スティン と 指輪
俺の名前はスティン。冒険者だ。
俺の日常はあくなき冒険と探求で溢れている。
昨日は、裏山で巨大昆虫との対決、その前は、街で暴れる猛犬退治。
冒険者である俺の毎日は大忙しだ。だが、俺の戦いはこれからも尽きる事はないだろう。そして、いつか必ずこの手に栄光を掴んで……。
――ゴチン!
「あいた~っ!」
目の前に一瞬星が飛んだ。
俺は頭を抑えながら見上げる。
そこには、オークよりも怖い顔をしたスティア姉ちゃん居た。
「こらスティン! あんたってば店の手伝いもしないで遊んでばかり! ちったあ店番でもやって、お姉ちゃんを助けようとか思わないのかい! あたしはあんたをそんな風に育てた覚えは無いよ!」
「あ、遊んでなんかいないぜスティア姉ちゃん! 俺は街の平和を守るために……」
スティア姉ちゃんは、拳をバキバキと鳴らしながら頬をヒクつかせる。
「ほっほ~? 裏山に昆虫採集に行って蜂の巣を落として大騒ぎしたり、野良犬を追い掛け回して商店街の皆さんに迷惑をかけたりするのが平和活動なのかい? むしろアンタが街の平和を乱しているのよ!」
襲いかかる姉ちゃんの手をかいくぐり、俺はその場から慌てて逃げ出す。
どっかの偉い軍師が言っていた。三十六計逃げるにしかずだ。
「こら~! 待ちなさいスティン! 待たないと後で酷いんだからね!」
「嫌だよーだ。あっかんべー!」
今捕まっても酷い目に遭うなら、ほとぼりが冷めた頃の方が幾分かマシである。
俺は夏休みの宿題は最終日まで溜めに溜めて、結局やらず先生に怒られることを選ぶタイプなのだ。
商店街を一気に駆け抜け、そのまま逃げ切った俺は店から少し離れた場所にある路地裏の秘密基地までやってきた。
ここは、俺が子供の頃からのお気に入りの場所で、様々な粗大ゴミが乱雑に不法投棄されている場所である。この愛用している革の鎧(上半身のみ)とブロードソード(刃こぼれしまくり)もここで手に入れた物だ。
ぴょんぴょんとガラクタの山を飛び乗り、頂上まで辿りついた俺はゴロンと横になる。
ぼんやりと遠くを眺めると、戦士ギルド・栄光の太陽の建物が見える。
ここ城塞都市ノースホルンにおける四大ギルドの一つ、戦士ギルド。一流の戦士を目指す者なら、必ずその門を叩くことになる登竜門的存在だ。
いつか俺も……。
遠くに見える戦士ギルドを掴むように俺は拳を握り締める。
俺の夢は一流の戦士になること。そして、伝説の勇者と呼ばれたライオットのような英雄になることだ! 今に見ていろよ姉ちゃんめ、絶対に見返してやるからな!
「みーつけた」
突然俺の視界に一人の少女が現れた。
寝転がる俺を見下ろすように見つめる少女。この秘密基地に俺が良く出没することを知っているのは、友人の中でも一人しかいない。それが彼女、幼馴染のシャロンだ。
「お姉さんからスティンちゃんを探してきてって頼まれたんだ。多分ここにいるだろうなって思ってきたけど当たりだったね」
「白か……」
「ん? 何が白なの?」
「お前のパンツの色」
俺がそう言うとシャロンは顔を真っ赤にさせ、バッとスカートを押さえた。
「どこ見てるの! スティンちゃんのエッチ!」
「ぐほっ?!」
そう言ってシャロンは俺の顔面を思いっきり踏みつけた。そのままガシガシとストンピングをしたあと、勢いよく俺を蹴り飛ばす。
「ぬおおおおおっ?!」
吹き飛んだ俺は、ゴロゴロとガラクタの山から転げ落ち、そのまま下まで落ちた。
「だ、大丈夫?」
「お、お前にはこれが大丈夫な姿に見えるのか……」
ボロ雑巾のように横たわる俺をシャロンが心配そうに覗き込む。パンツの代償はあまりにも大きかった。
と、その時だった。横たわる俺は、ガラクタの山の物と物の隙間に、光輝く何かを見つけた。
「なんだこれ?」
手を伸ばし光輝くそれを引き寄せる。それは巾着袋だった。
見ると巾着袋の口から光が溢れている。俺は無造作に巾着袋を開けてみた。中には、薄汚れた指輪が入っていた。
「うわあ、なんだかばっちいね。そんなの捨てちゃいなよ」
確かにシャロンの言う通り、誇りをかぶって薄汚いその指輪は、もはやアクセサリーとしての意味をなして無い。
俺は宝石を巾着袋に戻すと、そのままガラクタ山に向かって投げようとした。
――捨てないで。
その時、誰かが俺に向かって話しかけたような気がした。
俺は辺りを見渡す。
「なぁシャロン。今お前何か言った?」
「ん? 何のこと?」
きょとんとした様子のシャロン。どうやらさっきの声は彼女では無いらしい。
空耳だったのだろうか。
俺は、手に持つ巾着袋を見つめる。まさか宝石が喋ったとか?
