第四章 その1
これまで「語られる」だけだった事の「実際」が披露されます。
安藤くんの実力とか、あの科学者の本気とか。
そして規格外の規格外っぷり。
すごい人たちがすごい事をやりすぎてえらく弾けた第四章です。
人生、何がどうなるかわからないものなんだなぁと、私は塞翁が馬という言葉をぼんやりと思い浮かべる。
私が先生と出会ったのは……私が助けを求めた《お医者さん》が先生だったのはちょっとした運命だったのだと思う。
まぁ……ただの、類は友を呼ぶなのかもしれないけれど。
そしてもう一人。今までの当たり前をひっくり返す人、そんな人に出会うという出来事に遭遇した人がいた。
「うーン……」
甜瓜診療所の和室。真ん中に置かれたちゃぶ台に突っ伏して唸っている人がいた。
ライマンさんだ。
「うーン……どうすればいいンダ?」
ライマンさんはここ最近ずっとこんな感じだ。
「ん? まだ迷ってるの、ライマンくん。」
ライマンさんを悩ませている張本人、先生がひょっこりと和室に顔を出す。
「だッテ……」
ライマンさんがこんな状態になったのはあの時から。
そう……先生の昔話を聞いたあの日に遡る。
《パンデミッカー》の襲撃があった次の日、私たちは甜瓜診療所に集合した。ここで言う「私たち」というのはあの場にいたメンバーに数名を加えた面々のことを指す。
先生の下で勉強している私、溝川ことねとスクールの卒業試験……というか研修でやってきたライマンさん。
先生の《ヤブ医者》友達のファムさんとアルバートさん。加えて、あのビルの監視カメラを使って事の一部始終をちゃっかり見ていたスッテンさん。
そして性欲使いのフリュードさん。ファムさんが惚れた先生という人物の過去には興味があるとかなんとか言っていた。
最後に藤木さんと小町坂さん。二人は……先生の昔話を既に知っているから、ちょっとした補足を入れる役割で先生に呼び出された。
先生が和室で話をすると言ったから全員そこに入ろうとしたけど、甜瓜診療所の和室はそんなに広くない。特にアルバートさんは一人で二人分のスペースをとってしまう。だから何人かは和室の入口や診察室で話を聞いていた。
先生の話は、初めから波乱を呼んだ。なにせ突然、先生の背中から不思議な生き物が出てきたのだから。
高さ三十センチくらいの真っ白なぬいぐるみ……いやクッション? 見た感じは人の形をしたマシュマロ。そんな生き物かどうかも怪しい感じの生き物を、先生は私たちにこう紹介した。
「Sランクヴァンドロームの一角、《イクシード》だ。」
《イクシード》……さんが登場した瞬間、藤木さんと小町坂さんを除く全員が気持ち的に一歩後ずさった。だけど先生が《イクシード》さんを抱え上げて、あぐらをかいている脚の上にちょこんと乗っけると、全員が大きなため息と共に元の姿勢に戻った。
本来なら、《ヤブ医者》であるアルバートさんとかが《イクシード》さんについてすぐに問うところだったと思うけど、先生と《イクシード》さんがあまりに自然に接するからか、その光景にそれほど大きな疑問を抱かずに話を聞く態勢になることができた。
話の前半は、キャメロン・グラントという人物の話だった。いきなり知らない人の半生を、しかも《イクシード》さんが語りだしたので私たちは面食らった。だけど誰も何も言わずに、静かに聞いていた。何故なら《イクシード》さんが話を始める前にこう言ったからだ。
『かかっ。まずはキョーマの先生にして、我らの家族の……我の親友の話をしよう。』
死の運命から《イクシード》さんに救われ、この世の全てを謳歌して、《パンデミッカー》に身を置いて恩返しに努めた女性の物語。
そして話の後半、その女性が先生と出会ってからの物語を先生が語る。
自らが生み出した技術を先生に教え込み、先生を先生に育て上げ、そして亡くなった女性の物語。
先生の昔話というのはその実、キャメロンさんの物語だった。
私も含めて、話を聞いているみんなは色々と聞きたいことがあったと思う。だけど先生の話が終わるまで、途中で質問をする人はいなかった。
懐かしそうに、なんだかほっとする表情で話す先生を見ていたら……話を遮りたくないと思ったからだ。
それでも、話が終わって……先生がふぅと長いため息をついてこう言ってからは質問攻めだった。
「聞いてくれてありがとう……なんか質問あるか?」
真っ先に手を挙げたのはアルバートさん。まぁ、背が高いから手を挙げるというよりは天井にパンチを打ち込んだと言う方が適切かもしれない。
「今の話だと、安藤はお主の師匠が亡くなった時……つまり今から五年前の時点でその技術をモノにしていたということになるが……安藤が《ヤブ医者》になったのは今から三年前だ。二年も何をしていたのだ?」
「何って……《お医者さん》さ。確かに技術はあったけど経験はゼロだ。この診療所や小町坂のとこで経験を積んでた。そもそも、オレは《ヤブ医者》になろうとは考えてなかったよ。《お医者さん》をやってたら《デアウルス》から連絡が来たんだ。」
「ふむ。《デアウルス》のことだからな……お主を《ヤブ医者》にすることは決めていたのであろう。十分な経験を積んだところでようやく勧誘したというところか……」
アルバートさんがあごに手を当てて納得した感じに頷いていると、ファムさんがアルバートさんに尋ねた。
「キョーマとアルバートの出会いは……『半円卓会議』の前なのよね?」
「うむ。急に《デアウルス》に呼び出されて現場に行き……その場にいる《お医者さん》と協力して事態の収拾をしろと言われたのだ。その《お医者さん》が安藤だった。」
アルバートさんはニカッと笑いながらその時を語る。
「突然背中から真っ黒な翼がはえてな……安藤は空を飛び、騒ぎを起こしていた者を捉えた。その姿は……そう、悪魔としか表現できないモノだった。だがな、そんな凶悪な見た目をしている男が揺るがぬ態度と確固たる意志でこう言った。『これは人を救える力だ。』とな! まるで平均的な筋肉しか持たず、異形の力を使うそやつの心は、しかしワシが目指す漢のそれだったのだ!」
『ソシテソノトシノ『ハンエンタクカイギ』デキョーマハ《ヤブイシャ》トナッタノダナ。』
和室の入口で甲冑の置物と化していたスッテンさんがそう言うと、先生が私を見てこう言った。
「もう気づいてるかもしれないけど、《お医者さん》に免許を送る謎の技術はスッテンのモノだよ。」
「え、それじゃスッテンさんはかなり前から《ヤブ医者》ってことですか……?」
『ソウデハナイ。』
相変わらずの独特な口調でスッテンさんが説明する。
『ゥワァタシガ《ヤブイシャ》ニナッタノハソコソコサイキンノデキゴトダ。タダ、《デアウルス》トデアッタノハカナリマエナノダ。カルイギジュツテイキョウヲシテイタノダヨ。《デアウルス》ノタカイチセイトソノチシキトコウカンニナ。』
スッテンさんはカションという音と共に顔を先生に向ける。
『ゥワァタシモシツモンスルゾ。アマリオモイダシタイコトデハナイダロウガ……キャメロンヲシニオイヤッタ『カミ』トヤラノウイルスニハキョウミガアル。ドコカニノコッテイタリシナイノカ?』
『かかっ。残念だが残っていない。』
答えたのは《イクシード》さん。
『かかっ。ウイルスをまき散らした男も……キャメロンも、その身体は完全に消滅した。まるで日の光に消える吸血鬼のように……それこそ、死んだヴァンドロームのようにな。』
『ホウ。ソウナルト……ソノウイルス、ゲンミツニハウイルストヨベナイシロモノナノカモシレナイナ……』
「……《イクシード》……だったわね。」
ファムさんが《イクシード》さんを少し笑いながら見た。
「今の言い方だと……襲ってきた男もウイルスで死んだことになるけれど……そうではないんじゃないかしら? 激昂したあなたが、目の前の男がウイルスで死ぬのを待つとは思えないのだけれど?」
『かかっ。想像にまかせよう。』
なんだか一瞬、寒気のする空気になった。
「わたくしも質問するわ。三つほど。」
「随分あるな。別にいいけど……」
「一つ目はその『神』とやらのことね。《デアウルス》はずっと、『いるかいないかもわからない』とわたくし達に言ってきたのだけれど……今の話だと、その存在は確実よね?」
「ああ、そのことか。オレは《デアウルス》に口止めされてたんだ。どういう意図で隠してるのかはわからないが……」
「あら享守。今しゃべってしまったじゃない。」
「一応、事前に訊いておいたよ……しゃべっていいかどうかをな。そしたら二つ返事でオーケーされたんだ。」
「ふぅん?」
ファムさんは何やら難しい顔になった。
「で、二つ目はなんだ? ファム。」
「あなたの……症状についてね。」
先生の症状……つまり、『異常五感』。私は先生の話を思い出す。
人間には五感というものがある。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚……私たちが……と言うよりは私たちの頭が外から情報を集めるために用意した器官。
よく聞くのはそれらの機能が下がる、もしくは無くなるという症状。失明とか失聴と呼ばれるのがそれになる。
だけど先生の場合はその逆。それらの機能が上がるという症状。ただし、その上がり方が異常。それが先生の症状であり、《イクシード》さんが発症させる症状、『異常五感』。
「《イクシード》がとりついて引き起こす『異常五感』の程度は……きっと際限ないのでしょうね。だけど享守のそれは? 実際、どれくらいの五感になっているのかしら。」
『かかっ。健康診断でやるような測定をやると馬鹿馬鹿しい数値が出る程度だな。』
「それがわからないって話だろ? でもどんくらいって言われてもなぁ……」
先生はポリポリと頭をかく。
「視力……は難しい…じゃあ聴力ね。例えば今わたくしが出している声量ならどれくらいの距離から聞こえるのかしら?」
「……色々条件にもよるけどな……ここから歩いて二十分のとこにあるスーパーにいても聞こえるかな。」
「えェッ! それじゃあ安藤先生がいないからって先生の悪口言えないな、こトネ!」
「……先生がいない時に悪口言ってるみたいに言わないでください。」
チラッと先生を見ると、少し落ち込んでいた。
「デタラメな聴覚ね……でも、制御はできているのでしょう?」
「ああ……聞こうと思わなければ聞こえない。意識しないって意味じゃなく、五感にふたをしている感覚だな。」
『ホウ。ソレナラ、キョーマハヤロウトオモエバゴカンヲフサグコトガデキルノカ? イチジテキナシツメイ、ムツウトイウフウニ。』
「まぁ……」
「ふむ。これでようやく、安藤の特技が判明したな。」
「オレの特技?」
「ふふ、《ヤブ医者》にはそれぞれ、己が極めた分野がある。ワシで言えばこの筋肉、スッテンは科学、ファムは美しさ。そしてお主は五感ということだ。つまり、その分野に関して言えばその者の右にでる者は……少なくとも《お医者さん》にはいないということだ。」
「……そうかもな。」
先生はファムさんの方を見る。
「んで、三つめはなんだ?」
「三つ目は……これはとても大切な確認なのだけれど……」
「うん?」
「享守は年上が好みなのね?」
ファムさんの思わずドキッとしてしまうとても幸せそうな笑顔を受けて、先生は動きを止めた。
「あー……えっと……」
「いいのよ享守。何も言わなくても、わたくしはわかっているのだから……」
ほんのりと顔を赤らめてうっとりするファムさん。
「オオ! 今夜は赤飯ダナ!」
「ライマンくん、そんな文化をどこで覚えたんだい……」
ファムさんの三つの質問が終わり、これで《ヤブ医者》のみなさんの質問が終わったようなので、ライマンさんがシュバッと手を挙げた。
「僕も質問あルゾ!」
「ああ、うん。」
「結局、ウラベって人はどうなっちゃったンダ?」
その質問を受けて、先生は小町坂さんを見る。小町坂さんは軽くため息をもらして答えた。
「いんちょ……卜部先生は亡くなった。」
その答えを聞き、その場の空気が少し重くなった。だけど小町坂さんは慌てて手を振る。
「あー違う違う。襲われたせいで亡くなったわけじゃない。そりゃまぁ……あの時のケガが何の影響も及ぼさなかったっつーのはあり得ないが、卜部先生の死因を述べるなら老衰だ。」
老衰……つまり寿命ということだ。
「卜部さんはオレが《ヤブ医者》になった頃に亡くなったんだよ。」
『かかっ。言い方は悪いかもしれんが、ぽっくり逝くというのはああいう死に方を言うのだろう。』
《イクシード》さんは小町坂さんを見上げる。
『かかっ。卜部の狙い通り、そこの小町坂は日本系の術式における達人と成った。登録はされていないが、卜部は《デアウルス》が《ヤブ医者》として認めた男……その高い技術はしっかりと受け継がれているわけだ。』
「じゃあSMって人はどうなったンダ?」
「SMさんはまだいるぞ。治療はもうしねーけど、若手の教育に力を入れてくれてる。」
「あら。引退ということかしら?」
