第2話 再起動
俺は瞼の裏側からでも眩しいと感じる光に照らされ、咄嗟に目を手で庇おうとするが、少しも改善されなかった。まるで目の前に太陽でもあるんじゃないか? そんな風に感じ始めたところで、光が途端に弱くなった。俺は、恐る恐る目を開けると、さっき三人で入った全天周囲モニタ型の筐体の中で、出入り口であるハッチの目の前に倒れていた。
完全に目が慣れた俺は、外の様子が気になってハッチを開けてみることにした。さっきは『ウンともスンとも』言わなかった上下開閉式のハッチが、普段のゲームセンターで開く時とは違う圧縮された空気を吐き出すような音と共に、動き出した。
俺は最初に自分の目を疑った。定番だが自分の頬を抓ってみる。もちろん普通に痛い。思いっきり深呼吸をすると、ザラついた空気の所為で咽てしまった。俺がハッチを開けて見た景色は、あちこちマナーが悪い客に吐き捨てられたガムがこびり付いた床や、タバコのヤニで黒ずんだ壁等のゲームセンターのそれでは無く、真っ黒な黒煙を拭き出して倒れるロボットと、あちこちで爆発をしている戦場の風景だった。
驚いた俺は、とっさにハッチを閉じて、腰が抜けたのか尻もちをつくと、震える手でポケットの中にしまい込んだ折りたたみ式の携帯電話を開いてみる。しかし無情にも【圏外】の文字。『誠と結衣はどうしたんだろうか』そんな、考えが浮かんだ時、電子音が筐体の中に鳴り響いた。全天周囲モニタの画面に【CALL】の文字が表示されている。俺は、若干の違和感を覚えながらも、何度も座ったシートに腰かけ、コントロールパネルの電話アイコンが表示された部分に触れる。脇に映し出されたステータス表示を見ると、俺の機体はさっきカスタマイズした、新たな黒い鎧武者のような外見の機体<三機神・スサノオ>のようだ。視線を戻すと、電子音と共にモニタの右上に窓が現れて、スピーカから聞きなれた声が響いて来た。
「ちょっと! 和哉! 誠! 二人とも平気!? ってか、どうなってるのこれ!? ケータイも使えないし! 外出たらゲームセンターじゃないみたいなんだけど!?」
その声を聞いて、幾分か気持ちが楽になったような気がした。それと同時に結衣も同じ状況に陥っていると分かって、大きく気持ちが沈むのも感じた。なんとも矛盾しているが、そうとしか表現が出来ない。俺は、結衣の問いかけに応えるべく、インカムに手を掛けて、一瞬先ほども感じた違和感を覚えるが、今は返答が最重要事項だと判断して、頭の片隅に下げることにした。
「結衣! 俺だ和哉だ! 俺も外見てみたけど、これって戦場だよな!?」
モニタに表示された結衣の顔は少し泣きそうだった。気持ちは分かる。きっと俺も同じような顔をしているだろう。
「もぅ~和哉~なんとかしてよ! 私、家に帰りたいよ!」
「いや、俺も同じだって、こういうのに憧れてたのは中二で卒業したし……何にしても今の状況が分からない、まさかイキナリ日本が、どこかの国と戦争になって、筐体の中で気絶してる間にここまで戦火が届くとは思えないし……何より、ハッチ開けたら煙出して倒れてるロボットとか居たし、さすがのつくば学園都市とは言え、大型の人型ロボットは無いだろ」
俺が一人で、結論付けるとモニタの左上に新たな窓が開いた。誠の顔が映っている。俺や結衣とは違って、随分楽しそうな雰囲気が出ている。
「二人とも無事みたいだな! ってかさ、二人とも携帯ゲームの方のストーリーモードってどこまで進めた!?」
この非常時に何を言ってるんだ? コイツは、今俺達はロボットが倒れて煙を出すようなところにいるんだぞ? まぁ~誠は空気は読めなくても、意味の無い質問はしない奴だから、ちゃんと応えてやるけど。
「俺は、一応今のとこ配信されてる分は、全部こなしてるぞ?」
