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第6話 スクラッチ

 俺の申し出は、カゲヤマ少佐と一度話をしてから決めるという結論になり、今回は部屋に戻って休むことになった。

 俺達には、カゲヤマ少佐の私室程広くはないが個室をあてがわれていて、シングルより少し大きいがセミダブル程では無いベッドが一つと、小さな机が一つ、スツールが三つある応接セットが付いていて、風呂桶は無いながらもシャワーが各部屋にあり、トイレが備えてある部屋だった。そのデザインは三人とも同一で、結衣の部屋だけ反転した間取りになっていた。

 俺は誠と結衣に少し横になることを告げると、自分の部屋に入った。こんな未来のような進んだ世界にも関わらず、ベッドは未だにシーツを使った物だった。ノリが効いているのかパリッとしたシーツに身体をうつ伏せに投げ出すと、考えていた構想について、もう一度考察をする。

 敵を殺さずに無力化する武器の開発。それは、とてもじゃないが簡単な事では無い。敵のアサルト・コアも、こちらと同様にコクピットは胴体部分にあることが確認されている。全ての機体が同一と決めつけるのは難しいが、概ね合っているだろう。

 胴体を残して、敵を無力化する。それは達磨にするしかない。手足を破壊し、行動不能にするのだ、俺と誠、結衣ならそれも可能だと思う。だけど、それをここの日本自衛軍に強要することは難しい。それなら、搭乗する機体のプログラムに胴体攻撃への直撃を避けるよう組み込むしかない。でも、そのチューニングは兵士の生存率を大きく下げる要因になってしまう。敵を一撃で撃破出来たはずの攻撃はシステムに拒否され、敵は攻撃を受けても何度か反撃のチャンスがあるのだ。こちらの生存率も相手の生存率も一〇〇パーセントのまま、戦闘に勝利する方法を模索しなければならない。一応の方法はある。しかし、それには一機当たりのコストが高くなってしまうのだ。あと、新たに組み込みたい思想の武器もある。そう考えていると、自分は開発向きの人間なんだと思い知らされたような気がした。

 

 俺が思考の海に潜っていると、それを引き揚げるように部屋の扉がノックされた。

 意識を浮上させた俺は身体を起こすと、ノックされた扉の前に立ちゆっくりと開ける。そこには、スコット中尉の姿があった。

 

「どうしたんです? 中尉殿」

「中尉はやめて下さい。自分はまだ若く、実力もまだまだです。実力で言うなら貴方がた三人の方が上司でも変ではありませんから」

「んじゃ~お互いに畏まらないってことで」

「はい」

「敬語やめようって」

「これは癖ですから、お気になさらず」

 

 なんとなく傍から見ると俺が不敬に思われそうだけど、本人が気にしないってなら別に良いということにする。

 

「それで? なんでわざわざ部屋まで? 呼んでくれれば俺の方から行ったのに……」

「呼び付けるなんて上司面できませんよ。それに和哉さんは病み上がりですから気遣うのは当然です。要件と言うのは明日からの戦闘シュミレーションの打合せです。というか、私達にアサルト・コアでの戦闘訓練をつけて頂きたいのです」

「戦闘シュミレーションって、どうやってやるんだ?」

「それぞれコクピットに乗り込み、自分の機体の能力を数値化してシュミレータの上で動かせるようにします。コクピットのモニターは実戦のように動きますし、被弾の衝撃などはコクピットに付いているスピーカで重低音を出し、空気を震わせることで少しでも臨場感を高めてあります」

 

 スコットの説明を聞いていた俺は、内心驚愕していた。俺達がゲームセンターでプレイしていた物が、少しバージョンアップされているがこちらの世界ではシュミレータとして機能しているということだ。

 そこで、俺は一つの疑問が沸いて来た。

 

「なぁ……スコット、自分の機体のカスタマイズってどうやってやるんだ?」

「カスタマイズですか? えっとですね……」

 

 そう言ってスコットは腰に下げていたポーチのような物から仁天堂製の携帯ゲーム機に良く似たデバイスを取り出した。

 

「これには、アサルト・コアに関する各種機能を集約した物が入っています。敵の技術ですが、必要な部品等を自分が管理している異次元倉庫に保存しておく事で、それらを使って自分の機体をカスタマイズすることが可能です。仕組みは分からないんですが、このデバイスで設計した通りに自分の機体がカスタマイズされるみたいですね。ただ、コレを使いこなせる人間は日本自衛軍には居ません。カゲヤマ少佐がこの機能の解明に全力を尽くしていたようですが、自分の<バガン>を回収して<リガン>にするだけでも半年という月日を使い、なんとか形にしたと言っていました」

