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第8話 ヘビーユーザー

 煙なのか雲なのかも分からない黒い(もや)の中を重力に任せて落ちていく機体の中は、速度を増して地上へ向かう機体とは裏腹に、俺達は微小重力を味わっていた。この自由落下から湧き出る恐怖なのか、走馬灯のように駆け抜けた”この世界”にくる直前から今までの記憶によって、俺は気持ちを新たにしていた。この世界は【疾風騎兵アサルト・コア】というゲームの中の様な世界でも、今の俺達からしたら紛れも無い現実だ。ゲームの中でも存在したミッションに、空中での機体パージから敵基地を強襲する作戦が、まさか現実に行われて、しかもこんなに重力から解き放たれる物だとは思ってもみなかった。例えるなら、下りエレベータを地上五〇階建のビルの天辺から一階まで一気に下りて来た感覚を最高レベルにしたら、こんな感じになるのだろう。

 今でも遠くで響く散発的な爆発音はスピーカーを通して聞こえてくる。飛行機の中で聞いた時のように衝撃を伴う物では無いけれど、確かに命の削り合いをしている音だ。

 まるで永遠に落ち続けていくような感じさえ与えるほどに遠く感じた地上も、ある一定の高さまで迫ると瞬く間に眼前まで迫ってくる。俺は、コントロールパネルの高度計を頼りに慣性除去装置を起動するタイミングを計る。それは少しでも長く微小重力を感じていたいと思っている部分が無かったとは言わないが、一番は消費エネルギーの問題だ。今回の作戦は、今までの防衛戦とは違い機体の補給作業に余裕は無い。少しでもエネルギーを節約して進まなければ、敵中で裸を晒すことと同義になる。

 高度計がコンマ単位の速度でみるみる数値を下げていく、俺はギリギリを見計らって慣性除去装置のスイッチを入れた。慣性除去装置によって、方向を捻じ曲げられた運動エネルギーが爆発するように地面と周囲の建物を抉り取る。既に何度も戦場になっていた旧市街地の建造物は脆く、機体の着地地点を中心に円状に町が切り取られていた。俺の<三機神・スサノオ>の左右五〇メートル程の距離に誠の<ラグナロク>と結衣の<ブラックキャット>が無事に着地したことを確認すると、雑音を伴うがセキュリティが強固に設定されている短距離音声通信で回線を開く。

 

「二人とも無事に着地出来たみたいだな。俺達の作戦目標は、後から来るスコットとカゲヤマ少佐が指揮する部隊の被害を最小限に抑えつつ、敵拠点に辿り着くことだ。ここから西に二〇キロの地点からアレフ部隊は敵拠点に向かうことになってる。俺達はスコット部隊と『旧いろは坂跡地』で集結予定だ。集結予定時刻が一四二五(ひと よん に ご)だから、急いで向かうぞ! デュネス大尉の話によると、既に展開されている敵の数は一四。汎用万能型隊長機(ジェネラル)が一、汎用近距離特化型(アタッカー)が八、重装甲高火力支援型(イェーガー)が五だ。 その内、アタッカーに二機、イェーガーに一機、新型がいるらしい。おそらくさっきの着地音や熱源によって敵はこちらを捕捉しているはずだ。それらを掃討しつつ先に進むぞ」

「日光とかマジ久しぶりだよなぁ~、小学生の頃以来か?」

「飛行機から少し見えたけど、日光連山は攻撃を受けて見る影も無かったよね……」

 

 機体のエネルギーを極力使用しない為にホバリングで移動を開始した。七五年後の世界設定とは言え、古い町並みをあちこちに残す宇都宮と日光を結ぶ街道沿いには、戦闘による傷跡がいたるところに見受けられる。敵が現れた初期に活躍していたと言われるVYF-27戦闘機、別名<ファントムストラトス>それらの撃墜された痛々しい残骸が町のあちこちで目に付いた。人類の英知を投入し、競合する会社が結託して開発した次世代型戦闘機も敵が自在に操るアサルト・コアには太刀打ち出来なかったのだ。

 コントロールパネルに表示されるスコット部隊との合流地点を目指しつつも策敵を続けていると、今まで静かだったセンサーが突如として鳴りだす。

 

