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お医者さん  作者: RANPO
第四章 「運も実力のおうちっていウヨ?」
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第四章 その4

第四章 その3の続きです。

これでこの章は終わります。

 朝早くから『四条』の会合を覗きに行った私たちは、まだ誰もいない学食みたいな場所で早めのお昼ご飯を食べていた。どれもこれもサイズが大きくて大味そうだったから、一番見慣れていて食べなれているハンバーガーを頼んだ私は、やっぱりサイズが大きくて大味のハンバーガーをナイフとフォークで解体していた。

 先生も私と同じようなハンバーガーを頼んで食べているのだけど、先生は大きく口を開けてモグモグと食べている。男の人はすごいなぁと珍しく先生を見て感心していたのだけど、日本のそれよりは大きなハンバーガーは先生がかじるたびに形が崩れていく。

「先生、食べるの下手ダナ!」

 ライマンさんはケチャップとマスタードがたっぷりの随分大きなホットドッグにかじりついている。あんなのを食べたら口のまわりとかすごい事になりそうなのだけど、ライマンさんは手馴れた感じに、口を汚さず食べていく。

『アッハッハ。ニホンジンハハシノタツジンダカラナ。ハシハキル、サス、ハサムトイロイロデキテシマウバンノウショッキダ。ソレニナレテシマッテイルト、コウイウタベモノニハクセンスルナ。』

 スッテンさんも大きなハンバーガーを食べている……たぶん、食べている。

 食べる時はさすがに兜は外すのかと思い、スッテンさんの素顔にドキドキしていたのだけど、スッテンさんはそのままだった。スッテンさんが片手を食べ物……ハンバーガーにかざすと、見えない何かにかじられたみたいにハンバーガーが削れるのだ。そしてスッテンさんは『モグモグ、ウム、カロリーノタカイリョウリダナ。』と、何かを食べながらしゃべっている感じの口調になる。

 一体どういう食べ方なのか、まったく謎だ。

「日本の《お医者さん》の会合を覗きに行ったら《パンデミッカー》に出くわした……いやはや、それは災難でしたね。」

 私たちの話を驚きながら聞いていた眼球マニアさんは、ナゲットのようなモノを食べながらそう言った。

「しかし……これは有益な情報の収穫なのか……余計にこんがらがりましたね。」

『ナニガダ?』

「そのカールという《パンデミッカー》が、スクールを襲撃している青年を知らないと言った事です。」

『フン? ヨケイニトイウコトハ……フニオチナイテンガアルンダナ?』

「ええ……その青年なのですがね……」

 眼球マニアさんは真剣な顔で少し下を向く。するとそのモノクルにむき出しの眼球が見え、私はビクッとした。

「ドイツのスクール襲撃……《ヤブ医者》のヴェーダが重傷を負って入院し、多くの生徒が負傷しましたが……死者がゼロ。ええ、このゼロというのが気がかりなのです。」

『ナンダ、ダレカシンダホウガヨカッタノカ?』

「……《パンデミッカー》が襲撃したのであれば……皆殺しでもおかしくありません。」

 私は突然の物騒な言葉にのどをつまらせそうになる。

「事実、彼らは過去に多くの《お医者さん》を襲撃し、殺害しています。何故なら、彼らにとって私たちは唯一の障害……敵ですからね。」


 この前の『半円卓会議』で《パンデミッカー》が襲ってきた時。

 ニック・フラスコの件で《パンデミッカー》が襲ってきた時。

 キャメロンさんや卜部相命さんが《パンデミッカー》と戦った時。

 そしてさっき、会場から逃げるために東条さんと戦ったカール。

 襲うとか戦うとか、言い方は色々だけどあれは全部……殺しに来たという事だ。

 映画じゃないんだから、そんなに頻繁に人殺しが起きて言い訳が無いと思う。だけどそれを当たり前の選択肢として選んでくる人たち……それが《パンデミッカー》……


「……改めて思うと……怖い人たちですよね……人を、殺すなんて。」

 私がそう言うと、スッテンさんがアッハッハと笑う。

『ソレハスコシカダイヒョウカダロウナ。タンジュンニ、イマノジダイ、アマリニヒトガシナナスギルダケダ。』

 スッテンさんがもっと怖い事を言ったけど、誰も何も言わず、眼球マニアさんが話を続けた。

「彼らにとって、スクールというのは自分たちの障害を生み出す場所です。そこを襲撃する理屈はわかりますが、ならばなぜ誰も殺さなかったのか……ヴェーダを退けたのなら問題なくそれができたはずなのです。それ以前に、ヴェーダを重症でとどめたのも不可解です。《ヤブ医者》は、それこそ最優先で始末したいでしょうに……」

『タシカニナ。ダガ、ソレナラバナゼイママデスクールガブジダッタカトイウテンモナゾダ。』

「それはスクールが厄介極まりないからですよ。」

『ホウ?』

「スクールでは、実績があり、確かな実力のある《お医者さん》が講師として選ばれますからね。中には引退して講師として専念している方もいますが……その方々とて、いざ相対したら強力な敵となりえます。スクールは、『半円卓会議』に次いで高い戦力が集う場所なのですよ。いくら《お医者さん》を始末したい彼らでも、敵の本陣真っ只中に突っ込んでは来ません。」

「え?」

 今の話を聞き、私は疑問に思う。

「でも……この前、『半円卓会議』に……」

「ええ……ですからあれは……ついでに言うとおそらく今回のも、彼らの焦りの表れでしょうね。」

「焦り……ですか?」

「そうです。あなたという存在の影響でね。」

 …………

 ……?

「え、私ですか?」

 私は面食らう。どうしてそこで私が出て来るのだろう。

「溝川ことねさん。あなたは御自分の価値を理解していますか?」

「え……」

「眼球マニア。」

 困惑する私の目に、少し怖い顔をした先生が映った。だけどそんな怖い先生に対して、眼球マニアさんは真剣な顔で答える。

「安藤、私は……《デアウルス》にあなたの事を尋ねました。」

「……何だ、いきなり。」

「すると意外とあっさり教えてくれましたよ。あなたの経歴……その身体の中にいる存在の事もね。」

「!」

 先生の事。それはきっと、《イクシード》さんの事だ。

「あなたの眼球を見た時から、ずっと気になっていたのですよ。これはどうも、普通の《ヤブ医者》とは違うとね。加えて、Sランクにとりつかれた少女に対して《お医者さん》を教えているという事実。何かが特別なのだと疑わない方が難しいというものです。そうして聞いてみて納得しましたよ。そして同時に見えてきました。ここ最近の《パンデミッカー》の動きの理由が。」

「だが……それは……」

「安藤。いつかは話さなければならない事柄です。であれば、第三者の立場として私が話をします。」

 眼球マニアさんが私を見る。今まで紳士的な、柔らかい笑みの人だったけど、その雰囲気が……温度が少し冷たくなったような気がした。

「《お医者さん》と《パンデミッカー》、これらを一つの軍隊としましょう。方法は異なりますが、両軍とも相手を攻撃できる術を持っています。そして、《お医者さん》側には大将としてSランクヴァンドローム、《デアウルス》。《パンデミッカー》側には彼らの信仰の対象として、最後の切り札として……Sランクヴァンドローム、通称『神』。この世界最強の存在が両軍に一体ずつ……両軍の戦力差は互角といったところでしょう。」

 眼球マニアさんは、口とか手をふく紙をテーブルに広げて、左右にナゲットを一つずつ置いた。

「そして《お医者さん》側は、三年前に新たな戦力を手に入れました。Sランクをその身に宿す《お医者さん》……軍で例えるのであれば、核兵器のようなモノでしょうか。安藤という戦力が加わりました。」

 右側にナゲットを一つ追加する眼球マニアさん。

「戦況は大きく変化しました。しかしこの核兵器、元を辿るとその技術は《パンデミッカー》側にあった力……そう、キャメロンという人物から来た戦力です。《パンデミッカー》側からすると、確かに圧倒的に不利になったものの……安藤という核兵器が持つ能力は知っていますし、パンデミッカーから受け継いだというのであれば、もしかしたら《パンデミッカー》側に戻るかもしれない。三年前に《お医者さん》側に加わったこの核兵器は、いざ起動しても対処できる可能性があり、場合によっては奪える……おそらくそんな思惑があり、しばらくは警戒する程度で対応していました。ところが……」

 眼球マニアさんが、右側にさらにもう一つナゲットを加える。

「あろうことか、第二の核兵器が登場したのです。しかも、第一の核兵器である安藤から指導を受けている……一年前の時点ではいつ爆発するかもよくわからない危険極まりなかったそれは、段々と制御できるようになってきた。《パンデミッカー》側からすれば、能力未知数の強力な戦力が《お医者さん》側に出来上がりつつあるという光景。これは焦ります。」

「……待ってください……それって……」

 眼球マニアさんの話から考えついてしまった結論に頭をグラグラさせながら声を出す私。だけど眼球マニアさんは話を続ける。

「《デアウルス》は第二の核兵器をどうするつもりなのか……それ以前に、ヴァンドロームである《デアウルス》の真意とはなんなのか。第一の核兵器はこちら側に引き込めるのか。今まで後回しにしてきた思考が一気に浮かび上がり……彼らは行動しました。まず、『半円卓会議』を襲撃して《デアウルス》の意思を確認しました。ついでに第二の核兵器の現状を見て置きました。次に第一の核兵器をおびき出し、その意思を確認しました。」

 そこで顔を上げる眼球マニアさん。


「少なくとも、この前の『半円卓会議』への襲撃とニック・フラスコの一件は……あなたがいるから起きた事なのです。」


 私は震えた。頭が白くなっていく。

「彼らが急にヴァンドロームの実験を行い始めたのは両軍のパワーバランスを戻すための戦力増強なのかもしれません。もしも今回のスクールの件が本当に《パンデミッカー》の仕業なら、危険とはわかっているけれど、これ以上危険な戦力を生み出さないために強行したのかもしれません。もしかしたら先ほどの日本の会合の調査も……」

「わ……私が……私が原因……」

 人を殺す事をなんとも思っていないような人たちがそれを実践するキッカケが……私……

「その可能性が非常に高いのです。理解出来ましたか? 御自分の……立ち位置を。」

 私は思わず先生を見た。

 こういう時、先生は笑って「そうじゃない。」と言ってくれる……意図してやった事ではないけれど、《パンデミッカー》の最近の行動の原因が私だという眼球マニアさんの意見を、何か……何かで否定してくれる。そう思ったのだけど……


「……眼球マニアの予想はたぶん正解だよ。ことねさんの存在が一つの引き金なんだ。」


「!」

 私は胸のあたりにモヤッとしたモノを感じた。一瞬で広がっていく黒い何かと、頭の中を埋めていく白い何か。私は、《オートマティスム》にとりつかれた当初の頃の、絶望に近い感情を覚えていた。

「でもねことねさん。」

 心に広がる嫌な感情と、そんな私を何とかしようと左手が再び動いてしまうのではないかという恐怖……久しぶりに感じる二つの感覚に包まれる中、ふっと、力の抜けた先生の声が聞こえた。

「そんなの、気にしなくていいんだよ。」

「……! 気にしないなんて! ……そんな事……」

「ん? あー、言い方を間違えたよ。気にはするけど、思い悩む方向を間違えないようにって意味だよ。」

 先生はふぅと少し長いため息をつき、ぽつぽつと呟いた。

「気づいてるかな。オレもさ……あの人が死ぬキッカケになってしまったんだよ。」

 表情はそのままに、少し下を向く先生。あの人……キャメロンさんの事だ……

「あの時やってきた《パンデミッカー》はこう言った。オレが、無敵だったあの人の弱点になったと。事実、あの人はオレを助けるために死んだ。」

 内容としてはすごく重たい話のはずなのに、先生の口調はいつものそれだった。

「気づかない内に深刻な、最悪な事態の原因に自分がなっていた……あとになって色々考えるんだよね。あの時、ああしていればこうはならなかったのにって。」

 先生はハンバーガーと一緒に買っていた炭酸のジュースを飲み、そしてスッテンさんを指さした。

「もしもスッテンがタイムマシンを作ってくれたなら、今でも……オレはあの時に戻ってあの人を助けたいと思う。だけどスッテンはそんな事できないと言った。それが、スッテンでもタイムマシンを作れないって意味なのか、過去は変えられないって意味なのかわからないけど……結局、そうなってしまった事はどうしようもないって事なんだ。」

「で、でも……私のせいで……《パンデミッカー》が動いて……色んな人が……」

「そうだけど、それをことねさんが自分のせいでああなったからどうしようって悩んでも何もならないからね。なら、少なくともそっちの方向には気にしない事だよ。そもそも……やってしまった後悔を何とかできるって言うなら、オレがやってる。」

「……!」

「だから大事なのはその事実をどう受け止めるか。悩むならこっちなんだよ。例えば、《パンデミッカー》を前にした時の逃げない理由にしてもいいし、ピンチの時の逃げる理由にしてもいい。周りの言葉は気にしなくていいから、とにかく自分の中での扱いを決める事だよ。自分が……ことねさんの物語がハッピーエンドに向かうようにね。」

「自分で……決める……」

 まだ困惑している私に、眼球マニアさんが口を開く。

「責めるような言い方になってしまったかもしれませんが……私も別に責任をとれなどと言うつもりはありません。あなたにはどうしようもなかった事なのですから。ただ、自覚をしておいて欲しかっただけです。」

 並べたナゲットにケチャップをつけて口の中に放り込む眼球マニアさん。

「あなたには良き先生がいます。あなたが置かれた状況を経験した人物がね。完全な正解というモノはないでしょうが、そうした結果どうなったかという一例を示す道標があなたにはあるのです。やんわりと悩んでせっせと生きてください。」

 立ち上がった眼球マニアさんはそう言うと、「混んできましたので、私はこれで」と言い残して一足早く学食を去って行った。気が付くと、ちらほらとスクールの生徒が集まってきている。たぶん、昼食の時間に入ったんだ。

『フム……ツモルコトハイエデカンガエルトイイ。チョッキンハレイノセイネンダガ……トリアエズハシンリョージョニカエッテヤスムノダナ。』

「…………はい。」


 私が、《オートマティスム》というSランクヴァンドロームにとりつかれた私という存在が《お医者さん》と《パンデミッカー》の世界に大きな影響を及ぼした。それによって、たくさんの《お医者さん》が……間接的に一般人も、《パンデミッカー》の被害を受けるようになった。

