第7話 アドミニストレーター
スコットの機体を組み上げた後、俺は忙しい時間を過ごしていた。スコットについては実戦を見ていた為、適正に合った機体を用意することができたけど、他のパイロットについては全くと言って良いほど情報を持っていなかった。まずは全パイロットの能力や性格を元に適性を調査し、開発プランを立てる必要があったのだ。あとカスタマイズ画面の使用方法をアキラ技術主任を通じて教育を施すことで、各パイロットに合わせた微調整を他の人でも行えるようにしなければ、俺一人だとパンクしてしまう懸念があった。
俺は、適正確認用にシュミレータで使用する機体の作成に当たった。モデルにしたのは<三機神>で、それぞれ三形態の特性に合わせた劣化版を作成することにした。全ての能力は<三機神>に遠く及ばないが、顕著に表れるクセの強い設計思想はパイロットの適正を図る上で実に効率が良いと思えたからだ。<三機神・スサノオ>のマイナーチェンジ版として作成した汎用近距離特化型の<アルス>、<三機神・アマテラス>から重装甲高火力支援型<ソル>、<三機神・ツクヨミ>から高機動近接特化型の<スイゲツ>を作成した。これらの機体は基本的に兵達に配る機体のベースとして使用する予定の物だ。これらを各パイロットに調整した物に変更していく。
それぞれにAIも作成してやる必要がある。すでにネーミングセンスの限界を感じていた俺は<アルス>に適用するAIとして<カツ>、<ソル>には<レツ>、<スイゲツ>にはまさかの<キッカ>と名付ける程、ネーミングごときに時間を掛けてやる暇は無かった。このことを知らない結衣や兵士達はなんとも思わなかったようだけど、誠はニヤニヤとヤラシイ笑みを浮かべていた。
もちろん、開発中に敵の襲撃が無かった訳ではない。俺が目覚めてからすでに一週間、合計五回の襲撃を受けている。でも、すでに開発を完了していたスコットの機体<ホーリーホック>が散発的に攻撃を仕掛けてくる敵を殆ど一機で仕留めていた。このレベルアップ具合には、予想していたとは言え圧巻の一言だ。例えるならば、ゲームによくある二周目プレイの『強くてニューゲーム』みたいな。出てくる敵の機体は、本来であればこちらの機体より少しだけ強い機体なんだろうけど、出てくるのは圧倒的な完全カスタマイズのプレイヤー機体。ゴブリンをエクスカリバーで狩るかのような物だ。そのお陰で、俺達三人は開発や兵士の訓練に集中することが出来ていた。更に俺が開発した非殺傷攻撃演算装置の効果は思わぬところに効果を表していた。敵パイロットを殺さず捕獲することで、敵が使用しているデバイスに格納された機体の部品や機体その物を鹵獲することが出来るので、機体の拡充や開発資源の獲得に大きな影響を与えていたのだ。
兵士のデータについては収集が済み、技術班とパイロットでチームを組ませてお互いに機体の調整に励んでいる。誠と結衣、俺からお墨付きを貰ったスコットによって行われている操縦技術の教育も順調に進み、実戦形式の教育は調整された機体のテスト運用も兼ねていた為、どの兵士も死に物狂いだ。
俺が目覚めてから一週間ということは、カゲヤマ少佐の骨折完治と同義だ。本来であればリハビリも必要なところだけど、目の前でメキメキと実力を付けていくスコットや兵士たちを見ていたカゲヤマ少佐は、もはや我慢の限界と言わんばかりに、すぐさま格納庫に顔を出していた。後で聞いた噂によると、医務室でツルツル頭の医師から『完治』の報告を受けるや否や、松葉杖を放り投げて駆け足で格納庫に走ってきたそうだ。ゆったりとした作りの病人服からチラチラと肌を見せながら走るカゲヤマ少佐は、走るバラ製造マシンの如く、男女問わず背景にバラを咲かせていたという噂だ。本人は意識しているのか意識していないのか、なんとも迷惑な話である。
「ハァ……ハァ……わ、私にも、和哉さん特製機体を作って……作って下さい……っこの通り、完治しましたっっから!」
本当に意識してやってるんだとしら迷惑な話である。俺は断じて普通だ。ちゃんと女子が好きな男子である。しかし何故だろう、汗で頬に張り付く髪の毛、淫らにも着崩れてキレイな右肩を露出させるのかと思いきやギリギリ汗で肩に留まる病人服。それらを見ていて、若干顔が赤くなってしまっている気がする。この人はダメな人だ。関わっちゃいけない人なんだ。
少し離れたところの機体の陰から頬を赤らめて何かを期待した眼差しを向けてくる結衣を見つけて冷静に戻れた。結衣……グッジョブ。そして、俺は普通だ。そんな期待されても困る。
「カゲヤマ少佐、落ち着いて下さい。とりあえず自室に戻って着替えて来て下さい。ちゃんと作りますから」
「ホントですか!? 嘘じゃないですよね!?」
身を乗り出す様にして上目遣いで見上げてくるキレイな顔……この人、絶対狙ってやってると思う。ってか、誰だ。この人を少佐なんて地位に置いた奴は……困るじゃないか!!!