「っ! 敵の攻撃!!」

「回避を!」

「俺が防ぐ!」

 

 <スサノオ>に搭載した指向性(ダイレクト)慣性除去装置イナーシャル・リムーバ・デバイスを起動し、左手に備えた盾も使用して二人の機体を庇うように前に出た。

 慣性を完全に制御し、熱量以外の攻撃力を削ぎ落した相手の実弾兵器による狙撃に攻撃力は最早無く、構えた左手の盾は無傷に等しい。

 

「結衣! 策敵を!」

「もうやってるわよ! 一〇時の方角! およそ距離二,二〇〇! 今までの敵が使ってた武器じゃ届かない距離だから、たぶん新型のイェーガーよ!」

「向こうはオレ達を捕捉してたみたいだな! どうする和哉!」

「着弾位置と方角から敵狙撃ポイントを算出する! データを送った! 誠、撃ち返してやれ!」

 

 既にAI<イザナミ>が算出した射撃予測地点のデータを誠の<ラグナロク>へと転送する。誠も主兵装の<グングニール>を長距離狙撃モードに切り替えエネルギーの充填も終えて待ち構えていた。コントロールパネルに表示された『データを転送中です』というコメントの下に表示されたプログレスバーが瞬く間に足を延ばす。

 

「来た来た来たぁ~! 挨拶には挨拶で返さないとな! いっくぜぇ~!!!」

 

 誠の掛け声と共に発射される荷電粒子砲は、空気を焦がしながら直進する。亜光速で進むそれを目で追うことは不可能に近く、荷電粒子が放つ熱量で歪んだ空気により、それが進んだ経路がやっと確認出来る程度だ。遠くで小さな爆発が起こる。

 

「あちゃ~……こりゃ外したな」

「あちらさんも本格的に撃ってくるぞ! 誠、援護を! 結衣は敵の汎用万能型隊長機(ジェネラル)をヤれ!! 俺は敵を引きつける!!!」

 

 指示を合図に誠と結衣が左右に別れた。結衣はそのまま建物の影を縫うようにして敵部隊に接近する。俺は<三機神・ツクヨミ>に変形すると、身体に負担が掛からないギリギリの速度を保って敵に肉薄する。最大で時速一〇〇〇キロを超える速度を叩きだす<ツクヨミ>に掛かれば二,二〇〇メートルという距離は近い物だ。運動性能に物を言わせて敵の周囲を飛び回り、ヘタな鉄砲数撃ち当たると言わんばかりに、小威力のマシンガンを雨のように降らせては離脱を繰り返す。離脱の合間を縫うように誠の<グングニール>が俺のAIから送られてくる狙撃ポイント情報を元に攻撃を仕掛けていた。

 

「よっしゃ当たった! 新型か!?」

「違う、良く見るイェーガーだ。残り一三!!」

 

 非殺傷攻撃演算装置ノンリーサル・アタック・デバイスを搭載することによって、誠が操る<ラグナロク>には新たな改修を行う必要があった。元々、<ラグナロク>の開発コンセプトは遠距離支援型に高い攻撃力と照準性能を持たせた『相手の射程距離外から何もさせず撃破する』ことだった。しかし、この世界に来たことで『撃破する』ことは出来なくなった。そこで『敵を無力化する』為の改修が必要になったのだ。元々、主兵装の<グングニール>には攻撃威力の圧縮処理が搭載されていたので、改修は容易に済んだ。余った時間を使って、俺の<三機神・アマテラス>に搭載してあった複数同時照準機マルチ・ロックオンシステムを乗せることにした。これによって敵の殺傷カ所以外、つまり頭部・主兵装・両足・両手の全てを同時に攻撃することで敵の無力化が一撃の元に行うことが出来るようになっていた。

 

「あんた達二人で全部はヤらせないわよ!」

 

 結衣が操る<ブラックキャット>が敵の<ジェネラル>へ肉薄する。俺と誠の連携によって、ポッカリと空いた戦場の隙間に結衣だけが舞うことを許されたダンスホールが出来上がっていたのだ。

 

「最高のお膳立てね! ここからは私のショータイムよ!」

 