「そうなるが……今でも本気だせばAランクを同時に十体は身動きできなくさせられるぜ? 一週間くらいは軽くな。」
『ナルホド。ソコニモタシカニ、ウラベトイウオトコノギジュツハアルノダナ。』
スッテンさんがカションカション言いながらうんうんと頷く中、一人が唸る。
「うーん……本気出すってどういうこトダ? 難しい呪文とかあるノカ?」
ライマンさんが首を傾げる。今の小町坂さんの話を聞いて私は何も思わなかったけど……言われてみれば、術式を使う時に本気も何もない気がする。陣を描いて呪文を唱える……やり方の決まっている計算式のようなモノではないのだろうか。
「あー……本気っつーよりは覚悟だな。卜部先生みたいに指を切り落としたりする覚悟。それと術式を制御する技術が合わされば、すげーことができるって話だ。」
「ああ……そーいえば習っタゾ。今でこそ、どの術式も正しい手順を踏めば誰でも発動できるけど、昔の荒削りの術式だとそーはいかないッテ。」
「基本的に、今の術式には《お医者さん》に負荷がかからないような設計がされるからな。だがそれはそれで術式そのものの威力を制限することにつながんだ。術式を使う《お医者さん》で上級者って呼ばれる連中は、つまり《お医者さん》自身を守る仕組みが無いけど威力の高い術式を、自分の技術で制御できる奴らってことだ。」
「ちなみに……ウラベが使った術式ってなんだったンダ?」
さすがライマンさん。術式使いの《お医者さん》としては興味深いんだろう。
まぁ……私も気になるんだけど。
「西洋東洋……どんな派閥にもあるだろう? 禁術ってのがさ。卜部先生が使ったのはそれだ。」
「禁術?」
私が呟くとライマンさんがエッヘンという顔で説明してくれた。
「禁術っていうのは、ものすっごいパワーの代わりに下手すれば《お医者さん》の命を代償にしちゃう術のこトダ。」
「卜部先生はそんな恐ろしい術を……たかだか指の二本で発動させたんだ。術式を制御して、効率の良い形に組み替えてな。日本系術式において、卜部先生は今も昔も頂点だと俺は思うよ。」
偉大な人をしみじみと思い返す小町坂さんに、藤木さんがぼそりと言った。
「そんなすごい人に学んでおいて……なんで小町ちゃんは《ヤブ医者》じゃないのかしらね。」
「うるせっ! つーか小町ちゃん言うな!」
藤木さんの疑問に、現役《ヤブ医者》のみなさんがじーっと小町坂さんを見つめた。
「ふむ。筋肉不足であろうな。髪を伸ばす前に筋肉をつけるのだ。」
「あら、やっぱり美しさじゃないかしら。伸ばすなら伸ばすできちんと手入れしなさい。」
『ハッハッハ。ヤハリ《ヤブイシャ》ニフサワシイコセイデハナイカ? キモノヲキテイルダケデハタリナイノダロウ。』
「え、《ヤブ医者》の選定基準に個性なんかあったのか!? オレはどの辺を《デアウルス》に買われたんだ!?」
「お前ら!」
なんとなく場が笑いの空気になったところで、スーッと手を挙げた人がいた。
フリュードさんだ。
「……ちょっといいか?」
「あら、どうしたの、フリュード。」
フリュードさんは少し言いにくそうに続ける。
「あー……おれとしては……ヘロディア嬢が惚れた男の一片を知れたってことで話自体は満足だ。《パンデミッカー》っつー連中の恐ろしさってのも認識できた。それとは別にだな……」
フリュードさんはこの場の面々を眺めてこう言った。
「誰が誰なのか教えてくれないか?」
……言われてみればそうだ。ここに集まった人はつまり、先生の知り合いだ。私は全員の事を知っているけど……例えば小町坂さんはアルバートさんたちとは初対面になるはずだ。
「そういえばそうだな。順番に紹介するよ。」
先生は首を動かし、小町坂さんを見る。
「とりあえず、今の話にも登場した人から改めて。この和服で長い黒髪の男が小町坂篤人。卜部先生が建てた病院、晴明病院の現院長。日本系術式の使い手だ。」
「よろしくな。安藤とは……《お医者さん》修行に付き合ったりしてたからな……んま、同期みたいなもんだ。」
続いて藤木さん。
「んで、そこの黒髪の女が藤木るる。近くにある白樺病院の《医者》だ。提携してるわけじゃないんだが、白樺病院に来たヴァンドローム絡みの患者さんをオレのとこに紹介してくれてる。次期院長と噂されるくらい、腕の確かな《医者》だ。」
「……!! 褒めても何も出ないわよ!」
「……何も期待してないよ……」
『かかっ。話を聞いたからわかると思うが、キョーマの幼馴染という奴だな。昔のキョーマのことならルルに聞くといい。』
「でも、アタシがキョーマの詳しい症状とか《イクシード》のことを聞いたのはキャメロンが亡くなってからだから……幼馴染と言うほど、キョーマのことを良く知ってるわけでもないわよ。本当に、小さい時のことだけね。」
心なしか、ほっぺを膨らませる藤木さん。
「んじゃ、次はこっちの連中。」
先生は身体をアルバートさんの方に向けた。
「そのムキムキマッチョはアルバート・ユルゲン。《ヤブ医者》の一人で……まぁ見てわかると思うけど、ヴァンドロームを力でねじ伏せる《お医者さん》だ。」
「うむ! 気楽にアルバートと呼んでくれ。筋肉について知りたければワシを訪ねるがよい。」
慣れた動作でポージングを決めるアルバートさん。相変わらず今にも破れそうな服がミシミシと音をたてる。
「で、そこの……甲冑がスッテン・コロリン。」
「あ? なんだって?」
やっぱりというか何と言うか、小町坂さんが聞き返した。
「スッテン・コロリンだ。」
「すってんころりん?」
『ノーノー、スッテン・コロリン。』
スッテンさんが指をチッチッとさせながら訂正する。
「《ヤブ医者》の一人でSFみたいな科学力を持ってる。その甲冑も、中には最新技術がつまってる。」
『ドウモ、スッテン・コロリンダ。ミナハスッテントヨブ。』
「スッテンって……すごい呼び方ね。」
藤木さんが目を丸くする。
『スゴイモナニモ、ゥワァタシノナマエダ。』
「そしてそこの……美人さんがファム・ヘロディア。《ヤブ医者》の一人で美しさってモノを極めようとしている。」
「あん? ヘロディアって聞いたことあんな……」
「? ホントか?」
「なんかのテレビで紹介されてたような……うちの女連中が騒いでたから覚えてる。確か美容の専門家じゃなかったか?」
先生がファムさんを見ると、ファムさんは軽く肩をあげる。
「……色々な所のテレビ局が取材に来るから覚えてないわね。日本のそれも来たことあったかしら?」
「……その世界じゃ名の知れた有名人ってことか。やっぱすげーんだな、《ヤブ医者》。」
小町坂さんが改めて《ヤブ医者》のみなさんを眺める。
「ふふふ。だからと言ってかたくなることはないわ。たぶん、ここにいる面々は招待することになるでしょうから、その時はよろしくお願いするわね。」
「招待?」
先生が首を傾げるとファムさんはニッコリと笑ってこう言った。
「わたくしたちの結婚式よ。」
「んなっ!?」
「ほー?」
先生のびっくりに重なるのは小町坂さんのニンマリ顔。
「まさか外国人美女をモノにしてるとはな。若くて美人で有名人な《ヤブ医者》か!」
「あら、わたくし別に若くはないのだけれど。」
「? いや、どう見たって二十代……行っても三十半ば……いや、それは行き過ぎか。どちらにせよ、まだまだ若いだろうに。」
「ふふふ、そう思ってくれるのは嬉しいのだけれど、これでもわたくし今年で七十八なのよ。」
ファムさんの発言に、小町坂さんと藤木さんは固まった。
「……安藤?」
小町坂さんが先生の方を見る。先生は一拍おいてこくんと頷いた。
「マジか! マジなのか!」
「……医学的にどうなのよ……」
「ふふふ。わたくしがここまで美しさを保つことができているのは、享守のおかげなのだけれど。」
「! そ、そうか! 『身体支配』とかそんなんでか!」
「……オレがやったのは主に身体の中身……内臓とかの老化の巻き戻しだ。んまぁ、それ自体もファムの努力がなければ不可能なことだったんだが……とりあえず、ファムの外見はオレと会う前からこんな感じだ。」
「……人間ってすごいのね……」
「女ってこえーなぁ……」
先生は二人の驚きを見て少し笑いながら、フリュードさんを見る。
「そんでもって……そこのちょい悪オヤジみたいなのがサイグマンド・フリュード。《ヤブ医者》ってわけじゃないんだが、性欲使いってことで今回の一件に同行してもらった。ファムの知り合いだ。」
「おう。よろしく頼む。つっても、おれとあんたらが絡むことは無さそうだがな。」
「ハイ!」
何故かライマンくんが手を挙げる。
「あんだ?」
「ちなみにそこのコマッチとフジキの性欲もわかるノカ?」
「そりゃまぁな。」
フリュードさんんがだるそうに二人を眺める。二人とも、性欲使いがどういう技術を持っている《お医者さん》なのかを知っているらしく、小町坂さんは目をそらし、藤木さんは自分の肩を抱いた。
「あぁん? つまんねーな、こりゃ。」
「どうしたンダ?」
「そこのロンゲは普通だ。一般的に男が好むと言われるそれが好き。んま、ちょっとSっ気があんのは術式のせいか?」
「オオ! ここにもSえムガ!」
「や、やかましい!」
小町坂さんが顔を赤くして怒る。
「で、そっちの女は……あれだ……性欲使いからすると一番楽だが一番つまらないパターンだ。」
「ど、どういうことよ……」
「好きなモノ、性欲を引き立てるモノが特定の人物ってことだ。浮気もせず、ただただ一途な人間ってのは純粋すぎてつまらん……」
フリュードさんは興味を無くした顔になる反面、藤木さんは小町坂さん以上に顔を赤くした。
「最後に……」
そう言って先生がライマンさんの方を見る。
「全員には紹介してないからな。この子はライマン・フランク。スクールから来た《お医者さん》の卵だ。スクールの最終試験……みたいなのでここにいる。」
『フム。《デアウルス》ノイッテイタヤツトイウコトダナ?』
「まぁ……そんなとこだ。」
『シカシミョウダナ……』
スッテンさんがカションと腰を折り、畳に座っているライマンさんと目線を合わせる。そして思いもよらないことを言った。
『コノコノナマエハ、『ローラ・ヴァンクロフト』ジャナイノカ?』
呪文のようなしゃべり方のスッテンさんがまさに謎の名前を口にした。この場にいる大半が頭の上に?を浮かべている。だけど先生は妙に納得した顔をし、当のライマンさんは両目を見開いている。
「……スッテン、どうしてそう思ったんだ?」
『ン? イマノジダイ、ベツニエライヒトデナクテモ、イキテイレバソノジンブツノコンセキトイウノハドコカニデータデノコルモノダ。ゥワァタシノヘルムヲトオシテミレバ、シモンヤモウマクナドヲヨミトッテメノマエノジンブツガダレナノカヲトクテイデキルノダ。』
スッテンさんはスッテンさんで不思議そうに先生を見る。そして先生は困った感じに笑ってライマンさんにこう言った。
「ふふ、ばれちゃったね、ライマンくん。」
お父さんとお母さんの部屋のクローゼットからサンタクロースの服が出てきた時が、思えば始まりだったのだロウ。それまで思い描いていた夢の世界がガラガラと崩れていったあの感覚は、今でも思い返す度にゾッとスル。
いつか、どこかで、そんな世界は存在しないって知るモノだけど……小さい頃は、誰だって夢の世界を思いえガク。僕も、その一人だッタ。
だけど僕は普通とはちがッタ。みんなは夢の世界を憧れの対象として考えていたと思うけど、僕は当然の経験だと思ってイタ。自分もいつかあんな世界に行きたいなぁじゃなくて、僕はどんな世界に行くのだろうかというかんガエ。
この世界には普通の世界と夢の世界があって、みんなは数ある夢の世界のどれかを経験するのだろうと……いつその世界に行くのかはわからないけど、どこかの段階でそっちに行く時が来るんだろうと……僕はそう思っていたンダ。
夢の世界にいるはずの白髭のおじさんの服が普通の世界の僕の家の中から出てきた日を境に、僕は落ち込む日々を過ごシタ。
エレメンタリーで出された「将来の夢」というテーマの作文も、僕は一文字も書けなかッタ。
なぜなら僕は、魔法使いになりたかったカラ。
生きる希望を失うとか、そんな深刻な事じゃなかったけど……世界がそれなりに色あせて見えていた中、ある日、お母さんが熱を出シタ。僕もお父さんもお母さんを心配したけど、お母さんはもちろん、お父さんも僕も、一度は経験のあるその症状……僕たちはそれをただの風邪だと思ってイタ。
その熱が二週間も続くまデハ。
さすがにおかしいと感じたお父さんは、僕とお母さんを連れて大きな病院に行ッタ。僕が一緒だったのは、何かのウイルスとかだったら僕にもうつっているかもしれないかラダ。
目や口を診て、聴診器を当てて、熱を測って、最後にお医者さんがとった行動は「首を傾げる」だッタ。熱が高いのは確かだけど、それと一緒に起きるはずの他の症状が見当たらナイ。熱を除けば……健康体というノダ。