 私のせいで……そう考えてしまうのは当たり前だと思う。だけど先生の言葉を聞いてこうも思った。私だって突然Sランクという存在にとりつかれて困っているのだ。私が何かをした結果ならまだしも、私は何もしていないのに私が責任を感じる理由はないはずだ。

 ……と、色々と都合よく(どうしても今の私はそう考えてしまう)捉える事はできる。きっとそれが真実に近いのだろうけど……まだまだ納得はできない。だからと言って私に何かできるわけでもない。

 先生が悩むべき方向と言ったのは、つまりこういう悩み方なんだろう。私は、色々な事の先輩である先生を参考にして、悩もうと思う。

 とりあえず、私はそうすることにした。




 昼飯を食べ終え、例の青年が来るまでは特にやることが無いオレたちは(いや、来ないなら来ない方がいいんだが……)スッテンのワープ装置で帰ろうと思った。だがそれをスッテンが止めた。

『アーマテマテ。カエッテヤスメトイッタガ、スコシマテ。』

「なんだ?」

『ゥワァタシハキトータチヲマタナケレバナランノダガ……ソノカンヒマダカラナ。ヒマツブシニチョットキキタイコトガアル。』

「? なんで鬼頭たちを待つんだ?」

『キトートナンジョーシオリハゥワァタシノワープソウチデコッチニキタンダ。カエリモソレヲツカワナイトカエレナイダロウ? シュッコクモニュウコクモシテイナイノダカラナ。』

「ああ、そうか。それで、聞きたい事って?」

『キョーマトイウヨリハ、キョーマノナカノヤツニキキタインダガ。』

 スッテンがそう言うと、オレの白衣の下から《イクシード》が顔を出した。

『かかっ。我に聞きたい事とな?』

『ソウダ。ダガ……ソレデハハナシニクイナ。ドコカヒトメニツカナイバショハナイカ?』

 そう言いながらスッテンはライマンくんを見る。

「うーン……あ、予備教室なら滅多な事が無い限りは誰も入ってこなイゾ。」

 そんなわけで、オレとことねさんとライマンくん、そしてスッテンはその予備教室とやらに移動した。そして《イクシード》が教卓の上にちょこんと座り、オレたちは授業を受ける生徒のように席についた。

スクールの教室というのは日本のように机と椅子が個人にあるタイプではなく、長い机が何段と連なるタイプだった。オレは大学に行ってないからあれだが……きっと講義っていうのはこういう感じなんだろう。

『かかっ。それで?』

『ウム……ナンダカンダ、ゥワァタシハ《パンデミッカー》ヲコノメデミタノハサッキノデニカイメダ。ゼンカイモソウダッタガ、ヤハリコンカイモオドロイタ。』

「スッテンが驚いたのか。カールの術式とかか?」

『チガウ。ゥワァタシガオドロイタノハレンチュウガツカウギジュツダ。ヴァンドロームヲアヤツルナ。』

 《パンデミッカー》には《お医者さん》側には無い技術がある。その最たる例がヴァンドロームを操る技術だ。好きな時にとりつかせ、不要な時はとりつかせずに傍にいさせる。そして、ヴァンドロームがしていると言われている本能的能力制御、通称リミッターを解除できる。そのせいで、ただの『症状』がまるで超能力のようになっている。

「あれって、そんなにすごいノカ?」

 ライマンくんがそう言うと、スッテンが前を向いたまま少し上を向く。

『アレハ……ニンゲンデイウナラ、ホンニンノイシヲカンゼンニムシシ、ジブンノオモウガママニアヤツルトイウコトダ。シカモ、「カジバノバカヂカラ」トイウヤツヲツネニハツドウサセテナ。コレハマインドコントロールナドデハナク、ショウシンショウメイホカノセイブツヲジブンノカラダノイチブトシテシハイシテイルノダ。』

「……でもそれって、先生ならできるんじゃ……」

 ことねさんがジロリとオレを見る。オレは少し考えて答える。

「……火事場の馬鹿力を引き出すって事くらいならできるかな。だけど他人の身体を意のままに操る事はできないよ。できて一つの行動だけかな。しかもオレの場合は触れてないとできない。」

 一つの行動というのはつまり…………『心臓を停止させろ』とかだ。今回の話で言えば、例えば『とりつけ』『とりつくな』ってのはできるけど、常に傍にいさせるってのは難しい。状態を継続させるような命令はオレにはできない。

「そう言えば……前に《パンデミッカー》が『元気』を集めるためにとりつかせたヴァンドロームを倒した時、身体の中からブローチみたいのが出てきたぞ。一応『医療技術研究所』に送っといたんだが……」

『アア、アレハゥワァタシモミタ。ダガアレナ、ヴァンドロームノタイナイカラデテシマウトナイブガハカイサレルシクミニナッテイテナ。カイセキデキナカッタンダ。アレガレンチュウノギジュツソノモノナンダロウガ……ケッキョクナゾノママダ。ダカラ、ソレニツイテイチバンクワシイデアロウヤツニハナシヲキキタイノダ。』

『かかっ。そういうことか。』

 《パンデミッカー》以外で《パンデミッカー》について詳しい者。《パンデミッカー》で五年間過ごした《イクシード》以上の適任者はいない。

『かかっ。だがしかし……我は《デアウルス》のような天才肌ではないから具体的にどういう技術かは説明できないぞ。まぁ……そもそもあれを理解できるモノはこの世に存在しないか。あれを作ったのはアウシュヴィッツだからな。』

『サヴァンノパーフェクトマッチダッタカ。タシカニ、スベテノブンヤニオイテテンサイヲナノルオトコノズノウハハカリシレンナ。』

『かかっ。だがあれに……いや、《パンデミッカー》の技術にどういう特徴があるかは教えてやれるな。』

『フム……ゼヒタノム。』

 何というか、基本的に難しい事を説明する側のスッテンが説明を受ける側というのは新鮮な光景だ。んまぁ、人型マシュマロの話を真剣に聞いている西洋甲冑という事だけでかなり新鮮ではあるが……

『かかっ。まず、あれはどんなヴァンドロームでも意のままというわけではない。あれを使う人間とヴァンドロームの相性によって操れる操れないは左右される。』

『《オートマティスム》トコトネ、《ノーバディ》トナンジョーシオリノヨウナモノカ?』

『かかっ。その二人は特別相性が良いパターンだ。そこまで確率の低いモノではない。あのブローチを使ってヴァンドロームを操れる確率は二十五パーセントと言ったところだ。つまり、目の前に四体のヴァンドロームがいた時、自分が操れるのはその内の一体だけだ。』

『ニジュウゴ……ソレデモケッコウナカクリツダナ。ソノカクリツデアレバ、《パンデミッカー》ハモットオオキナソシキデアッテモオカシクナイ。』

『かかっ。確かに、この確率でさっきのカールみたいな使い手が生まれるのであれば脅威だが……これはあくまで操れるかどうかの確率だ。要するに、ただの大前提。『症状』を操れるようになるにはそれなりの訓練が要る。』

「訓練って……安藤先生がやったみたいな勉強とか修行とカカ?」

『かかっ。そうだ。』

「でも……安藤先生のはともかく、普通に『症状』を発症するだけなら訓練いらないんじゃなイカ?」

『かかっ、発症するだけならそれでいいが、操るとなると話は別だ。人間が自分で自分の腕を動かすのに訓練なぞ必要ないが、別に仕組みを理解しているわけではない。それでも操れるのはそれが生まれた時からそうだからだ。逆に言えば、これまでにない何かをするには訓練が必要なのだ。人間には『症状』を操る器官は無いからな。』

 《イクシード》が言っているのは、極端な話、腕がいきなり一本増えたとしてもいきなりは動かせないだろって話だ。よく、腕がもう一本あったらとか翼があったらとか言うが、それはそれでいきなり追加されても困るのだ。三本目の腕も翼も、動かし方がまったくわからないのだから。

『かかっ。自分と相性の良いヴァンドロームを見つけるのは簡単でも、その『症状』を操れるようになれるかは本人の才能や努力による。だから、そうそう簡単に戦力は増えないのだ。』

『フム。ツマリアノカールトイウオトコモ、アアナルマデニクンレンヲツンデアアナッタトイウコトカ。』

『かかっ。そうだ。そして、今我が言った『才能』や『努力』を人並み以上に備えた精鋭十人を……《パンデミッカー》ではランカーと呼ぶわけだ。』

「あ、それ覚えてルゾ! そのランカーで一番の人がリーダーなんダロ?」

『かかっ。そういうことだ。かつてはアウシュヴィッツ、今はアリベルトだ。』

『ニック・フラスコノケンデデテキタオトコダナ。ゥワァタシモカンシカメラゴシニミタ。ゼンインノウゴキガカンゼンニテイシサセラレタトコロモナ。アレトドウレツニカゾエラレルニンゲンガアトキュウニンモイルノカ。』

 スッテンがやれやれという感じに肩をあげる。オレはそのランカーの話を聞いて思った事を口にする。

「もしかすると、その青年ってのはランカーかもな。」

『アリエルナ。アノヴェーダヲタオシタトアレバ……』

「あのう……」

 そこでことねさんがおそるおそる手を挙げる。

「その青年の事、ヴェーダさんに聞けば……その、『症状』とかもわかるんじゃ……」

『ウム。キケレバソウシタノダガナ……』

「入院中って眼球マニアは言ってたな。そんなにひどいのか?」

『アア。ニュウインチュウヲセイカクニイウト、イマアイツハアイシーユーノナカダ。』

「あいしーゆー……ICU!? 集中治療室か!」


 集中治療室というのは、身体の呼吸系や循環系に重篤な機能不全が起きている患者さんを二十四時間体制で管理、治療する部屋の事だ。簡単に言えば非常にまずい状態。患者さんの中にはICUに入ると聞き、「自分は死ぬんだ」と考えてしまって幻覚なんかを見る人もいたりする。つまり、それだけ深刻な時に入る部屋という事だ。


『クワエテ、ソノバニイタスクールノセイトタチハ、ヴェーダトセイネンノセントウノアイダニヒナンシタカラナ……セイネンノチカラヲマヂカデミテイルノハヴェーダダケナノダ。』

「来るまでわからないって事か……そうだ、《デアウルス》なら何か――」


 バンッ!


 オレが《デアウルス》なら何か知ってるかもしれないから聞いてみるのはどうかと提案する前に、ことねさんが物凄い勢いで机を叩いた。

「……? ことねさん?」

「ち、違います。今のは私の左手です……」

「《オートマティスム》が?」

 害のある虫でも叩いたのかと、オレがことねさんの方に行こうとすると、今度は《イクシード》がそれを止めた。

『かかっ。キョーマ、これは予想外だぞ。』

「? 何の話だ?」


 ドゴォッ!!


 《イクシード》の答えを聞く前に物凄い音がした。窓ガラス……というか校舎が全体的に震えている。

『かかっ。校門の方だ。』

 教卓に立っていた《イクシード》を抱え込み、オレは校門の方へ走り出した。正確に言えば、左手に引っ張られるように教室を飛び出したことねさんを追いかけた。


「今の一撃は警告である!」


 校門に近づくと、そう叫ぶ声が耳に入った。


「しばし待つ故、この建物から退去せよ! 残る者の安全は保障せぬ!」


 見ると、叫んでいる人物の数メートル前の地面に大きな穴が空いている。変な言い方だが……まるでSF映画のビームが落ちたような、綺麗な穴だった。

 おそらくあの穴が空く瞬間を見たのだろう、たくさんの生徒が大慌てで右往左往している。そこにスクールの講師らしき人物が十数人やってきて、生徒たちを誘導し始めた。

「緊急時の避難マニュアルに従い、公園へ避難の誘導を! 慌てず、確実にお願いします!」

 講師陣を指揮しているのは眼球マニア。そうやって指示を出しながら、眼球マニアは穴を挟んで叫ぶ人物と対峙した。その人物は……そう、外見の年齢で言えば、『青年』だった。



 左手に引っ張られてやってきた校門で、私は避難していくスクールの生徒たちと、穴の前に立つ眼球マニアさんと、穴の向こう側に立つ人物を見た。

 穴の向こう側に立つその人は、すごく変な格好をした男の人だった。髪型は、真っ白な髪が音楽室に飾られている有名な作曲家の皆さんみたいに左右に二つずつ筒状に巻かれているそれで、首を覆う形の襟をしたシャツを着て豪華なスカーフを巻いている。肩とか袖口に金色のひらひらがついている上着を羽織り、裾がひざ上のすぼまったズボン……というか色鮮やかなかぼちゃパンツに白いタイツで厚底のヒールみたいなブーツをはき、腰に長くて細い剣と短いナイフみたいなモノをさげている。

 まとめると……ヨーロッパの昔の貴族みたいな格好の青年だった。

『ズイブントユカイナカッコウダナ。』

「スッテンが言うか?」

 そう言いながらスッテンさんと先生が眼球マニアさんの横に並んだ。

 青年……きっと他のスクールを襲ったっていうその人が来たのだ。さっきランカーかもしれないと先生が言っていた《パンデミッカー》が……!