 敵の<ジェネラル>が迎撃の為に近接攻撃武器を振り回す。しかし、それらは<ブラックキャット>がより美しく舞う為のエスコートのようにしか見えなかった。敵の(ふところ)深くまで入り込んだ<ブラックキャット>が両手に持つクナイ型近接戦闘武器を敵の両手足の付け根に突き刺さす。関節部、それは人間と同様に全体的に見て耐久性に乏しく<ブラックキャット>が持つ小さな攻撃力でも相手の動きを奪うに十分な効果を発揮していた。さらにクナイ型近接戦闘武器を脚部と腰部から取り出すと、回転するように振り回す。細かく切り刻まれた両手足と頭部が、はじけ飛ぶように宙を舞った。

 

「どんなもんよ!」

 

 敵の部隊は指揮官を失ったことで一瞬攻撃の手が緩くなった。そのスキを逃す俺達では無い。俺は機体を<三機神・スサノオ>に変形させると<HCMソード>を敵の足元を狙って振り抜いく、足を失って横転する敵三機。誠も<ラグナロク>のマルチ・ロックオンを使用して同時に七機の主兵装を打ち抜く。結衣は手近な敵に向かって走り出していた。

 戦局は既にこちらに完全に傾いている。ここからはこちらの独壇場だ。指揮を失った戦線にもはや統率という言葉は存在せず、散発的な抵抗があるだけだ。俺達の機体が縦横無尽に暴れ回る。

 

「何機やった?」

「私は隊長機も合わせて四機よ!」

「オレも四機」

「俺が三機……残り三機、新型か!」

 

 静まった戦場で数を確認していた俺達の会話が終わるのを待っていたかのように、近くへと着陸する三機の新型機。それらは他の機体とは明らかに様相が違っていた。黒を基調に紫がアクセントカラーになった重戦士風の機体、赤とオレンジ色でカラーリングされた武士風の機体、二本の大きな砲身を背負い黄色と茶色で彩られた虎をイメージさせる機体だ。

 不意にコントロールパネルの【CALL】サインが光る。既に誠と結衣とは回線を開いているから、それ以外の人だ。俺は躊躇せずにそれに答えた。案の定、開かれた回線の先にいた人物は俺達の知らない人間の顔だった。ニヤニヤと笑みを浮かべる生理的に受け付けない雰囲気を醸し出した人物の見た目は、俺達の年齢より若干年上に見えるが、金色に染めた髪をライオンのように逆立て、耳に通したピアスからはキューピー人形ぶら下がっている。そのような出で立ちから俺達と同じような境遇の人間ではないかと思われた。厭らしい笑みを貼り付けたまま、その人間は口を開いた。

 

「ゲハハぁ! ……あんた等やるねぇ! 見たところ”この世界”の人間じゃなさそうだな! 機体も俺達のと遜色無さそうだしよぉ~!! ぶっ殺し甲斐がありそうだ!!」

 

 回線から聞こえて来た言葉に戦慄した。俺達を”この世界”の人間じゃないと認識した上で『ぶっ殺す』と言ったのだ。それは俺達の世界では考えられない倫理に反する言葉だ。俺が言葉を失ったようにショックを受けていると、結衣が言葉を荒げる。

 

「あんた達! 私達を同郷の人間って分かってて、そんなこと言うの!?」

「あぁ? だって、これゲームじゃんよ。ぶっ殺して、ハラワタ引きずり出して、ぐっちゃぐっちゃの潰れたトマトみたいになってもコンティニューすら良いんだろ? まぁ~確かに、ぶっ殺した奴らが俺達の前に現れたことないけどなぁ!!! ゲハハハぁ! ってかさ、この子可愛くね? マジ俺のタイプなんだけど!!! これってゲームだからさぁ~良いだろ!? 一発ヤらせろよ!!!」

 

 結衣が恐怖に引き攣った顔で押し黙る。俺は結衣と、奴らの機体の間に立ちはだかるように機体を寄せた。

 

「ゲハハぁ! ナイト気取りかよ! カッコイイねぇ~~、でもさ……そういうのって今時流行(はや)んネぇから!!!!」

 