「こんな時になんて質問してるのよ!? あんた馬鹿じゃないの!?」
「なはは~そう怒るなって、気持ちは分かるけど、怒っても何も解決しないだろ? この景色さ、ど~かっで見たことあんだよな、和哉分かるか?」
俺は誠の問いかけに対して、いままで倒れているロボットや爆発にばかり目が行っていた視線を、周囲の建造物や遠くの景色に向けることにした。
「コレは……お台場湾岸エリアか? 『ゆりかもめ』がリニアモノレール式になっているし、これは<アサルト・コア>のお台場湾岸エリアだ!」
<疾風機兵アサルト・コア>ストーリーモードの舞台は七五年後の日本と中国、韓国が舞台になっている。まだ配信されていないコンテンツに、ヨーロッパやアメリカなどがあるのだろう、というのがネット掲示板で一番有力な推測だ。そして、俺達三人が立っているこの場所<お台場湾岸エリア>とは、周囲を東京湾に囲まれた地域でレジャーランドなどの施設が集中した場所である。つまり、この世界も現実の世界も大して変わらないということなんだけど、現在のお台場には無いような建物などから、ここが俺達の知っているお台場では無いということが分かる。何よりも、今、俺達のモニタが映している情景というのは、球体展望室が付いている某テレビ局の正面に位置していて、この場所はストーリーモードの最新コンテンツ配信版を開始した際、最初の作戦開始位置なのだ。
「そう! ってことは、オレ達ってば<アサルト・コア>の世界に来ちゃったんじゃね!?」
「そんな馬鹿なこと、あるわけないでしょ!? って言いたいとこだけど、私もハッチの外見ちゃったのよね……ストーリーモードってこの後、どうなるんだっけ?」
「ん~……っと確か、俺達って謎のロボットってことで、味方の日本自衛軍と、敵の集団の両方から攻撃を受けるんだよな?」
「そうそう! そんで、Sランククリアするには、日本自衛軍には攻撃しちゃいけない上に、日本自衛軍の損害を一○パーセント以内に抑えて敵を撃退する必要があるんだよな。オレこの作戦苦手だわ」
誠が言葉を切った直後、俺達のすぐ脇を通り抜けて敵集団からの狙撃が着弾する。某テレビ局の丸い球体が悲しげな音と共に地面に落下した。こりゃ洒落にならんて……。
「どうする? 逃げる? 隠れる? 私は逃げるの賛成!」
「オレは何も分からないんだし、これがゲームの延長なのか、現実に起こったことなのか判断する為にも、敵集団を倒すことが先決だと思うな」
「誠の意見はとても有意義だけど、ここは逃げるのが得策だろう。何より今この状況がゲームと酷似してるからってゲームの中と一緒だとは断定できない。何より……俺は今、猛烈に混乱している!」
「まぁ~それが妥当だわな。ここで死んだら、どうなるか分からないし……ゲームだったら<CONTINUE>すれば復活出来たけど、普通に死んで終わりもあり得るしな……何より実際、オレもビビってるし」
「怖い事言わないでよバカ! アンタの機体は装甲が厚いからまだ良いけど! 私の機体は紙なんだから、リアリティありすぎなのよ!」
「結衣のことはオレ達が守ってやるよ、なぁ? 和哉?」
「もちろん! とりあえず、ここは逃げるぞ! ゲームのマップだとエリア外には出られないんだけど、その辺りの実験にもなるしな!!」
結衣のブラックキャットと、誠のラグナロクが俺の言葉に反応して、戦場に踵を返して飛び立とうとする、俺も同じように飛び立とうと――
「ちょっと! 和哉! なんで動かないの!?」
「どした? カスタマイズ失敗したか?」
「あはは~……ゴメン」
「「ゴメンじゃない!」」
俺は急いでカスタマイズの画面を起動する。稼働域のチェックは問題無いことをゲームセンターでは確認してある。となると――
「問題はAIの設計みたいだ。流しで確認するから、しばらく時間くれ!」