「《パンデミッカー》対《ヤブ医者》三人……すごい光景ダナ……」

 肩書を知っていればそうだけど……パッと見は貴族対白衣と鎧と執事さんだ。

「おお! なんということか!」

 目の間に立つ三人の《ヤブ医者》を見て、貴族の青年は舞台で演劇をする人のように大げさなふりをつけながら嬉しそうに言った。

「この時代に、最も興味深いあの風習を再現できる日が来ようとは! そなた、騎士であろう?」

 貴族の青年が優雅に指さしたのはスッテンさん。

『ン? ゥワァタシハ――』

「待て! そこから先をやりたいのだ!」

『?』

 貴族の青年は腰にさげた細長い剣を抜き、まるで決闘をする人みたいにそれを顔の前に構えた。そしてもう一本の短いナイフみたいなモノに片手をそえる。


「このエペ・ラピエルの名は『フードラ』! マンゴーシュの名は『クーホン』! そして名乗ろう! 剣の主の名は《トゥネール・ブルシエル》! さぁ、そなたの名を聞こう!」


 知らないカタカナがたくさん出てきて私はよくわからなかった。それに気づいたからというわけではないと思うけど、スッテンさんがぶつぶつと呟く。

『……エペ・ラピエル……レイピアノフランスゴダナ。マンゴーシュハレイピアトツイデツカウタンケン……『フードラ』モ『クーホン』モフランスゴ。ナルホド、ソノカッコウハフランスキゾクナワケカ……シカシ……』

 スッテンさんは、まるであまり良くない事をそうであって欲しくないと思いながら確かめるように聞いた。

『オマエ、イマ《トゥネール・ブルシエル》トイッタカ?』

「いかにも! このトゥネールの名は《トゥネール・ブルシエル》である! さぁ、そなたの名は!」

『……スッテン・コロリンダ。』

「スッテン! それがこのトゥネールの前に立つ騎士の名か!」

 貴族の青年……トゥネールは満足気な顔になり、エペ・ラピエル……『フードラ』という名前のレイピアをおろす。そして妙にキラキラした目で三人を見つめた。

「わかる、わかるぞ! そなたはあの爆撃使いと同じ空気をまとっている! そちらの紳士もそうであろう? そしてそこの白衣に至ってはこのトゥネールと同族! なるほど、このトゥネールに対して相応の戦士をそろえたという事か! しかしそこに騎士を混ぜるとは……粋な計らいではないか、《デアウルス》よ!」

「爆撃使い……ヴェーダの事ですね。ではやはりあなたがドイツのスクールを壊滅させた……」

 眼球マニアさんがそう尋ねると、トゥネールは何故か誇らしげに笑う。

「いかにも! ちなみに――いや、ついでという形では失礼か! このトゥネールの名は《トゥネール・ブルシエル》! 紳士よ、そなたの名は!」

「…………眼球マニアです。」

「そうか! そこの白衣は!」

「安藤享守だ。」

「うむ!」

 三人の名前を聞いてますます満足気なトゥネール。なんだか動作の一つ一つが妙に芝居がかった人だなぁ……

「なるほど……つまり、ありそうでなかった事が今回起きたというわけですか。」

『ヴェーダガマケルワケダ。』

「おい、これってかなりまずくないか?」

 何故か《ヤブ医者》の三人の顔色が悪くなっていく。そう言えばスッテンさんがトゥネールの名前を確認していた……という事は有名な《パンデミッカー》なのかな……

「ライマンさん、トゥネールって聞いたことありますか?」

 スクールで勉強しているライマンさんならそういうのを知っているかもと思って聞いてみる。するとライマンさんは目を丸くした。いや、正確には元々見開かれていた目で私を見た。

「……そうか、ことねは知らないかもしれなイナ。図鑑にも載ってなイシ……」

「図鑑?」

 予想外の言葉に私が困惑していると、ライマンさんは静かに言った。


「ことね、《トゥネール・ブルシエル》っていうのは、Sランクヴァンドロームの名前なンダ。」


 Sランクヴァンドローム? 《パンデミッカー》じゃなくてヴァンドロー……

「! Sランク!?」

 そこで私はやっと状況を把握できた。

 つまり、スクールを襲ったのは《パンデミッカー》じゃなかったのだ。私の左手の中にいる《オートマティスム》や先生の中にいる《イクシード》さん、『半円卓会議』の司会を務める《デアウルス》さんと同じ……ヴァンドロームが突然変異を起こして人知を超えた力を得た存在、どんな《お医者さん》でも治療できず、それどころか人間では勝ち目がないとさえ言われる……Sランクヴァンドローム、その内の一体が犯人だった……という事だ。

 そしてその一体が、今ここにやってきた……名前は、《トゥネール・ブルシエル》……!


「スッテン! 決闘に入る前に互いの意思を確認しようではないか! 場合によってはこの決闘、握手という和解を迎えられるかもしれぬぞ!」

『ホウ? ナラマズ、オマエノイシ……モクテキヲキコウカ。』

「よかろう! このトゥネールの目的は、スクールと呼ばれる施設の破壊だ!」

『シセツノハカイ……ソウイエバドイツデハシシャガデナカッタソウダナ。アレハオマエガコイニソウシタノカ?』

「いかにも! このトゥネールが危惧しているのは、このトゥネールのような存在、つまりSランクと呼ばれる存在に届きうる《お医者さん》が生まれる事だ! できれば人間を殺めたくはないのでな、育てる施設だけを壊す事にした! 抵抗しなければ、そなたらや生徒たちに危害は加えないと約束しよう!」

「人を殺めたくない……その理由が気になるところですが、一つ確認を。何故今なのですか? スクールの歴史はそこそこ古いモノです。何故今になって危険視するのです?」

「今になって力のバランスが傾き始めたからだ! そちら側につくSランクの影響によってな!」

 スッテンさんと眼球マニアさんが先生を見た。

だけどたぶん……さっきの眼球マニアさんの話からすれば……ここ最近《お医者さん》側についたSランクと言えば……それは……

「……私……」

 私が左手を震わせると、ライマンさんがそれを握ってくれた。

「これまで、ヴァンドロームを攻撃する術を持つ《お医者さん》も、操る術を持つ《パンデミッカー》も、互いにSランクを頭に置いてはいるが、個々の実力はSランクに届かなかった! しかし今、Sランクの能力を技術で持って制御し、強力な力を操る者が現れ、その技術が受け継がれようとしている! そうであろう、《イクシード》、《オートマティスム》!」

 誰に向かって叫んでいるのやら、両手を天に掲げて何かの舞台のように仰々しいトゥネール。それを見て眼球マニアさんがため息をつく。

「……つまり、彼が行動を始めた理由は、《パンデミッカー》が行動を始めた理由と同じ、安藤と溝川の存在なのですね……」

「……悪いな。」

「誰のせいでもありません。気にしないで下さい。」

 先生と眼球マニアさんが困ったように笑い合う。

『フム、ソッチノイシハリカイシタ。デハコチラノイシヲシメソウ。』

「伺おう!」

『コチラガユウセンスルノハムロン、ヒトノイノチダ。シセツノハカイダケトイウナラソチラノジョウケンヲノミタイトコロダガ……シセツヲツクルタビニハカイサレルノデハケッキョク、《オイシャサン》ガイナクナッテシマウ。ミライ、ゥワァタシノココロヲオドラセルギジュツヲウムカモシレナイジンザイヲソダテルタメニモ、シセツノハカイハキョカデキナイ。』

「……それ、スッテンの意思だな。」

「ふふふ。コロリンらしいですがね。」

 スッテンさんの言葉を聞き、トゥネールは和解が成立しない事を……むしろ嬉しそうに頷く。

「騎士が二人、互いの意思が相反した! ならば決闘しかあるまい! 手袋を投げよう! 互いの全てを賭け、意思を貫く! いざ!」

『ケットウハベツニイイガ……オマエハエスランク。サンタイイチデイイカ?』

「む、それはいかんな!」


 瞬間、真っ白な光がスッテンさんの横を走った。


「これで一対一である!」

 何が起きたのかよくわからなかった。状況を把握するのに、私もライマンさんも……スッテンさんも何秒か費やした。

 スッテンさんの隣に立っていた先生と眼球マニアさんがいなくなったのだ。一瞬見えた白い光のせいなのか……突然消えてしまった二人を探す私たち。


「がはっ!」


 苦しそうな、痛そうな声が聞こえた。声がしたのはスッテンさんの後ろ、少し離れたところにある校舎の壁。そこに眼球マニアさんがいた。

術式を発動させる時に描く魔法陣のような形をした光に包まれた眼球マニアさんは、その光が消えると同時にめり込んでいた壁から倒れた。


「ほう! さすが《ヤブ医者》、とっさに術式を展開させたか! しかし、ざっと見る限り眼球マニアの身体は常人のそれ! 壁に叩きつけられた衝撃でしばらく動けぬだろう! そして安藤享守は直撃! うむ、やはり無事に一対一になったようだな!」


 先生はどこか。必然的に眼球マニアさんがいた校舎の壁に沿って視線を動かす。そして見つけた。


 真っ黒に焼け焦げた先生を。


「先生っ!!」

 私は走った。いつも白衣を着ているから白いイメージの強い先生だけど、そんな先生が煙をあげて……真っ黒で倒れている。異常。明らかな緊急事態。

 近づくにつれて鼻をつく嫌な臭い。胸に渦巻く感じたことのない不安。

「先生! 先生!」

 先生の横に座り込む私。かろうじて仰向けだということはわかるけど、目とか鼻とかが区別できない。

 胸に手を置き、先生をゆする。あり得ない程の高温と、少し硬い感触が手に伝わる。

「先生!」

『動かすな!』

 先生に置いていた手が、先生の胸のあたりから伸びてきた白いモノに弾かれる。《イクシード》さんの手だ。

『今大急ぎで細胞の修復をしている! キョーマは生きている、心配するな! 我が死なせるか!』

 《イクシード》さんにそう言われ、その場にへたりこむ私。両手を見ると黒い墨のようなものがついている。

 不安で心が震え、恐怖で頭が塗りつぶされ、涙で視界がぼやけ――

「こトネ!」

 両肩に置かれるライマンさんの手。

「だ、大丈ブダ! 《イクシード》が治しテル! す、すぐにいつもの先せイニ……」

 横目に見えるライマンさんは、見た事のない、ライマンさんには似合わない表情だった。


「二人ともしっかりするのです。」


 何もできずに先生の横に座り込む私とライマンさんを、口から血を流し、おなかを痛そうに抑えながら見下ろすのは眼球マニアさん。

「にん……人間がこうなった場合、今の医術では回復不可能です。故に……あなたたち二人には、もちろん私にもできることはありません。人知を超えたSランクである《イクシード》に任せましょう。」

 言葉だけ見れば冷静で冷たいけれど、先生を見るその表情は歯がゆそうなそれだった。

「わ、私は……何をすれ、ば……何か、できることは……」

「ごほっ……あるとすれば、これから始まるスッテンとトゥネールの戦いを良く見る事です。安藤が回復するまでにどれほどの時間が必要かわかりませんが……もしスッテンが負けた場合、次に戦えるとしたら、それは回復した安藤のみ……私はこの様ですからね。ですから伝えるのです……安藤に、トゥネールというヴァンドロームがどういう敵なのかを……回復した時に。」

 そう言ってその場に座り込む眼球マニアさん。私は……

「先生……」

 先生をじっと見つめた後、スッテンさんに目を向けた。


「む? そういえばそなた、剣はどこにあるのだ? 騎士の魂たる剣は一体……」

 《ヤブ医者》を二人、一瞬で戦闘不能にしたトゥネールは先ほどと全く変わらない口調と雰囲気でスッテンさんにそう聞いた。

『……オマエ……』

 スッテンさんは私たちの方を……ううん、たぶん先生を見ていた。先生の方を見ながら、トゥネールに話しかけている。

『ヨクモ……ゥワァタシノユウジンヲ……』

 スッテンさんが右の手の平をバッと開く。すると何もない空間に、まるでブロックが組みあがるように何かが形作られていく。

『ゥワァタシノトモダチヲキズツケタナ。』

 最終的に組みあがったのは一本の剣だった。スッテンさんの甲冑姿に良く似合う、西洋の大きな剣がスッテンさんの右手に握られる。

「おお! それがそなたの剣か! 本来であればエペ・ラピエル同士で決闘を行いたい所であるが……そなたは騎士だものな! そこまでのわがままは言わ――」


『オマエハココデオワレ。』


 次の瞬間、スッテンさんの姿が消え、トゥネールが立っていた場所で粉塵があがった。舞い上がった砂埃を剣の一振りで払うのはスッテンさん。どうやら、目にも止まらない速さでトゥネールに斬りかかったようだ。

「今の一撃、素晴らしい速さだった!」

 バチッという、電気回路か何かがショートした時の音と共に、スッテンさんから離れた場所にトゥネールが現れた。

「これは出し惜しみできぬな!」

 レイピアを構えるトゥネール。すると、そのレイピアにバチバチっと電流が走った。

「電気……?」

 私は、先生を襲ったさっきの光を思い出す。あれは……もしかして電気……いや、雷?