困った顔をするお医者さんに、お父さんは文句を言って罵ッタ。見るからに苦しそうなお母さんに異常がないと言われたのだから、いくら素人でもそのお医者さんが間違っているとおモウ。
このヤブ医者め! ……お父さんがそう言った時、僕たちがいた診察室のドアが開いて別のお医者さんが入ってキタ。
それは金髪で背の高い、カッコイイお医者さんだッタ。
お母さんを診察したお医者さんは、そのカッコイイお医者さんを見るとハッとした顔になッタ。そして僕たちに謝って、その人が専門の人だと言ッタ。
いきなりの事で戸惑いながら、僕たちはカッコイイお医者さんに別の部屋に連れて行かレタ。
僕たちは目を丸くシタ。カッコイイお医者さんが自分の診察室だと言ったその部屋は、とてもそうは見えなかったノダ。
壁にかかっているのは変な形をした木の棒や、モノを切るために作られていない妙な形の刃モノ。棚にはよくわからないモノが浮いている小瓶に色とりどりのフラスコ。部屋の奥にはベッドがあるけど、ベッドの下には大きな魔法ジン。
極めつけは……コートかけにかかっている、身体をすっぽり覆える黒いローブに三角ぼウシ。
魔法使い……そう呟いた僕に、カッコイイお医者さんは笑いかケタ。
僕はワクワクしていたけど、お父さんとお母さんは不審げにカッコイイお医者さんを見てイタ。だけどお医者さんがお母さんを魔法陣の上のベッドに寝かせてじっと眺めるやいなや、まだ話していないお母さんの症状を次々に言い当てたからビックリシタ。
今日が発症してから何日目にあたるノカ。どれくらいの勢いで熱が上がっていったノカ。火照った身体で、特に熱いと感じる場所はどコカ。朝昼晩を通して、一番苦しそうな時間帯はいツカ。
その話を聞いたお父さんは、カッコイイお医者さんを確かな専門家だと信じたみたいで、色々と話をシタ。
僕たちが知っていることを全部話した後、ビックリなことにカッコイイお医者さんは「今日、すぐに治せる」と言ッタ。今から数十分後にはいつもの元気なお母さんダト。
さすがに動揺するお父さんに、カッコイイお医者さんは改まって話を始メタ。
この世界にはヴァンドロームという生き物がイル。そいつらは人間にとりついて病気にしてしマウ。だけどそのとりついているヴァンドロームを切り離せば、その病気はすぐになオル。
今思うと随分大雑把な説明だッタ。困惑するお父さんと僕をよそに、カッコイイお医者さんは立ち上がッタ。ローブを羽織り、三角帽子をかぶったカッコイイお医者さんはまさに魔法使いだッタ。
僕が目をキラキラさせる横で少し心配そうな顔のお父サン。カッコイイお医者さんは、言ッタ。長々と説明するよりは、実際に見た方が早イト。
まずカッコイイお医者さんはカメラのようなモノを手に取って、ベッドで不安気にこっちを見ているお母さんを撮影シタ。その画像はカッコイイお医者さんの机の上にあるモニターに表示さレタ。赤や黒のモヤモヤした変な画像だったけど、今ならあれがサーモグラフィーのそれだったのだとわカル。
次にカッコイイお医者さんは棚に並んでいた小瓶の内の一つを手に取ッタ。中身は何かの粉で、お母さんの服をめくってお腹を出すとそこにパラパラと振りかケタ。
お母さんに振りかけた粉は『エイメル』という、ヴァンドロームが苦いと感じるモノダ。お腹にかけたのは、お母さんにとりついたヴァンドロームがそこにくっついているカラ。大抵は背中だから、かなり珍しいパターンだったのだと、スクールでこの分野を学んだ時に知ッタ
カッコイイお医者さんはお母さんの横で何かをぶつぶつ言い始メタ。今まで聞いたことのない言葉で、僕は呪文を唱えているのだと思ッタ。実際、そのカッコイイお医者さんは術式を発動させるための呪文を唱えていたのだケド。
カッコイイお医者さんが呪文を唱え始めてから数秒後、それは現レタ。お母さんのお腹の上の空中、丁度カッコイイお医者さんの真正面に今まで見たことのない生き物が姿を見セタ。
『―――ッ!』
表現しにくい鳴き声をあげて、その生き物はカッコイイお医者さんに飛びかカル。だけど、カッコイイお医者さんはその生き物が飛びかかる頃には呪文の詠唱を終えてイタ。どこからともなく現れた光のリングにその生き物は縛られて、カッコイイお医者さんの合図と共に爆発、消滅シタ。
いきなりの事がすごい速さで起きたから、僕もお父さんも唖然としてイタ。だけど、爆発の後すぐにお母さんが起き上がって「治った」と呟くのを聞くと、お父さんはお母さんに駆け寄り、僕は大きな拍手をしてイタ。
その後、カッコイイお医者さんとお父さんとお母さんが色々な話をしてイタ。だけどその内容はあんまり覚えてナイ。本物の魔法使いに出会った嬉しさで頭がいっぱいだったノダ。
帰り際、僕はカッコイイお医者さんの、魔法使いの名前を聞いた。
魔法使いは、ライマン・フランクと名乗った。
家に帰ってすぐ、僕はお父さんのパソコンを借りて魔法使いのことを調ベタ。もちろん、最初はライマン・フランクという名前を調べたけど、同姓同名の別人ばっかり出てきたから諦メタ。だから僕は、ライマン・フランクの口から出た聞き慣れない言葉……つまり、ヴァンドロームのことを調ベタ。
妙に《医者》のことを丁寧に言っていたような気もしたけど、その時の僕はそれに違和感を覚えていなかッタ。
ヴァンドロームの事はすぐにわかッタ。検索したら拍子抜けするくらいに情報がたくさん出てキタ。そして知ッタ。《お医者さん》と呼ばれる人たちのこトヲ。
なんとなく、世界の秘密なんだと思っていたから、少しがっかりしたのを憶えているけど……ヴァンドロームも《お医者さん》も、別に秘密の事ではナイ。ただ単に、知らないだけなノダ。
こうして、僕ことローラ・ヴァンクロフトは「将来の夢」を《お医者さん》と定めたのだッタ。
どうやったら《お医者さん》になれるノカ。方法は二つあッタ。
一つは弟子イリ。実際に《お医者さん》として活躍している人の所に行って、その人の下で《お医者さん》の勉強をスル。
初め、僕はライマン・フランクの所で勉強したいと思ッタ。それでライマン・フランクに会いに行ったのだけど、当の本人もある《お医者さん》のもとで修行している身だッタ。
と言っても、僕のような《お医者さん》の卵というわけじゃナイ。
弟子入りをした人はいつ、「弟子」でなくなるノカ。《お医者さん》の世界で言えば、それは大抵「師匠」の引退と同じ意味にナル。理由はふタツ。
一つは現実的な……いや、経済的というべきかもしれないりユウ。
弟子入りした人が師匠の下である程度技術を学んで、一人でも治療できるようになったら、その人は独立するかと言うと……なかなかそうはならナイ。正確には、なれナイ。
《お医者さん》はその知名度の低さから、患者さんを得ることがとても難シイ。ある日突然独立して、ある日突然開業しても、患者さんは一人も来ないだロウ。《お医者さん》にとっては、地域からの信頼や大きな病院とのつながりというのが《医者》以上に求めらレル。
だから大抵、「弟子」は「師匠」の医院を継ぐことになるノダ。つまり、「弟子」は基本的に「師匠」がいる限りは「弟子」の立ち位置にナル。
二つ目は、単純に免許皆伝まで至らないというりユウ。「師匠」だって日々研究を重ねて技術を進化させているわけだから、「弟子」の修行の終わりというのは来ないモノなノダ。
そんなこんなで、まだ「弟子」の身であるライマン・フランクへの弟子入りはできなかッタ。だから僕はもう一つの方法を選択シタ。
それがスクール。数は少ないけど、《お医者さん》を目指す人が通う専門学校があるから、そこで勉強をスル。だけどこれは、《お医者さん》を目指す者にとってはとても大変な道と言われている方法だッタ。
さっきも言ったように、技術を持っていてもいきなり開業はできナイ。スクールの卒業生はまさにそういう状態になるノダ。どこかの現役の《お医者さん》の下か大きな病院に入らないと、治療うんぬんの前に自分が生活していけナイ。
スクールを卒業した後、路頭に迷う《お医者さん》というのは冗談ではなくているノダ。それでも僕は、《お医者さん》になりたいと思ッタ。夢だからということもあるけど、もう一つ……僕の中には決意のような使命のようなモノが生まれてイタ。
これはあとで知ったことだけど、お母さんにとりついていたヴァンドロームはEランクで、その中でも治療が簡単な方だッタ。ショックなことに、僕が感動した魔法は、少し学んだ者なら誰でもできることだったノダ。
だけどそれを聞いて僕は思ッタ。《お医者さん》にとっては初歩の初歩……そんな程度のことだったのに、僕たちは何もできなかッタ。ランクに関わらず、ヴァンドロームにとりつかれた人が行き着く先は死……あのままだったらお母さんは死んでイタ。
《お医者さん》は、必要な魔法使いなノダ。
ミドルスクールを終えた僕は、全体で見ると一割程度しかしない「中退」をして、スクールに入ッタ。
……と簡単に言ったけど、入学までの苦労と、ある大きな変化は大変だッタ。
ミドルの後、ハイに進まないで中退することに対して、もちろんお母さんとお父さんの反対があッタ。でも僕はお母さんが一歩間違えれば死んでいたというあの経験と、僕の夢を話して、少しずるい気もしたけどなんとか説得することがでキタ。
問題はその後だッタ。
僕はローラ・ヴァンクロフト……僕は女の子だッタ。
女の人は《お医者さん》に向かナイ。別に差別ってわけじゃなくて、ヴァンドロームの性質上、女の人は治療の際に男の人以上のリスクを負うことになるかラダ。
ヴァンドロームは生き物の『元気』を食ベル。そして『元気』は女の人……いや、別に人間にしかとりつかないわけじゃないから……メス? になるノカ。とにかく女の人から出る『元気』はヴァンドロームにとっておいしいらシイ。
普通、とりついていたヴァンドロームが切り離しを受けると怒って《お医者さん》に襲い掛カル。だけどその《お医者さん》が女の人だった場合、怒るよりも「おいしい食べ物」という認識が勝ってしまうことがアル。そうなると、襲い掛かられるというよりは、とりつかれてしまうノダ。
ことわざだと、ミイラ取りが未来になるというらシイ。とにかく、そういう理由で女の人の《お医者さん》というのは何かと嫌な思いをスル。男の人の《お医者さん》に見下されたり、女の人という理由で提携を断られタリ。
うん……やっぱりちょっとした差べツダ。
そしてそんな風潮はスクールの中にも存在シタ。スクールにおける女の子の割合は一割以下……まぁ人数が少ないのはいいとして、その扱いには差があるノダ。
全員がそうというわけじゃないけど、女の子を見ると講師の人が嫌な顔をしたり、妙に厳しくしたりスル。そしてその雰囲気が生徒にも伝わって、男の子の女の子に対する態度は……簡単に言えば偉そうにナル。卒業後も、自分を迎えてくれる医院というのはほぼ見つからなかったり……女の子には色々なデメリットがアル。
それでも頑張るのが、スクールにおける一割以下の女の子なんだけど……僕には彼女たちにはない選択肢があッタ。
僕は小さい頃から、来ている服によっては男の子に間違えらレタ。中性的な顔というのだロウ。そしてミドルスクールを終えた時点での僕の体格は……自分で言うのもなんだけど、胸もペッタンコで……なんというか、出るとこが出てない……「なよっとした男の子」で通るそれだッタ。
女の子だからって理由で夢に壁が出て来るのは嫌だった僕は、一人前の……誰にも文句を言わせないくらいに立派な《お医者さん》になるまで、男の子として生活することにシタ。
スクールに提出する書類には全て「男」と書き、男の子の服を着て、僕は男の子としてスクールに入学シタ。
そんな簡単にと思うかもしれないけど、実のところそんなモノなノダ。僕たちが目の前の人の性別を見分ける方法はなニカ。会う人会う人全員の服を脱がす人はいないし、DNA鑑定する人もいナイ。判断基準は顔や体格、服装なノダ。
とりあえず……あの頃はそう考えてイタ。
入学してみると、やっぱり女の子の数は少なくて……そしてなんとなく男の子とは差があッタ。そういうのを我慢して頑張る女の子を見ると、なんだか罪悪感を憶えたけど……僕は僕の為に頑張ると決メタ。
専門学校だから、普通の学校みたいに体育の授業とかは数が少ないし、プールなんてなかッタ。難関は健康診断だったけど、色々な理由でその日は休んで、後日一般の病院で女の子として診察してもらって、その結果を男の子の僕の診察結果としてスクールに提出シタ。普通の学校なら、生徒が診察結果を「持っていく」なんてことは出来ないんだろうけど、そこはさすがに《お医者さん》のスクール。ある程度の信頼があるからなのか、それがでキタ。
他にも色々と工夫を重ねて、僕は見事に男の子として生活シタ。
ちなみに、僕の名前はさすがに女の子の名前だったから、スクールに提出する書類には男の子の名前を書いた。
そう、僕にとっては憧れの《お医者さん》、ライマン・フランクの名まエヲ。