なんとなくだが、俺は宝石を捨てるのをやめた。さっきの声もそうだが、この巾着袋を見つけた時、巾着の中身が光り輝いて見えたのも気になっていたからだ。
俺は、巾着袋をポケットに入れ、そのまま持ち帰ることにした。
「ただいま~」
「おかえり。夜ご飯用意しておいたから適当に食べなよ」
家に戻った俺を姉ちゃんの声が出迎えた。
姉ちゃんの声色が普通だったことに俺はホッとする。どうやら昼間の怒りは収まっているようだ。
居間に行くと、姉ちゃんはテーブルの上で家計簿とにらめっこをしていた。
「ああ~、今月も赤字だわ……」
頬杖つきながら、姉ちゃんは深い溜息を吐く。
飯を食いながら、俺は横目で哀愁漂う姉ちゃんの背中を見つめる。
「そろそろ寝るね」
「うん、お休み。あ~、頭痛い」
飯を食い終わった俺は、自室に戻ると木製の粗末なベッドに身を投げだした。
ぼんやりと天井を眺めながら家のことを考える。
幼い頃、事故で両親を亡くした俺たちは、両親の残した遺産で食い繋ぎながら何とか二人で細々と暮らしていた。
スティア姉ちゃんは、両親が営んでいた武器屋を引き継ぎ、一人で切り盛りをしている。だが、良い武器のほとんどは大手の武器屋に流れ、うちのような小さい店には中々降ろしてもらえず、結果品揃えが悪い店はいつも閑古鳥が鳴いていた。
俺が戦士を目指しているのは、早く一人前の冒険者になって永遠の地下迷宮や、シャンシャーニの塔などを探索して古の魔法装備を手に入れたいからだ。そして、手に入れた装備は店に並べて、姉ちゃんの手助けをしたいと考えていたのだ。
「お金があればなぁ……。あ、そうだ!」
とその時、俺は昼間手に入れた薄汚れた指輪のことを思い出した。
ポケットから巾着を取り出し、中から指輪を出す。
こんな指輪でも磨いて綺麗にすれば、売れるかもしれない。
俺は布を持ってくると、指輪を磨き始める。
――きゅっきゅっ。
お、意外と綺麗に汚れが取れるな。もう少しこすってみよう。
――きゅっきゅっ。
丹念に磨いていくと、だんだんと青く光輝く宝石の光沢が現れてくる。
おお、これは磨きがいがあるぞ。
――きゅっきゅっ。
そして、1時間が経った。
「よし! これで完璧だ!」
俺は額の汗を拭い、やれやれと溜息をつく。
そこには、見事な光を放つ美しい青い指輪があった。
これなら、結構な値段がつきそうだ。
そう思った時だった。突然、指輪から眩い光が放たれ、部屋中が光に包まれた。
「な、なんだなんだ?!」
あまりの眩しさに俺は思わず目を閉じる。
そして、しばらく経つと光が弱まり、俺は恐る恐る目を開けた。そして、そのまま今度は目を見開く。
そこには、青い髪をした一糸まとわぬ美しい女性が居たからだ。
「私を綺麗にしてくれて、ありがとう」
ニコッと優しく微笑む可愛らしい女の子。
そのあまりの可愛らしさに、俺は恥ずかしさも忘れて彼女の裸を凝視していた。