「《トゥネール・ブルシエル》……その名の通りと言いますか、記録通りと言いますか……やはり電気使いでしたか。」

 私の呟きを聞いたのか、眼球マニアさんがそう言った。

「名前……《トゥネール・ブルシエル》って何か意味があるんですか?」

「ええ。この名前はフランス語でしてね。日本語では……『晴れた日の雷鳴』……いえ、確かもっと相応しい言葉がありましたね。《トゥネール・ブルシエル》とは、日本語に訳すと『青天の霹靂』です。」

「雷……ですか……」

 眼球マニアさんは、ポケットから注射器のようなモノを取り出し、それを自分にうちながら《トゥネール・ブルシエル》というSランクについて語った。


 私たち《ヤブ医者》からすれば、Sランクと聞いて始めに思い浮かぶのは《デアウルス》でしょう。ですが《デアウルス》は会議の出席者しかその存在を知りません。では一般の《お医者さん》はどのSランクを思い浮かべるのか。おそらく、真っ先にあがる名前は《トゥネール・ブルシエル》です。

 何故彼がそれ程に有名なのか。それは、彼が《お医者さん》に対して友好的という記録があるからです。

 彼が現れたという記録は今よりざっと三百年前が最初です。彼はある晴れた日、一人の《お医者さん》の前に雷鳴と共に現れました。今の姿と同じかはわかりませんが、その時も人間の姿をしていたそうです。

 彼はその《お医者さん》に、「自分に名前を付けて欲しい」と言いました。その《お医者さん》は、当時ヴァンドロームの図鑑を編集していました。つまり、当時最も多くのヴァンドロームの名前を知っている《お医者さん》だったわけです。彼はきちんと選んでその《お医者さん》を訪ねたのです。

その《お医者さん》によると、初めて見た時、彼は上級のAランクと対峙した時に感じる感覚を覚えたそうです。目の前にいる生き物が、自分よりも上の存在だと言う実感を。そうして色々調査した結果、その《お医者さん》は彼をSランクに分類すべきヴァンドロームだと判断しました。

 《お医者さん》に確認され、その実力がSランクだと判断されたヴァンドローム……頼まれなくとも名前はつけます。ヴァンドロームの名前は星と一緒で、初めに見つけた者が名前をつける決まりです。その《お医者さん》は、彼が現れた時の情景を彼の名前にしました。故に、《トゥネール・ブルシエル》……その《お医者さん》はフランス人だったわけですね。

 以降、これと言った周期もなく、ある日突然《お医者さん》の前に現れてちょっとしたお願いをしてくるSランクヴァンドロームとして《お医者さん》の間では認知されました。


「これが《トゥネール・ブルシエル》というヴァンドロームの概略です。」

 さっきの注射のおかげなのか、痛そうにしていた顔が和らぎ、いつもの表情になった眼球マニアさんに、私は月並みな質問をする。

「それで……『症状』はなんなんですか? 電気ってことは……手足の痺れとかですか?」

「いえいえ。手足の痺れは電流によるモノではありませんからね。彼の『症状』は……特にありません。」

「え?」

「彼に名前をつけた《お医者さん》が、調査の一環として彼を自分にとりつかせたそうなのですが……これと言った『症状』は発症しませんでした。」

「じゃあ、とりつかれても何も起きない……ヴァンドロームなんですか?」

「いえ、何も起きないわけではありません。名前をつけた《お医者さん》は、とりつかれた状態で数日過ごしてみたそうなのですが、そこでようやく身体の異変に気づいたのです。」

「異変?」

「首や肩が妙にこる、膝や腰が痛い……そんな状態になっていたそうです。」

「……? 肩こりが『症状』なんですか……?」

「いえ。それらが生じた原因を調べたところ……その《お医者さん》の身体のある数値が平常時とは異なる値だったそうです。」

「数値?」

「《トゥネール・ブルシエル》がとりついたことでおかしくなったモノ……その《お医者さん》の身体は、生体電流が乱れていたそうです。」

「生体電流? ……って……脳からの電気信号とかの事ですか?」

「それもありますが、生体電流というのはもっと重要な部位に関わっていますよ。」

 ということで、次へ生体電流について眼球マニアさんは教えてくれた。


 腕や脚を動かすのには脳からの電気信号が必要ですし、常時動いている肺や心臓も電気信号で動いています。確かに生体電流は身体を「動かす」為に必要ですし、そのイメージが強いでしょう。ですが、生体電流は「生きる」為にも必要なのです。

 人間の細胞一つ一つには決まった量のプラスイオン、マイナスイオンがありますし、身体を動かすエネルギーを作る物質の生成やたんぱく質の合成、細胞分裂にも生体電流は必要なモノです。

 それを主動力としているわけではありませんが、文字通り、人間は電気で動いているのです。そんな大切な生体電流が乱れてしまうと、身体の各部位に異常が生じる事になるのです。


「つまり、《トゥネール・ブルシエル》は何かしらの『症状』を引き起こすのではなく、何かの『症状』を引き起こしやすい身体にするのです。強いて言えば、彼の『症状』は『生体電流の乱れ』となりますかね。」


 そんな電気を操るSランクヴァンドロームと《ヤブ医者》の戦いは、何故か剣を使った戦いになっていた。

 目にも止まらない速さで繰り出されるトゥネールの突きを、まるで重さを感じさせない速さで振るわれる大剣で弾き、そのまま振り下ろすスッテンさん。それをもう一本の短いナイフような剣……確かマンゴーシュと言っていたか、それで受け流し、スッテンさんの態勢を崩したトゥネールは電流を帯びたレイピアをさっき以上の速さで突く。だけどスッテンさんの身体は、まるで何かに引っ張られるようにスゥッと後ろにさがり、それを避けた。

「なんと不可思議な! そなた、このトゥネールの知らぬ技術を持っておるな!」

『タダノカガクダ。シカシ……ゥワァタシモオドロイタ。ソノケン、カザリデハナイノダナ。』

「無論だ! マンゴーシュで敵の剣を受け流し、エペ・ラピエルで攻撃する! 近世までヨーロッパにおける白兵戦の基本戦術であった! 当時の達人を師事し、学んだのだ!」

 人間の剣術を学んだというのはすごいけど……スッテンさんもすごい。達人に学んだというトゥネールの言葉を信じるなら、それと対等に戦っているスッテンさんもかなりの達人だ。

「スッテンさん、意外と見かけ通りに剣が使えるんですね。」

 私がそう言うと、眼球マニアさんが笑った。

「いえいえ。コロリンはあらゆる面で見かけ通りではありません。あの剣術も……別に学んだわけではありませんよ。」

「え?」

「まだ知り合ってから日が浅いですが……コロリンがどういう人物なのかは理解出来ました。コロリンは確かに未知を解明するという探求心の塊ですが、それが向くのは「世界の仕組み」だけです。人間が人間を殺すために作った技術なんてモノに興味を示すとは思えません。」

「で、でもスッテン、すごい剣の使い手に見えルゾ?」

 さっきの似合わない表情から段々と戻って来たライマンさんが会話に入って来る。

「これは私の推測ですが……あの兜を通して見た光景を分析、相手の動きを先読みし、最適な攻撃というのを計算しているのでしょう。おそらく、あの鎧で身体能力も向上させてね。コロリンの中身は、どこにでもいる運動とはかけ離れた引きこもりの科学者だと私は思っています。」

 鎧の力なのか、もっと別の技術……科学なのか。スッテンさんはその大剣をまるで手足のように巧みに振るっている。加えて、よく見ると足が地面から数センチ浮いていたりする。

 映画に出て来るカンフーの達人のように、その鎧姿からは想像できないアクロバティックな動きでトゥネールの剣に対応するスッテンさん。

 超人的な動きは無いけれど、とにかく動きが速いトゥネール。

 二人の戦いは、映画のワンシーンよりはアニメのワンシーンに近かった。

『……ソノケンジュツハタシカニスゴイガ……ソノケンモソウトウスゴイナ。ドチラカトイウトソッチガゥワァタシゴノミノオドロキダ。』

「このトゥネールのエペ・ラピエル、『フードラ』の事か? もしくはこのトゥネールのマンゴーシュ、『クーホン』か?」

『リョウホウダ。ゥワァタシノケントブツカッテムキズトイウテンガオドロキダ。』

「ほう?」

『コノケンハナ、コノヨロイドウヨウニゥワァタシノギジュツガツメコンデアルノダ。ユエニ、アカンボウデモコウテツヲセツダンデキルクライニハナッテイル。ダトイウノニソノケンハキズヒトツツカナイ。オソラク、オマエノデンキノチカラナノダロウ?』

「いかにも! しかしそうか、そなたはそういう騎士であったか! ではこうして剣の決闘ができる事は奇跡のような偶然というわけか!」

『? ドウイウイミカヨクワカラナイナ。』

 トゥネールの剣が頑丈という話はそこで終わってしまい、また剣劇が始まった。二人は納得したようだけど私やライマンさんはさっぱりわからず、自然と眼球マニアさんの方を向いていた。私たちの視線を感じ、スッテンさんとは専門が少し違うであろう研究者である眼球マニアさんは、それでも説明してくれた。

 講師としての性か何かだろうか。

「これは科学……いえ化学ですね。物というのは、全て原子やら分子やらでできているのは知っていますか?」

「はい……」

「ではそれらが互いにくっつくのにどういう力を使っているかはご存知ですか?」

 私は久しく見ていない高校の頃の教科書を思い出す。

「えっと……何とか結合とか……電子とか……」

「それです。そう、電子です。大雑把な事を言うと、物を形作る原子や分子という部品は電気の力でくっついています。」

「電気……そウカ! 電気の力であの剣を強くしてるノカ!」

「そんなところです。電気の力をコントロールして金属の結合を強めているのです。スッテンの口ぶりからして……おそらく普通では考えられないレベルの強度になっているのでしょうね。」

 きっと、トゥネールの剣がそんな風にすごいからわからないんだろうけど、スッテンさんの剣も何かすごいんだろう。さっきさらりとすごい事言ってたし。

「ふふ! そろそろ頃合いか!」

 そう言ってスッテンさんから大きく離れるトゥネール。そしてレイピアを大きく後ろに引き、その根元にマンゴーシュを重ねた。

「得意技や必殺技は戦いの後半で出すモノと聞き及んでいる! いくぞ、スッテン!」

『ソンナコトダレカラキイタノカシラナイガ……ヒッサツワザ?』

「素晴らしい文化である! 叫ぶモノが名前なのだから!」

 そう言うと、トゥネールはマンゴーシュをレイピアの刃に沿って走らせ、振りぬいた。


「《プフプァ・フラッシェ》!!」


 マンゴーシュが空中に描いたその軌跡が、そのままかまいたちのように飛来した。ただし、形はかまいたちと表現できる三日月形だけど、それは電気でできていた。

 つまり……電気で出来た斬撃が飛んできた。

『ホホウ。』

 と、かなり余裕な一言を言いながら、スッテンさんはその斬撃を剣の……えっと腹って言えばいいのだろうか。横の平べったい側でバチバチというよりはゴロゴロと唸る雷鳴を響かせながら受け止め、そのまま斜めに受け流す。流された斬撃はスッテンさんの後方、スクールの校舎の一部を切り取った。

「さすがだ! ならばっ!」

 大きく引いたままだったレイピアが、雷が落ちた時みたいに一瞬ピカッと光る。


「《シュープヒ・ヴァーグ・イフォーツ》!!」


 トゥネールがレイピアを突きだすと同時にその剣先から真っ白な光が走り、スッテンさんを包んだ。これはたぶん、さっき眼球マニアさんと……先生を一撃で倒した攻撃だ。それをまともに受けたスッテンさんだったけど、一瞬の閃光の後に残ったのはどこも焦げてないし、煙もあげていないいつものスッテンさんの鎧姿。


『……アイニクトイウカ……』

 スッテンさんは何事も無いかのようにこう言った。

『カガクシャニデンキデイドモウトイウコトガソモソモマチガッテイル。』

「確かに! 電気は科学の伴侶と言える程の深い関わりがある! だがしかし、そなたが科学者という騎士を貫いているのと同様に、このトゥネールもこの力と共に意思を貫いて来た! 一度や二度防がれたと言って他の戦法を模索する程、このトゥネールの技術は底が浅くないのでな!」

『サッキモソンナコトヲイッテイタナ。ベツニゥワァタシハキシデハナイゾ。コノカッコウデソウオモッテケットウナドトイッタノナラワルカッタナ。』

「間違えてはいない! 確かにそなたの姿で騎士と思ったが、科学者とわかった今でもやはりそなたは騎士だ! 騎士とは役柄ではなく生き方であると、このトゥネールはその昔とある騎士から教わった!」

『イキカタ?』

「知性が! 理性が! 考える知能を持つにも関わらず言葉では説明できない感情に押されて動く愚かさ……しかし故に魅かれる生き方よ! 胸に渦巻くそれにそなたらは名前を付けたな! そう、信念と! そなたからは科学者の信念が感じられる! 人類をより良く導こうと、他者に奉仕しようという志が! そういうモノを貫く者を騎士と、そう呼ぶのだろう!」

 トゥネールが嬉しそうにそう言うと、スッテンさんは剣を構えたまま固まった。

『…………ジンルイヲミチビク? ホウシ? トンダソクテイミスダナ。オマエハ、カガクシャトイウジンシュヲミアヤマッテイル……』

「誤る? このトゥネールがか? しかし事実、世の為人の為とうたい、科学に邁進する科学者がいるではないか!」

 レイピアを突き出しながらの突進。スッテンさんがそれを防いだと思ったら、流れるように連続で突きが放たれる。そんな高速の連撃をこれまた高速の剣捌きでことごとく防ぐスッテンさん。

『ソレハ、リユウガナケレバカガクシャヲヤレナイショウシンモノガカガゲルリソウダ。マァ、タイハンノカガクシャガソウナノダガナ。』

「理想か! だがそう言うということは現実が! 真実があるという事だな?」

『ソウダ。スベテノカガクシャハヒトシク、アルヒトツノモノニツキウゴカサレテケンキュウヲオコナウ。』

「ならば問おう! それはなんだ、スッテンよ!」

 セリフの勢いもあってか、少し大振りになった連撃の中の一手。それを狙いすましたかのように防がず受け流し、トゥネールの懐に入り込んだスッテンさんは、ぼそりと質問に答えた。


『タンキュウシンダ。』


 トゥネールの腕の下、広さで言えば狭いそのわずかな空間の中でスッテンさんがぐるりと一回転する。「ぐるり」と言ったけど、その速さは一瞬のそれで、気づいた時にはスッテンさんがトゥネールの斜め後ろに立っていた。

 両腕を切断された、トゥネールの後ろに。

「よもや! このトゥネールの腕が!」

 腕を切断されるなんて、信じられないくらい痛いと思うけど……そういう素振りは一切なく、トゥネールは自分の腕が切られた事にただただ驚いているようだった。

『ソノケンドウヨウニ、オマエガジブンノカラダノキョウドヲアゲテイルダロウトイウヨソクハツイタカラナ。ゲンショウヲヘンコウシタ。』

「現象の変更? む、その剣、いつの間にそんなに輝きを増したのか!」

 見ると、スッテンさんの剣が光っていた。厳密に言えばその輪郭というか……剣の切れる部分が光っている。ちょうど、クリスマスに電球を飾り付けられて、家の輪郭が夜に露わになる感じに。

『エネルギーヲアタエレバブッシツノジョウタイハヘンカスル。キレナイノナラカタクナイジョウタイニヘンカサセルダケノコト。』

 スッテンさんの、別に自慢する風でもない学校の先生のような呟きに少し首を傾げていると、眼球マニアさんが少しわかりやすくしてくれた。

「つまり、切るのではなく溶かしたのですよ。」

「オオ! ライトセーバーダナ!」

 ライマンさんのその一言で私はわかった。スッテンさんの剣が光っているのは、刃先にレーザーのようなモノが走っているからだ。

 ライマンさんの言う通り、ライトセーバーみたいに。

「驚いたぞ! このトゥネール、剣を握ってからこれまで、剣を地面に落としたことなどなかったぞ!」

 トゥネールはレイピアを握った状態で地面に落ちている……血も出ていない腕に途中で切れている自分の腕を向ける。するとその断面からウネウネっとしたモノが何本か飛び出して落ちている腕の断面に張り付いた。そしてそのまま釣りでもするかのようにズルズルと引き戻し、ロケットパンチで飛ばした腕を再装着するような自然な流れで切断された腕をつけなおした。