 襲ってくるかもと、デバイスを握る手に力が籠る。しかし、予想していた攻撃は来なかった。視線の先では、声を掛けて来たであろう虎機体の肩を抑えるように立つ機体がいた。

 更に二件の【CALL】が届く、俺は少し躊躇(ちゅうちょ)しつつも答える。すると新たにワイプが開き、今度はサラリーマン風の眼鏡をかけた男と、色黒で目を瞑っているように見えるほど目の細い男が映っていた。眼鏡をかけた男の口元が動く。

 

「ボクの連れが失礼しました。アナタ方も”こちらの世界”に迷い込んでしまったのですか? ボク達は、渋谷にあるゲームセンターでACを遊んでいた時に、こちらの世界に来てしまったみたいで……良かったら少し情報を交換しませんか?」

「アンタはまともに会話が出来そうだな……あんた達は俺達と同じ世界から来たのか? 俺達は二〇一一年の一一月、つくば学園にあるゲームセンターで遊んでいる時にこっちの世界に来てしまったみたいだ」

 

 眼鏡の男は『ふむ……』と一言漏らすと、顎先に手を当てて考え込む。その間も先ほどの獰猛な男は『師匠! こんな奴らサッサと殺しちゃいましょうよ!』と騒いでいる。眼鏡の男は左手で騒いでいる男を制すると、口を開いた。

 

「確証を得る術はありませんが”こちらの世界”では無い世界から来たという認識がある以上、少なくとも同じ境遇の人と言うことは間違いありません。良かったらボク達と一緒に行きませんか? ”あの方”に頼めば元の世界に返してくれるかもしれませんよ?」

 

 俺は考えるまでも無く即答する。

 

「悪いが、そんな見え透いた嘘に引っかかる程、俺達は子供じゃない。アンタの言葉にはいくつも疑問が残る。何故アンタはその”あの方”に頼んで元の世界に返して貰わないんだ? それに最初に話しかけてきた奴の話だと既に何人も殺しているような話っぷりだ。さっきから『サッサと殺しちゃいましょう』って言ってたよな? そんなのは殺し慣れた奴じゃないと言わない言葉なんだよ!!!」

 

 モニタの向こうで眼鏡の男の表情がみるみる変わっていく。人当たりの良さそうな優等生の雰囲気から、先の獰猛な男も可愛く見えるような寒々とした雰囲気を醸し出す冷徹な笑みだ。

 

「フフフ……子供だと思って侮っていましたよ……”お父さん”に組んで貰った機体で遊んでいる子供とは大違いですね……フフフ……ダメだ、もう我慢できない……殺したい衝動が抑えられないよ……クフフフ、あははは!!! 皆殺しですよ!!!!」

 

 雰囲気を一気に変えた三機が一斉に攻撃態勢に移る。

 俺達も負けじと攻撃態勢を整えると、即座に指示を発した。

 

「結衣! 敵のイェーガーを相手してくれ! 誠は俺と組んで敵のアタッカー二機をやるぞ!」

「ゲハハハぁ!!! 良いネ! 良いネぇ~! 戦い慣れてるネぇ!!! やっぱプレイヤーとの戦闘はこうでなくっちゃよぉ!!!!」

「フフフ……ボク達も行きますよ! そうでね……作戦は『ガンガンいこうぜ』です!」

「ゲハハハぁ!! 師匠! 相変わらず、その作戦意味わかんネぇから!!!」

 

 一気に間合を詰めてくる敵のアタッカー二機に誠が先制射撃で牽制する。その攻撃には結衣が走り抜ける為の道を作り出す意味も込めている。

 

「フフフ……それは、さっき見せて貰いましたよ!!!」

 

 後方にいた虎機体が自分の前方数十メートルの範囲に近接戦闘用炸裂弾(ヘビー・クレイモア)を放った。この武器は、自身の前方数十メートルの範囲に指向性を持った誘爆機雷を撒き散らす攻撃で、直進してくる敵に対して高い効果を発揮するトラップも兼ねた物理攻撃だ。

 

「結衣! 止まれ!!!」

 

 俺の呼び掛けに即座に応じ、後方跳躍によって一気に距離を取る<ブラックキャット>。

 

