「そうか……」

「んで、俺に会いたいってのは?」

「は、初めまして……」

 ニタリ顔が少し真面目になっているミョンさんが一歩前に出た。

「お姉さんは――」

「ちょい待ち。ここは病院の入口だからな。院長室に行こう。」

 小町坂さんの院長室は相変わらず面白かった。刀とかろうそくが並んでいるその部屋の中央に置いてあるソファに私たちはこしかけた。

「さて……俺が小町坂篤人。晴明病院の院長をやってる《お医者さん》だ。そしてあんたが?」

「う、宇田川妙々。北条派の者で……スクールの三年生よ。」

「つまり、そこのお嬢ちゃんの友達……ってことでいいんだな?」

 小町坂さんがライマンくんをちらりと見る。

「そうよ。」

「ふぅん……」

 小町坂さんは少しきりっとした顔でミョンさんを見つめる。ミョンさんはかなりドギマギしている。

「とりあえず……わざとなのか生まれつきなのかわかんねーから場合によっちゃ失礼な事を言うが……いい容姿をしているな。」

「うワッ!? コマッチがいきなりミョンに告白しタゾ!」

「ちげーよ! 日本系術式の《お医者さん》としてって意味だ!」

 小町坂さんはキセルを上下させながら続ける。

「たぶん、その外見なら……一部のヴァンドロームがビビるだろ。」

「! ええ……時々……だからこの……格好でいるんだけど……」

「あんたの格好……つーか雰囲気か。まるで幽霊みたいだ。普通の人だって、あんたが暗闇に立ってたら間違いなくビビる。それくらいの完成度だ。」

「コマッチ、褒めてるのか悪口言ってるのかわからなイゾ。」

「褒めてるんだ。わざとなら努力の賜物、生まれるつきなら才能だ。こういうな、俺たちにとって幽霊みたいに……言い換えれば、人の形をしてはいるけど何か違う霊的な、魂的な何かに感じる雰囲気ってのはな、日本系術式の使い手が良く使う式神の気配と似てるんだ。」

「式神……ああ、たまに小町坂も出すあの天狗みたいのか。」

「別に天狗だけじゃねーけどな。式神に似た雰囲気を出す宇田川をヴァンドロームが見た時、中には宇田川を式神と勘違いする奴もいるはずだ。」

「それっていいことなノカ?」

「ヴァンドロームの性格によりけりだが……大抵はいい方に働く。つまり、ヴァンドロームがビビる。ヴァンドロームっていう種族の天敵である《お医者さん》が使役する何かにそっくりな奴……カエルがヘビを目の前にした時と同じような状況さ。ヴァンドロームは、宇田川を見ると命の危険を感じるわけだ。」

「そんなことがあるのか。」

「全てのヴァンドロームに対して有効ってわけじゃないがな。日本に生息してるヴァンドロームにはかなりの確率で効くだろう。」

 小町坂さんはぷはーっと煙を吐く。

「んま、容姿は二の次。肝心は術式だ。ちょっと見せてくれるか? 何かしらアドバイスもできるだろう。」

「え、ええ! お願いするわ!」

 嬉しそう……なんだろう、たぶん。ミョンさんは立ち上がって部屋の隅っこに術式を作りだした。

「アドバイスって……随分と大物な感じだな、小町坂。」

 先生がニヤニヤしながらそう言うと、小町坂さんは少し恥ずかしそうに答える。

「う、うっさいな。スクールの宇田川と比べれば、俺はかなり先輩だ……それに、俺はあの卜部先生に学んだんだ……こういう事の一つもできないとな……」

 私は術式の準備……魔法陣を作っているミョンさんを見る。小町坂さんはチョークとか血とか縄とかを使っていたけど、ミョンさんが使っているのは……あれはたぶん、碁石だ。それも黒いのだけ。それを綺麗に並べている。

「なるほど。碁石とは面白い思い付きだな。」

 小町坂さんがぼそりと呟いた。

「何が面白いんですか?」

「並べるのは面倒だが、書き換えるのが簡単だ。北条派っつったら、大抵は墨で……つまり習字で魔法陣を作るからな。」

「それって……他の『四条』は違うって事ですか?」

「そうだ。『四条』は方角を冠してるだけあって、そっち系の術式をよく使う。んま、自分自身を術式の一部に組み込めるんだし、使わない手はないわな。そんなこんなで、大抵は五行思想を根底に置くから、東条は葉っぱとか、西条は骨とか、南条は血とかを使う。」

「……」

「おい小町坂。さも当然のように話すけど、ことねさんはチンプンカンプンだぞ。」

 目をぱちくりさせる私を見て先生がそう言った。実際、チンプンカンプンだ。

「ん? ああ、そうか……まー要するに派閥ごとに道具にはこだわりがあるって話さ。」

 ミョンさんが術式を作り終えると、小町坂さんがそれを眺めて色々とアドバイスを始めた。正直、ここから先は日本系術式の専門的な会話になったから私と先生にはやっぱりチンプンカンプンで、多少日本系術式を知っているライマンさんも首を傾げていた。

 だから私たちは、難しい言葉を話す小町坂さんとミョンさんを遠目で眺めながら別の話をした。

「安藤先生は術式全然使えないノカ?」

「うん。キャメロンが使えなかったし、《イクシード》もよく知らなかったし。」

「ある程度知っておいた方がいいんですかね。」

「うーん……一人でやる分にはいいけど、誰かの手伝いとかで術式使いと協力する時なんかの為に、基本的なとこは抑えておきたいね。今ならライマンくんもいるし……いい機会かもね。」

「え、僕が教えるノカ?」

 ライマンさんが目を丸くする。

「本来なら、ライマンくんがオレから何かを学んで帰るってのがスクールの卒業試験的な感じなんだろうけど……オレは何も教えてあげられないからなぁ。」

「別に気にしなくていイゾ。充分面白いカラ。」

「そう?」

「ヨシ! なら僕が一肌で温めルゾ!」

「……一肌脱ぐ?」

「そう、ソレ。」

「物凄い間違いですね……」

第四章 その3に続きます。

この章、ちょっと長いのでいつものように二つに分けられませんでした。

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