 同様にもう片方の腕も装着しなおしたトゥネールは、腕をぐるぐる回しながら話を続ける。

「しかしそうか、探求心か!」

『ソウダ。』

 スッテンさんはトゥネールが行った再生に驚いたのかあきれたのか、肩を落として続きを語る。

『アレヲミツケタイ、コレヲツクリタイ、ソレヲコワシタイ、ミタイ、キキタイ、ソシテシリタイ。カガクシャノココロヲシメルモノハジブンノナカニハナイミチヲモトメルイシ。ソノツイデニ、フクサンブツトシテ、モシクハマワリノニンゲンガカッテニリヨウシタセイデ、ジンルイノコウケンナドトイウアリガタイカタチニナッテイルダケダ。カガクシャノホンシツデイウナラバ、タンキュウシテイタモノ……「サガシ」「モトメタ」モノニデアッタジテンデソノケンキュウハオワリダ。ソシテカガクシャハ、ツギナルミチヲモトメル。』

「なるほど! つまりそなたに感じるこの信念は純粋な探求心か! しかしまぁ、科学者の本質がどうであれ、研究する者というのにはこのトゥネール、格別の感謝を抱いている! 何であれ、そんなそなたと決闘を経験できるのだ、これはとても嬉しい出来事であろうよ!」

『カンシャ?』

「そうだ! そなたらが新しいモノを作るから、見つけるからこの世界には溢れているのだ! このトゥネールが最も気に入っているそなたら人間の文化の一つが!」

『ホウ? ツイデダ、ゥワァタシハカガクシャニツイテカタッタ。ナラバコンドハオマエガカタレ。ナゼ、オマエハニンゲンヲエサトシテミナイ? コロシタクナイトモイッテイタシ、オマエハレキシジョウ、イロイロナ《オイシャサン》ニイロイロナコトヲオソワッテイル。ソノケンジュツモソノカッコウモソウイウタグイダロウ。オマエニトッテニンゲントハナンナノダ?』

 スッテンさんの問いかけに、トゥネールは「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりの笑みを浮かべた。

「ふふふ! 昔はその質問には決して答えまいと誓っていたモノだ! 昔は圧倒的な存在を、人間は神と崇めていたからな! 下手に理由を言うとこのトゥネールに気に入られようと、本来のそれとは異なる趣向のモノが出来上がりかねない! しかし今なら良いだろうな! 信仰が廃れた今であれば!」

 短剣……マンゴーシュを鞘におさめ、レイピアをさげ、トゥネールは空いた左手を胸にそえる。

「人間の、文化に大いに関心を抱き、大いに感心しているからだ!」

『ブンカ?』

「そうだ! 四足歩行が二足歩行になっただけで急激に生まれ出した人間の風習だ! 習慣だ! 特にこのトゥネールが気に入っているのは――ふふ、何かわかるか、スッテン!」

『サァナ。』

「それはな、《名前》という文化だ!」

『ナマエ? ソンナモノヲキニイッテイルノカ?』

「わかっていないようだな、スッテン!」

 トゥネールはこれまた誰に向かってしゃべっているのか、舞台俳優のように空に向かって説明する。

「種族が同じならば見た目も同じ! しかし人間には他の生き物には無い高い知能がある! 故に、見た目は同じでも中身が全く異なる……そう、圧倒的な個性が存在している! だからこそ、個々をしっかりと区別する方法が必要だった! そうして生まれたのが《名前》という文化だ!」

『タシカニソウダロウガ……ソレガドウシタ。』

「そう急くな! このトゥネールも、《名前》というモノがそこで留まっていたなら興味は抱かなかっただろう! だがそうではないのだ! 個々の区別、つまりは差別化! あなたとわたしは違うという意味合いを強める《名前》が、だがしかし時に《名前》を持たない他の生き物以上の絆を生むのだ! 友人がいたとして、その者の事を思い出そうと思った時、その者に《名前》があるのとないのとでは思い出せる記憶の量に差が生じる!」

『……ジュケンセイナンカガタマニツカウモノノオボエカタミタイナモノダ。ナニカニカンレンヅケルコトデ、キオクノヒキダシヲアケヤスクスル。』

「理論はそうだがそれ以上であろうよ! 《名前》を呼び合う、それだけで個々の繋がりは強くなるのだ! 加えて、これは生き物以外にも効力を持つ! 世の中に多く出回っている大量生産の物だとしても、それに所有者が《名前》をつけただけで世界唯一の代物となり、その者とその物を強く結びつける!」

 トゥネールは空からスッテンさんの方に視線を戻した。

「個々の存在を強めると同時に同種族の関係性も強め、無機物にすら意味を与える! これが《名前》だ! 素晴らしい!」

『……ソンナスバラシイブンカヲウミダシタカラ、ニンゲンハコロシタクナイト?』

「それだけではないぞ! 例えば人間が生み出した技術からは多くを学ばせてもらった! このトゥネールの持つ電気の力、その特性や使い道、このトゥネール一人では思いも及ばなかった事を、人間のおかげで可能としたのだ! こちらに関しては純粋に感謝している! こういった数々の関心と恩恵を与えてくれたからこそ、このトゥネールは人間を殺めたくないのだ!」

『ソウカ。シカシソレトハンシテ、サッキハケットウヲタノシンデイルヨウニミエタガナ。』

「その通りだ! 互いの《名前》を誇りと掲げ、逆の道を行く者と対峙する……素敵な事だ! しかしそれも経験出来た故、正直今のこのトゥネールは満足しているのだ! 退いてくれるというのであれば、先も言ったが誰一人手出しはしないと誓おう!」

 トゥネールは……今の話からすると、本当に人間を攻撃したくないと思っているんだ。文化という、トゥネールでは生み出せなかったモノを生み出してくれた人間を……これからも新しい何かを生み出していくであろう人間を。

 だけど今、その大好きな人間の中に自分の命を脅かす力が育ちつつある。だから……とても嫌なのだけど仕方なく攻撃をしかけてきた……

「このトゥネール、ただ未来の最悪を防ぎたいだけなのだ! 勝手ながらも、このトゥネールも命は惜しい! そこに届きうる可能性の芽……さらなる「先」を見たいが為、これだけは摘まなければならないのだ!」

『オマエノイイブンハワカッタ。』

 スッテンさんは、だけど剣をスッと構える。

『ソレデモ、オマエトオナジリユウデ……ミライノカノウセイヲサカセルタメニ、ゥワァタシハタタカウ。ソレニ、モウヒトツリユウガデキタ。』

「む?」

『キホンテキニユウコウテキデモ、ナニカノカタチデテキニマワルカノウセイノアルオマエトイウソンザイ。マサニイマミタイニナ。オマエノチカラハイマノニンゲンシャカイニタイシテ、キョウイテキスギル。ソウ……ミライノサイアクヲフセグタメニ、ゥワァタシハイマ、ケンヲトッテイル。』

「……そうか! 未だに説得という手段に訴えたこのトゥネールが愚かだったか! 戦いの中で既に答えは出ていたということだな!」

『ソレハチガウナ。ハジメニイッタダロウ、オマエハココデオワレトナ。』

「遥か昔に言葉は要らず、か!」

 瞬間、トゥネールが物凄い速さでスッテンさんに近づいた。そして流れるように繰り出されるレイピアの連続突き。

『……ッ!』

 さっきまでとは全然違う速さの攻撃にスッテンさんの反応が遅れた。十数回防いだところで反応が遅れた分のツケがまわり、スッテンさんの剣は大きく弾かれた。両腕をあげて無防備になるスッテンさんの胸にレイピアの先端がこつんと当てられた。


「《テヒーブル・ルーァ》!」


 トゥネールが技名を叫ぶと、スッテンさんは身体に響く重たい雷鳴と共に後ろに弾き飛ばされ、スクールの校舎の壁に大きな穴をあけた。

「意思が変わらないのであればやむを得まい! 全力でそなたを倒す!」

 トゥネールのレイピアに電撃が走る。


「《シュープヒ・ヴァーグ・イフォーツ》!!」


 レイピアの先から放たれた雷はまっすぐにスッテンさんが開けた穴に向かう。校舎が黒く焦げる一瞬前、スッテンさんは穴から飛び出してそのままトゥネールに斬りかかる。スッテンさんの体重の乗ったその一撃は、だけどトゥネールのマンゴーシュでするりと受け流された。そしてそのまま、互いの剣の応酬が始まる。

 さっきまでは準備運動だったと言わんばかりに速さの増したトゥネールの攻撃に、スッテンさんは懸命に対応する。トゥネールの動きは本人が言ったように、マンゴーシュという短剣で相手の攻撃を受けてレイピアで刺すというモノで……別に剣術に詳しくない私でもトゥネールがそれしかしていない事がわかるくらいにそれを忠実に行っている。だけど、スッテンさんのびっくりするようなアクロバティックな攻撃にも動じずに受け流し、反撃している。

 攻撃は速くて防御も完璧。全くスキがないのだ。

『――ッ!』

 トゥネールの猛攻を受け、ついにスッテンさんの剣が手から離れて宙に舞った。これまで以上に無防備になったスッテンさんに、重たい一撃を放とうとトゥネールが構える。


「《テヒーブル・ルーァ》!」


 閃くレイピアがスッテンさんに届く刹那、レイピアとスッテンさんの間に割り込むモノがあった。

「ぬっ!?」

 それはさっき宙に舞ったスッテンさんの剣だった。スッテンさんを守るようにレイピアを止めたその剣は、スッテンさんが握っていないのに勝手に動き、そのままトゥネールを攻撃する。

「おおっ!?」

 驚いた顔で後退するトゥネール。その眼前では、ふよふよと宙に浮く剣を掴み、再び構えるスッテンさん。

「なるほどな! その剣、遠隔操作が可能であったか!」

『……マァナ。』

「そういう事が可能であるなら……そなた、何刀流にもなれるのだな!」

『……イチドニデキルノハサンジュウガゲンカイダガナ。』


「三十!」

 思わず私は声に出す。ロボットのアニメに出てくるような、本体とは別に動いて相手を攻撃する小さなビーム砲のように、スッテンさんはあの剣を三十本も同時に周囲に浮かせて操れると言うのだ。

 だけど、そう言ったスッテンさんはそのまま一本の剣を構えてトゥネールに向かって行った。

「あれ……スッテンさん、どうしてその……三十本の剣を使わないんでしょうか。」

「恐らく、それをやっても勝てないのでしょうね。」

 私の質問に答えてくれた眼球マニアさんは、私が思ってもいなかった事をさらりと言った。

「え、勝てない……んですか!? た、確かに攻撃は受けてますけど、スッテンさん無傷ですよ?」

 スッテンさんは剣劇に押されてトゥネールの攻撃を受ける事はあるけど、すぐに立ち上がって攻撃を再開している。

 きっと、博物館に置いてあるような甲冑をまとって挑んだとしてもすぐに壊されるか穴を空けられてしまうのだろう。だけどスッテンさんのそれはとても頑丈で、トゥネールの攻撃を受けても傷一つつかない。

「そう見えるだけですよ……気づいていますか? トゥネールが、さっきからコロリンの鎧の同じ場所を攻撃している事に。」

「え……?」

「それも寸分たがわずにね。サッカー選手がボールを同じ的に蹴り続けるのとはワケが違います。レイピアの先端の面積は……いえ、面積と呼べる程もないただの点です。それを同じ場所……コロリンの心臓のあたりに突き続けているのですよ。そうとわかって見ていると、そこが段々と窪んでいくのがわかります。いずれ……貫かれるでしょう。」

「そんな……」

「仮に三十本の剣を使ったとしても、三十の剣劇をするりと抜けて同じ突きを繰り出されてしまう……コロリンはそう考えているから……いえ、コロリンの事ですから計算して、それでも勝率が上がらないと判断したのかもしれませんね。しかし……」

 そこで眼球マニアさんは苦い顔をした。

「この状況を故意に作ったのだとすると、トゥネールは相当な切れ者ですね……」

「? どういう意味ですか?」

「考えてもみて下さい。あの現代科学を遥かに超えた技術を持つスッテンが生み出せる武力が、兵器が、あの剣だけだと思いますか? それこそSF映画のように、宇宙戦艦が装備しているような巨大なビーム砲の一つも作っていると思いませんか?」

 言われてみればそうだ。ものすごい技術を持っていて、しかもスッテンさんは《お医者さん》。普通の人は滅多に遭遇しない『戦い』というのを日常的に経験している。Sランクでなくても、Aランクにも厄介なヴァンドロームはいるし、単純に大きいのもいる。なら、その超技術でもっととんでもない武器を作っていてもおかしくない。

 そう……あのスッテンさんが剣一本でSランクのヴァンドロームと戦っているというのが変なのだ。

「しかしコロリンはああいう戦いをしている……これはあのトゥネールに飲み込まれているのです。」

「飲み込まれて……?」

「人間の姿で、人間の言葉を話し、人間の剣術で戦う……加えて決闘などという人間の風習で挑んできた。無意識でしょうが、今スッテンの目には『Sランクのヴァンドローム』ではなく、『超人的な剣術を使うフランス貴族』が写っているのですよ。そして決闘という言葉……だからついつい、コロリンは剣を抜いてしまったのです。」

 つまり……よく映画のラストシーンにある、男同士、拳でケリをつけようと言って敵が銃を捨て、主人公もそうする……みたいな感じだろうか。今のスッテンさんに合わせるなら、銃の勝負なら確実にスッテンさんの方が強いのに、トゥネールが拳を握ってファイティングポーズをとったから、別に得意でもない肉弾戦で戦う破目になった。

「コロリンは戦いにロマンを求める方には見えませんから、あえて合わせたわけではないでしょう。ただ単純に……何とは無しに……でしょうね。」

「じゃ、じゃあそれを教えてあげれば……」

「いえ、コロリンも自分のミスには気づいているはずです。しかし切り替えられない……トゥネールの攻撃が速く、そっちの対応に追われてしまう……別の兵器を用意する時間が無いのですよ。」