「さっきの戦いで何もしなかったのは、私達がプレイヤーだと判断して戦術を見極める為だったのね!」

「あちらさんは、味方を捨て駒のように扱える神経の持ち主らしいな! オレ達より”こっちの世界”が長そうだ!」

「こっちだってゲームセンター勝率七割越えの経験値持ってんだ! 違うパターンで行くぞ! 俺と結衣でアタッカーに当たる! 誠はイェーガーを!」

 

 指示と同時に機体を走らせ、<HCMソード>を最短長にして小回りの効く形状にさせた。武士に斬りかかる。

 

「フフフ……ボクの相手はアナタですか、会話の雰囲気的にアナタがリーダーの様ですし、倒せばボク達のほぼ勝ちですね」

「やれる物ならな!」

 

 同時に重戦士機体に接近していた結衣は、一定の距離を残して接近を止める。

 

「さっきから貴方は一言も話さないわね。貴方もあの二人と同じように他人を倒して楽しんでるタイプなの?」

 

 重戦士のパイロットである目の細い男は、一拍程沈黙を維持すると小さな声で返答した。

 

「…………俺は彼らに着いていくだけだ」

 

 小さく呟くような返答が終わるや否や巨大な両刃斧(ハルバード)で斬りかかってきた。背筋が空寒くなるほどの威力を持った一撃は地面に突き立てると同時に地面を深く抉る威力だ。結衣は恐怖で固まる身体を奮い立たせ、攻撃を避けざまにクナイを叩きこむ。しかしデバイスから伝わる手応えは、堅い岩盤にナイフを突き立てたように小さな傷を負わせる程度の物だった。

 

「硬い!」

「……軽い」

 

 結衣はそのまま距離を取ると、敵の武器射程外で立ち止まり身構えた。

 

「これは長くなりそうね」

 

 結衣が重戦士に対して攻めあぐねている頃、誠と虎機体の戦いは広い範囲を焼け野原に変える高威力砲撃戦闘を繰り広げていた。

 

「こりゃ~厳しいな! いくら指向性(ダイレクト)慣性除去装置イナーシャル・リムーバ・デバイスがあるって言ってもエネルギーが切れたら洒落にならないしよぉ~……ってか、相手が変形機体とか聞いてないんだけど!!!」

 

 誠が相手をしている虎機体は砲戦仕様の機体から姿を変え、二本の大きな砲身は後ろ足になり、本来両足として機能する部分が前足を担当し、その要望はカラーリングと相まって虎の様な形状に変形している。その見た目通り、変形前の鈍重なイメージとは打って変わって<三機神・スサノオ>と同程度の速力で動く機動性を確保していた。変形後の機体は<ラグナロク>よりも移動力に優れており、距離を取られた上で人型に変形し、誠の<ラグナロク>よりも射程に優れた武器によって攻撃してくる。誠も自分の射程に入れようと懸命に移動し攻撃を放っているが、射程に入りそうになるたび変形して距離を取られる為、徐々に消耗させられていた。

 

「このままじゃジリ貧だな~……なんとかしねぇと……」

「ゲハハハぁ!! 最高だぜ! 相手に何もさせずに勝利する!! 遠距離攻撃担当の醍醐味だぜ!」

 

 戦闘はお互いに決め手を欠くまま硬直状態に入っていった。しかしスコット部隊との集合時間が迫る中、結衣が活路を見出す。重戦士の攻撃を交わして、武器を握る手の関節部位に対して集中攻撃を放ったのだ。それは相手のハルバードが振り終わった直後の硬直時間に行われ、瞬発攻撃回数に定評のある<ブラックキャット>の攻撃は一瞬の内に相手の右手を破壊していた。

 

「……ぬ!」

「っよし!!」

 

 それが反撃の狼煙(のろし)となったのか、一気に形勢は動いた。主兵装を失った重戦士には、反撃する武器は腰に差した短剣と申し訳程度のハンドガンしか無く、まともな反撃もままならない。もちろん落としたハルバードを拾わせるような隙は与えない。結衣は相手の攻撃を難なく避け続け、関節部位に累積ダメージを蓄積させ続ける。徐々に相手の関節の動きが怪しい物となり、最終的には身動きが取れないほどの損傷となっていた。

 重戦士の沈黙を見届けた結衣の動きは素早かった。刀と剣で鍔迫り合い(つばぜりあい)が続く俺と眼鏡の戦闘を問題無いと判断し、形勢が見るからに不利な誠の加勢に加わる。

 