 

 俺は、内ポケットからSANY製の携帯ゲーム機を取り出すと、電源を入れて中身を確認する。

 考えてみたら、こちらの世界に来てからというもの、一度も真面目に電源を入れて中身の確認をしていなかったことを思い出した。頭のどこかではゲームだと考えていても、行動がそれに伴っていない。しっかりとゲームの中だと思っていれば、まず最初に確認していそうなことが、今の今まで放置されていた現状に俺は苦笑いを浮かべるしか無かった。

 OSが起動されて、オープニングムービーやローディングの画面をすっ飛ばし、いきなり自分のカスタマイズ画面になった。カスタマイズ画面の脇にあるメニューバーには、【戦闘開始】【ブリーフィング】【開発・整備】【動作確認】【コントロールパネル】【AI専用部屋】【異次元倉庫】【BBS】【オプション】が並び、【開発・整備】【動作確認】【AI専用部屋】【異次元倉庫】以外が灰色になっていて選択不可能になっていた。

 俺は迷わず【異次元倉庫】を選択する。

 すると、緑色のプログレスバーが現れて少しづつその足を延ばして行く。一〇〇パーセントになった時、俺の異次元倉庫の中身はゲームセンターで<三機神>を設計した後と同一の状態だった。

 

「スコット……」

「どうしたんですか? 和哉さん、手が震えていますよ?」

 

 そう、俺の手は今猛烈に感動し過ぎて手が震えている。クレジットの残高も結構残っている。材料も豊富だ。開発にはブレインとして参加するつもりだったけど、コレなら全部一人でやれる……!

 

「スコット……俺がお前を本物のエースにしてやんよ……」

 

 ◆

 

 次の日、俺達は戦闘訓練を行っていた。

 講師は、誠と結衣に任せて俺は車いすに座ったカゲヤマ少佐と、それに付き添うアキラさん、スコットを連れだって日本自衛軍格納庫内にある<バガン>の前に来ていた。

 カゲヤマ少佐と事前に説明していた内容に、スコットとの話で分かった新事実を交えて内容の確認を行っている。

 

「…………つまり、和哉くんに開発と整備を依頼すれば、先の敵新型と同じようなスペックを持った機体の開発が出来るということだね?私の<リガン>もヤツら以上のスペックに出来ると? それで、試しにスコットの<バガン>をカスタマイズして、その開発能力を実際に見せてくれると言うことですね?」

「はい」

 

 アキラさんが、眼鏡を中指で抑えると興味深いと言った印象を含んだ声色で自分の意見を話しだした。

 

「面白いな。確かに君達が駆る機体の性能は、敵味方を見ても頭一つ以上抜けている。これが量産できると言うのなら、心強い」

 

 俺はスコットの<バガン>を見上げながら言葉を選んだ。

 

「俺達三人の機体は特別製です。なので、量産化は無理でしょう。俺の<三機神>に到っては通常の機体が有するパーツの三倍以上を使用しています」

「でも、少なくとも自分が乗る<バガン>の性能を和哉さん達が操る機体に近づけることが出来るということですよね?」

「腕は俺よりもスコットの方が上だからね。俺がイジッた機体で模擬戦なんてやったら俺が負けると思う」

 

 俺とスコットの会話を聞いていたカゲヤマ少佐とアキラさんは、何やらひそひそと話し合うと此方に向き直って大きく頷いた。

 

「まずは、スコットの<バガン>で様子を見させて貰いますか。他の機体に施すかはそれからです」

 

 俺はカゲヤマ少佐の言葉に頷くと、早速作業に取り掛かった。

 俺は先の戦闘でスコットの戦闘特性をモニターや実際に見たりして、ある程度把握している。

 もともと<バガン>が汎用中距離特化型(スカーミッシュ)なので、どうしても近接戦闘に向かなかったが、スコットには汎用近距離特化型(アタッカー)が向いていると思っている。汎用とは言いつつも、実際のチューニングとしては高機動近接特化型(トルーパー)と<アタッカー>の中間のようなイメージになると思う。

 俺は、アキラさんから貰ったボールペン型パソコンにあるUSBコネクタにスコットの仁天堂製の携帯ゲーム機に似たデバイスを接続すると、パソコンの画面にカスタマイズ画面を表示させる。未来なのにUSBコネクタという点に違和感を感じたが、仕様がアサルト・コアに準じているなら、きっとそういう物なんだろうと無理矢理納得した。