スクールに入って一年が経った頃、男の子としての生活にも慣れて特に困ったこともなく勉強していた僕は、ある日一人の講師に呼び出された。
講師の名前は眼球マニア。もちろんあだ名だけど、誰も本名を知らないからそう呼ぶしかナイ。色んな生物の眼球をコレクションしている変人なんだけど、スクールじゃ講師も含めてみんなが一目置いテル。
なぜなら、眼球マニアは《ヤブ医者》の一人なノダ。
《ヤブ医者》の存在を知ったのは授業の中でだッタ。誰もが思いつくけど誰もやろうとしない、もしくは誰も思いつかない……そういう治療法を使い、その上で確かな実力のある《お医者さん》に与えられる称号……それが《ヤブ医いしャ》ダ。
誰もやらない変な事をしている人たちと言われることが多いけど、スクールのとある講師はこう言ッタ。
「誰もやらないことをやってみた人がいたからこそ、人間はここまで来たのです。ある分野を極めてすごい発見をした科学者にはノーベル賞とかが与えられるけど、あれだって言い方を変えれば変人の称号ですよね。要するに、《ヤブ医者》は《お医者さん》界のノーベル賞受賞者なのですよ。」
そんなすごい《ヤブ医者》、現在二十八人いる内の一人から呼び出された時、僕はすごく緊張したのだけど……眼球マニアの要件は、違う意味で僕の身体をこわばらセタ。
「急に呼びつけてしまってすみませんでしたね、ライマン。そして初めまして、ローラ。」
眼球マニアは、そのへんてこなあだ名に反してすごく紳士的な男のひトダ。オールバックにモノクルをつけて執事さんのような格好をしてイル。唯一《お医者さん》……いや、《ヤブ医者》らしいところは、そのモノクルダ。パッと見、普通の片眼鏡なんだけど、そのレンズには特殊な加工がしてあって、見る角度によってはレンズにむき出しの眼球が見えるようになってイル。
つまり、できる執事さんのような姿が、一変して片目の飛び出た人になるノダ。
いつもなら、相変わらず面白いモノクルだなぁと思うのだけど……突然僕の本名が出たとあってはそうも言ってられナイ。
「そんなに驚かなくても良いと思うのですが……ま、一先ず私の話を聞いて下さい。」
眼球マニアは僕にソファをすすめ、僕の向かい側に座ッタ。
「あなたが紳士ではなくて淑女であるということは、あなたが入学した時からわかっていたことです。……いえ……正確にはわかっていたことだそうです。」
「……どういうことでスカ……」
「私が、あなたが淑女であると知ったのはつい一昨日のことです。我が校の校長に呼び出され、聞かされました。」
「校ちョウ……」
「話さなければならないことは多いのですが……そうですね。まずはここからでしょうか。なぜ、校長は知っていたのか。答えは簡単なのですがね。」
眼球マニアは嘘をついていた僕を責めるでもなく、ただ淡々と事実をしゃべッタ。
普通の学校ならともかく、ここはスクール……《お医者さん》を育てる場しョダ。極端な話だけど、軍人以外で戦闘を職業とする人タチ。とても大切な仕事なんだけど誰も知らなくて数がすくナイ。だからこそ、スクールでは生徒一人一人を大切に育てようとするらシイ。例え持病を持っていようとも、意思があるのなら歓迎する……そういうスタンスの組織なのだトカ。
そう……持病もそうなんだけど、スクールは当然のように生徒の健康状態もしっかりと把握スル。生まれた時から今までのありとあらゆる医療的記録を調べつくし、その生徒がどういう身体の人間なのかをシル。色んな治療法が存在する《お医者さん》の世界で、生徒が自分に合った治療法を選べるよウニ。
僕が性別を偽ったのは入学する時の書類だケダ。さすがに、僕が生まれた時に《医者》がチェックマークを入れた性別の項目までは偽装できナイ。だから……僕が入学の意思を示した時点で、僕が女の子であることはわかっていたというこトダ。
「別に、性別を偽ることは罪ではありません。責める気もありませんし、どうぞそのまま学校生活を続けて頂きたいと思っています。ですがあなたは気にするでしょうね?」
「……どうして今、知っているということを話したんでスカ……」
「ええ、そうでしょうね。そう言うだろうということで、我が校の校長からその件についての伝言をあずかっています。」
そう言いながら、眼球マニアは一枚の紙を胸ポケットから取り出した。
「読み上げますね。」
『《お医者さん》の世界は多種多様な技術のせめぎ合う混沌の壺。整備された王道は途切れ獣道だけが続き、正解不正解の是非も無し。思想、意思、決意、空想、如何なる欠片が輝ける宝玉となり、続く者を導くか予測不可能な世界。記憶を遡ってみたが、己の性別を偽って我が校の門を叩いた卵は見当たらず、そなたはそれの先導者。実に愉快であり、心が躍る可能性。己の性別を偽って生活する技術というのはどこに至り、何になるのか、実に興味深い。もしもそなたが一年間、誰にもばれずに男として生活出来たのなら、その偽る技術は本物と認識し、それを《お医者さん》の世界につなぐ手助けをする。これが今から一年前の決定。今日より眼の士を師とし、更なる精進をせよ。』
「以上です。相も変わらず小難しい言葉を並べますね。要するに、あなたが一年間男性として生活出来たなら、あなたを新しい技術の可能性として認めて……それに見合った指導をしようということだったそうです。そして、今後あなたのアドバイザーとして任命されたのが私ということです。」
僕はビックリしてイタ。この一年で、《お医者さん》の世界がどれだけ何でもありな世界かは理解した気になってたけど……こんなこともあるノカ。
「で、でも性別を偽る技術なんて……なんの役に立つのか全然わかりませンヨ……」
「そうですか? 本来そうでないモノをそうであるようにし、正反対の世界に溶け込む技術……例えばですけど、まったく正反対の技術の融合などどうですか?」
「融ゴウ?」
「ぱっと思いつくのは……西洋術式と東洋術式とかですかね。目的は同じですけど、あれらが孕む思想は全く異なりますから。」
考えてもみなかッタ。普通、習うならどちらか一方というのが常識なノニ。
「さすがですね……でも……変な技術を身につけてる人は他にもいると思いマス。その……どうして僕のアドバイザーは……《ヤブ医者》の一人の眼球マニアなんでスカ?」
「恐れ多いと? そんなにかしこまらなくとも良いのですよ。これは我が校の校長の……私に対するご褒美なのですよ。先生としてここで教えることへのね。」
「眼球マニアへのご褒美が……ボク?」
「そうです。」
にっこりと……いや、少しゾッとする笑みを浮かべて、眼球マニアは僕に近づいてキタ。そして僕の顔を覗き込んで呟イタ。
「美しい眼球です。」
眼球マニアは僕よりずっと年上で、下手すればおじさんと呼ばれるような年れイダ。だけどその外見は二十代後半のそれに見えるし、結構……かっこイイ。眼球にはコラーゲンが豊富ですからねと、いつか言っていたような気がするけど……とにかく、僕も女の子だから、そんな眼球マニアに顔を覗かれるとドキドキしてしマウ。
だけどこの時は違ッタ。眼球マニアの目は、可愛いモノを愛でる目でも、女の子を紳士的に見つめる目でもなかッタ。
「私の好みを、我が校の校長は理解しておられます。ふふふ。」
眼球マニアの顔がさらに近づき、僕は背中に悪寒を感ジタ。
「ローラ、あなたも《お医者さん》の卵なら知っているでしょう。人間は、外の情報のほとんどを眼から得ています。外からの情報とは即ちその眼の持ち主の経験……その者をその者たらしめた数え切れない程の過程を、その眼は見つめているのです。ならば眼とは、眼球とは、その者の一生を記録し、刻み込んだモノと言えるでしょう。眼は外からの情報を最も取り入れる器官であると同時に、その者を最も顕著に表現する器官なのです。」
眼球マニアの手が僕のほっぺたに触れ、指が目の下をなゾル。
「目を見ればわかる、目は口ほどに物を言う……ふふふ、当然です。眼球にはその者の一生が詰まっているのですから。そして……その一生によって、眼球の輝きも変わる……ローラ、あなたの眼球は美しい。《お医者さん》になるという意思がこの輝きを生んだのか、女性にとっては厳しい世界に飛び込んだことで磨かれたのか……いずれにせよ……ああ、美しいですね……」
ふと前を見ると、そこにはモノクルに映るむき出しの眼きュウ。
「ローラ。私はあなたへの助力を惜しみません。その代わり……もしも、あなたが私よりも先に死を迎えたなら――」
眼球マニアは、今までにない怖い笑顔でこう言った。
「あなたの眼球を私にくれませんか?」
やっとわかッタ。
今の眼球マニアの目は……たぶん、僕を見ていナイ。僕の眼球という宝を見てイル。欲しくてたまらないモノを、ショーウィンドウに張り付いて眺めるような……そんなメダ。
「か……考えておきマス……」
「良い返事を待っていますよ。」
眼球マニアの部屋を、来た時とは違う理由で緊張した感じに身体をこわばらせながら後にスル。そして僕は思い出してイタ。眼球マニアが前に、授業で言っていたこトヲ。
『あなたたちはスクールの学生です。機会があれば、私以外の《ヤブ医者》と出会うこともあるでしょう。ですからそうなった時のための忠告をしておきますね。《ヤブ医者》は分野問わず、何かしらの専門家です。それを極めに極めてしまった人たちです。ですから……彼らの専門に関する何かを彼らの前で見せたりして……彼らの興味を引いてしまったなら、そこそこの覚悟をして下さいね。』
スクールでの三年間は大雑把に分けると、一年生は基礎で二年生は応用、三年生で習得とナル。習得するのはもちろん、自分の治療ほウダ。二年生になると応用の授業と同時に他の《お医者さん》の治療法を紹介してくれる授業が始マル。つまり、だいたいの生徒が二年生の頃から自分の治療法を探し始メル。
僕は眼球マニアに言われた技術の融合……西洋と東洋の合体を、一応真剣に考えてミタ。だけどさっぱりだッタ。術式の授業はもちろんあるけど、ここはアメリカだから東洋の術式はかるく紹介するくライ。そもそも東洋の術式をそんなに知らないノダ。
まぁ、眼球マニアもパッと思いついたことを言っただけみたいだったし、他の融合を考えてみようかなって……そう思って迎えた二年生の最初の日、僕はある人物に出会ッタ。
一応クラス替えっていうのがあるんだけど、そもそも人数が少ないから二クラスしかナイ。だから新しいクラスでも半分は知ったかオダ。だけどそれは、半分は知らない人ってことで……その中にその人物はイタ。
二年生初日、一年生の頃に同じクラスだった男の子たちの輪の中に違和感なく溶け込んでおしゃべりをしていた僕の肩を誰かが叩イタ。
「アナタ、お姉さんと似ているわ。」
変な一言だッタ。僕にお姉ちゃんはいナイ。
「そう見えるからそれを利用してしまおうという考え……発想の転換というのかしら? お姉さんとアナタはそっくり。」
第一印象はお化けだッタ。とは言っても、僕ら……つまりアメリカ人が怖いと感じるお化けじゃなくて……そう、ジャパニーズホラーのお化ケダ。
真っ黒でまっすぐな髪の毛は膝くらいまであって、前髪もなガイ。ぎりぎり目が見えるところで切りそろえられてイル。両目はじっとこっちを観察するみたいな、品定めをするような感じで、半分くらいしか開いてナイ。その瞳からはねっとりとした視線が送られてクル。
たぶん常にこうなんだろうと思う笑った口元は、ニッコリと言うよりはニタリというかンジ。
上には手がすっぽり隠れてしまうくらいに長いシャツを着て、これまた裾の長い……なんて言うんだっけか、日本の……ハッピ? みたいのを羽織ってイル。下は長いスカートで……足が隠れるくらいなガイ。歩くときに引きずっているんだろう、スカートの先っぽは汚れてイタ。
上下とも白が下地の服で、一応ガラがあるんだけど遠くから見たら真っ白な人に見えるとおモウ。
ジャパニーズホラーに出て来るお化け……幽霊みたいな格好と容姿、そして常に悪巧みしてそうな怖い表じョウ。僕としゃべっていた男の子たちが一歩後ずサル。
「アナタ、お名前は?」
「ラ、ライマン・フランク……」
びくびくしながら答えると、その人物は既に笑っている口元をさらに歪めてニッコリ……ニタリと笑ってこう言ッタ。
「お姉さんは宇田川妙々。よろしく。」
その時初めて、「お姉さん」というのが自分自身を指しているのだということに気づイタ。
これが僕と僕の友達、ウダガワミョウミョウ……あとでミョンと呼ぶことになる女の子との出会いだッタ。
ところで、スクールには自宅生と寮生の二種類の生徒がイル。遠くから来ている人は寮に入って、通える人は家からかヨウ。僕はそこそこ家が近かったから自宅生だッタ。あの二年生初日の日も放課後にはいそいそと帰り支度をしてイタ。
「ライマンくん。」
カバンを肩にかけたところで呼び止めらレタ。呼び止めたのはミョン。
