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第1話 シャットダウン

 遠くで響く大きな音が、俺の腹筋を揺さぶる様に響く。音に遅れること数秒、大きな衝撃が、俺達を乗せた飛行機に叩きつけられた。だけど、この程度じゃ俺達は動じない、この程度で動じていたら、奴らと戦うことなんて出来やしないんだ。

 作戦空域に近くなり、コクピットに乗り込んで、感触を確かめるように手元のデバイスをイジる。指先が鈍るような感触を振り払うかのように、指の筋を伸ばす。狭いコクピットの中では碌にストレッチも出来ない。

 俺達がこれから降り立つのは、明らかな殺意を向けてくる敵が存在する戦場だ。火薬と血と肉が焼ける匂いが充満する地獄だ。

 既に何度か戦闘は行った。シミュレーションに関しては、気が遠くなる程こなしている。それでも、出撃前の緊張に慣れることはない。

 機体に付けられたスピーカから、雑音を伴って、上官から作戦(ミッション)を告げる言葉が流れた。

 

「敵の数は一四。汎用万能型隊長機(ジェネラル)が一、汎用近距離特化型(アタッカー)が八、重装甲高火力支援型(イェーガー)が五だ。 その内、アタッカーに二機、イェーガーに一機、新型が投入されている。気を付けろ。作戦は一四○○時(ひとよんまるまるじ)より行われる。機体の射出は今より四○秒後。各員の戦果に期待する」

 

 俺は、上官からの報告に声を荒げる。

 

「新型が三機!? 聞いてないですよ!!!」

「事実だ。受け止めろ。そして対応しろ」

 

 シートを殴りつけ、目を閉じて、苛立ちをぶちまける。そうでもしないと、今の不安を抑える術を、俺は他に持ってないからだ。

 雑音を伴って、スピーカが新たな声を拾う。

 

「大丈夫だって! オレ達は誰も死なない!! そして死なせない! 絶対だ!」

「そうよ! たかが新型くらいで、男がガタガタ騒がないの! それに守ってくれるんでしょ? 和哉(かずや)!」

 

 俺はゆっくりと目を開ける。さっきまでの不安も苛立ちも全て、キレイに洗い流されたようだった。代わりに、俺の中で確かに灯る勇気の熱を感じた。

 

「あぁ! 守る! 結衣(ゆい)(まこと)も、絶対に死なせない! 絶対に帰るんだ! 元の世界へ!」

 

 ――作戦開始(ミッション スタート)、機体の射出を行います。 各員の健闘を祈ります。

 

 飛行機に付けられたAIが出撃を告げる。

 俺が操る機体<三機神>のAIが、俺を鼓舞するように声を掛けてきた。

 

 『マスター行くぜ!』

 『マスターには私達が付いてます!』

 

 機体の武器管制制御の補助や、細かい機体の動きを調整する、この機体の守護神である。

 

「あぁ! 頼りにしてるよ<イザナギ>! <イザナミ>! 大沢 和哉(おおさわ かずや)<三機神>! 発進する!」

 

 俺の相棒、<三機神>がリニアカタパルトへ進むと、赤い『READY』のランプから、緑の『GO』のランプに切り替わる。慣性除去装置イナーシャル・リムーバ・デバイスが設置された機体の中でも、全ての慣性をゼロに出来る訳ではない。意識だけが空に飛び出して行くような感覚を味わいながら、俺を乗せた<三機神>が大空へと飛び出した。

 上空から戦場を見下ろし、俺は”あの日”から今までのことを思い出していた。

 

 

 ☆――――☆

 

 

 ここは茨城県つくば市にある茨城県立竹英高等学校だ。ついさっき、一五時二○分をもって、本日の授業及びホームルームに到るまでのルーチンが終了した。ちなみに今日は掃除当番じゃなかったから、すぐに”あそこ”に迎える。

 俺は、カバンを掴むと挨拶もそこそこに教室を飛び出す。途中、下級生の女の子に衝突しそうになりながらも、なんとか回避して階段を駆け降りる。学校の昇降口に集まっていた友人達からの挨拶に、軽口を返しながら急いで自転車置き場に向かった。

 自転車置き場には、既に幼馴染の二人が到着して、俺のことを待っていたようだ。

 

「和哉遅い! 誠と先に行っちゃうところだったんだからね!」

「ゴメン! ってか、教室の配置上仕方ないだろ!? 俺の教室は三階の一番奥で、結衣と誠は二階の一番手前なんだから!」

「ククク、和哉。男の言い訳は見苦しいぜ?」

 