 すでに俺の異次元倉庫から、スコットの異次元倉庫に必要な材料は受渡し済みだ。

 俺は指の筋を伸ばしてから、身体全体でも伸びをすると、指を鳴らす。

 

「んじゃ~始めますか!」

 

 俺は前もって練っていた構想をデバイスを使って具現化していく。瞬く間に組みあげられていくロジックにカゲヤマ少佐とアキラさんは呆れ顔だ。

 運動ルーチンを最適化、慣性除去装置の出力は機動力を変数に設定して自動化、AI学習能力を俺の<イザナギ>からの流用で組み上げていく。

 三時間程そうしていただろうか、とりあえず概要の設計が終わり、後はパイロットとの微調整作業を残すだけとなった。

 俺が設計したスコットの機体が、少し大きめに開いたパソコンの画面上でアオリやフカンのアングルに切り替わりながらクルクルと回っている。その姿は、西洋の甲冑をイメージした(みどり)の機体で、頭部や肩はドラゴンをモチーフにしたデザインをしている。頭部の後方からポニーテールのように垂れる金色の糸のような物は、排熱対策で取りつけた物だ。主兵装として右手に大型ランス、左腕に小さな五角形の盾を持っている。背中からは膝裏まで表が黒で裏が赤地のマントが伸びている。メニューの中から【反映】のボタンを選択すると、スコットの<バガン>が光に包まれて、パソコンの上でクルクルと回っていた機体に形を変えた。

 

「あぁ~……くたびれた……とりあえずスコット、これシュミレータで動かしてみてよ。基本に忠実、だけど結構じゃじゃ馬な設定になったから、慣れない内は振り回されると思うよ」

 

 三時間で組み上がった自分の機体を見上げて、端正な顔に似合わない程、口をあんぐりと開けて呆けていたスコットが、ハッと我に帰る。

 

「分かりました! 早速試してみます!」

 

 パソコンから携帯ゲーム機のようなデバイスを外してスコットに返すと、格納庫内にある大型モニターをスコットのシュミレート画像に切り替えて貰う、戦闘訓練を行っていた面々も興味があるのか視線を奪われている。

 シュミレータで選択されたエリアは、青空がどこまでも広がり、草一本生えていない荒野にスコットの新しい機体が佇んでいた。

 倉庫の大型モニター隅にワイプが開き、スコットの顔が映し出される。

 

「それでは、和哉さん。さっそく行きます」

「おう、気を付けてな」

 

 シュミレータで気を付けるも無いのだが、出来の良い3D映像という物は衝撃が凄いと酔ってしまう物だ。あながち間違ってもいないだろう。

 スコットの機体がゆっくりと歩き出す。その動きの滑らかさに、周囲の隊員達も「おぉ」っと感嘆の声を上げる。

 

「凄いです。全然動きだしの慣性を感じませんでした。<バガン>とは比べ物になりません!」

「スコット、その発言は少し早いかもな。歩くだけじゃなくて、走ったり飛んだりしてみなよ」

「言われなくても! ……行きます!」

 

 翠のドラゴンをモチーフにした西洋甲冑のアサルト・コアが全力で走りだす。滑らかな歩きだしとは違い地面を蹴るその足はしなやかに動きながらも、力強さが伝わってくる。あっという間に最高速に達した速度は<バガン>の走行速度の約一.八倍だ。そして、スコットは急停止を掛ける。走った時とは対照的に、地面を抉ることもなくピタリと停止する。

 

「今、音速の半分にも届く速度で走っていたのに、急停止しても何も感じませんでした。コレなら全力で動き回っても身体に負担が掛からないですね!」

「俺の設定では空中適正がバガンよりも大分良くなっているから、空中の動きは陸上よりも良くなってるぞ。飛んでみろよ」

「行きます!」

 

 スコットの機体が深く沈みこむように、しゃがみ込んだかと思うと、伸びあがるように空へと飛び出す。光る粒を撒き散らしながらマントを風になびかせて空を舞う姿は、本物のドラゴンを思わせる幻想的な映像だった。

 一通り、飛びまわって満足したのか、右手に持った主兵装を構え直すスコット。

 