「わかったわよ。バカ!」
「まぁ~らしいっちゃ、らしいわな!」
誠のラグナロクが接近する敵の劣化版汎用中距離特化型をグングニールの出力を絞って狙撃する。グングニールは、出力を調整することで、低出力の荷電粒子砲として使用も出来るし、その威力は出力を最大にすることで先のゲームセンターでの戦闘のように極太のビームを発射することも出来る。その射線に捉えた敵機を貫通しながら何機か同時に倒していく。
「うは! ゲームセンターの手応えより全然”来る”ぜ! ヤバい、病みつきになりそぅ~!」
しかし、敵も標的を日本自衛軍から、こちらの三機に移したようで、倒しても倒しても敵が減る様子が無い。結衣のブラックキャットが敵のど真ん中で舞うように敵を倒して行くが、ブラックキャットは元々一対一を何度も行って敵を倒していく仕様の為、今の状況はかなり向いていないと言える。
二人が奮闘するも、敵集団の一部が誠の弾幕を掻い潜って、俺の機体を射程に捉える。
それと同時に放たれる実弾兵器。
小型ミサイルの乱射だ。
一体から発射されるミサイルの数は、全部で二四発、それらが時間差を掛けて、全て俺の機体に向けられたのだ。
それらを最高出力のグングニールで蒸発させていく誠。
しかし、数が多すぎて、時間差を付けて撃たれたミサイルの半分以上を狙撃することが出来なかった。
「和哉!」
誠の叫びを、連続する爆発音が遮る。
<三機神・スサノオ>が、強烈な火力の中、真っ白な炎の中に消える。
「いやぁぁあああ!」
結衣の悲鳴が戦場に響いた。
「このやろう! よくも和哉を!!!」
誠の怒りがラグナロクのグングニールを最大出力で照射させるが、度重なる全力照射に、銃身が持たず、オーバーヒートの警告音がコクピット内で響いている。
そんな二人のスピーカに雑音を伴って声が掛けられた。
「勝手に殺すなよ」
猛烈な炎の中から、一歩一歩踏みしめるように姿を現せる<三機神・スサノヲ>。
それはまるで、炎から生まれる不死鳥の様に幼馴染の二人には見えていただろう。
「「和哉!」」
ノイズで乱れていたモニタに映し出された窓には、喜びの笑顔を浮かべる二人の顔が写っている。
『マスター、周囲に敵を二三機確認したぜ』
『マスター、<アマテラスモード>による<ECMキャノン>の使用を申請します』
俺はモニタの左下と右下に現れた三頭身のAIキャラクタに笑みを浮かべて返答する。
「承認する。変形! <三機神>! モード<アマテラス>!!!」
俺の声に反応してAIがプログラムを起動する。
『<アマテラスモード>変形承認を確認。変形プログラム起動、コード<恵みの光>』
<イザナミ>の言葉と共に<三機神>が空中に飛び上がり、その姿を三つに分けると、再度一つに交わる。
複雑な素体構成が、外側の装甲板と連動して新たな形を作る。
真っ黒な機体から、神々しい光を放つ赤と橙で彩られた機体へと変形を果たした。
その姿は、女性的なフォルムをした女神の様な出で立ちであり、一六枚の翼が放つ揮発性反重力物質が起こす輝きは後光のようだ。
『マスター、変形が終了したぜ!』
『マスター、変形所要時間○.六秒、少し時間が掛かりすぎました。変形プログラムの見直しを申請します』
「そんなのは後だ! 行くぜ! <三機神・アマテラス>! 掃除の時間だ! ECMキャノン準備!」
<三機神・アマテラス>の後光を形作る一六枚の翼が、高速で円運動を開始する。
『マスター、ECMキャノン荷電粒子加速完了まで……参……弐……壱……完了しました』
<三機神・アマテラス>の一六枚の翼が二枚合わせで一つとなり、合計八本の砲身を形作る。
まさに俺がECMキャノンを放とうとした時、誠から声が掛かった。
「和哉ぁあ! 忘れてないよなぁあ!?」