「誠! アイツは変形してるときに爆弾バラ撒いたりしたの!?」

「わかんね! 何しろ近づけねぇんだもんよ!」

 

 結衣は誠の返答を聞くや全速力で虎に変形した機体に急接近する。虎機体は泡を食ったように機体を人型に変形させてヘビー・クレイモアを放つ。既に来ると思っていた攻撃だったので、結衣は進路を変更し誠の傍まで戻っていた。

 

「やっぱりね! アイツったら人型じゃないと爆弾バラ撒けないのよ!」

「ってことは、最初に攻撃した時の逆をやれば良いってことだな! 結衣が牽制して、オレが仕留める! いくぜ!!」

 

 誠の掛け声と共に走り出す<ブラックキャット>は、瞬く間に虎機体との距離を縮めていく、敵は馬鹿の一つ覚えのようにヘビー・クレイモアで迎撃を敢行するが、後方跳躍によって距離を取る<ブラックキャット>の動きには全然ついていけない。<ブラックキャット>が後方跳躍で飛び上がった真下を<ラグナロク>が放つ<グングニール>が圧倒的な熱量を放ちながら光の帯を残して通り過ぎた。その攻撃は虎機体が放ったヘビー・クレイモアに誘爆しながら直進し、虎機体の両足を打ち抜く洗礼された狙撃だった。敵の虎機体が背中の大きな砲身の重さに耐えきれず、落ちるように後ろへと倒れた。

 

「ゲハぁッ!!!なんだと! そんな馬鹿な! 俺達のチームが!!!」

「残念だったな! オレ達ってば、結構強いプレイヤーだったんだよね!」

 

 少し離れた場所で誠の<グングニール>の照射があった後、誠と結衣の戦闘が勝利に終わった報告が届いた。

 

「どうやら、こちらの仲間が堕とされてしまったようです。形勢は決まってしまいましたね……」

「あぁ! だから、そろそろ降参したらどうだ?」

 

 眼鏡の男は『クフフフ……』と笑顔を崩さずに言葉を紡ぐ。

 

「冗談でしょう? こんな楽しいバトルは久しぶりです。 贔屓(ひいき)のゲームセンターにはボク達にこれだけの損害を与えるチームはありませんでしたからね……この戦闘はボク達の負けでしょう……しかし、一糸報いるならリーダーであるアナタが相応しいと思いませんかっ!!!?」

 

 武士は鍔迫り合いを続けていた身の丈近くある刀を引くと、再度横一線に斬りつけてくる。<三機神・スサノオ>の身体を逸らせるようにして回避すると、短くなった<HCMソード>を振り回して駒のように回転した。回避と攻撃が一体になった<バーチカルターン>のようなゲーム内では高ランクプレイヤーがよく使う技術だ。結衣はこの技術を応用して相手の懐深くまで侵入する際に多用している。相手もこちらの攻撃を読んでいたのか、背中に背負ったままになっていた刀の鞘でガードした。まるで予定調和のように感じられる攻防は、実は殆ど予定調和と言っても良い。ゲーム内では型のように使われる攻防劇なのだ。この型は一つミスをすれば、そのままダメージになってしまう物の相手の技量を見る良い計りの役割も果たしている。この予定調和の中に調和を良い意味で狂わせる攻撃が出来る者が高ランクプレイヤーと言われるまでに成れるのだ。

 俺はタイミングを測っていた。こちらは相手が知りえないギミックを用意してある。それは戦場では切り札になりえるほどの不意打ちだ。そして待ちに待ったその瞬間が来た。武士が剣道で言うところの『引き面』と言われる回避と攻撃が一体になった攻撃を行った瞬間、俺は先ほどと同じように駒のように回転し、回避すると同時に<HCMソード>を繰り出した。敵はその攻撃を予測していたように紙一重で避けられるくらいの回避を行った。しかし、それが(あだ)となる。俺は<HCMソード>の刀身を最大まで伸ばし、相手の両手を掬うように斬り裂いた。

 

「――!! っぐ!?」

 

 武士の両手が刀を持ったまま宙に飛ぶ、それはこの戦闘の決着を物語っていた。


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