「和哉さん、コレはもう使えますか?」

「まだ出力測定してないから、適当な威力だけどな。その武器は、中近距離両用の武器だ。中距離で敵に先端を向けて、トリガーを引けば三六ミリの砲弾が一回で六発発射される。どれも徹甲榴弾になってるから、当たれば大ダメージ確実だ。だけど、発射する方向がバレバレだから牽制程度にしか使えないけどな。その武器の真骨頂は、見た目の通り、近接戦闘にある。しかも刺突だな。その機体が、それだけの運動性能をもっている要因の一番の理由だ。重火力による一撃離脱。それが、その機体のコンセプトになっている」

「アキラさん! お手数ですが、ダミーの設置お願いします!」

 

 スコットの依頼でアキラさんが訓練用ダミー機体をシュミレータエリア内に一機出現させる。先の戦闘で得た<イェーガー>のデータコピー機体だ。

 ダミーはスコットの機体から大分離れた場所に現れた。遠距離武器の持ち味が生かせる絶好の距離感である。アキラさんも中々良い性格をしてるなぁ。

 スコットの機体目掛けて得意の遠距離攻撃をしかけてくるダミー。クラスター爆弾の雨霰(あめあられ)。その中を翠のドラゴンは疾走し、一気にダミーとの距離を詰めると、右手に携えた大型ランスをダミーの身体に突き立てていた。

 

「凄い! あの装甲が厚い<イェーガー>をダミーとは言え一撃!!」

「俺の設計だと、そこまでやったらやりすぎなんだけどな……」

 

 俺の発言が引っかかったのか、隣でモニターを食い入るように見ていたカゲヤマ少佐が疑問の声を上げる。

 

「敵を倒すのに高威力の武器では何がダメなのですか?」

 

 やってしまった……。まぁ~勝手に全てを終わらせてから事後報告するわけにもいかない。俺は少し言葉を詰まらせるが、即座に観念して全てを話すことにした。

 

「それはですね……俺は敵と殺し合いをしたくないんですよ」

 

 カゲヤマ少佐は余りのことに言葉を失い、その隣にいたアキラさんまでが驚愕の表情を浮かべゆっくりと口を開いた。

 

「それはどういうことだ? 敵を殺さずに戦うということか? それがどれだけのハンデを背負って戦うことになるか、知らんわけではあるまい!」

「何も敵を殺さなくても、相手を無力化することは出来ます。先の戦闘で戦った、敵新型はカゲヤマ少佐の<リガン>に敢えて止めを差していません。つまり、敵の中にはこちらの日本自衛軍を出来るだけ殺さずに済ませたいと考えている者がいるということです」

「だが、全ての敵が”そう”という訳ではあるまい。現に敵の<イェーガー>部隊は基地に対して攻撃をしてきている。非戦闘員が数名、実際に命を落としているのだぞ!」

 

 先の戦闘で死人が出たことをアキラさんの言葉で初めて知り、俺は言葉を失った。でも、こればかりは俺も引くことは出来ない。

 

「アサルト・コア部隊に死人なんて出させませんよ! その為に俺が開発するんです! 敵の攻撃を受けているだけではジリ貧です。いつかは、こちらから打って出なければならない! でも、人は殺したくないんですよ!」

「和哉が言っていることは理想論だ! とても現実的とは思えない!」

「俺は成し遂げてみせますよ! 夢でも幻でも無く現実の結果にしてみせると言ってるんです! 見ていて下さい!」

 

 俺は再度デバイスを手に取ると、最後の調整を施していく。先のテストは機体の追従性をテストする為の物であり、これから行うテストは実戦に基づいた検証だ。

 組み上げたAIと、これから各機体に標準装備として持たせる予定の新装備をスコット機へと装着させる。

 シュミレータ内と格納庫内にあるスコットの機体が光に包まれる。そして光が収まった時、スコットの機体には見た目上の変化は現れなかった。それを見た一般の隊員から『何も変わってねぇじゃん』と呟いた声が聞こえる。

 

「アキラさん、これから俺がシュミレータ上で証明してみせます。先ほどのダミー<イェーガー>を二〇機出現させて下さい。あと、お台場に現れた汎用中距離特化型(スカーミッシュ)の劣化版を三〇機です」

 

 俺のリクエストに言葉を失うカゲヤマ少佐とアキラさん、コクピット内にいるスコットもモニター画像内で目を見開いている。

 

「いくらなんでも、それは無理があるんじゃ……」

 

 スコットが恐る恐ると言った雰囲気で否定の言葉を放つ。それに対して俺が返した答えは周囲を沈黙させることに十分すぎるインパクトを備えていた。

 