 この二人は、俺の幼稚園時代からの幼馴染で『杉咲 結衣(すぎさき ゆい)』と『光石 誠(みついし まこと)』。どっちも俺と同い年の一五歳だ。

 結衣は、元々黒い髪を少し明るい茶色に染めていて、長さは背中の肩甲骨の真ん中くらい。背はオレの目線より少し下に頭がくるから、一六○センチってとこだと思う。あ、俺は一七五センチね。中学の時はそうでもなかったんだけど、高校に入ってから妙にモテだして、同じ学年の奴らから何人も告白されてる。ずっと一緒にいるから、俺にはよく分からないんだけど、友達には猫が人間になったみたいに可愛いとか、少し胸は少ないけどスタイル良いし顔もモデルみたいとか言う奴もいる。たぶん、高校入ったばかりの頃に、三人で一緒に都内まで遊びに行ったことがあって、その時『読者モデルになりませんか?』と声を掛けられた。街頭スナップとかいうところに結衣の写真が一枚載ったことがあるんだけど、それ以来、急にそういう(やから)が増えた気がする。結局のところ、どいつもこいつもミーハーなのだ。『雑誌に載ったことがある彼女を連れている』そんなステータスが欲しい奴とか、『雑誌に載ってるのを見て恋に落ちた』なんていうミーハー以外の何物でもない同じ中学の同級生とか、馬鹿ばかりだ。

 そんなに煽てられても結衣本人は『え?そんなのどうだって良いじゃん。私はよく知らない人と付き合うなんて有り得ないし。私の何を知ってるっていうのよね!? 冗談じゃないわ!』と一蹴してしまう辺り、コイツ良い性格してると思う。その代わり、一部の女の子からは『お高く止まってる』とウケが良くないらしくて陰湿なイジメに合うこともあるらしいけど『そんなことで凹んだり、凹たれたり、凹まされたりなんてしない! 文句があるなら直に来なさいよ! 相手になってあげるから!』と一人で全て解決してしまった。なんともパワフルな奴だ。ちなみにそれ以来、女子からも告白されるようになったというのが最近、結衣を悩ませる種だ。

 誠も、中学の時までは全然モテるなんてことは無かった。背は一八一センチと高いけど、むしろ教室に一人は居るくらいの大人しくて、サブカルチャーが大好きな、あまり喋らないような日陰が似合う男だった。でも、高校に入ってすぐの頃、三人で都内に遊びに行った時だ。誠は、学校に居る時はコンタクトを付けずに眼鏡で登校している。人の事は言えないけど、髪の毛も寝癖を取っただけのシンプルヘアだ。しかし、三人で遊ぶ時だけは遠出もするし、しかも都内で遊ぶとなれば多少気を使うのが高校生という物だ。バッチリ、コンタクトに変えて、髪型も毛先をファイバー系ワックスで遊ばせている。服装も、学校のブレザーとは違って、スラっとした体型を上手く生かしたファッションで、殆どモノトーンで決めている。左耳にはピアスまで付けているから、学校の雰囲気とはまるで違った人になっていた。

 結衣の読者モデル話の時に、同じカメラマンの人が『彼氏? カッコイイね! 一緒に撮らせて貰える?』と聞かれ『さすがにバレることも無いか』と軽く考えた誠は、俺も含めて三人で一緒に写ったのだが、学校で『この一緒に写ってる人、誰!? 彼氏!?』と問われた結衣が、『違う違う。有り得ない。だって、それ誠だし……あ……』口から出た言葉を、もし元に戻せたらどんなに幸せだろうか、結衣はその時始めて心の底から思ったらしい。画して、誠が実はイケメンだったという事実が一日の内に校内へ広まり、しばらくの間”見学”の為、廊下に人が集まる様になった。もちろん、結衣には後で誠から容赦ない説教がされたことは、俺の中では良い思い出になりつつある。

 

「マジうるせ~! ってか早くいこう! ついに今日、俺の”アレ”が完成するんだからさ!」

「そうだったな。構想から一カ月かぁ~結構掛かったよな」

「今日で<タケミカズチ>ともお別れなんだね。なんだか寂しい気もするけど!」

 

 俺達三人は、自転車に(またが)ると、勢い良く漕ぎ出して”あそこ”への道を急ぐ。俺が通う学校は、田園地帯にあるんだけど、水害とかを懸念してるのか、関東平野といえど、少しくらいは存在する高台に学校は建てられていた。登校の時は、永遠に続くと思えるような微妙にキツイ上り坂だ。逆に”あそこ”までの道程は、下り道ってことなんだけどね。