俺とアイツの仲では、もはや暗黙の了解となっていた事だけど、あまりにテンションが上がりすぎて忘れてしまうところだった。誠には感謝せねば、<三機神>の門出を祝う祝砲なのだ。お粗末に終わらせるわけにはいかない。
「あはは~忘れてた! サンキュ~誠!」
スピーカの向こうでは結衣が『何の事よ?』と誠に訪ねていた。それに対して誠は『男としてスーパーロボットに乗ったなら通らなくてはならない道だ』と力説している。
俺はニヤ付きながら咳払いして喉の調子を整える。
『マスター、二三機全てをロックオン完了したぜ』
「サンキュ~<イザナギ>! これ撃ったら逃げる準備だ! 八咫鏡キャノン! ファイヤぁあァあああ!」
俺は途中で声が裏が得るアクシデントがあったけど、恥ずかしげも無く、声高に技の名前を叫んで操縦桿のメインウェポントリガーを引き絞る。
<三機神・アマテラス>が展開した八本の砲身から、加速された荷電粒子が連続で発射された。
慣性除去装置を最高出力で使用しなければ、発射と同時に砲身が後方に弾き飛ばされる程の反動を伴って、打ち出された光の弾丸は光の粒をまき散らしながら、二三機の敵集団に殺到する。
敵集団は緊急回避行動に移るが、亜光速で迫る荷電粒子を避けきれるような機体は攻撃予測が出来るAIを搭載したプレイヤ機体くらいの物である。劣化版の量産機如きが避けられる速度では無い。
発射した全ての荷電粒子が敵機に着弾。大きな爆発を伴って、俺達に戦闘の勝利を告げた。
「あんた高校一年生にもなって、必殺技の名前叫んで悦になってんじゃないわよ」
スピーカから聞こえた結衣の強烈な一言に、一瞬にして涙目になった俺はきっと世界で一番可哀想な人間だ。そうに違いない。
「女には男のロマンは分からねぇんだよ! 和哉! 最高に格好良かったぜ! 戦闘中にプログラム解析と修正するなんて”あのアニメ”みたいで最高にクールだ!」
誠からの慰めの言葉で活力を取り戻した俺は、操縦桿を握って異変に気が付いた。俺の<三機神>が反応しないのだ。
「なんか動かないんだけど……」
「あの強烈な攻撃の代償か? なんか和哉らしいな……」
「ホント馬鹿! 死ね!」
再度、涙目になった俺には誰からも慰めの言葉は届かなかった。
俺が落ち込んでいると、結衣と誠以外から【CALL】が届いた。
恐らく日本自衛軍の物だろう。俺は、結衣と誠に断りを入れるとコントロールパネルの電話アイコンが表示された部分に触れた今度は【SOUND ONLY】のオプションにチェックを入れる。それと同時に、ノイズ混じりでスピーカが相手の声を拾った。
「所属不明機に告げる。直ちに武装を解除して、こちらの要求に答えろ。さもなくば、こちらの攻撃部隊による一斉攻撃を行う。貴殿等の冷静な判断を求める」
高圧的な相手の物言いに、少し頭に来るところもあるが、俺達は食事の用意すら自分達ではどうにもならないのだ。もしこれが”夢”とかで片づけられるなら、そろそろお腹が膨れそうな物でも出てきて貰いたい物である。学校が終わってからゲームセンターまで自転車を飛ばした俺達は、途中で買い食いをすることも無かった。どの程度気絶していたのかも分からないけど、少なくとも昼以降何も食べていないのだ。『二人と相談させてくれ』と告げると、相手は『子供!?』などと驚愕の声を出していたが、強制的に通信を遮断する。
「んで、どうする? 向こうさんは、こう言ってる訳だけど」
「どうするも、こうするも無いだろ? オレは腹が減った。それだけで理由としては充分だろ?」
「こちらの身の安全は保障してくれるのかしらね。そこが抑えられるなら文句無いかな?」
二人の意見を聞いた俺は、再度相手との通信回線を開いた今度は【SOUND ONLY】のチェックを外す。そこには、いきなり通信を切った所為か、怒り顔の厳つい髭面の男性が映し出されていた。