「それじゃあ……どうすれば……」


「オレが何とかしよう……」


 ふと聞こえたそんな言葉。ライマンさんの声でなければもちろん眼球マニアさんのそれでもない……と言うか、考えなくてもわかる一番聞き慣れている声。

「先生!」

 私の横で、先生がゆっくりと起き上がった。いつものニッコリ顔が視界に入ると同時に、私は思わず先生に抱き付こうとした。だけど、先生の身体が見えた瞬間にそれをやめた。

 先生の周りには墨がたくさん落ちている。それは焦げた服であり……先生の……皮膚やその下の細胞とかだ。死んでしまった細胞を《イクシード》さんが作りなおしたのだろう、先生の身体は真っ黒ではなかった。だけど……完全でもなかった。

 例えるなら人体模型。身体の所々の皮膚が……薄いのか無いのか、その下の筋肉などが見えている。

 そんな先生に私は何と言えばいいのかわからなかったけど、眼球マニアさんは素直に驚いていた。

「この短時間でそこまでの回復を……? 信じられませんね……」

「ああ、かなり無理してる。おかげで数日は寝込む事になりそうだけどな……しかもまだ完全じゃない……」

 先生は血管や筋繊維の見える自分の手を見てそう呟いた。

「だけど、そうも言ってられないみたいだ。このままじゃスッテンが危ないんだろ? 無理に無理を重ねるが……援護に入る。」

「先生!」

 私がそう言うと、先生は私の頭をポンと叩いた。

「死にそうな患者さんがいたとしも、家族が危ないならそっちに行くべきで……無理をする事になるけど死にはしないなら、友達を助けるべき……オレはそう思うんだ。」

 ライマンさんの頭もポンと叩き、先生はゆっくりと立ち上がる。

「……電撃を受けたのが上半身で良かったな……一応ズボンはある。」

 少し焦げているズボンをパンパンと叩く先生は、つまり上半身裸だ。

「《イクシード》、無理を重ねる。悪いな。」

『かかっ。構いはするが構わない。救えるモノがあるなら救うべきだ。』

 《イクシード》さんの声がしたけど……どこからしゃべっているのかはわからない。

「それで安藤、どうするつもりなのですか?」

 眼球マニアさんがスッテンさんとトゥネールの戦いを見ながら先生にそう聞いた。

「……人間の、人間サイズの戦いに飲み込まれているのはスッテンだけじゃない。トゥネールもそれに固執している。それをやめさせれば……あの《トゥネール・ブルシエル》の本来の姿を引きずり出せれば、きっと戦いは……こういう言い方はあれだけど、人対人から人対怪物との戦いになるはずだ。オレが入ることでスッテンにも時間を作れるし、人間の姿で無くなればスッテンもとんでも兵器を使えるだろう……」

「……具体的に、あなたの戦法は?」

「そんなもの無いさ。」

「はい?」

 眼球マニアさんは再び驚く。

「……オレはな、今からする事をできるようになる為に色々勉強したんだが……それでわかった事がある。人間ってな、全ての生き物が同サイズだとしたら、きっと最弱の生き物なんだよ。爪も牙もないし、何より弱点の腹を相手に見せつけてるんだ。腕が使えるからなんなんだ? 武器が持てるからなんだ? 武術が使えるからどうした? そんなモノ――」

 突然、先生の腕が膨れた。ゴキュゴキュという嫌な音をさせながら先生の腕が……変形していく。そして段々と……人間の腕からはかけ離れた、怪物の腕のようになっていく。

 そうだ、先生の話で聞いていたはずだ。先生の先生であるキャメロンさんは、腕を熊のようにして尻尾まで生やした。アルバートさんの話によれば先生も翼を生やしたことがあるという。

 つまり……聞いてはいたけど実際には見た事のない先生の、キャメロンさんと《イクシード》さんが生み出したという技術、二つの内の一つ……『身体支配』だ。

 故意に細胞を暴走させてガン細胞とし、その無限に細胞分裂を行う細胞をさらに加速させて大量の細胞を作り出し、それを自分の思う通りの形に組み上げる。

 先生は今、その力で自分の腕を――

「!! 先……生……」

 腕だけじゃなかった。膨らみ……つまりアルバートさんのような、ううん、きっとそれ以上の筋肉が胸や背中にもついていく。そして顔は分厚いプロテクターのようなモノに覆われ、気づいたら先生は……

『かかっ。さすがに骨を作る細胞を暴走させるのはきついな。一応急所は骨で作った外殻で覆ったが……あくまで生物的な硬度は超えない。無理はするな。』

「わかってる……オレの役目はすぐに終わるさ……」

 どこからか聞こえる《イクシード》さんの声といつもより三段階くらい低い先生の声。

 先生は先生でなく……筋骨隆々としたファンタジーにしか登場しないような怪物が先生のズボンをはいているというだけの生き物になった。

 真っ黒なその身体は二メートル強。腕は太くて長く、地面に指先が触れている。その指には恐竜のような爪があり、同じような爪が足にも生えている。尻尾も翼もないけれど、人型をしているだけの……怪物だった。

「……!! なんという……これが安藤、あなたが《ヤブ医者》たる所以ですか……恐ろしい技術です……生物を……いえ、自分の身体をここまで変えてしまうとは……」

 驚きと共に……恐怖しているのか、眼球マニアさんは一歩後ろにさがる。そんな眼球マニアさんの方を向く……先生。顔はごつごつしたモノに覆われていているから目も見えない。スッテンさんの鎧のように覗き穴のようにあいた場所から視線を感じるのみ。

 私もライマンさんも、日頃の先生からは想像できない姿に……少なくとも私は恐怖して先生から少し離れる。だけど先生は、その低い声でこう言った。


「これは人を救える力だ。」


 瞬間、先生の姿が消える。そして爆弾か何かが爆発したような音が響いた。

「な!? なんだそなた!」

 スッテンさんとトゥネールの方に視線を移すと、スッテンさんの横で……怪物……先生がトゥネールに襲い掛かっていた。

 トゥネールはレイピアを横にして、上からのしかかる先生の両腕を抑えているのだけど、トゥネールの足元はクレーターのように陥没していて、しかもその陥没はまだ続いている。

「!? もしやそなた、安藤享守か! ぬぅ、何という怪力! おのれ!」

 トゥネールの身体に電流が走ると同時に、先生の身体が光に包まれる。電撃を直に受けた先生は、だけど何事もなかったかのようにトゥネールを押し続ける。

「!! なるほど、これが《お医者さん》側で育ちつつある技術! このトゥネールをも脅かす力の正――」

 トゥネールの言葉が終わる前に、レイピアを抑えた状態で放たれた先生の蹴りがトゥネールの側面にめり込む。

「がぁっ!」

 ボキボキという不快な音がしたかと思うと、トゥネールは今日一番の速度でスクールの校舎に突っ込んだ。

『……キョ――』

 スッテンさんが声をかけようとしたけど、その前に先生の姿は消え、その一瞬後に瓦礫となったスクールの校舎から何かが打ち上がる。

 電気を操って異常な硬度になっていたレイピアは折れ、フランス貴族の服もボロボロになったトゥネールが宙を舞っている。そこに黒い塊が近づいたかと思うと、そこから地面まで真っ逆さまに落下……いや、叩きつけられた。

「ご、がぁっ! げほ、ま、まさかこれほど――」

 腕があらぬ方向を向いているトゥネールが立ち上がったかと思うと、間髪入れずに先生がその暴力的な腕を真上から叩き込む。


 そう……暴力だ。さっきまで速いと思っていたトゥネールの速さなんて軽く超えて、硬いと思っていた剣も軽く砕いて……人間の生んだ決闘という土俵で、人間の生み出した剣術と科学がしのぎを削っていたあの場所に、圧倒的な暴力が入り込んだ。

 Sランクのヴァンドロームが、生物的に圧倒的な存在だと何度も聞かされたけど……それがどういうことかを、私は今理解した。

 凄い武器も、凄い技術も……『それがどうした』と言わんばかりに粉砕していく存在。何をやった所で意味がない……今の先生は、そういう存在なんだ。

 同じくそういう存在のはずのトゥネールは……きっと、人間の姿だから……刃が立たない。人間の技術をいくら超人的に扱おうと、それが人間の技術である時点で……無駄なんだ。


「おおおおっ!」

 起き上がりざま、折れたレイピアを振り上げるトゥネールだったけど、その腕は先生の鋭い爪で引き裂かれた。そして先生のもう一方の腕から放たれた巨大ながらも超速のパンチを受け、トゥネールは地面にわだちを作りながらふっ飛ばされ、身体が半分ほど埋まった状態で停止した。

「……どうだ? 人間って弱いだろ。」

 低い声で、先生が動かないトゥネールに言った。

「速く走る脚もない、獲物を切り裂く爪もない、骨を砕く牙も無い、身を守る甲羅も外殻もない。あるのは自由に動く腕と知能……それじゃあ……オレには勝てない。」

「……そのようだな……」

 口から血を流しながら、曲がった左腕で無くなった右腕をかばい、ちぎれかかった両脚を広げるトゥネール。

「まさにこれである……このトゥネールが恐れているのは。今はまだそなたしかいないが……《オートマティスム》がそれに続くだろう……もしかしたらまだ見ぬ可能性も……故に、その芽は……摘まなければ……ならん。そしてやはり――」

 その時、トゥネールは今までの雰囲気とは少し違う感じで呟いた。


「そちらには間に割り込む者がいるが……このトゥネールには名を呼ぶ者が……いない!!」


 雷が落ちた。正確には、雷が打ちあがった。

 トゥネールが雷鳴を轟かせる光の柱につつまれ、咆哮する。人間の姿がぐにゃりと粘土のように潰れたかと思うと、別の形になっていく。

 二本足でなく四本足。腕はなくなり、首は長くなる。二メートルにも届かなかった身体は今や三メートルはあるか。

『そなたを、殺す!!』

 光の柱が弾け、トゥネールがいなないた。

 すらりとした四本足に風を受けるしなやかな体。前面に突き出た太い首に、細長い頭。

そう、シルエットとしては馬だ。だけど、私の知る馬にはないモノがトゥネールにはあった。頭から足の付け根にかけて、全身を覆う青色の……鱗のような物。頭から尻尾の先まで続く金色の、電流を帯びた毛。そして……目の少し上あたり、頭の中央に生える一本の角。

 馬は馬でも……ユニコーンだろうか。

「ユニコーンダ!」

 私が思うのと同時にライマンさんが叫んだ。

「白くないけど……ユニコーンの正体はヴァンドロームだったノカ!」

「いいえ……あれはユニコーンというよりは……中国の霊獣、チーリンに近いかと。」

「おお、チーリン!」

「……なんですか、チーリンって。」

 私がそう言うと、眼球マニアさんは一瞬黙り、そして思いついたように一指し指をピンと立てる。

「日本ではビールの名前で有名なはずですよ。チーリンは別名、麒麟です。」

「麒麟……」

 そういう名前でトゥネールを見ると、確かに鱗が龍みたいだし、電気を帯びていたりと妙に神々しい所がある。もしもトゥネールに出会った《お医者さん》が中国人や日本人で、トゥネールがこの姿で登場していたら、その名前はチーリンか麒麟だっただろう。


「スッテン……」

 トゥネールに気を取られていて気づかなかったけど、見ると先生がいつもの先生に戻っていて、スッテンさんの隣に座っていた。

「オレはもう動けない。あとは頼んだ。」

 そして先生はそのまま大の字に倒れた。

『……アア、マカセテオケ。』

 スッテンさんは……兜のせいでわからないけど、先生を見て少し笑ったような気がした。そしてスッテンさんは雷獣と化したトゥネールの方を向く。

『……エスランクニハナニヲシテモカテナイトイウノガツウセツダ。タトエカクバクダンヲトウカシヨウトモ、トナ。』

『む? 安藤享守はどうした?』

『ダガ、ツウセツヤジョウシキトイウノハヘイキンカラハジキダサレルアタイニスギナイ。ソコニトクイテンヤレイガイハフクマレテイナイ。』

『なるほど、あの力……そう長くは持たないわけか。しかし、それは先ほどこのトゥネールの攻撃を受けた故だろう……完全な状態であれになられた時、このトゥネールは……』

『トゥネール。』

『? なんだ、スッテン。』

『セッカクカイセツシテイルンダ、キケ。カガクシャノタンキュウシンニハシラシメルヨロコビモフクマレルノダゾ。』

『?』

『オマエハキョーマノギジュツバカリキニシテイルガ……ソレイガイニモメヲムケルベキダトイッテイルノダ。』

『……そなたの科学技術の事を言っているのか? 確かに驚くべきものだが……今の所、脅威は感じないぞ。』

 本来の姿……なのだろう。電気を帯びた麒麟の姿になったトゥネールの……何と言うか、存在感はさっきまでのフランス貴族とは比べ物にならない。私は経験が無かったけど、上級のヴァンドロームに会うと、自分が目の前の生き物よりも格下だと感じる事があるらしい。たぶん私が今感じているこの恐怖はそれだ。

『ダロウナ。コンナゥワァタシラシクナイタタカイノナカデシカヒロウシテイナイギジュツナド、ジユウケンキュウレベルダ。』

『ほう? ならばまだまだ上があると?』

『ソウダ。オマエノマエニイルノハカガクシャダ。アマリカガクヲナメルナヨ。』

『ならばその力でこの決闘の再開とゆくか? 最早形式も何もなくなってしまったが……そなたが全力を見せるというのであれば、このトゥネールも相応の力で答えよう!』

 ついさっき、先生によってボロボロにされたトゥネールだったけど……それは別人か、あるいは幻だったのではないかと思うほどに、今のトゥネールは凄まじかった。

『ミセル? ソレハムリナソウダンダナ。ゲンショウカラソウゾウシロ……アア、ダガ、ゥワァタシハオマエニコンナセリフヲオクロウトオモウカラナ、ツジツマノアワナイカイワニナルガ……マァイイダロウ。』

 だけどスッテンさんもスッテンさんで、さっきまで苦戦していたのは演技だったのかと思うほどにすごく落ち着いている。先生の言うとんでも兵器の準備ができた……のだろうけど、今のトゥネールを前にしてその態度でいられるというのは……正直どんな兵器なのか想像がつかない。