「嘘じゃないです。ちゃんと少佐としてキチンとした格好をして来て下さい。でないと機体組んであげませんからね」
「分かりました! すぐに着替えて来ます! 待ってて下さいね!」
可愛い人だ……さっきよりも近い距離で顔を半分隠しながらキラキラとした眼差しを向けて来ている結衣を見つけて、ハッと正気に戻る俺。あの人は……カゲヤマ少佐は、生きていてはイケナイ人間なんだ!……じゃない、あの人は深く関わっちゃいけない人だ。
◆
カゲヤマ少佐用に組んだ機体は、赤い甲冑から鹿を思わせる角が生えた汎用万能型隊長機の<アントラーズ>だ。スコットの<ホーリーホック>は将棋に例えるなら高い機動性と高い攻撃力、汎用性を兼ね備えた『飛車』だ。誠の<ラグナロク>は、多角的な攻撃支援と射撃性能を持つ『角』。結衣の<ブラックキャット>は、速攻性能と手数の多さは『香車と成香』を思わせる。対して、カゲヤマ少佐の<アントラーズ>は『金将』他の機体のように特化した物は無いが、どのような局面でも一定の力を発揮するタイプの機体だ。これは器用貧乏にも思えるスペックだが、その本質は生存確率の向上と通信能力の強化を施すことにある。本来、現場の指揮官は誰よりも死ぬことは許されない、それにも関わらず前線で指揮を執る必要がある。それらを両立させるには、生存確率の向上の為に局面に左右されない安定した力と、高い通信制御能力が必要となるのだ。
俺が考えに考え抜いた渾身の機体をカゲヤマ少佐は、あまり気に入らなかった様だ。
「私もスコットのように、ズバッと動いて敵陣を切り裂き、舞うように敵中深くで戦う機体を想像していたのですが……」
「少佐が怪我をした戦闘もそうですが、勇猛果敢に敵と相対するのは指揮官がすることではありません。昔の物語に出てくるような武将が戦うことは、本来では有り得ないんですよ。指揮官の死は、それ即ち戦闘の敗北を意味していると言えます。現に、少佐が戦線を離脱した後、スコットが指揮を代行するまで戦線は乱れ切っていました。防衛線だからこそ撤退はありませんでしたが、こちらが攻めていた場合は、その時点で撤退している状態です。先の戦闘では、少佐が唯一敵新型と戦える機体だったので止むを得ない状態でしたけど、これからはそういう訳には行きません。指揮官は指揮官らしく、後方で全員が生きて帰る為に知恵を絞って頂きます」
「そうですか……言っていることは分かりますけど、やはり悔しい物ですね……スコットは私がまだ中尉だった頃に指導した訓練兵だというのに、AC操縦の技術では今は勝てそうにありませんからね……」
「カゲヤマ少佐の指導が良かったからこそ、スコットも今ではエースとして活躍出来るのだと思います」
「そうですね……そうかもしれませんね。老兵は前線を離れて、指揮を執ることにしましょう」
俺はカゲヤマ少佐の言葉に思わず笑みを浮かべた。機体を見上げていたカゲヤマ少佐は機体の左腕を見て視線を止めていた。
「和哉さん。ちょっと質問なんですが……機体の左上腕部にある黄色い帯は何でしょうか……やけに目立つのですけど……」
「あ~……あれは……」
俺が忘れていたとばかりに間を持たせると、カゲヤマ少佐は機体から目を離して俺の方を見た。その瞳の色には『まさか……』と言った物が見えたような気がした。
「キャプテンマークです」
俺は期待を裏切らない男だ。
◆
カゲヤマ少佐の機体が完成したことで、日本自衛軍の機体は全て揃ったことになる。それは同時に、今まで防戦一方だったこの戦争で、初めて攻勢に出る準備が出来たことを意味していた。
基地内にある大会議室にACパイロットを全員集めたカゲヤマ少佐は、反攻作戦について会議を始めた。
「我々日本自衛軍は、大谷 和哉少尉、光石 誠少尉、杉咲 結衣少尉、彼らの協力により以前では考えられない程、強力な戦力が拡充された。すでに数度に渡る敵の攻撃をスコット中尉一機による迎撃で打ち倒せたことは諸君らもすでに聞き及んでいると思う。今まで、敵のACから得た技術で製造された汎用中距離特化型<バガン>では、考えられない戦果だ。そのスコットが操る機体を開発した和哉少尉が手掛けた機体をつい先日、我々横須賀基地所属ACパイロット全員分を揃えることが完了した。各パイロット、技術者の育成も誠少尉、結衣少尉、アキラ技術主任の協力によって成された。機は熟した……我々は敵に対し、一代反攻作戦を決行する!」