「このあと、少し時間をもらえないかしら? お姉さんとお話しない?」
その日出会ったばかりのミョンにそう誘われた僕は、正直断りたかッタ。まぁ……断りたかった理由は出会ったばかりだからというよりは、単純にミョンが怖かったからだケド。
だけどその時の僕は勇気を出して頷イタ。それを見てニタリと笑ったミョンはついてくるように促して歩きダス。わざとやってるのか何なのか、全然足音のしないミョンの背中を見て、あの世に連れてかれるんじゃないかとビクビクしてイタ。
怖がりな人じゃなくても「怖っ!」と思うミョンについて行ったのは、ミョンに興味があったかラダ。
ミョンに最初に話しかけられてからすぐ、僕はミョンと一年生の時に一緒のクラスだったという男の子に「すごい」と言わレタ。
その男の子から、僕はミョンについての話を聞いた。
宇田川妙々は日本からこのスクールに留学して来た日本ジン。スクール自体がそんなに無いから留学生は珍しくないんだけど、日本人というのはかなりレアダ。
スクールでは治療法の基礎として術式を学ぶことになるんだけど、それはもちろん西洋の術しキダ。初めて習うんだからどっちでも関係ないような気もするけど、術式っていうのは結構文化との結びつきがふカイ。こっちで生まれ育ったならまだしも、日本で生まれ育った人が西洋の術式を学ぶっていうのはそれなりに大変なことなノダ。
加えて、ミョンは日本のオテラの娘なんだトカ。妙々なんていう日本人にしたって変な名前はそのせいらシイ。日本で生まれ育って、さらに日本の宗教観も人一倍理解している……そんなミョンが西洋の術式の授業を聞いたところでどうにもならナイ。
まー、別に術式だけしか教えてくれないわけじゃないし、切り離しの技術とかも学べるから全部がムダってわけじゃないけど……と、話を聞いた僕は思ッタ。
だけどそんなことはなかッタ。ここからが、ミョンに話しかけられた僕が「すごい」と言われた理ゆウダ。
ミョンはクラスの中で孤立してイタ。仲の良い友達はいないし、いつも一人で過ごしてイル。もちろん、あの怖い外見と雰囲気じゃ誰も話しかけようとは思わないだろうけど、それがメインの理由じゃナイ。
クラスのみんながミョンに近づかないんじゃなくて、近づけないというのが正カイ。何故ならミョンは、クラスの中で「天才」と呼ばれていたかラダ。
一年生のある日、術式の実技の授業があッタ。その日は、前回の授業で学んだとある魔法陣を使ってなんでもいいから一つ、自分の術式を作ってみるという宿題を発表する日だッタ。
難易度で言えば初歩の初歩なんだけど、指導をしている先生は、ミョンだけはできなくても良いと考えてイタ。
スクールの生徒には珍しいことじゃないんだけど、入学する前にある程度の知識と技術を身に着けている場合がアル。ミョンの場合もそれで、入学する前から切り離し以外ならそこそこできるくらいの腕前だったそウダ。
だけどそれはつまり、日本系の術式を身に着けた状態でスクールに来たと言うこトダ。ここで教えてくれる術式は西洋のそれだから、ミョンの術式に組み込んで使うなんてことはできナイ。だから「前回の授業で教えた魔法陣を使って術式を作る」なんてことは不可能だと……そう先生は思ってイタ。
だけどミョンはやってのけてしまッタ。前回の授業で習った魔法陣を日本系のそれに改造して術式を作り上げたノダ。それは例えば、アメリカ育ちのアメリカ人に、家にあがるときに靴を脱ぐという習慣を一晩でしみこませるようなこトダ。
ミョンはその日から、先生も生徒も誰もが認める「天才」と呼ばれるようになったそウダ。
この話を聞いた時、僕はミョンのやったことが西洋と東洋の術式の融合じゃないかと驚いたもノダ。だけど僕がそう言うとミョンのクラスメートだった男の子はそうじゃないと言ッタ。
ミョンがやったのは融合じゃなくて塗りカエ。互いの良いとこを引き出すんじゃなくって、片っぽを片っぽに強制的に組み込み、その色に染メル。大元は日本系術式のまま、西洋術式の持っていた効果とか仕組みだけをいたダク。
要するに、同盟じゃなくて侵略なわケダ。
ミョン……宇田川妙々という生徒を説明すると、「異物も染め上げる形で純潔を保ち続ける生粋の日本系術式の使い手」とナル。しかも周囲から「天才」と呼ばれるような実力シャ。
そんなすごい人に声をかけられたということが……普段他のクラスメートとしゃべったりしないミョンが話しかけたということがつまり、「すごい」と言われたワケだったノダ。
話を聞いて、僕も「すごい」と思った。東洋からの留学生は他にもいるけど完全完璧な東洋術式を使える人物はここのスクールには、たぶんミョンしかいナイ。
とりあえずではあったけど、西洋と東洋の融合を考えていた僕にとっては運命か何かかと思える出会いだったノダ。だから僕はミョンの「お話しよう」という誘いを受けたノダ。
そんなこんなでミョンについて行くと、スクールの寮についた。日本からの留学生であるミョンは寮生だッタ。
「えっと……ウダガワ……」
「できれば名前で呼んでくれないかしら。お姉さん、その苗字あまり好きじゃないのよ。濁点ばかりで無骨でしょう?」
「じゃ、じゃあミョ……ミョンミョン。」
「みょうみょうよ。」
「ミョン……ミョー……ミョウン……」
「舌をつりそうな顔をしているわね。ミョンでいいわよ。」
あとで慰謝料でも要求してきそうな悪い顔のミョン。
「あの……ここは女子寮だロウ? 僕、男の子なんだケド。」
と、困ったふりをする僕に対して、ミョンは今日一番のニタリ顔でこう言ッタ。
「お姉さん、アナタが何を言っているのかわからないわ……ライマンさん。」
僕は目を見開いてミョンをミタ。ミョンはニタリと笑って寮の中に入ってイク。
ばれてイタ。ミョンは僕が女の子だとわかっていたノダ。
そうわかった瞬間、ミョンの言葉を思い出シタ。
『そう見えるからそれを利用してしまおうという考え』
男の子に見えるから男の子として生活してしまう……それを……たぶん一目で見破ったノダ。
ミョンの部屋は予想外に普通だッタ。変な所が一つもない女の子のヘヤ。
「ライマンさん……きっと本名があるんでしょうね?」
ばれてしまっているのだから隠す事もないかと、僕は正直に答エタ。
「……ローラダヨ。ローラ・ヴァンクロフト。」
「ではローラ。緑茶……グリーンティーはお好きかしら?」
「飲んだことなイヨ。」
「あら。それじゃあ飲んでみましょうね。」
お茶を渡しながら僕を部屋に置いてあるベットの上に座らせて、ミョンは椅子に腰かケタ。
「お姉さんの昔話を聞いてくれるかしら。」
何をされるのかと思いきやミョンがそんなことを言ったから、僕はちょっと面食らいながら頷イタ。
「……ウン。」
「もう聞いているのでしょうけど、お姉さんはお寺の娘……こっちで言うと何なのかしら? 教会の娘?」
「神父さまはみんな独身ダヨ……」
「そう。まあ兎に角、お姉さんはお寺の娘……そしてご覧のとおりの容姿で生まれた。ここではどうかわからないけれど……日本では気味の悪い感じになるの。小さい頃は色々と苦労したわ。」
「いじめられたノカ?」
「有体に言えばそうね。だけどお姉さんのお母さんが気の強い人でね。お姉さんもそう育てられたから……ある日仕返しをしたの。」
「仕かエシ?」
「真っ白な服を着て、数珠とお札を持っていじめっ子を追いかけまわしたの。呪いをかけてやるって、適当なお経を唱えながらね。」
想像してみたけど、アメリカ人の僕でも泣いて逃げそウダ。
「そうしたらね、そのいじめっ子の後ろに変な生き物が現れて……灰になって消えたのよ。」
「エェ?」
怖い想像の中に突然慣れ親しんだモノが入りこんできたせいで、僕は変な声を出シタ。
「それって……ヴァンドロームを切り離して……治療したってこトカ?」
「そう。そのいじめっ子にはたまたまヴァンドロームがとりついていて、お姉さんが唱えたお経がたまたま呪文で、逃げ回ってたいじめっ子の足元にたまたま陣としての条件が揃っていて、そこにはたまたま代償となるものが転がっていたということね。」
「そんな偶然の重なリガ……」
「偶然でも、あれだけ重なれば運命よ。」
ニタリと笑うミョン。
「あの時、お姉さんは好きじゃなかった家のことや容姿を利用して行動し……結果この世界を知ったのよ。そう見えるんだからそうしてみる。これは新しい何かを開くキッカケの一つだと思うのよね。だからお姉さん……アナタに興味を持ったの。」
ミョンは自分の分のお茶をずずずとノム。僕ももらった分を飲んでミル。紅茶と違って……えっと、何が違うかはわからないけどなんか違う味だッタ。
「スクールは……いいえ、《お医者さん》の世界は女に厳しい世界よ。だから、クラスの女子はみんなでかたまっていたわ。お姉さん、一人でいいってわけじゃないんだけど、あの中には入らなかったわ。弱い立場だけどみんなでいれば大丈夫……それは何か違うと、そう思ったのよ。」
「……ミョンのクラスメートだった男の子に聞いたけど……「天才」だから近寄りがたいって言ってタゾ。」
「天才……そうね。お姉さんには才能がある……そう思うわ。でもね、お姉さんから近づかなかったのもあるけど、あっちからも初めから近づいてこなかったわ。天才と呼ばれる前からね。」
「そりゃあ怖いかラナ。」
僕がそう言うと、ミョンはそのニタリ顔をビックリ顔に変エタ。
「ローラ……アナタ、結構ずけずけ言うのね。でも、その通りだわ。」
ニタリと嬉しそうに笑うミョン。こワイ。
「と、というか……そんなに外見が気になるなら……例えばその髪の毛をちょんまげにしてみるとかしたらいいんじゃなイカ?」
「日本人イコールちょんまげにしないで欲しいわね。それに、日本人のちょんまげを切り落としたのはそっちよ?」
「エェ?」
「『散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする』という言葉が日本には残っているわ。散切りっていうのは散髪……あの頃で言えばちょんまげを切り落とすってことね。昔日本に来た西洋人がちょんまげを見て「変な髪型!」って言いながらはさみで道行く人のちょんまげを切る事件があったのよ。それで切った後に「これでいい」って言いながら日本人の頭をポンポン叩いたそうよ。以来、ポンポンって音が文明開化の音になってしまったの。」
「へぇー、そんなことがあったノカ。」
何故かミョンは、僕が日本の豆知識に驚いているのを意地の悪い顔で笑って見てイタ。
「ま、ちょんまげはどうでもいいわ。お姉さんは確かに、自分の容姿がそんなに好きじゃ……なかったわ。でも今は違うの。お姉さんが憧れる《お医者さん》がいてね。その人は見るからに変な格好で平安時代の貴族みたいに髪をのばしているの。理由は、術式の代価に困らないように。」
「ヘーアン?」
「髪の毛を意味するヘアーが変な感じで伝わってそう呼ばれている日本の時代の一つよ。その時代は髪が長いほど偉かったのよ。」
「ヘアー……ヘーアン……オオ!」
「お姉さんも術式使いだからね。先人にならおうと思うの。それに、このみんなが怖いっていう容姿、時々ヴァンドロームもそう思うみたいなのよ。」
「ヴァンドロームガ!?」
「言葉が話せるBランク以上だけど……ある程度の知能があるとお姉さんの雰囲気を感じ取ってしまうらしいわ。代価に困らない上にヴァンドロームも震え上がらせる……なら、この容姿を保った方がいいわ。そう見えて、そう思われるのなら、それを利用するのよ。」
「……だからずっと怖いまんまなノカ。」
「それでもね……さっきも言ったけど、お姉さんは一人でいいわけじゃないの。お姉さんも欲しいのよ……その……と、友達……みたいなそんな感じの……」
ミョンは、怖い顔なんだけど僕に何かを求めるような表情になッタ。
「アナタを見た時すぐにわかった。好きか嫌いかは別にして、この人も自分の持っているモノを最大限利用して……いいえ、利用してでも、この世界に入ってきたんだって。この人なら……そう思ったのよ……」
僕はビックリしてイタ。つまりミョンは、色々と意味ありげな顔をしながら……ホントのところは僕と友達になりたいと、ただそれだけだったノダ。
驚く僕を見て、ミョンは恥ずかしくなったのか、顔を俯かセタ。
「ま、まあ? アナタが何を言ってもどうにもならないのだけどね。」
「ンン? なニガ?」
「アナタはお姉さんが出したお茶を飲んだわ。」
「?」
「グリーンティーは漢字で書くと「緑」の「茶」になるのだけど、「緑」という字は漢字の「縁」によく似ているの。」
「エン?」
「運命的な……つながりというところかしら。だから日本ではね、こちらが出したグリーンティーをそちらが飲んだ瞬間に「縁」がつながると言われているの。つまり友達に……なるのよ?」
そっぽを向きながらニタリ顔をツンツンした顔にしているミョンはなんだか面白くて、僕は目をパチクリさセタ。そしてエンのお茶を飲みながら言ッタ。