「それくらい居ないと、スコットに攻撃当たらないだろ?」

 

 あんまりな言葉にスコットは目玉が転がり落ちてしまうのでは無いかと言う程に目を見開き、カゲヤマ少佐とアキラさんに到っては、むしろ呆れていた。

 アキラさんが溜め息混じりに言葉を紡ぐ。

 

「耐久実験なら、敵を一機出せば済むだろう。避けずに着弾させれば良いのだからな……そんな数の敵から集中攻撃されたら消し炭しか残らんぞ普通」

 

 アキラさんの言葉に俺は不敵な笑みを浮かべる。幼馴染が二歩下がるのを感じたが、今は俺の完全完璧なスルースキルによって傷ついた心は無視することにした。

 

「やってみれば分かりますよ」

「……スコットがシュミレータ酔いしても知らんからな」

「ちょっ! アキラ技術主任!?」

 

 そっか……アキラさんは技術主任だったのか、カゲヤマ少佐の美人秘書という訳では無かったのか……と、俺が考えを改めている横で、シュミレータにダミーの敵を出現させて行く、アキラさん……もといアキラ技術主任。

 シュミレータ上は全部で五〇機のダミーがスコットの機体を取り囲み、しっかりと有効射程を考慮した配置になっている。やはり、アキラ技術主任は良い性格をしてると思う。俺は出現したダミーを確認すると、アキラ技術主任に頷いて答えた。

 

「スコット聞いてくれ、これは実際の戦闘を想定した実験になる。敵の攻撃を回避しつつ、敵を無力化してくれ、攻撃対象の胴体を攻撃せず、敵の頭、腕、足、兵装を攻撃してパイロットを殺さずに終了させてくれ、健闘を祈る!」

「ちょっ! 和哉さん!?」

 

 俺は問答無用で、シュミレータを開始させる。すると、一斉にシュミレータの空を埋め尽くす嵐のようなミサイルの雨がスコットの乗った機体を襲いだした。

 

「こんなの連続で喰らってたら、体感振動の所為で本当に酔っちゃいますよ!」

 

 丁寧な言葉で悪態をつきつつも、それらミサイルの雨の中を踊るように回避していくスコット。それを見ていた他の隊員達は感嘆の声を上げ、ただ運動性能に物を言わせて攻撃を回避しているだけでは無いか、と拍子抜けした様子のアキラ技術主任の姿があった。

 スコットは良く機体を操っていると思う。考えてもみると、かなりの無茶が行われている。俺が森を全速力でダッシュした時に、枝にもぶつからずに走り切れるかというと、絶対無理だと言えるだろう。しかも自分に向かって飛んでくるそれらを避けながら、前進して敵部隊への距離を縮めているのだ。スコットのパイロット能力の高さには舌を巻く物がある。しかし、そのまま全て交わし切り敵の前線であるスカーミッシュ部隊に届くというのは無理な話しだ。距離も残り少しというところで、スコットの機体にスカーミッシュが放つ中距離射撃が当たり始めた。

 

「やはりな、あれほど敵の数がいて集中攻撃されれば、如何(いか)に運動性が優れていてパイロットの腕が良かろうと、いつかは捕まる。和哉の夢は夢のままで終わってしまいそうだな……」

 

 アキラ技術主任の言葉には、少し期待を裏切られたような色があった。

 

「まだ実験は終わっていませんよ? ここまで避けたのは、俺も予想外でした。ここからが、先ほど装着させた新装備を見て頂くところです。スコット機の状態をよぉ~く観察してみてください」

「なに?」

 

 スコット機を食い入るように見始めるアキラ技術主任、その脇で何かに気付いたのかカゲヤマ少佐が『あっ』と声を漏らす。

 俺は再度、不敵な笑みを浮かべた。

 

「気付きましたか?」

「えぇ……信じられないことですがね……」

 

 カゲヤマ少佐は自分でも信じられないと言った様子のまま、おもむろに口を開いた。

 

「スコット機のステータスバーに大きな損傷が見受けられません……」

「そんな馬鹿な!!!」

 

 アキラ技術主任が『信じられない』と声を上げながら、ステータスバーの増減に視線を奪われたかと思うと、シュミレータにエラーが発生していないか調査を始める。

 その様子を数秒見つめてから、俺はアキラ技術主任に確認を取った。

 

「どうですか?」

「……エラーは、無い」

 