大会議室内に歓喜とも怒号ともつかない、大きな声援にも似た声が響き渡る。それは、今まで耐え抜いてきた横須賀基地の……いや、日本の皆が待ちに待ったことだからかもしれない。俺達のような、ただの高校生が戦争に手を出し、自分達の世界じゃないとはいえ自分達が知る世界を救うための力になれることは、嬉しいことだと感じていた。
「捕虜の尋問による結果。敵主力部隊は現在、栃木県日光市を中心に拠点を展開している。日本自衛軍の他基地が陽動作戦を決行。敵主力の目がそちらに移っている間に、こちらから拠点を打つ! 作戦決行は今から二一時間後! 各員、十分な休息を取って準備に入れ! 各員の健闘を祈る! 解散!!」
カゲヤマ少佐の言葉を最後に大会議室内にいた全員が即座に自らに必要な行動を開始した。居住区に居る家族に挨拶に行く者。自らの機体を最終チェックに行く者。遺書を書く者。俺は、何をしたら良いか分からず、そのまま席に座っていた。すると幼馴染二人が俺の席の近くにやってきた。
二人とも雰囲気が暗い。防衛戦では無く、こちらから攻勢に出ることに、やはり不安があるのだろう。
「なんだか大変なことになっちゃったな……オレたちが戦争やってんだぜ? 考えらんねぇよな……」
「私達も今回の作戦にはパイロットとして参加しなくちゃいけないんだよね……」
「……そうだな、軍属だからな。でもさ、考えてみろよ。俺達がこの世界に来た理由だと思われる『次元砲』ってのはさ、敵が持ってるんだろ? それを奪って解析すれば、自分の世界に帰れるかもしれないんだ」
俺の言葉は二人に少なくない目的意識を持たせることに成功したようだ。先ほどのような意気消沈した雰囲気が一気に明るくなったことを感じた。
「そっか! それさえあれば、私達家に帰れるかもしれないんだ!」
「そうだな! 少なくともオレ達をここに呼んだ奴らを後悔させてやらないと気が済まないしな!」
「あぁ! 俺達は誰も欠けること無く元の世界に帰るんだ!」
◆
すでに戦闘開始から二時間が経過していた。俺達がいる横須賀基地の機体は、俺が手を加えた特製品だ。しかし、陽動を掛けている他の基地の部隊は、その殆どが<リガン>と<バガン>による構成だった。
主な戦場となっている栃木県小山市上空を移動する俺達を乗せたAC運搬用飛行機は黒煙なのか雲なのか分からない中を音も立てずに飛行していた。地上では陽動の部隊が戦闘を繰り広げている爆音が響いてくる。雲の切れ目からたまに見える戦場は、目を覆いたくなるような惨劇が広がっていた。その光景は、最初この世界に俺達が現れた時のお台場の比では無かった。
俺の視線の先で、震える指を抑える為に白く冷たくなった手をグッと強く握りしめている結衣の姿がある。
「こんな……小さい頃に何度も小山遊園地に来た事あるのに……知ってる町が炎と煙で全然分からない町になっちゃった……許せ無い……」
思いつめている結衣とは裏腹に、誠は普段の飄々とした態度は変わっていない。まるで、遠足にでも行くような雰囲気を周囲に振りまいている。
「飛行機なんてさぁ~オレ初めてなんだよね! 慣性除去装置のせいで、全然離陸の感動とか味わえなかったけどさぁ~、てかさ! このパイロットスーツって着心地こんな良かったのな! こんな良いんなら普段の訓練の時も着とけば良かったぜぇ~、マジ損した気分。サッサと敵倒してさ、元の世界戻って、好野家の牛丼でメガ盛り食いたいね!つゆだくで!」
いや……このハシャギ様はむしろ不自然だ。誠は基本的に空気が読める人だ。それでも、今こんなにハシャイでいるのは結衣を元気づける為というよりも、場の空気に自分が押し潰されないようにテンションを上げているように感じる。
作戦の指示をする為に俺達の部隊の隊長であるデュネス大尉が、パイロットの待機室に現れた。
「光石少尉、ウルサイぞ! これから作戦の説明に入る。姿勢を正してしっかり聞け!」
デュネス大尉に叱られてビシッと姿勢を正す誠、なんとなく笑いが込み上げてきたけど噛み殺す。
「これから一〇分後、この和哉を中心とした部隊は宇都宮上空で機から機体をパージする。すでに戦場は陽動部隊によって現在の小山と真岡と佐野に移っている為、敵の部隊が殆どで払っているはずだ。お前達は残存兵力を掃討しつつ進軍し、日光に存在する敵拠点を制圧しろ。拠点制圧部隊には、和哉率いるAC三機と、スコット率いるAC八機、アレフ率いるAC一〇機、カゲヤマ少佐が率いるAC一二機が当たることになる。各員の健闘を祈る! 機体に乗り込み待機しろ!!」
俺達は、お互いに顔を見合わせ頷きあうとそれぞれの機体に乗りこんで出撃の時を待つことにした。