「……別にそうでなくても、僕は友達になること、嫌じゃなイヨ。」
「そ……そう。」
最初はもちろん怖かったけど、結局《お医者さん》の世界で頑張る女の子の一人なんだとわかった瞬間、ミョンが怖くなくなッタ。
こうして僕とミョンは友達になッタ。なんだかんだ、学校で僕の秘密を知っていて、それに協力してくれる人っていうのはすごく助かるし、それに知っている……わかってくれている人がいるというだけで、なんだかすごくホッとスル。
さらに、僕はミョンから日本系の術式を色々教えてもらッタ。一口に日本系術式って言ってもいくつか種類……派閥みたいのがあるみたいで、ミョンのは「ほーじょーは」というらシイ。
そして、さすが眼球マニアの見立てというかなんというか、ミョンだと完全に日本色に染めちゃう二つの術式を、僕は両立させたままで融合させることがでキタ。
《お医者さん》には二種類いて、何となく術式使いが普通でそうでない人たちが特殊って気分になるけど、だからって術式が簡単なわけでもないノダ。ながーい歴史がそこにはあって、なのに一つの形にまとまっていかないのは、使う人によって大きく差が出来るカラ。
僕が融合に成功したからって、それをミョンがマネしても同じようには術が発動しナイ。文化とか習慣とか宗教とか、そんな感じのモノとつながりが深いからマネをしてもどこかで何かがずれてしまうノダ。
そんなこんなで、二年生の夏休みが始まる頃には、僕とミョンは二つの術式を混ぜることのできる術式使いということで、「天才コンビ」とか呼ばれるようになッタ。エッヘン。
夏休みの間はミョンとあちこち出かけて楽しかったんだけど、まぁそれはまた今度の機会に話そうとおモウ。
夏休みが終わると、授業に新しいモノが入ってキタ。その名も「《お医者さん》ガク」。現役で頑張っている《お医者さん》たちを紹介して、その人たちがどんな治療方法を使っているのかを知るという授ぎょウダ。
凄腕の術式使いからオリジナルの治療法の使い手まで、ドキュメンタリー番組みたいにたくさんの《お医者さん》を紹介してくれるその授業は一番人気だッタ。
この授業、決まった先生はいなくて、色んな先生が変わりばんこに映像を見せてくレル。中でも眼球マニアの番の時は教室中がざわざわしテタ。
何故なら、そこで紹介されるのは《ヤブ医者》だかラダ。しかも、眼球マニアが映像には出てこない他の《ヤブ医者》の話もしてくレル。眼球マニアはあの『半円卓会議』には全然出席しないらしいんだけど、どんな人がいるかってことは把握しているらシイ。
どの《ヤブ医者》の話も面白かったんだけど、すごく印象に残っている話がアル。眼球マニア自身も興味深そうにしゃべっていた《ヤブ医者》……その名は、安藤きょウマ。そう、今僕がお世話になっている安藤先生その人なノダ。
ミョンと同じ日本人で、《ヤブ医者》になったのが二十三歳のトキ。別に史上最年少ってわけじゃないみたいなんだけど、それでも若いその《ヤブ医者》に対して眼球マニアが興味を持っているわけ……それは、自分の治療法について何も喋らなかったということらシイ。
まぁ、眼球マニアは会議に出席しないから代理の人から聞いたことではあるらしいんだけど、安藤先生は先生にとって最初の『半円卓会議』の中の自己紹介で、「よろしくお願いします。」としか言わなかったそウダ。
それのどこが変なノカ。そう尋ねると眼球マニアは《ヤブ医者》について語りだシタ。
何度も言うようだけど、《ヤブ医者》というのは何かを極めに極めた人間のコト。元々そのつもりだったのか偶然なのかはわからないけど、その極めたモノがヴァンドロームの治療に使える技術だったから《お医者さん》の世界にやってきて《ヤブ医者》という称号を与えられた人タチ。
だから、《ヤブ医者》はみんな自分の技術に誇りと自信を持っているのだトカ。《ヤブ医者》に選ばれて『半円卓会議』にやってきた者は、最初の自己紹介の場で自分の技術を語るのが普通なノダ。
例えば腕力だけでヴァンドロームを倒す《ヤブ医者》の時は、小一時間ほど筋肉について語ったトカ。
すごい技術を持っていて、それを得るだけの何かをしてきたはずの人間が何も語らない……その人間は一体どんな経験をして、何をその眼球に刻んできたノカ。眼球マニアはそこに興味を持ったよウダ。
《ヤブ医者》の中にも色んな人がいて、ただの変な人たちというわけではないんだなーと、その時はそう思ったくらいだッタ。
二年生の残りの日々も三年生の毎日もまたまた今度にして、ところでスクールは普通の学校と違って卒業するための試験っていうのがアル。まぁ、そこそこの実力がないと《お医者さん》の世界には入ってきちゃダメだよっていう意味があるらシイ。
ただ、その試験を受けるまでもなく確かな実力を持っている人には別の卒業試験が用意さレル。試験と言うよりは試練……ご褒美と呼ぶ人もイル。
人数は年によって違うんだけど、成績優秀者を現役の《お医者さん》の所に送り込み、そこで経験を積まセル。研修みたいなもノダ。
今年は上位七名が選ばれて、その中には僕もミョンも入ってイタ。誰が誰の所に行くかは……一応先生全員の相談で決めているってことになってイル。
一応っていうのは……眼球マニアがこっそり教えてくれたんだけど、全てのスクールで成績優秀者をどこへやるかを決めているのは『とあるスライム』だトカ。
そして何故か、僕は噂の《ヤブ医者》、安藤先生の所に行くことになったノダ。
最初、僕は色々不安だッタ。眼球マニアからの話でイメージした安藤先生は「頑固者」だったかラダ。自分の治療法喋らないってことは「私の研究は自慢げに話すようなものではないわ、馬鹿者め」という感じなんだろうと思ッタ。若いのに頑固じいさんみたいな感じだろウカ。弟子をとらないってとこも「頑固者」のイメージにつながっタシ。
そして一番気になったのは僕の性別のこトダ。「頑固者」ってことは頑固ってことで、もしも僕が女の子だって向こうでバレちゃったら、「女が《お医者さん》なんぞ目指すな、馬鹿者め」とか言われそウダ。しかも安藤先生はおうちを兼ねてる診療所ってことだから住み込みになると聞いて余計に不安になッタ。バレる確率が高いノダ。
だけど、結構ビクビクして日本に来たのにふたを開けてみたら不安に思うことなんて一つもなかッタ。
安藤先生は別に「頑固者」じゃない……むしろなんでも受け入れてしまいそうな感じだッタ。もしゃもしゃっとしてる髪の毛に白衣を軽く羽織ってサンダル。ダラダラとしてそうだけど、教えて欲しいことはちゃんと教えてくれるし、例え僕が女の子だと知っても今までと態度をまったく変えないだろうと思える……そんなヒト。
いないと聞いてたのに実際はいた弟子は溝川ことねという女の子で……安藤先生の先生はキャメロン・グラントという女の人……女の子が《お医者さん》に向かないとかなんとか、そういう考えを持っちゃう環境に、安藤先生はいなかったノダ。
安藤先生のとこに来て、僕はミョンが憧れているという《お医者さん》や、眼球マニアの話でしか聞いてない、もしくは聞いたことのない《ヤブ医者》に出会うことがでキタ。それにおとぎ話みたいにしか聞いてなかった《パンデミッカー》との遭遇……普通の《お医者さん》の所じゃ経験できないことをたくさんシタ。
そして……スッテン・コロリンという《ヤブ医者》に出会い、僕が女の子だとバレてしまった。
安藤先生の昔話のあとに判明してしまった僕の性別……だけど思っていたようなことは一つも起きなかッタ。
「ふむ。ワシは、筋肉の付き方……というか身体のバランスを考えてそうだろうとは思っていたがな。」
「わたくしは一目見てわかったけれどね。」
「ウウン? モシカシテヒミツダッタノカ。コレハワルイコトヲシタナ。リユウハヨクワカラナイガ……ミテノトオリ、ファムノヨウナ《ヤブイシャ》ガイルノダカラ、セイベツハキニシナクテモヨイトオモウゾ?」
その場にいた《ヤブ医者》はそもそも僕が女の子だとわかっていたし、別に気にもしていなかッタ。
「ああ! そうかそうか、おれが初めてお前を見た時に性欲が読み取れなかったのは性別を偽ってたからか! ……というかおれが見抜けないってこたぁ、相当なもんだぞ? 大した男装能力だな……それだけで食っていけるぜ。」
「んだよ、やっぱお嬢ちゃんだったんじゃねーか。」
「性別を偽るなんて……《お医者さん》の世界も大変ね。まぁ、どこの世界でも未だに女に対する風当たりってあるけどね。」
フリュードもコマ……コマッチも驚く程度で嫌な顔をしなかったし、フジキはなんだか同じ境遇の人を見るような、応援するような表情になッタ。
「私はあんまりそういう経験ないですけど……女性ってやっぱり差別があるん……ですか?」
ことねは……まぁ、安藤先生のもとで学んでるだけあって、知っているけどそういう考えを持っていなかッタ。
そして――
「ばれちゃったって……安藤先生は知ってたノカ?」
「ライマンくんの本名がローラ……なんだっけ?」
「ヴァンクロフトダ。」
「そう、そのローラ・ヴァンクロフトだっていうのは今知ったけど、ライマンくんが女の子だってことはライマンくんがここに来てから何日かあとくらいに気づいたよ。」
「何日かあと? 見ただけでわかったんじゃないんですか?」
ことねが質問スル。
「いや、ことねさんも一緒に聞いたでしょ。オレが性別をたずねたとき、ライマンくんは男って答えた。だからその時は男なんだって思ったよ。見ただけじゃわかんないからね。だけどそのあとにライマンくんに触れる機会があったから……」
「触れる? ちょっと享守、なんだかいやらしいのだけど。」
「ええ!? 単に手に触れただけだぞ!」
安藤先生がファムにわたわたと弁解スル。修羅バダ。
「だけど享守、あなた常にその力を発動させているわけではないのでしょう? 何か下心があってこの子の身体を……」
「いやいや! ライマンくんが俺の技術を見たいって言うから身体の状態を言い当てただけだよ!」
実際その通りだから、僕は安藤先生を助けにイク。
「そうダゾ。そしたら和室で寝てて壁に足をぶつけたことを当てられタヨ。」
「あらそう。」
「……というか何でオレはこんなに焦ってるんだ?」
そウカ。安藤先生の技術をあんまり理解しないで見せて欲しいって言ったから気づかなかったけど……そりゃあバレルカ。僕の身体を調べられタラ――
「……やっぱり安藤先生はエロイゾ!」
「まさかの裏切り!? まったくもう……キャメロンみたいに考えないで欲しいなぁ……」
安藤先生はどよーんとして、それから僕のことを結構真面目な顔で見つめた。
「ライマンくん。」
「ンン?」
「オレは別に気にしないし……というか少なくともこの場の面々は誰も気にしてない。これが最後の試験って言うなら今更スクールも何も言わないだろうし……いや、スクールはもう知ってるのかな?」
「なんのはなシダ?」
「いや、もう男の子のふりをしなくてもいいんじゃないかなってことだよ。」
僕はビックリシタ。
「え……でもやっぱり卒業した後とかも女の子は大変だって聞クゾ? それなりに実力をつけないとダメかなーって思ってるんだケド……」
「……そう……なの? オレはほら、あんまり《お医者さん》《お医者さん》した環境にいなかったというか、結構イレギュラーな感じだからそういうの詳しくないんだけど……」
安藤先生がコマッチをミル。
「俺を見るな。んま確かに、色んなとこで大なり小なり、そういう傾向はあるな。将来的に入りたい病院があってそこが結構頑固な感じなら男でいた方がいいだろうし、特に予定がないってんなら女としてバリバリやんのもいいだろう。正直、お嬢ちゃんの自由にすればいいと思うがな。」
どっちでもいいんじゃナイ? これは今までの僕には無かった選択肢かもしれナイ。風習っていうのか、文化っていうのか、そんな感じの何かがアメリカとここでは根っこから違うような気がシタ。
「それにな……」
コマッチがぷはーっともくもくの煙をはいてニッコリと笑顔になッタ。
「融合させてるとは言え、お嬢ちゃんも日本系術式を使ってんだろ? なら、女であることを引け目に感じちゃいけねーと思うぞ? 寧ろ誇るべきだろうな。」
「?」
コマッチが妙なこと言いだシタ。
「そのお嬢ちゃんの友達の宇田川は……ああそうか、北条派だったか。んじゃ知らないかもしれないな……」
「??」
「日本系術式な、あれ実は女向けなんだよ。」
「え、そうなんですか?」
ことねがおどロク。
「ホウ! ソレハオモシロイナ。ドウイウコトダ?」
他のみんなの顔からすると、誰も知らなかったことらシイ。
「今でこそいくつかの派閥にわかれるけどな、元は一つ。日本系術式の起源は占いにある。んで今ある日本系術式の大元を作ったのも大昔のとある占い師だ。予言者とも呼ばれたりするが……」
コマッチはもったいぶりながら、一人の名前を自慢げに言ッタ。
「その人の名前は卑弥呼。日本の大昔の女王様だ。」
女王……サマ?