 坂道を下るスピードに、自分達で加速を加えて、更にスピードを上げていく。見通しの良い道だから、車も飛ばして走ることが多い道だけど、その分、スピードを出していても危険が事前に察知出来るから、いつもこの道は三人とも自転車の限界に挑戦するようなスピードを出す。もちろん少しでも早く”あそこ”に辿り着く為だ。”あそこ”の”アレ”は今凄く人気があるから、早くしないと順番待ちで一時間以上並ぶことになるんだ。

 坂道を下りきってスピードが落ち始めた頃、誠が思いだしたように話し始めた。

 

「しっかしよぉ~。和哉、良く”あんなこと”思い付いたよな。オレには、そこまで考えるの面倒臭くて無理だしよ」

「ホントよね。私なんて<ブラックキャット>至上主義だから、他なんて思いつかないわ」

 

 二人が感心したように、俺のことを誉める。なんだか、くすぐったくて人差し指で鼻先を掻きながら、俺は言った。

 

「だって、俺さぁ授業中にそれしか考えて無いもん。”あのこと”だって、この前の中間テストの問題用紙の裏に、ビッシリと理論が書いてあるからね」

「それで、この間の古文のテスト結果が……」

「三四点……途中から『解答欄を一つずらして書いた~』なんて、聞いたの小学校の時以来よ?」

 

 俺は、ちょっと罰が悪そうに『あはは……』と尻すぼみに笑うと、一言『ゴメン』と謝った。なぜ、謝るのかと言うと、中間テストの一週間前から二人には、テスト勉強を教えて貰っていたのだ。しかも、解答欄がずれていなければ七二点と、まぁまぁの点数だっただけに申し訳なさもひとしお(・・・・)だ。

 

「ま! らしいっちゃ、らしいけどな!」

「そうね。和哉が七二点なんて、出来すぎよね!」

「二人とも酷いな!! 俺泣いちゃうよ!?」

 

 そんな会話をしながら、向かった”あそこ”には自転車で一○分程で到着した。

 ここは<ゲームセンター・スイングワールド>という名前で、バッティングセンターとゲームセンターが一緒になってる店だ。最初は、俺と誠でバッティングセンターを中心に遊んでたんだけど、店に設置してあった、大きなパネルで宣伝しいるゲームに俺達は、惹かれていったんだ。

 <疾風機兵アサルト・コア>そのゲームのタイトル通り、よくあるロボット物の戦闘シュミレーションゲームだ。アニメとかで有名になったロボットを操縦するようなゲームはあったけど、このゲームは完全なオリジナルで、しかもロボットは細かい内部の部品までカスタマイズが可能、姿形や色に到るまで、全て自分の指定で作成することが出来る。しかも、こういうゲームに有りがちな、お金を持ってる人が強くなる。という要素が極力無くなる様に配慮してある点が素晴らしかった。ゲームが好きな高校生なら誰もが持っているであろう、携帯ゲーム機各社全てに対応していて、無料でダウンロードして遊ぶことが出来る。お金が掛かるのはロボット本体の……ゲームの中では機体って言うんだけど、機体の整備をする時に一回、三○○円が掛かるだけだ。整備って言っても、戦闘が終われば修理せずに回復しちゃうから、実質カスタマイズの時だけゲームセンターに来れば良いようになっている。

 でも、このゲームの凄いところは、そういう部分だけじゃない。機体の動作に関わるAI、武器管制に到るまでの制御プログラムなんかも、自分でカスタマイズ出来るんだ。と言っても、俺達のような高校生や、まして小中学生がプログラミングなんて無理だ。そこも上手く考えられていて、基本的な動作なんかについては、モジュール化された動作プログラムがパズルのピースみたいに視覚化されていて、それをパズルのように組み合わせるだけで、制御プログラムがカスタマイズ出来るようになっている。どうしても難しい人の為に、制御プログラムの初期化をすれば、スタンダードな動作の保障はシステムがやってくれるんだ。