『コレゾドコマデモイクカガクノシンズイダトゥワァタシハオモッテイル。ザンネンナガラ、コレヲイッタノハキジュツシダガ。』

『ふむ、伺おう!』

 姿は変わっても口調が変わらないから変な感じのするトゥネールに対し、スッテンさんは持っていた剣を天に掲げてこう言った。


『ニンゲンハソウゾウヲコエルコトガデキル。』



 この戦いにおいて、最大の光が放たれた。周囲の物から色が消え失せ、全てが白く染まる。

 何が起きたかよくわからない。ただ一つ言えるのは、その中心にはトゥネールがいたということ。



 たっぷり五秒くらい続いた光の爆発。チカチカする目をこすり、現状の把握を試みる。とりあえず、スッテンさんが立っているのが見えた。となりに寝っ転がっている先生も見えた。肝心のトゥネールは――

「え……?」

 トゥネールはいた。光の爆発の前と同じ姿勢で、四本足で立っている。

 ただし、その色は真っ黒だった。

『か……あ……』

 絞り出したかのような声が聞こえたかと思うと、青かった鱗がボロボロと灰になり、はがれていく。そして最後に、トゥネールはそのまま横に倒れた。



『オドロイタナ。シジョウハツ、エスランクヲタオシタモノニナルトオモッタンダガナ。マダイキテイルカ。』

 『身体支配』による肉体改造をあんな完治していない身体でやったせいか、オレは少しも動けずに寝転がっていた。本来なら激痛に襲われ、のたうち回るか気絶しているのだろうが、そこは《イクシード》が痛覚を遮断してくれている。

 そんなオレのすぐ近くで、さっきのオレみたいに黒焦げになったトゥネールとスッテンがしゃべっていた。

『ふ……だが今のこのトゥネールであれば、命を絶つのも容易であろうよ……しかし……一体何をしたのだ……』

 あれだけ強大な存在として真の姿を見せたトゥネールがたった一撃で黒焦げになった。起きたのはなんだか眩しい光だけ。んまぁ、こういう状況になって欲しかったからオレは身体をはったわけだが……実際に起きてみると何が何だかさっぱりだ。スッテンのとんでも科学はとんでもなさすぎて理解を超える。

『タイシタコトデハナイ。ホントウナラモットスゴイノヲミセタカッタンダガナ……バショトジカンガワルカッタ。』

 空を見上げるスッテンは、首だけ動かしてトゥネールを見下ろす。

『タシカニ、イマノオマエナラヨウイニタオセルダロウガ……ソノマエニカクニンシテオキタインダ。オマエ、サッキキニナルコトヲイッテイタカラナ。』

『ふむ?』

『ナマエヲヨブモノガイナイ。オマエハソウイッタナ。』

『……! つい口に出てしまったか……恥ずかしいな。』

『ホカノダレカデアレバ、オマエヲココマデオイツメタダンカイデソンナコトキニモシナイダロウガ……ゥワァタシハ……ムカシノジブンヲミタヨウナキガシテナ。』

『昔の……?』

『ナマエヲスバラシイブンカトイッタガ……ソレハオモテムキナノダロウ? オマエガナマエニソコマデノカンシンヲヨセルホントウノリユウハ……ナンダ?』

 たぶん、興味本位ではない。顔は見えない……というかどっから見ても顔は見えないが、今のスッテンはかなり真剣な表情だろう。そんな口調だ。

『……今は……平和な時代のようで、戦争というモノをめっきり見なくなった。』

 スッテンという敵を前にしてだが、その口調は敗れた者の諦め……隠す理由もないといった感じにトゥネールは語りだす。

『しかし昔は、四方のいずれかを眺めれば戦乱が目に入ったモノだ。戦いそのものには何ら興味はない。だがな……戦場という普段と異なる極限環境においては、このトゥネールの心を突き刺す光景が幾度となく繰り広げられるのだ。』

『コウケイ?』

『……ある一人の兵士がいた。その者は負傷し、もう戦えないし動けない。死を待つだけのその者を見ていると……聞こえてくるのだ。その者を呼ぶ声が。名前を叫ぶ声が。そうして現れたもう一人の兵士は、傷ついたその者を担ぎ……治療を行う部隊へと運ぶ。そして数日後、ベッドに横たわる兵士は、自分を助けた兵士の名を呼び……感謝するのだ。』

『……キズツイタナカマヲタスケル……メズラシクナイコウケイダナ。』

『そうか? このトゥネールにとっては……嫉妬すら覚える光景だ。』

『?』

『生まれた時から同胞に囲まれているそなたにはわかるまい……このトゥネールの、いや……Sランクと呼ばれるヴァンドロームの孤独を。』

 トゥネールの言葉に若干の熱がこもった。

 Sランクというのはヴァンドロームの突然変異体だ。人間には突然変異なんてそう起こるモノではないから縁遠い話に思えるが、例えば四つ葉のクローバーは三つ葉の突然変異体だ。そういう現象が起きやすい種族もいるという事で、ヴァンドロームもそうなのだろう。

 幸運の象徴となっている四つ葉のクローバーだが……果たして、四つ葉のクローバー自身は幸せなのか。周りを見たら自分と同じ姿のモノがいない状況……

 ああ、そうか……強大な力を持っているからなんだというのか。Sランクというのは……昔のオレと同じく、灰被りだったわけか……

『名前を呼ぶ……いや呼び合うというのは即ち、互いが仲間であると言う証。便宜上仕方なくという薄い関係も確かにあるが、その関係は時に片方の、もしくは双方の命を救うモノにまで昇華する。そういう関係を生む《名前》というモノを――』

 そこまで言ってトゥネールはふふっと笑った。

『いや、取り繕うのはよそう。そうだ、このトゥネールはな……仲間に憧れているのだ。そういう存在が欲しいのだ。』

『……』

『先ほどの決闘……あのままであればこのトゥネールが勝ちを得ていただろう。そうはならなかったのは、そなたの仲間が……まだボロボロの身体をおして駆けつけたからだ。しかしこのトゥネールが追い詰められても、こうして地面に横たわっても……このトゥネールの名を叫びながら駆けつける者はいないのだ……』

『……』

『自らへの被害を考えず、時に命を捨ててまで駆けつける仲間が欲しいのだ。時に自らの全てを賭けてまで助けたいと思える仲間が欲しいのだ。そうして……そうして……あの時は……危なかったと……互いを褒め…………《名前》を……呼び合いたい……なぜ、なぜなのだ? なぜこのトゥネールには……同胞がいないのだ……』

 馬の姿……いや、この場合中国の麒麟というのがしっくりくるか。そんな姿のトゥネールの表情を読み取るなんてことはオレにはできない。だが……その瞳から漏れる涙は間違いなく本物だ。

『……クワエテ、アットウテキナチカラヲモツオマエノマエニ……オマエヲダトウシウルチカラガアラワレタ。ナカマノイナイオマエノマエニ、オオクノナカマヲモツニンゲンガオマエヲコロシウルチカラトトモタチフサガロウトシテイル。』

『…………仲間は……単純な足し算ではない。たった二人の人間が奇跡のような結果を残す光景を、このトゥネールは何度も見てきた……Sランクの力を使った技術、そのものに恐怖はない。このトゥネールもSランク……よい勝負になるだろう。だが……その力を持つのが人間なのだ。仲間と共に多くの奇跡を起こしてきた……力の上が未知数なそなたらに対し、このトゥネールの天井は今以上にあがることはない……このトゥネールが焦がれた存在は、ついにこのトゥネールの命に届きうるところまで来てしまったのだ……』

 人間と同じように、悲しみながら震える声でそこまで語ったトゥネールは、乾いた笑いを漏らす。

『《名前》を呼び合う仲間のいるそなたらがこのトゥネールと同等の力を……手にした。そなたらは《お医者さん》でこのトゥネールはヴァンドローム。今は双方に意思が無くとも、いずれは剣を交える運命。そうなった時、このトゥネールは……ふふ…………勝てるわけが、ないではないか…………だから、このトゥネールは……』

『ソウカ……』

 スッテンは、今まで立って話を聞いていたのだが、突然しゃがみこんだ。その顔を、トゥネールの顔に近づける。

『グンヲヌイタソンザイ、イギョウ、キョクタンナレットウ。シュウイトコトナルトイウノハタシカニ、コドクニツナガル。ゥワァタシモソウダッタ。ダガナ、ソレデモデアエルモノナノダ。ドウホウトカナカマトカソンナタイソウナモノデハナイガタシカニソウイウカンケイニ。』

『何を……?』

『ダイタイイマミタダロウ。キョーマト《イクシード》ヲ。アレハドチラカガドチラカヲシハイシテイルワケデハナイ。オマエノイウ、ナカマダ。ケンヲマジエルウンメイニアルラシイフタリガアアナッテイルノダ。』

『……ああ、羨ましい限りだ。きっと奇跡のような何かが――』

『オキテイナイ。キセキナドデハナイ。』

『な……』

『タシカニフタリノデアイハキセキヤウンメイトイウチュウショウテキナモノデセツメイセザルヲエナイガ……ソノカンケイガアアナッタノハキセキデモナンデモナイ。タダノヒツゼンダ。』

 スッテンはチラリとオレの方を見た。その顔は、んまぁ見えないんだが、真剣ながらも微笑んでいるように感じた。

『アトニナッタラドウシテソウナッタノカモオモイダセナイヨウナチイサナキッカケ。ソレガダイイッポナノダ。オマエノミテキタナカマタチモハジメハソノマエノダンカイダッタハズダ。』

『前の段階……』

『シュミガオナジダトカハナシガアウトカ……イロンナリユウハアレド、ソノスベテハタガイガタガイニキョウミヲモツトイウコトニシュウヤクスル。マズハソコカラナノダ。オマエハイクツカダンカイヲトバシタモノヲモトメテキタヨウダナ。』

『……! だが今更だな……それがわかったところで……』

『ソウカ? ナァ、トゥネール。ゥワァタシハオマエノチカラニオオイニキョウミガアル。ソノデンキヲアヤツルチカラ、カガクシャトシテハノドカラテガデルシロモノダ。』

 そこでようやく、オレはスッテンが何をしているのかわかった。わかったオレは……スッテンが《ヤブ医者》になった理由を思い出す。

『スッテン……そなた……』

『オマエハドウダ? ゥワァタシニキョウミハアルカ。』

 スッテンは淡々としゃべるし、理論的にそれを説明している。だけど他人事のように言っているわけではない。かつての自分のようなモノを見つけ……今の自分ならできることがあると感じたのだ。そう、スッテンは――

『ふ……ふふふ……』

 それを察したのか、トゥネールはその涙をさらに流しスッテンの方に顔を向けた。

『こ、このトゥネールは……そなたの……ふ、その顔を……素顔を見てみたいぞ、科学者よ。』

『ソウカ。』

 そう言いながら、スッテンは黒くなったトゥネールの前足を掴み、上下に振る。


『ナラバゥワァタシタチハイマカラ……トモダチダ。』





「あら享守。そろそろ汗をかいたんじゃないかしら? ああでもそんなんではシャワーも浴びられないわね。仕方がないわ、わたくしが身体を拭いてあげましょう。スッテン、タオルはどこかしら?」

「ちょちょちょ! 別に汗はかいてない!」

『ソウダゾ。ヘヤノオンドカンリハカンペキダ。ココニクルマエニウンドウデモシテキタノナラハナシハベツダガ、イマノキョーマニソンナコトハデキナイ。』

「スッテン、余計な事は言わなくていいわ。そうだわ、アルバートがいるのだから室温が上がっているに違いないのだけれど。」

「む? そうか? だがしかしそうであるなら、安藤の身体はワシが拭こう。ひょろっとしてはいるが大の男一人を拭くにはファムよ、お主の筋肉は足りん。」

「アルバートも余計な事は言わなくていいのよ。」

 さっきまで私が押していた車いすを、私が手を洗っている内にゲットしてちゃっかりと先生の後ろに陣取ったファムさんがとても嬉しそうに先生を見下ろし、そして身体を拭こうとしている。

 対して先生は車いすに座っている。別に罰ゲームでもなんでもなく、単純に今の先生は身体がほとんど動かないのだ。

「え、安藤先生なら昨日拭いたから大丈夫ダゾ?」

 ホケッとそう言ったライマンさんだったけど、ファムさんからとってつけたような笑顔を向けられてビクッとなった。


 ここはスッテンさんの家。いるのはスッテンさん、アルバートさん、ファムさん、先生、ライマンさん、私。診療所の面々と先生の友達がそろった感じだ。

 スッテンさんの家といっても海外というわけではない。ここは日本だ。

 そう……スッテンさんが日本に引っ越してきたのだ。何故そうなったかというと――

「客人よ! 紅茶をいれた故、飲むと良い!」

 何だか見慣れない電子機器が並んでいるからそうは見えないんだけど、たぶんキッチン的な場所からティーカップをおぼんに乗せてフランス貴族が現れた。

「む、新しい顔があるな! ならば名乗ろう、このトゥネールの名は《トゥネール・ブルシエル》! そしてこの剣の名は――おっと、今は部屋だったな! まぁよい、そなたらの名は!」

「ほう、お前がかの有名な《トゥネール・ブルシエル》か。ワシの名はアルバート・ユルゲンだ。よろしくな。」

「わたくしはファム・ヘロディア。まだ籍はいれていないけれど、享守の妻よ。」

「んなっ!?」

 ファムさんの当たり前のような自己紹介に先生が驚愕する。

「なんと! そなたには妻がいたのか! そうと知っていればあの一撃、多少は加減したのだがな! しかし何やら奥方がそなたの介抱を楽しんでいるようであるから結果良しというところか!」

 紅茶を机に並べながらそう言うフランス貴族は……まぁ、さっき名乗ってたけどトゥネール……いや、トゥネールさんだ。相変わらず頭の横にちくわが並んでいるような髪型だけど、服装は前より華美じゃない。金色のひらひらはなくなって……なんというか、より現代に近づいたフランス貴族という感じだろうか。白タイツとかぼちゃパンツはなくなり、スーツっぽいズボンをはいている。