「貴様! なぜ通信を切った!? あまり反抗的だと、こちらも黙ってはいないぞ!」
「なんで、アンタがそんなに大きな態度が取れるんだ? 確かにアンタ達の銃口は俺達を狙ってるみたいだけど、俺達の銃口もアンタ達を狙えるってこと、忘れないでほしいね」
「ぬぐっ!」
「ってかさ、さっきの俺達の戦闘見て無かった訳? あの程度の奴ら相手に、そんなに数ばかりの戦力を用意して相手しなきゃならないような実力のアンタ達と、三機で余裕を持って葬ることが出来た俺達、どちらが優位に立っていると思う?」
「ぐっ!」
「こちらとしては、穏便に話を済ませたいんだけどね。もう少し話が出来る人はいないの?」
「よくもまぁ~あんなことをペラペラと喋ることが出来るわね。和哉」
「ホントだよなぁ~本人はエネルギー切れで、まともに動くことも出来ずに空中で漂ってるだけなのにさ」
俺の言葉に反応したのか、先ほどの怒り顔の人とは違った人物がモニタに現れた。
青い色をした毛髪を肩口まで伸ばした美丈夫だ。しかし、軍隊という物は、こんな優男でも大丈夫なのだろうか? なんだかソッチ系な人が多そうなイメージがある。
結衣のモニタから『絶対この人、ウケだわ』なんて言葉が聞こえた気がしたが、今は無かったことにする。
「はじめまして、所属不明の高性能機パイロットの諸君。私は日本自衛軍所属アサルト・コア部隊を任されているナガレ=カゲヤマ少佐です」
「やっと、まともに話せる人が出て来たな。俺はアサルト・コア<三機神>のパイロット? ……で良いのかな? 大谷 和哉だ」
「横から失礼しますよ~。オレはアサルト・コア<ラグナロク>のパイロットの光石 誠ぉ~」
「私はアサルト・コア<ブラックキャット>のパイロット、杉咲 結衣よ」
モニタの向こうでは、微笑を称えたままの美丈夫カゲヤマ少佐が頷いて返していた。
「それでは、色々話を聞かせて貰いたいんですが、そちらの機体と一緒に私どもの基地までご同行願えますか?」
「俺達の身の安全は保障してくれるのか?」
「もちろんです。もちろん基地では機体から降りて頂く必要があるんですけどね。話を伺うだけです」
俺は、モニタ越しに誠と結衣に確認を取ると、頷いて返してくれた。
「分かった。其方の指示に従おう。カゲヤマ少佐を信用させて貰う」
本心ではビビリまくりだった俺は、話が終わって通信が切れると大きな溜息を吐きだした。
こういう時ってビビって何もできなくなるかと思ったけど、結構なんとかなる物だ……
俺達は、日本自衛軍の後に続いて彼らの横須賀にあるという基地に向かった。お台場から横須賀である、そこそこ距離があるけど、俺達が乗っているアサルト・コアは水陸空両用だ。一直線に海の上を行けばお台場から横須賀なんて近い近い。話しが終わるまでの間に、なんとか動くようになった俺の<三機神>を騙し騙し動かして、普通に俺達の日本で、電車使って移動したら一時間くらい掛かる距離、それを凡そ一○分程度で移動してしまった。
横須賀までの道のりは、俺達三人を大きく驚愕させていた。まず海に入る前に見た東京都内は、大きなクレーターが出来る程の大きな一撃でもって壊滅されていたのだ。東京湾の中も、機体の残骸が散らばり、水も淀んで魚も碌に見かけることが出来なかった。
誠が呟くように言った『日本は死んだのか?』の言葉が何か確信に迫っているように思えた。
横須賀の基地に辿りつくと、カゲヤマ少佐の迎えを待って機体から降りた。ただ、俺の<三機神・アマテラス>は展開された翼を含めた高さが基地格納庫の天井よりも高い為、再度<三機神・スサノヲ>に変形することで事なき得た。