 そのカスタマイズ可能個所は、武器にも到っているし、このゲームでカスタマイズ出来ない物は無いって言われてるくらいだった。

 そして、このゲームのもう一つの売りは、全天周囲モニター式筐体(きょうたい)だ。普通のゲームって思い浮かべると、大き目の液晶モニタと、丸い球が先端に付いたスティックが一本、ボタンが四つ~八つあるイメージだと思う。だけど、このゲームは自分の座るシートの裏側まで、全てモニターに囲まれていて、足元も透明で分厚いアクリル板の下にもモニターが埋まっている程だ。コントロールパネルも、ゲームとは思えないような、スロットルレバーや、フットパネル、操縦桿、色々なボタン。まさにコクピットと言って良いスペックを持っていた。この筐体で遊ぶには、カスタマイズも含めて三○○円が必要だ。一度、筐体で戦闘したら、携帯ゲームでは到底満足できないし、カスタマイズをする時に毎回、その臨場感を半強制的に味わわされるのだ。メーカーも上手く考えている。

 そんなゲームに俺と誠が嵌まるのは時間の問題だった。俺も誠も、ロボット好きなんだ。特に宇宙を舞台にしたロボットアニメ、生まれる前からあるシリーズに、心酔していた俺達は、二○○○年以降に放映された新シリーズで、戦闘中に未完成だったロボットの動作プログラムのパラメータを操作して、まともに動けなかったロボットを動かせるようにしただけでなく、敵のロボットを撃退してしまうという、ご都合主義にも取れるが、ロボット好きには堪らないカッコ良さを見せられていた為、『プログラム=カッコイイ』という偏った興味を持っていたのが拍車を掛けていた。

 俺達二人が一緒に遊ぶ時は、もちろん幼馴染の結衣も……ということになる。この結衣という女の子は、まさにその二人が嵌まっているロボットアニメの新シリーズで出て来た男性キャラクター達が『どストライク』だったらしく、『学校で人気の女の子』も裏を返して見てみれば、腐女子の世界に片足を浸した状態だ。それが発覚して以来、あくまで俺の感覚だけど、誠と話している時に、少し怪しい視線で俺達を見ている気がしてならない事を付け加えておく。

 俺達三人は、自転車を駐輪場に止めると、走って筐体の所に向かう。すでに筐体のところには、結構な人数の列が出来ていた。スーツ姿の人とか、真面目に仕事行けとか思う。俺達は仕方が無いので、SANY製の携帯ゲーム機で<疾風機兵アサルト・コア>を起動すると、店内で対戦相手を探した。これだけの人数が、筐体の順番待ちをしているのだから、おそらく同じように待っている間の暇つぶしで相手を探している筈だ。俺達の思惑通り、対戦相手がすぐ見つかった。相手は五人でチームを組んでいるようだ。こちらは三人だが、このゲームセンターでのチーム戦闘成績は勝率七割を超えている。調度良いハンデだろう。

 このゲーム内で使用するお金はクレジットと呼ばれていて、携帯ゲーム内のストーリークエストを進めれば、クレジットを稼ぐことが出来る。しかし、このゲームでクレジットを大量に稼ぐのは、このオンラインバトルの時が一番である。というのは、オンラインバトルを開始する前に、お互いに賭けをするのだ、それでクレジットをお互いに同額賭け合うと、勝者には賭けたクレジットに応じたパーツとボーナスクレジットが付与されるのだ。もちろん、負けた方は賭けたクレジットを失い。その代わりに、オマケ程度の消耗品を一つプレゼントされるという仕組みだ。この性質上、ゲームを二つ購入して、稼ごうとする人が発生しそうだが、そこはゲームのセキュリティで上手く出来ている。ゲーム機には一つずつ固有の証明番号が付与されていて、同一証明番号の相手との戦闘成績が一方的に偏ると、片方だけのレートが増えていくようになっているのだ。そして、ボーナスの付与が行われない。その為、社会人が携帯ゲームを二つ以上用意して、自分一人で片方のゲーム機内のクレジットを貯めるという行為を実質禁止しているのだ。

 俺達三人は、相手が五人で二人多いという状況を逆手に取り、賭け金のつり上げを狙う。こちらから一旦、このゲームセンター内で暗黙の了解となっている平均賭けクレジットより、一桁多い数字を賭けた。さも、間違って賭けたように……すると、直ぐに相手がそれに対して乗って来た。五対三である。勝てると見込んだのだろう。こちらが同様の状況でも、これならキャンセルする暇も与えずに、戦闘を開始していただろう。

 こちらの戦力は、俺の機体が『汎用近距離特化型(アタッカー):<タケミカヅチ>』、誠が『重装甲高火力支援型(イェーガー):<ラグナロク>』、結衣が『高機動近接特化型(トルーパー):<ブラックキャット>』だ。