「なんだか服が普通になっタゾ!」

 ライマンさんがそう言うと、トゥネールさんは背筋を伸ばして何やら雑誌のモデルさんみたいなポーズをとる。

「貴族と言えばあの格好であったはずなのだがな! スッテンによるとあれはもう古いらしい! 人間の営みは矢のごとくよ! 故にトレンディなスタイルにしたのだ!」

 百年以上も前の格好を最新と思っていたらしい。

「髪型はそのままなノカ?」

「? 変える理由が見当たらないな!」

 スッテンさんは髪型については何も言わなかったようだ……

「しかしスッテンよ、なぜにこんな場所に引っ越したのだ?」

『コンナバショトハシツレイダナ。コノアタリハスベテカイトッタカラ、イマハチカヲケンキュウシツニカイゾウチュウダ。カンリョウスレバマエヨリモイゴコチノヨイバショニナル。』

 スッテンさんの新居は山の上に建っていて……今のが聞き間違いでなければこの山を買い取ったらしい。そして山の中を研究室に改造しているようだ。

「あー、そういう意味ではない。土地の話ではなくて位置関係の話だ。都心でもなく、田舎でもなく……なんというか、この場所を選んだ理由が見えないのだ。」

『アア。ソレハコノバショガキョーマトキトーノチョウドアイダダカラダ。』

「?」

 アルバートさんが首を傾げて車いすの先生を見た。

「オレがいる診療所と鬼頭がいる病院の丁度真ん中ってことだ。」

『フフフ。ハレテゥワァタシモエスランクトセイカツスル《オイシャサン》ダカラナ。ケイケンノナガイキョーマト、ヴァンドロームトノコウリュウヲケンキュウスルキトーノチカクニイタホウガナニカトアンシンダロウ?』

「それはそうだが……一つの地域に《ヤブ医者》が三人とは……《デアウルス》がよく許可したな。バランスがどうとか言いそうだが……」

『タシカニシブッテハイタガナ。ソレヨリモトゥネールヲカクジツニセイギョカニオキタイノダロウナ。』

「何はともあれ、これで《お医者さん》側にSランクが四体だものね……《パンデミッカー》とのパワーバランスが大幅に崩れてしまったのだから、逆にそのあたりはしっかりして置きたいのでしょうね。」

 信じられないくらい様になって紅茶を飲むファムさんがそう呟く。私の左手の《オートマティスム》と《イクシード》さんとトゥネールさん、そこに《デアウルス》さんを加えるとSランクは全部で四体……この前眼球マニアさんが言っていた戦力とかバランスで考えれば、今天秤は《お医者さん》側に大きく傾いている。

 生物的に圧倒的……この前の先生の変身を見て、私はSランクの……戦力としての価値みたいなモノを実感した。きっと《パンデミッカー》は今、相当焦っている。しかも今回の《お医者さん》側への戦力追加はこれまでと比べ物にならない。超科学を使うスッテンさんと電気を使うトゥネールさんのコンビはあまりにベストな組み合わせだ。

『ア、ソウイエバトゥネールトハナシテオモシロイコトガワカッタゾ。』

「なにかしら?」

『《パンデミッカー》タチニトッテノ『カミ』ニツイテダ。ソイツガドウイウエスランクナノカ、トゥネールガシッテイタンダ。』

『かかっ。それは興味深いな。』

 いつの間にか先生の膝の上に《イクシード》さんが座っている。

『かかっ。恐らく《デアウルス》もそうであろうが、我が知っているSランクはかつて一回だけ行ったSランク同士の集まりにいた者だけだ。その中には『ウイルス感染』などという力を持つ者はいなかった。』

「それはそうだろうな! あやつが封印されたのは今でいうところの神話の時代だからな!」

『かかっ。そんなに昔の事だったのか?』

「そなたはもう生まれていたか? 《イクシード》よ。」

『かかっ。忘れたな。』

「案ずるな、このトゥネールもだ! 今でこそ数字というモノがある故、数えるという事が叶うが……それが無い頃は単なる感覚だったからな!」

 ちょっと想像もつかない単位の昔話をしている二人を、私は目をパチクリさせながら見ていた。

「それでもあやつはきちんと名を持っていた! 伝説によると人間が名づけたようだ!」

『かかっ。人間がいた時代なのか、それとも神話なのか、後の誰かが名づけたのか、イマイチ合わないが……まぁいいだろう。それで、そのSランクの名は?』

「あやつの名は《カタクルスモス》! 『症状』は知っての通り、『ウイルス感染』だ!」

『かかっ。噛みそうな名前だな。そうか……《カタクルスモス》か……』

 瞬間、部屋の気温が一気に十度くらい下がったような気がした。押しつぶされそうな圧迫感と、全身を震わせる恐怖。その真っ黒な渦の中心にいるのは顔のない、だけど明らかな怒りを漏らす小さな……ぬいぐるみ程の生き物。

 《イクシード》さんが怒っている。

 そうだ……その《カタクルスモス》というヴァンドロームの力でキャメロンさんは死んだ。

そのヴァンドロームの意思では無かったとか、当の本人は封印されているとかそんな事はどうでもいい。ただ、自分の家族を殺した力への……怒りだ。

「《イクシード》。」

 そう言って先生が《イクシード》さんの頭に手を置く。

『……かかっ。すまないな……』

 その一言で場の空気が元に戻った。トゥネールさんと先生以外、全員が冷や汗を拭う。

「それで、トゥネールはそいつの事をどこで知ったんだ?」

 《イクシード》さんのほっぺを引っ張ったり押したりしながら先生が聞いた。

パンデミッカーという組織が出来上がった時に興味を持って接触したのだが、その際に聞いたのだ!」

「……誰から?」

「アウシュヴィッツという男だ!」

『かかっ。まぁそうなるだろうな。まったく、せっかく所属していたというのに我とキャメロンは自分の目的だけに進み過ぎたな。あの建物のどこかに『神』の身体とやらがあったかもしれんのに……』

「その頃は二人とも、自分たちが《お医者さん》になるなんて思ってなかっただろうから……しかたないさ。」

 なんとなく場がしんみりしたところで、別にそれを明るくしようと思っての事ではないだろうけど、ファムさんが割と真剣な表情で呟いた。

「わたくしも引っ越そうかしら……」

「……どこに?」

 答えはわかっているだろうに、それでも先生はそう聞いた。

「甜瓜診療所かしら。」

「直接過ぎる!」

「あら、わたくしと一つ屋根の下は嫌かしら? あ、もしかしてわたくしの部屋が無い事を気にしているのかしら? それなら問題はないわ、享守と同じ部屋で生活するのだから。」

『ヒトツノイリョウシセツニフクスウノ《ヤブイシャ》トイウノハレイガナイナ。《ヤブイシャ》トイウノハキホンテキニドクソウシテキタモノダカラナ。』

「ふむ。ただでさえ多いというのにファムまで加わると……ふふ、この付近の住人は《お医者さん》に困らんな!」

「オレが! 色々と困るわ!」

『マァ……ゥワァタシノバアイ、シカタノナイブブンハアッタニセヨ、マエマエカラヒッコシハカンガエテイタコトダ。ロシアハサムイシナ。』

 ロシア? スッテンさんはそんなところに住んでいたのか。

「……そもそもなんでロシアにいたんだ? というかスッテンは何人なんだ?」

『ロシアニテイジュウシテイタワケデハナイ。タマタマケンキュウノカラミデイタダケダ。ソシテゥワァタシハ……フッフッフ、ヒミツダ。』

「……んまぁ、何人でも今更驚かないけどな。」

『ウチュウジンカモシレナイゾ?』

 そんな事を言いながら、ストローでティーカップの中の紅茶をずずずと飲むスッテンさん。

「先のバランスの話に戻るが――」

 大きな手に小さなティーカップを持ってサイズが合わない事この上ないんだけど飲み方はファムさんのように上品なアルバートさんが「やれやれ」という顔をする。

「この崩れたバランス……そろそろ《パンデミッカー》側も本腰を入れるのではないか?」

「……ランカーか。」

 アルバートさんの懸念を先生が具体的に言う。

 ランカー。先生の話によれば、《パンデミッカー》における実力者たちのこと。この前現れたアリベルトという人は今の《パンデミッカー》のトップらしいから、ランカーという形で言えばあの人がナンバーワン。

「でもさ、Sランクのトゥネールを倒しちゃったスーパー科学者のスッテンがいるんだし、もう何も怖くない気がするケド。」

『ゥワァタシガダレヲタオウソウトモ、ダカラトイッテコノサキコワイモノナシトイウワケデハナイゾ。《オイシャサン》ヤ《パンデミッカー》ノタタカイハアイショウガオオキクサヨウスルカラナ。』

「その通りだ! 今回、このトゥネールはスッテンに敗北したが、そこの《オートマティスム》であったならスッテンの攻撃を一撃も受けずに勝利していただろう!」

 私の左手に視線が集まる。《オートマティスム》はそんなにすごいヴァンドロームなのか……

「だがだからと言って《オートマティスム》が無敵と言う訳でもなく、場合によってはあのノロマな《デアウルス》に敗北する可能性もある!」

『かかっ。この世に最強などはおらず、そう呼ばれている連中は単に自分の力が最大限に引き出せる環境と今の世界が似ているからそうなっているだけだ。まぁ、だからと言って人間の赤ん坊がライオンなどに勝てる条件があるなどとは言わないがな。』

「じゃあ、スッテンがトゥネールに勝ったのは相性が良かったからなノカ?」

『かかっ。まぁそんなところだ。言うなれば、運が良かった。』

「運も実力のおうちっていウヨ?」

 あんまり納得いかない様子のライマンさん。

「ふふふ、《お医者さん》の治療と同じ事よ。《ヤブ医者》と呼ばれているわたくしに治療できないヴァンドロームがいるかと思えば、それはあなたにとってはとても簡単にできてしまったりね。」

「オオ! そういえばそんな事習ったタゾ!」

「まぁ……そんな《お医者さん》において万能に最も近いのが享守ということなのだけれど。」

 ファムさんが先生を横目で見る。

「万能か……ちょっと無理するとこの様だけどな。」

「安藤には基本的な力が足りぬのだ。筋肉をつけろ!」

 アルバートさんのポージングが始まる。みんなと一緒に笑いながら、私は今回の出来事を思い出す。

 アリベルトが現れたあの事件にライマンさんを巻き込んでしまったという事を、スクールの律儀な校長先生がライマンさんの両親に話した事が今回の始まり。心配になった両親はライマンさんに会いたいと言い、そんなこんなでアメリカのスクールにやってきた私たちは、そこでライマンさんの友達のミョンさんに会った。

 そしてミョンさんがスクールに戻って来た理由……『四条』の会議を覗きに行ったら《パンデミッカー》が現れた。

 それが終わったと思ったら、今度はSランクヴァンドロームがスクールを襲撃してきた。

 我ながら的外れで緊張感がないけど、今回の舞台は全部海外だった。《お医者さん》って、海外にもあるちゃんとした職業なんだなぁと、今更ながら感じた。

 他にも……《パンデミッカー》がやっぱり怖い人たちだって事、《ヤブ医者》ってすごいんだなって事、Sランクは話通りにとんでもないって事……色々と再確認した。

 一年とちょっと前、いきなり飛び込んだこの《お医者さん》っていう世界……先生の事や色んな組織や人、たくさんのわからなかった事とか新しい事を知った。そして今、私の周りにはすごくて……頼りになる人がたくさんいる。


 そろそろ……私も進まなきゃいけない。そろそろ、自分の問題に手を出してもいいと思う。

私の左手……私と《オートマティスム》の関係に。




わたしは、かつて彼が座っていた椅子に座っています。大きな窓を背にして座っていた彼は、比喩ではなく、全てを見通す目でわたしを見つめていました。

 彼に導かれ、彼に頼まれた事をしていますが……事態は深刻になっています。これでは彼の意思を貫くことが……わたしの使命が……

「アリベルト。」

 顔をあげると、かつて私が立っていた場所に見知った顔が立っていました。

「……どうしましたか?」

「どうもこうも。聞いたぜ……あの《トゥネール・ブルシエル》があっちについたってな。不安になってるメンバーも多い。」

「……わたしが至らないばかりに……」

「おいおい、別にお前のせいじゃないだろ。今回負けちまったカールたちだって、元々そういう予定はなかったんだけどバトルになっちまったってだけだ。お前は何も悪くない。だけどまぁ、状況は悪化した……そろそろ本気出していいんじゃないか?」

「本気ですか。」

「オレらを使えって話だ。戦力の温存が大切だって事もわかるが、ここらでオレらにも勝ち星が欲しいとこだ。前哨戦の勢いづけだと思えばいい。」

「わたしが無力でしたからね。しかし。その手前、あなたたちに行けと言うのはいかがなものかと。」

「それは相性が悪かったからだろ? お前は間違いなく最強だ。Sランク相手だと効果がなくて、たまたまオレらの敵がそうであるだけだ。Sランクとバトルするなんてとんでもなく確率の低い事なのに、何故か今は相手側に四体もいる……それだけだ。逆に言えば、Sランクさえ何とかすれば……アリベルト、お前に敵はいない。」

「……」

「だから、お前じゃどうにもできなくても、相性的にまだどうにかできるオレらがその障害を取り除こうって提案だ。」

「…………あなたなら。確かに。いきなりあなたですか? しかし。」

「順番に下から行かなくたっていいだろ。一番できそうなのが行けばいい。」

「そうですね。あなたにお願いします。では。」

「おう。あ、ジャック借りていいか?」

「いいですよ。彼女にはわたしから。」

「よろしくな。」

 わたしに背を向けて部屋から出ていくその者を、その能力故に少し結果を楽しみに思いながら見送ります。



「頼みましたよ。ナンバーファイブ、ロベルト・グラヴィッツ。」

私は、色んな設定に「理由」を付けたがります。


なんかすごい技を出したら、その原理を誰かに説明してもらったりなど。


ですがこの「お医者さんシリーズ」に出て来る鎧の科学者に関しては、理論とかそういうモノを一切考えないようにしようと思っています。


これ、私にとっては結構チャレンジな人だったりして、なかなか動かしていて楽しいものです。


私も読者も、彼(彼女?)のセリフは読みにくくてしょうがないのですが。

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