「クイーン!?」
僕は思わずそう叫ンダ。
「日本系術式を作ったのは女の人なノカ!」
「ああ。記録を辿るとこの説が有力だ。今ある術式は長い年月をかけて男でも使えるように改良されてるから違和感はない。だけど術式について相当な知識のある人間が術式を細かく解体してくと最後に出て来るらしいんだ。使用者が女であることを前提に置いた術式がな。」
突然の大昔のすごい女の人の《お医者さん》の登場に目をまんまるにする僕に、安藤先生が優しく笑ってこう言った。
「さて、どうする? ライマンくん。」
プルルル。
プルルル。
プル、ガチャ。
「はい。」
『吾だ。』
「おやおや。相も変わらず恐ろしい声ですね。どうしたんですか?」
『近いうちに、例の三年生……ライマン・フランクをそっちに戻す。』
「戻す? 彼女が何かしましたか? 試験の終了はまだ先ですが。」
『隠しておけば良いモノを、そっちの校長が律儀にライマン・フランクの両親に報告してしまったからな。』
「何をです?」
『日本で《パンデミッカー》と一戦交えた事をだ。スクールはこれでも学校、親の意見は無視できんだろう? 無事であることを本人の口から聞かなければ納得しないようだ。』
「彼女の両親がそう言ったんですか?」
『いや。言ってはいないがそう見える。』
「なるほど。貴方の第六感という奴ですか? 《デアウルス》。」
『そんな所だ。戻すと言っても一時的なモノ……場合によっては安藤も来るだろうな。』
「それはそれは……いいことですね。」
『……思うに、安藤はお前が思うほど素晴らしい眼球ではないと思うぞ? ……今はな。』
「何やら含みのある言い方ですね。」
『まぁ、吾に眼球マニアの矜持はよくわからないがな。あまり期待するなということだ。』
そんなワケで、ライマンさんがうんうん唸る中、甜瓜診療所にあんまり鳴らない電話の音が響いた。ちょうど電話の前、つまり診察室の椅子に座っていた先生がものすごくびっくりしたあと、その電話をとった。
「はい、こちら甜瓜診療所。」
電話の相手が誰かはわからないけど、先生は少し真面目な顔で話をしていた。
いや……まぁいつも不真面目な顔ってわけじゃないけど……
「ライマンくん。」
電話が終わると、先生はライマンさんを呼んだ。
「なンダ。」
「今スクールから電話があってね、一度帰っておいでって。」
「? どういうこトダ? 試験期間はまだあるはずダゾ。」
「そうなんだけどね。この前の《パンデミッカー》との一件をライマンくんのご両親に報告したところ、ライマンくんが元気かどうか、一度顔が見たいとか。」
「お父さんとお母さンガ?」
「んまぁ、あれはあれで、実は結構危ないことをしたわけだし……スクールとしてもあとで黙ってたとか騒がれると困る立場だからね。報告は義務なわけで……そんな話を聞いたら心配になるのは当然だね。」
「別に僕、大丈夫なんだケド。」
「それでも一応……ってことだね。なんだかんだ、スクールはやっぱり学校だからね。しかし困ったな……」
「安藤先生が困るノカ?」
「いやほら、ライマンくんをあずかっている身としてはライマンくんのご両親に挨拶なりなんなりをしておかないといけないでしょう? ライマンくんが一度帰るのと同じ理由でさ。」
「! 安藤先生がスクールに来るってこトカ!?」
「目的はライマンくんのご両親だけど……んまぁ、そっちにも行くことになるかな……」
「オオ! きっとみんな喜ブゾ!」
「そうかな……んまぁいいや。とにかく、行くとなると色々と問題が……」
そう言いながら先生がこっちを見る。
「え、私も行くん……ですか。」
「うん……スクールがどんなとこか興味ない? んまぁ、オレも知らないわけだけど。」
行くんですかと聞きはしたけど、私は私も行くことになるということは理解できていた。私が先生の所で暮らしているのは、万が一が暴れた時に対処できるようにという理由がある。それに、ここに一人で残っても私はまだ治療ができないし……
「またここを空けることになるなぁ。『半円卓会議』とかなら《デアウルス》が手をまわしてくれるんだけど――」
プルルル
「! また電話……」
「僕が出ルヨ。」
そそそっと診察室の方に行くライマンさん。
「やっぱりここを空っぽにはしたくないよね。」
「……でも最近はよく空っぽにしている気がしますよ。」
「……そうだね……あ、でもほら、ファムのとこの《お医者さん》に来てもらったり――」
「安藤先セイ!」
ライマンさんがものすごい顔で戻ってきた。
「おバケ! お化けから電話がきタゾ! ぼ、僕の名前を知ってて安藤先生にかわれって言ッタ! 僕は呪われちゃったノカ!?」
「ああ……」
先生は何が起きたのかを理解して電話の所に行った。
「こトネ! ミョンにオハライしてもらわないと、僕はブリッジしたままダカダカ走ったりしちゃうウゾ!」
ブリッジしてダカダカ……そう言えばそんな映画があったなぁ。
「ミョンさんはお寺の人なんですよね……それだとエクソシストが必要ですよ……あと、そのお化けはたぶん《デアウルス》さんですよ。」
「《デアウルス》……安藤先生の話に出てきた《ヤブ医者》のトップカ?」
「あと『半円卓会議』の司会の人ですね。」
ライマンさんに色々と説明していると、先生が戻ってきた。
「さすがというか何と言うか……《デアウルス》が対処してくれるからさっさとスクールに行けってさ……」
「対処?」
「診療所のこととか交通手段とか。でもなんか、《デアウルス》的にはライマンくんのご両親に会いに行くなんてしなくていいのにって感じだったな。んまぁ、あいつは親の心配とかを理解できなさそうだしなぁ。」
翌日、私がいつものように診療所の前の掃除をしようと外に出ると西洋甲冑が立っていた。
『オハヨウ、コトネ。』
「……スッテンさん。」
我ながら落ち着いた反応ができた。私はこの神出鬼没な甲冑に慣れてきたらしい。
『キョーマヲヨンデクレルカ? 《デアウルス》ニタノマレテ、キョーマヲアメリカノスクールニツレテイクコトニナッテイルノダ。』
「! それじゃあスッテンさんが交通手段ってことですか……代わりの《お医者さん》とかも連れてきたんですか?」
『インヤ。ソンナフウナコトモタノマレタガ、メンドウダカラココニチカヅイタモノヲキトーノトコロニトバスヨウニワープソウチヲセッチスル。』
「キトー……鬼頭先生ですか。」
『ソウダ。』
そう答えながらスッテンさんが左腕をあげると、腕の甲冑がカションと開いて中から二つの円盤が発射された。それらは診療所の扉付近、左右の壁に張り付いてカラータイマーみたいにピコピコと点滅を始めた。
『サアサア、デカケヨウデハナイカ。』
ことねさんに起こされて、オレはことねさんみたいな半目の状態で西洋甲冑に挨拶をした。
「なんか最近よく会うな。《ヤブ医者》同士が会うのは年に一回ってのが普通だったよなぁ。」
『アッハッハ。ソレモコレモ、《パンデミッカー》ガアバレテイルカラダナ。シカシゥワァタシハウレシイゾ。ユウジンニアウノハタノシイモノダ。』
オレはスッテンが《ヤブ医者》になった理由を思い出し、まぁいいかとため息をつく。
「それで……どうやってアメリカまで行くんだ? スッテンのことだから超音速飛行機とかワープとかか?」
『ソンナニハヤクイッテモジサガアルカラナ。ココハアサダガ、アッチハキノウノユウガタ……イヤ、ユウガタナライイカ。ヨシ、スグニシュッパツスルトシヨウ。』
「夕方ならいいのか?」
『チョウドスクールモオワッテ、ガンキュウマニアニアイヤスイダロウ。マァイレバダガナ。』
「眼球マニアか……んまぁ、行くとなったらそいつに会うのが自然だけど……初めて会うな。」
『ゥワァタシモダ。ドンナオトコナノカ……イヤ、オンナカ?』
「さてな。とりあえずちょっと待っててくれ。準備してくる。」
『アア。』
オレは診療所に戻り、荷物をまとめ……ようとしたが、特に持っていく物はないことに気づいた。
「先生。」
「? なんだいことねさん。」
「よく考えたら、この前もそうでしたけど……私、アメリカに不法入国してますよね。」
「そうだね。でもまぁ不法出国してプラスマイナスゼロなんじゃないかな。」
「なんですかそれ。」
正直なところ、不法入国だなんだと言われたとして、それが《お医者さん》の世界に少しでも影響を与えるようなら、《デアウルス》がなんとかしてしまうだろう。権力や財力があるわけではないけど、あいつの全人類を超えた知能があれば不可能じゃない。
……というか、そうまでしてあいつが《お医者さん》の世界を守ろうとする理由がわからないな。昔あの人……キャメロンから聞いた話によると、誰かと約束をしているみたいだったそうだが。
「今回も日帰りですかね。」
「そのつもりだけど。」
「ならあんまり持っていく物ありませんね。」
「そうだね……戸締りとガスとかだけ確認しておこうか。」
結局、オレとことねさんは最低限の荷物だけで診療所から出てきた。対してライマンくんは来た時に持っていた大きなカバンを持っていた。
「? ライマンくん、大荷物だね。」
「大した物は入ってなイゾ。せっかく家に戻るんだから、お洋服とかを持って帰ったり、あっちから持ってきたりしようかと思ッテ。こっちに来る時は日本の気候っていうのがよくわからなかったから、今思うといらないモノがちょっとあるンダ。」
「……洋服……ライマンさんも女物の服は持ってるんですよね?」
「一応持ってはいルゾ。だけど今は男の子の服の方がなんだが楽ちンダ。男の子に見えるようにとかそういう理由を抜きにして、着心地がいイゾ。」
『ソウカ? スカートトカハスゴクラクソウニミエルガ。』
スッテンが右腕の甲冑がパカッと開いて露わになったいくつものボタンをポチポチしながら話に入ってきた。
『マァシカシ、ドウシテモオンナハウツクシクトカカワイクトカ、ソウイウオシャレテキナモクテキガオトコノフクヨリモオオイカラナ。メンドウナデザインガオオイノカモシレナイナ。』
「そうか? 今の時代、あんまり差がないような気もするけどな。」
『カイゼンハサレテモカイカクハサレテイナイトイウハナシダ。』
「どういうことだ?」
『フクトイウモノノタイケイガツクラレタトキ、オンナハオトコヨリモヒクイタチバダッタ。ダカラ、オンナノフクトイウノハオトコノコノミニアワセラレタ。ソウイウキゲンガオンナモノノフクニハアルカラ……オシャレニジュウテンガオカレルノハヒツゼンダロウ。キノウセイヨリモナ。』
「そ、そう――のわ!?」
スッテンが妙な知識を披露したところで、突然診療所の前に巨大な何かが出現した。
「オオ!! なんだコレ! すごイゾ!」
『アッハッハ。コノマエファムノトコロノヒコウキニノッタトキイタガ、アレノコウケイキダ。ヨンセダイクライナ。』
「どれくらい進化したンダ!?」
『モクセイクライマデイケルゾ。』
「オオ! 早く乗りたイゾ!」
テンションが上がったライマンくんに引っ張られる形でスッテンの飛行機に乗り込む。そして飛行機は無音で上昇し、無音で発進した。
アメリカのスクールに向けて。
驚いたことに……いやまぁ、これくらいはやりかねないと思うが……日本を出発してからざっと二十分ほどでアメリカに着いた。と言うかスクールに着いた。
オレも見るのは初めてなわけだけど、スクールは本当にスクールだった。洋画に出てくるような普通の学校で、《お医者さん》的なびっくりどっきりデザインを想像してたオレは拍子抜けした。
スクールの上空に停止した飛行機から、何故か宙に浮いているゴンドラに乗り込んで下に降りる。突如現れた謎の飛行機から予想外の方法でスクールの校舎の真ん前に降りてきたオレたちは、丁度下校時間なのか、道行くたくさんの学生を唖然とさせた。
「先生、みんなこっちを見てますよ……」
「うん……宇宙人か何かと思われてるかもね。」
オレとことねさんが居心地悪く立っているのをヨソに、ライマンくんがゴンドラから元気に降りて校舎を眺めた。
「うーん、久しぶリダ!」
「! Lyman !」
嬉しそうに周囲を眺めているライマンくんに……うん、たぶんライマンと呼んだと思うが……一人の学生が近づいて来た。
「○×▽◇!」
ライマンくんが英語をしゃべり始めた。
「わぁ……ライマンさんが英語しゃべってますよ。」
「まぁ母国語だからね……」
『ンン? アアソウカ。』
スッテンがカションと手を叩いてオレたちに指輪を渡してきた。
「なんだこれは?」
『アッハッハ。《デアウルス》ノチカラヲカイセキシテサイゲンシタモノダ。ハンイハカギラレルガ、フツウノカイワナラモンダイナイダロウ。』
「《デアウルス》の力?」
『『ハンエンタクカイギ』デアラユルコトバヲリカイシ、ツウジサセルチカラダ。』
「ああ……あの英語が日本語に聞こえたり、こっちが言った日本語があっちには英語に聞こえたりするアレか。」
「つまりスッテンさんが作った翻訳機なんですね。」
『ホンヤクトイウヨリハイッシュノテレパシーナノダガナ。』
スッテンのとんでも科学で作られた指輪をはめる。するとライマンくんの英語がいつもの不思議な日本語に聞こえてきた。
「えぇ!? ライマン、お前《ヤブ医者》のところにいるのか!?」
「そウダ! しかも今ならもう一人いルゾ!」
「マジか! サインもらわなきゃ! みんなに教えてくるぜ!」
その学生がダッシュで校舎に戻る。そしてその子と入れ替わるように一人の人物……雰囲気的に明らかに学生じゃない人物が出てきた。
「研究所からいきなり呼びだされて何事から思ったら……なるほど、こういう事ですか。」
物腰の柔らかい男だった。加えてオールバックに……あれは燕尾服と呼ぶんだったか。そんな服を着て極め付けに右目にモノクル。さる令嬢お坊ちゃまの執事を名乗ってもおかしくない……そんな男がニッコリと笑いながら近づいてくる。
「ア! 安藤先生、あれが眼球マニアダゾ!」
「え?」
オレは少し驚いた。想像していたより……普通だからだ。眼球マニアというくらいだから、もっと奇抜な格好をしていると思っていた。
「久しぶりですね、ライマン。元気そうで何よりです。」
眼球マニアはライマンくんにそう言うと、目線をオレたちに向けた。その時、一瞬眼球マニアの右目が飛び出たように見えた。
『ユカイナカタメガネヲシテイルノダナ。』