 相手の戦力は、見た目から推測するに、盾を持たない小型の機体、高機動近接特化型(トルーパー)が三人、両肩に付けた大きな装甲板と背中に背負った明らかに高火力の武器、重装甲局地防衛型(ガーディアン)か特殊仕様の重装甲高火力支援型(イェーガー)が二人っとこだ。

 相手もゲーム慣れした連中の様だ。ゲーム初心者に有り勝ちな、万能こそ最強という考えを一切排除した機体メイキング。はっきり言って布陣に隙を感じさせない。だけど、俺達の機体は、俺の思想が少なからず反映された特殊仕様機体だ。ただの玄人じゃ相手にはならない。

 対戦者が決着方法の指定をしてきた『完全決着方式(ジェノサイド)』か、確かにトルーパーによる遊撃と、ガーディアンによる援護と守り。自分達にとって、一番勝率が上がる方法を選択してきたのだろう。賢明な判断だけど、甘い。

 

「なぁなぁ~、コレってオレ等には、かなり好都合じゃね?」

「俺も思った。マジでラッキーだわ」

「さっさと美味しく頂いちゃいましょうよ」

 

 相手の『完全決着方式』の申請に対して『YES』と応える。すると、画面が暗転し、戦場となるマップ全体を表示した。

 

「今回は、『廃都』か……オレの出番は無さそうだな。俺は都庁の上から適当に狙撃してるから、二人で倒しといてよ」

「まぁ~この隠れる場所の多いマップじゃ、しょうが無いな。ってか相手が気の毒過ぎる。戦力の半分がまともに使えないじゃん」

「私の<ブラックキャット>ちゃんが、じゃれ殺してあげるわ!」

 

 画面の真ん中に『GET READY』の緑の文字が浮かび上がる。それと同時に俺達三人は、それぞれ戦闘前の癖が出てくる。誠は指の骨を鳴らし、結衣は手首の準備運動、俺は指先が鈍るような感触を振り払うかのように、指の筋を伸ばす。

 画面の表示が赤文字の『GO!』の文字に切り替わると同時にデバイスの方向キーに力を込める。戦闘開始だ。

 やっぱり全天周囲モニタ―に比べて、明らかに臨場感を感じさせない画面での戦闘。ゲームを作った会社も相当頑張った感じは画面からは伺える。最近流行りの3D対応で、そこそこの臨場感は味わえるように工夫がされているが、手元にある入力用デバイスがどうにもゲーム(・・・)という感覚を拭いきれない。

 最初にコレで始まって、コレで終わるのなら何の文句も無く純粋に楽しんで遊べたのだろう。だけど、一度味わってしまった全天周囲モニターの臨場感、敵が迫るモーター音、近くに着弾する攻撃による衝撃と音、敵を切り裂く手応え、どんなにゲーム機の性能が上がっても、手元の小さな画面と、一○個前後のボタンで制御されるゲームでは一生掛かっても勝つことは出来ない。それこそバーチャルリアリティでも持ち込まないと無理だし、それほどの能力をたかが携帯ゲーム機に持ち込むのに何年かかるだろうか、その頃きっと俺は老人になっていてゲームなんて興味を無くしているんだろう。

 そんなことを考えながら、片手間の戦闘を行っていると、廃ビルの隙間から相手のガーディアンから近距離攻撃を受けて、<タケミカズチ>の盾を持つ左腕が吹き飛んでしまった。

 このゲームの凄いところは、部品一個一個に到るまで耐久力が設定されていることだ。さすがに一回の戦闘毎に機体の小さなパーツ一つ一つまでメンテナンスが必要な程のマゾゲーでは無いけど、一度の戦闘中に受けたダメージ量に応じて、機体の各部位が破壊されてしまう。戦闘中にカスタマイズ画面を開いて、整備をすることも出来るが、整備にかかる時間の間は敵からの攻撃に対して無防備になってしまう為、暗黙の了解的に戦闘中のカスタマイズ行為は愚の骨頂という共通認識が出来上がっていた。

 俺は吹き飛ばされた左腕を残った右腕で拾い上げると、装着されていた円形の盾を外して、円盤投げのように俺を狙撃してきたガーディアンに投げつけた。投げつけると同時に俺のタケミカズチが一気に走り出す。ガーディアンが投げつけられた盾に驚いて、慌てて回避行動に移る。ここは『廃都』、障害物が多くて大型の後方支援機体じゃ動きが制限され回避方法は限定出来る。右横跳躍。俺は、先読みしていた回避先に回り込むと腰に携えた主兵装を抜き放つ。主兵装<アメノオハバリブレイド>である。ガーディアンの右肩に備え付けられたシールド諸共胴体を真っ二つに切り落した。