横須賀の基地は地下に広大な面積を持った基地だった。格納庫には俺達プレイヤからすれば、初期に配られたような機体ばかりが勢ぞろいし、殆どカスタマイズらしいカスタマイズが出来ていないようだった。あれでは、敵の少しカスタマイズされた機体を相手にする時、あんなに数が必要になる訳だ。
横須賀の基地の中をカゲヤマ少佐に導かれるままに進む俺達は、途中カゲヤマ少佐から簡単な説明を受けながら目的地に向かっていた。
カゲヤマ少佐が言うところには、現在外宇宙から現れた異星人が侵略を目的に世界中に攻撃を開始した。それに対して日本・中国・韓国は合同でコレに対抗するため、同盟を結成した。しかし、敵の戦力は最初こそ、戦闘機型UFOでの攻撃がメインだったが、なんとか戦線を保持できると感じた直後、新たに投入されたアサルト・コアによって、大きく戦線は後退し、水際での戦闘が続いているらしい。なんとか多くの犠牲を払って回収した敵のアサルト・コアを解析し、日本が誇る技術力によって急ピッチで設計されたのが、この格納庫内にある機体達という訳だ。
その説明は、携帯ゲームのストーリーモードで遊ぶ時に最初に流れるプロローグと同じだった。俺は少し違和感を覚えて、カゲヤマ少佐にこちらから質問してみることにした。
「この部隊には、スコット=シップドックっていう人がいませんか? 紫の髪を一つで結わえている人だと思うんですけど……」
俺の発言に誠もハッとした顔をして、カゲヤマ少佐の返答を待った。
スコット=シップドックというのは、ストーリーモードに出てくる日本自衛軍に所属するエースパイロットだ。量産型の弱い機体しかいない日本自衛軍において、独自の理論を基に、開発者と共に自分の機体をカスタマイズして、プレイヤの戦闘をサポートしてくれる心強い味方だ。
「ん? 彼を知っているのですか?」
「あぁ~……知っていると言えば知っているし、知らないと言えば知らない」
「? とりあえず、呼びますか。彼なら先ほどの出撃にも出ていたでしょうし、おそらく自室に戻って整備士に提出する報告書をまとめている頃でしょう」
「お願いします」
俺がスコットの呼び出しをお願いすると、胸からボールペン程の金属の棒を取り出した。
カゲヤマ少佐はボールペンをノックするように、頭の部分を押すと、ボールペンの横にはピンクの光で描かれたノートパソコンのような物が現れていた。そこで、何やら操作をすると、画面にキレイな女性が表示されていた。
「オペレーター、すまないがスコット=シップドックを私の部屋まで呼び寄せて欲しい」
『かしこまりました。スコット=シップドック少尉をカゲヤマ少佐の所まで伺うように伝えておきます」
「えぇ宜しく頼みます」
再度、カゲヤマ少佐がボールペンのような金属の棒をノックすると、ノートパソコンのような表示が消えて、元の金属の棒に戻っていた。
俺は凄く興味を惹かれていた。なんとも、見るからに未来の道具って感じだからだ。隣を見ると誠も同じように興味津津って感じだ。
それに気付いたカゲヤマ少佐が『もしかしたら、貴方達にも配られるかもしれませんよ?』と言っていた。どういう意味だろうか……
格納庫を抜けると、片側二車線の道路が続いていた。地下のくせにどんだけ広大なんだよ。と、心の中で突っ込んだ俺はきっと間違って無い。
少し、その片側二車線の道路脇で待っていると、一台の車のような物が来た。なぜ”ような物”なのかと言うと、アニメに出てくる未来の車よろしく、空中に浮いているのだ。しかも運転席が無い。右の席も、左の席も、というか前の席なのに真ん中の席があるし、真ん中の席の正面にモニタがあるだけだ。ってかどうやって、ここまでこの車来たの? 運転手いないんだけど。
カゲヤマ少佐に言われるまま、俺とカゲヤマ少佐が前の席に、結衣と誠が後ろの席に座った。搭乗して扉を閉めると、モニタに美人な女性が映し出された。