 もはやモニターの中心では空中で爆心地と化しているスコット機。その様子を信じられないといった様子のまま格納庫内にいる人間が視線を向けていると、モニター右上にワイプ画像が開き、スコットが顔を覗かせた。

 

「あの~みるみるエネルギーゲージが減少して行くんですけど……」

「いまから説明するから、なぜスコット機にダメージが与えられないのか? それは俺が新しく構想した慣性除去装置イナーシャル・リムーバ・デバイスに理由があります」

「どういうことだ? 慣性除去装置には、外部からの攻撃に対する効果は無かったはずだ」

 

 アキラ技術主任が困惑した表情のまま、俺に質問をぶつけてきた。

 

「それは……慣性除去装置の特性から説明をする必要がありますね。慣性の法則というのは、物体が現在の状況を可能な限り維持するという世界に設定された不変の法則によっておこります。慣性除去装置は特定の範囲に発生させたフィールド圧力によってベクトル屈折を起こし、フィールド周辺に発生した慣性を別方向に受け流すことで慣性の除去を実現しています。除去とは名ばかりの慣性屈折装置というのが正式名称でも良さそうな物ですが」

「そのくらいは理解している。それがなぜ、敵攻撃を無効化するようなことになる?」

「つまりですね。爆発反応材質(チョバムアーマー)という特殊装甲がこの世界には有ったはずですが、それの応用と考えて貰えれば良いかと思います。今回開発した指向性(ダイレクト)慣性除去装置イナーシャル・リムーバ・デバイスとでも名付けましょうか、これは……発生した慣性の方向をただ逸らすのでは無く、慣性が発生した方向に向かってベクトルの向きを変えさせる機能を持たせました。つまり自らの攻撃力によって相殺されてしまう機能ってことですね。もちろん、大きな攻撃等でこちらが精製したフィールドの反発力を上回る物で攻撃されれば、逸らすことも出来ずにダメージを受けてしまいます。それに慣性その物を相殺出来ても、熱量自体を無かったことに出来るわけではありません。だから実態弾にこそ有効な装備ですが、レーザーや荷電粒子砲のような高熱源体を発射するような攻撃には弱いという特性があります。それに、この装置は大きくエネルギーを消費してしまうという特性があるんで、被弾率の高い機体の場合はパワーダウンの原因になってしまいます」

 

 俺の説明を黙って聞いていたアキラ技術主任が、俺の説明に存在したデメリットについて、独自の見解を主張した。

 

「しかし、被弾による負傷、及び死亡者の数は大きくその数を減らすことが出来るだろうな……今まで実現不可能と言われていたバリア機能の装備、その有効性についてはアサルト・コアのみならず、拠点防衛にも大きな意味を持つことになるだろう……これは……凄い……」

 

 モニターの中心で爆心地と化していたスコットが少し振動酔いを起こしたのか青い顔をしながら、俺達に声を掛けてきた。

 

「つまり、攻撃を受け過ぎると、このバリアもダメだってことで良いですか?」

「オ~ケ~だ。スコット、攻撃を再開してくれ。もう一つの要素についての説明開始だ」

 

 俺の了承を得たスコットの竜騎士は、飛びあがって敵の弾幕から一時的に逃れると、一気にスカーミッシュ部隊に接近する。スコットは勢いそのままに敵の一機に攻撃を仕掛ける。

 すると、敵の胴体を狙ったはずの攻撃は、その軌跡を自ら逸らし敵の主兵装を持つ右腕を切り落し、左手に装着された盾で敵の頭部を殴り潰していた。

 

「今のは!?」

「その機体に搭載したAIがやったんだ。敵のウィークポイントを調査し、それを自動的に回避すると同時に、相手の戦闘行動を不可能にするための最善解を導き、それに誘導する。それなら、敵を無力化しつつも殺さずに済む」

 

 カゲヤマ少佐とアキラ技術主任が生唾を飲み込む音が聞こえる。

 

「あ……忘れてた」

 

 俺の言葉に全員の注目が集まるのを感じる。

 

「そのAIの名前はホーリー君。俺の地元で活躍しているサッカーチームのマスコットキャラクターだ。仲良くしてやってくれ」

 

 スコットの顔が映るワイプの下にユニフォームを着た緑色の竜をモチーフにしたAIがビジュアル化する。


 『スコット宜しくな! これから一緒に頑張っぺよ!』


 なんとも言えない空気が格納庫に満ちるのだった。


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