「甲冑……なるほど、あなたがコロリンですね。《デアウルス》から何度か話を聞いたことがあります。」
コロリン……いやまぁ、初対面の相手を名前で呼ぶのはあれだとは思うが……コロリンか……
『ホウ。ソノイイカタカラサッスルニ、『ハンエンタクカイギ』ニハシュッセキシナイガ《デアウルス》ニハヨクアッテイルノカ?』
「会ってはいませんが、よく話しますよ。これでも『医療技術研究所』の所長をやっていますから、そちらの絡みで。」
『ナルホド。ツイデニモウヒトツナルホドダ。』
「?」
『タシカニ、ソノホンミョウハアカセナイナ。』
「ああ……そういえば《デアウルス》に言われましたね。コロリンの前で正体を隠し続けることは不可能だと。」
『アンシンスルトイイ。ゥワァタシハクチガカタイノダ。』
「それは何より。私の正体を知ったついでに、あなたの正体も知りたいところですね。その眼球はどのような輝きをしているのか……これでは見えません。」
眼球マニアは目を細めてスッテンの甲冑の目にあたる部分を覗き込む。
「この位置に眼球があるのか、そもそもこの中にあなたはいるのか……あなたも余程謎ですね。」
ニッコリと笑いながら、眼球マニアは次にことねさんに目を向けた。
「随分若いですね。ライマンと同じくらいでしょうか。あなたも《ヤブ医者》で?」
「僕とおんなじ《お医者さん》の卵ダゾ!」
ライマンくんがひょっこりと話に入って来る。
「え、えっと……溝川ことねです。」
「初めまして。眼球マニアです。」
そう言いながら眼球マニアはことねさんの顔をまじまじと見つめる。
「これは……左目に別の光が混じっていますね。しかしあなた自身よりも圧倒的な存在感……」
「ことねの左手にはヴァンドロームがとりついてるンダ。」
「おお! ではあなたが『エイリアンハンド』の!」
「は、はい……」
「となると、そちらの方が謎に満ちた《ヤブ医者》、安藤――」
オレの名前を言いかけて、眼球マニアの動きが止まった。両目を丸くして、驚愕の表情でオレを見ている。
「あー……オレが安藤享守だ。よろしくな。」
「……そんなバカな事が……」
眼球マニアはゆっくりとオレに近づき、オレの顔……正確には眼をじーっと見つめ、ぼそりと呟いた。
「あなたは誰になろうとしているのですか?」
その言葉を聞いた瞬間、オレはフリュードとの会話を思い出した。
ニック・フラスコの一件が片付き、キャメロンとの昔話をした後、フリュードは帰国する日にオレをこっそりと呼び出した。
診療所の裏手で、オレとフリュードは相対する。
「なんだ? いきなり呼び出して……それも二人きりって……もしかしてファムの事か?」
「ヘロディア嬢の事……でもあるにはあるが、メインはお前だ。」
ガラにもなくというと失礼かもしれないが、フリュードはいつもよりも真剣な表情で話を始めた。
「お前の昔話を聞いて……やっとお前に初めて会った時に覚えた衝撃、その理由がわかった。お前は……不運にも最悪のパターンなんだな。」
「? 何の話だ?」
オレが首を傾げると、フリュードは診療所の壁に寄りかかり、タバコに火をつけた。
「……人の生き方の中に……誰かを目標として生きるってやり方がある。」
「唐突だな。」
「とりあえず聞け。」
フリュードはふーっと煙を吐き、診療所の裏手の森を眺めながら呟くように話始める。
「誰かを目標にする……その誰かってのは空想の人物かもしれないし実在の人物かもしれない。実在の人物であっても、それが遥か昔の誰かだったり、極々身近な誰かだったり……人によって様々だ。どこかの誰かがどこかの誰かを目指し、それに向かって生きる生き方……別にその生き方を否定はしないけどな……一つだけ、その生き方をしている奴が絶対にやっちゃいけない事ってのが存在する。」
「やっちゃいけない事?」
「その目標に、到達してしまう事だ。」
「?」
「あーわりぃ。そういう生き方をしている奴全員がそうってわけじゃねーんだ。例えばの話、そこら辺のガキンチョがサッカー選手になりたいっつって一人のサッカー選手を目標にするって場合は大丈夫だ。そのガキンチョの目標ってのはつまり、そのサッカー選手が持っているサッカーの技術と同等のモノを手に入れるって事だからな。目標に到達したとして、その時ガキンチョが手に入れるのは技術だけだ。」
「んまぁ……そうだな。」
「だがな、どこぞの誰かの……性格とか、信念とか、そういう、その人物そのものを目標とするような場合はダメだ。目標に到達しちゃいけない。」
「なんでだ?」
「……これも例えばだが、『Aさんみたいななんでも許せる広い心を持ちたい』的な目標を持ったとするぞ? そんな『広い心』を手にするには、『Aさん』がそれを手にするに至った経緯を自分も追う必要がある。なんせただの広い心じゃないんだ。『Aさんみたいな』なんだからな。そうして同じ経験をして、『広い心』を手にした時、そいつはどうなってるか……そいつはな、そいつという皮を被った……『Aさん』になってるんだよ。」
「……」
「ま、つってもそうなるパターンはほとんどない。人物そのものに憧れるってのは、普通自分ってモノがそこそこ確立されてから起こる感情だ。自分に無いモノを持ってるから憧れるんだ。だが、ある程度自己が確立された状態から他人の人生を辿った所で、他人になることは決してない。それまで生きてきた経験は不動の芯としてそいつの中にあり続けるからな。だがお前は……」
「……言ってることがよくわかんないんだが……」
「そんじゃ……本題に入るか……そっちの方が理解しやすいだろ……」
フリュードがサングラス越しにオレを見る。
「安藤享守という人物は、キャメロン・グラントという人物を目標としている。違うか?」
オレは目を見開いた。図星だったからとかそういう理由じゃない。
オレがキャメロンに対して抱いている気持ち……感情は色々ある。その中でも一際大きい感情……それがなんであるかを言葉にしたことはないし、言葉にされたこともない。だが今のフリュードの言葉でオレの感情に確かな名前が与えられた。
ああ……確かにそうだ……
「……オレは……暖炉の傍で灰を被っていたオレを舞踏会に連れ出してくれた魔法使いに……キャメロンに感謝してる。何をしても返せない恩だ。そして同時に……キャメロンみたいに……どこかでうずくまる主人公の物語を進める手助けができるような魔法使いになりたいと、オレは思っている。」
一拍おき、深く息を吸ってオレは言う。
「オレはキャメロンに憧れている。そう……オレはキャメロンを目標としているよ。」
チリチリと、タバコの煙を吸い込むフリュードは目線を再び森に戻す。
「……それ自体に、おれはケチを付けない。目標を持って生きる、大変結構。だがお前は……幸か不幸か、その目標に到達しつつある。」
「オレが? キャメロンに?」
「お前の言う目標の種類は、さっきオレが言ったガキンチョと広い心を欲しがる誰かの融合パターンだ。つまり、キャメロン・グラントの技術とキャメロン・グラントという人物そのもの、それがお前の目指すモノになってる。」
「そう……なるか……」
「まず技術……お前の言葉を借りると、魔法使いの魔法の力。それは既に会得した。むしろ憧れの魔法使いよりも上手に魔法を使いこなせてる。まぁ、こっちの方は……別にいいんだ。問題はもう片方。」
「キャメロンそのもの……か?」
「そうだ。さっきも言ったが、誰かが誰かに憧れてそうあろうとしても、そいつが元々持っているモノを完全に捨てることが出来ないから、目標に到達することは無い。だがな、お前がキャメロンに憧れを覚え始めたのは……おそらく出会ってすぐだ。自分を救ってくれたキャメロンに憧れ、こんな大人になりたいと思った。当時のお前は子供にしては厳しい状況にあり、そして当時のキャメロンは子供に対しては圧倒的すぎる救いの手……そんなイレギュラーがお前の中にキャメロン・グラントへの憧れを生み出した。まぁ、実際は知らないけどな。そんな所だろう。」
たぶん、フリュードの予想通りだろう。小さい頃の記憶なんてハッキリ覚えてないが、キャメロンの言う事は常に正解なんだと、子供が親を手本とするように、オレはキャメロンをそう見ていたと思う。
「確固たる自己ってもんがまだまだ未熟な時から、お前はキャメロン・グラントのようになろうとした。だからお前は……普通は出来ないことが出来てしまった。お前はキャメロン・グラントという他人にかなり近づけてしまった。」
「……」
「その後……気を悪くしないで欲しいんだが、キャメロン・グラントが死んだ事で、キャメロン・グラントという人物を構成していたある大きな要素を手に入れた。《イクシード》という相棒をな……」
……確かに、キャメロンがどんな人かを説明するには、《イクシード》の説明が必須になるだろう。実際、キャメロンと《イクシード》の関係……絆はかなり強かったと思う。
「そして診療所を手に入れ、《お医者さん》という肩書を手に入れ……白衣を羽織り、サンダルをはき、お前はだんだんと憧れの魔法使いに近づいていった。」
「……」
「そして一年前、決定的な事が起きた。」
「決定的な事?」
「お前の憧れる魔法使いは主人公を助けるんだったな? そう……救うべき相手が現れた。溝川ことねというな。」
「! ことねさんはこの事に関係ないだろ!」
「ある。言ったろ、これこそが決定的なんだよ。正義のヒーローが正義であるには対立する悪が必要だろ? それと同じ……誰かを助ける人になるってことは、助けを求める人を求めるって事だ。」
「そんな……屁理屈じゃないか……」
「真理だ。お前は出会ったんだ。お前が救える……お前の魔法でしか救えないシンデレラにな。キャメロン・グラントという魔法使いにとってのお前は、お前という魔法使いにとっての溝川ことねだ。かつてのお前のように、他人には理解しがたい深刻な症状……元から発症しているって事ととりつかれて発症って事で差はあるが、結局のところ同じだ。お前やキャメロン・グラントの魔法でないとどうしようもない。」
「……!」
フリュードはタバコを捨て、靴でぐりぐりさせた後、オレを正面に捉えて言った。
「お前はキャメロン・グラントを目標として生きている。そしてキャメロン・グラントという人物を構成する要素と、お前が憧れる行動……普通なら絶対に得られないそれらを幸か不幸か手に入れつつある。あと残っているのは魔法使いの過去くらいだ。」
「過去? キャメロンのか?」
「この世の絶頂を謳歌し、そして恩人の為に多くの人間を殺すことだ。」
「!」
「そしてそのどちらも……今この瞬間にやろうと思えばできてしまう事だ。お前はな、安藤……あともう少しでキャメロン・グラントっつー目標に到達しちまうんだ。」
「……オレが……」
「今まで無意識だったろうがな、これからは自覚しろ。オレがお前の性欲を読み取れないのはな……お前が半分以上、他人だからだ。他人になることを欲するってのは、お前の望みであると同時にお前自身の消去を意味する。今現在、お前がお前である所以……安藤享守の自己、個性ってのは普通の人間と比べると相当希薄だ。」
「……」
「目標を変えろとは言わない。だが頑張って差別化しろ。それこそ、キャメロン・グラントにはなかった要素……ヘロディア嬢のような伴侶を得るとかな。」
「……」
差別化しろか……だけどもし、オレという人間がほとんどキャメロンだと言うのなら、そのオレと親しい人間はつまりキャメロンと親しい人間って事になる。なら、オレが完全にキャメロンになったとしても、悲しむ人はいないはずだ。オレも目標に到達した事になる。困る奴がいない……
「おい、安藤。」
まるでオレの考えを見透かしたかのように、フリュードが厳しい表情でオレを睨む。
「お前という自己が無くなったら、悲しむ奴がそれなりにいるんだぞ。」
「え……」
「パッとあがるだけでも二人。ガキの頃からお前を知る《イクシード》と藤木だ。昔を知ってるって事はお前という自己を知ってるって事だ。《イクシード》はともかく……藤木を泣かせるなよ。」
オレは面食らった。突然るるの名前が出てきたからだ。
「なんだいきなり……なんでお前がるるの事を……」
「藤木だからじゃない。女だからだ。女を泣かせるな。」
「! 毎日……その、色々やってる性欲使いの言葉とは思えないな。」
オレが少し笑いながらそう言うと、フリュードはあきれ顔で答えた。
「性欲の使い手をただの色欲魔人と思うなよ。男にとっては女が、女にとっては男が、世界で唯一性欲を叩き起こすトリガーなんだ。両方いるからガキが生まれ、世界が廻る。なら片方は片方を大事にするべきだ。男であれば、女をな。理由あってのケンカで涙を流す事はよくあることだろうが、理由もない一方的な事で泣かせるな。」
フェミニスト……とはまた根本的に違うような気がするが、フリュードはフリュードなりの考え……いや、信念を持って性欲使いをやっているらしい。
「そうか。性欲使いの認識を改めないとな。」
「……食欲は片方が片方を一方的に搾取し、睡眠欲は自己完結。他人を巻き込んで双方ハッピーなのが性欲だ。リンゴを食べたいと思ったのは食欲だが、おれらが生まれたのはアダムとイブが欲情したからだ。性欲をいやらしいの一言で下に見るなよ? 男女の合体はこの世で最も美しい歓喜の光景だ。」
なぜだか最後は性欲についての話になったが、オレはオレの現状というのを理解した。
キャメロンはやっぱりオレの目標だが……キャメロンになりたいワケじゃないはずだ。オレはキャメロンのようになりたいんだ。
「……柄にもなく忠告なんかしたが……勘違いするなよ。これはヘロディア嬢を思っての事だ。」
「……わかったよ。ところでフリュード。」
「あん?」
「タバコ、ちゃんと拾っていけよ。」
「あなたは誰になろうとしているのですか?」
眼球マニアのその言葉を聞き、スッテンとことねさんとライマンくんは眉をひそめたが、オレは笑いながら、だけど至って真面目に答えた。
「ある人に……な。だけど今は『オレ』になろうと思っているよ。」
オレがそう言うと、眼球マニアは驚愕の顔を喜びの顔に変えた。
「美しいですね。」
眼球マニアはオレたちをもう一度見つめ、校舎の方を向いた。
「立ち話も疲れますからね。中へどうぞ。私の部屋に案内しますよ。」
第四章 その2に続きます。