『ご希望はどちらになりますか?』
「居住区にある私の自室にお願いします」
『かしこまりました。到着予定時間を設定しますか?』
「時間の指定はありません。安全運転でお願いします」
『かしこまりました。それでは発進します』
一通りのやりとりを終えたモニタの女性がそういうと”車のような物”が誰が運転するでもなく、音も出さずに走り出した。発車時の慣性も特に感じることもなくスピードを上げて行く。
「この車って、もしかして慣性除去装置が付いてるの?」
俺の疑問を結衣が代弁してくれた。さすが幼馴染だな、疑問に思うことが似ている。
カゲヤマ少佐が身体を捻って後部座席に視線をやりながら、結衣の質問に答えた。
「そうです、この車にはアサルト・コアに搭載されている慣性除去装置が内臓されています。と言っても性能は随分落ちますけどね。これが付いていれば余程大きな事故でも起こさない限り、衝突が原因で事故死することはありません」
「余程大きな事故って、すでにこの車一○○キロ以上のスピード出してるわよね? この速度で事故ったら余程大きな事故に分類されそうなんだけど……」
「このくらいのスピードでしたら、軽い方ですよ。大きな事故には時速二○○キロ以上からですかね。この慣性除去装置でしたら時速二五○キロくらいまでなら、ほとんどの衝撃を無効化できます」
「二五○キロって新幹線なみの速度じゃない……」
そんな雑談をしながら向かったカゲヤマ少佐の自室は、入った瞬間に驚いてしまうような広さだった。俺のボキャブラリーを最大限に発揮するなら……『象が百人乗っても大丈夫! って感じだ!』昔のCMにそんなのがあった気がする。なんで象なのに、百人なのか分からないけど……。
閉ざされた自室の中には水族館ばりの大きな水槽があって、そこにはTVドラマで見たことがある古代魚……シーラカンスだっけ? アマゾンにいるデカイ奴。そいつが悠々と泳いでいた。
「和哉、シーラカンスじゃない。アロワナだ」
何故か誠には何を考えているのかモロバレだった上に、間違えた方向性までピッタリと当てられてしまった。さすが幼馴染だな。
俺達三人が大きな水槽に見惚れていると、少し自慢げな雰囲気を出したカゲヤマ少佐が、鼻息を荒くしながら熱烈に説明してくれた。
「コレはね! 南米にあるアマゾン川という川の環境を再現しているんだよ! あそこにいる一.二メートルの銀色の魚はシルバーアロワナって言ってね! そして、底の方にいる四メートルの魚! あれはピラルクって言う名前で、淡水では最大とか言われてるんだよ! あとあと! 底の方に居る平べったい魚! 分かる!? あれはモトロって言って淡水でも買えるエイなんだ! もっと大きな水槽に出来ればピンクイルカを泳がせたかったんだけどね~……上層部に申請したんだけど、なんとかこのサイズで我慢しろって押し切られちゃってさ……本当残念ですよね……」
きっと俺達三人の心は今一つになっている。そう、一番残念なのは貴方ですよカゲヤマ少佐……と。何より、結衣と誠の表情が物語っている。
この手の人は、趣味の話を始めると何時間という単位で、同じことを繰り返し話せるツワモノだ。俺と誠、結衣も少なからず、その手のネタはそれぞれ持っている。ここは早く話を切り替えるのが上等手段だ。
「それで! オレ達がココに連れて来られたのは何でだ? ご飯に呼んでくれた訳じゃないのか!?」
多少強引だが、さすが誠だ。今の空気の流れを断つのは真面目な話が向いている。そして、最後に少し笑いの要素を入れることで上手くオブラートに包んでいるな。
誠の言葉に一瞬嫌そうな顔を浮かべたカゲヤマ少佐は『それじゃあ、水槽の話は、本題が終わった後にゆっくりするとして……』と言いながらソファを勧めて来た。
健闘もむなしく、この後の趣味談義地獄が確定してしまった瞬間だった。
真っ白な灰になったボクサーのようにソファに座りこむ誠。俺と結衣も勧められるままソファに腰掛けた。
俺達がソファに座ったことを確認して、カゲヤマ少佐が口を開く。
「まずは君達に謝らせて貰いたい。私の部下の非礼をお詫びしよう」
カゲヤマ少佐が深々と頭を下げる。俺達三人も別に、カゲヤマ少佐に頭を下げてもらうつもりも無かったので、直ぐに顔を起こしてもらうことにした。
「今は、もう気にしてませんから」
俺がそう告げると、カゲヤマ少佐は男でもドキッとしてしまいそうな程キレイな笑顔を浮かべて『良かった……』と呟いた。
隣で結衣が『やっぱりウケだ』と小さく呟いたことは、俺の全力全開のスルースキルでもって、完全にスルーすることにする。どんだけ”する”って言うつもりだ俺は……。
カゲヤマ少佐は笑顔から真剣な顔つきに変わると、少し聞き辛そうに俺達に質問してきた。
「短刀直入に聞きます。貴方達はどこから来ましたか? そして、何故”ヤツら”と戦っていたのですか?」
なんとも核心に迫った良い質問だ。俺が応えることを纏めている内に、誠が先に口を開いた。
「オレ達は西暦二○一一年の日本から、やってきました。何故ここにいるのかは分かりません。”ヤツら”と戦っていたのは、あちらから攻撃を仕掛けられたので、自衛の為に反撃し撃破しただけですよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ? 西暦二○一一年の日本? 今から七五年前から来たっていうのか? 今、私達が使用している機体よりもずっと高性能な機体を七五年も前に開発出来たとは、到底思えないんだが……」
「正確には少し違うと思います。俺もこういうこと言うのは中二で卒業したと思ってたんだけど、いわゆるパラレルワールドって奴とかなんだと思います」
「パラレルワールド? 君達の世界の二○一一年には、あんな高性能な機体があるのかい?」
「それもちょっと違いますな。えっと……なんて言ったら良いのかな……俺こういうの苦手で……」
「和哉しっかり説明してよね! 私が説明してあげるわよ! えっと~……信じられないかもしれませんが、私達の時代に存在するゲームの世界が、この世界のようなんです。もちろん、元々のゲームの世界とは微妙に違うみたいなんですけど、私達が使用していた機体、あれはゲームの中で私達が使用していた機体なんです。つまり私達がゲームの世界に入ってしまった。もしくは、私達の世界がゲームのようになってしまった。ということだと思います」
カゲヤマ少佐は、俺達の説明に唸るように考え込むと、溜息をついて、さっぱり分からないと言ったジェスチャーをし、声を発した。
「分かりました」
「「「えぇ!?」」」
「ん? どうしました?」
「「「今、分からないってジェスチャーしたじゃないですか!?」」」
「ん? そうですか?」
このカゲヤマ少佐って人が少し人とズレているのか、やはり俺達の文化とは少しズレているのか、俺達にはまだ分からなかったけど、とりあえずこのカゲヤマ少佐って人が、信用できないような人では無いということが分かった。もちろん、まだこの日本自衛軍という組織そのものについては、全然分からないけど、この世界で俺達が出来ることも分からない以上、今ある繋がりだけは大事にしなきゃならない。俺達はそんなことを考えていた。
「まぁ~”なにわともあれ”です。古来より”腹が減っては戦は出来ぬ”と言いますし、水槽の話でもしながら食事にしましょう! 今、持って来させます!」
コレが無ければ良い人なんだろうけど、それはきっと無理な話なんだろうと、俺は心の中で軽く落ち込むのだった。