 画面から顔を上げて誠にニヤリと笑いかける。遠くの方で『うお! 一撃!? ありえねぇ!』などと声が上がっている。どうやら対戦相手は、その声の方にいそうだ。だけど、すぐに興味を無くして画面に視線を落とす。

 横から結衣が声を掛けて来た。

 

「和哉被弾してるじゃない。何、油断してんのよバカ。私が一人でしばらく相手にしててやるから、サッサと直して来なさい」

「まさか、ガーディアンがこんな近くまで来て攻撃するなんて思わなくてさ~確かに油断してたけど」

「言い訳は良いから、サッサと左腕直しなさいよ。別に和哉の為じゃないわよ。私が残りの相手してる間、カスタマイズ画面の脇で私の戦いを指咥えて見てなさいよ!」

「はいはい」

 

 俺は結衣の言いつけを守るため、マップの中でもとくに死角に成り易いところを探して、戦闘中にカスタマイズ画面を開く、先ほどの左腕の修理と装着を行った。時間にして九○秒。思ったよりも時間がかかりそうだ。

 

「結衣~九○秒くれ~」

「長っ! そんなにあったら、私だけで他の四人倒しちゃうわよ!?」

「お好きにどうぞ~」

 

 そんなやりとりをしていると、画面の奥、都庁の方で爆発が起きる。

 

「わりぃ結衣、トルーパーの一匹貰ったわ」

「こら! 誠! そいつら全部私の獲物なの! 横取りしないで!」

「そんな言ってもよぉ~オレに仕掛けてきたんだから正当防衛だろ?」

「分かったわよ! 誠、あんたは和哉の護衛してなさい! 私が残りは殺るんだから!」

「お~怖っ! ここは大人しく言われた通りにしておきますかね」

 

 俺の機体の前に誠のラグナロクが仁王立ちする。俺の機体は廃ビルに三方を囲まれたところに座り込んで、カスタマイズ中である。その開いた一か所に誠のラグナロクが立ちふさがって、俺の盾になろうという訳だ。

 

「誠サンキュ~」

「おうよ」

 

 俺は、カスタマイズ中の暇な時間を再度、味方プレイヤー視点に切り替えて結衣の戦闘風景を見ていることにした。

 結衣は、残りトルーパー二機、ガーディアン一機目掛けて、高機動近接特化型特有のスピードを使って一気に駆け寄る。高機動近接特化型の特徴はその速さを生かした素早い移動と攻撃、攻撃回数にある。その代償として壊滅的なまでの薄っぺらい装甲が特徴だ。完全に<DEAD OR ALIVE>を地で行く仕様なのだ。そして、それは結衣の性格と絶妙にマッチしていた。

 <ブラックキャット>は数が少なく、威力も申し訳程度にしかない中距離武器で敵のトルーパーを牽制すると、ガーティアンに急接近する。動きの鈍重なガーディアンはその豊富な防御力で攻撃に耐えきろうとするが、そこは俺が設計を手伝った機体だ。普通の機体とは比べ物にならない攻撃力を有している。一撃目の攻撃を防いだガーディアンは、きっと拍子抜けするほどの小さな攻撃力に驚いたことだろう。『なんだコレ、弱っ!』などと言っているに違いない。だが、甘い。<ブラックキャット>の武器特性は加算だ。一撃目のダメージが二撃目に加算されるのだ。そして三撃目には二撃目。一撃目が一○なら、二撃目が二○、三撃目が三○という具合だ。既にガーディアンには一八回の攻撃が与えられている。豊富なスピードと、攻撃回数、そして近接における最強の攻撃力、それが俺と結衣で作り上げた<ブラックキャット>だ。

 ガーディアンが爆発を伴ってフィールドから姿を消す。先ほど俺が倒したガーディアンと同じ方向から『くそっ! 何回攻撃されたんだ!? ありえないだろ!?』などと声が上がっていた。

 俺の機体の前で仁王立ちしていた誠の<ラグナロク>が少し動きを見せる。

 

「なぁなぁ~、結衣。俺と和哉がいるところにさぁ~トルーパーが二機来るんだけど、殺っちゃって良い?」

「ダメよ! それは私の獲物なんだから!」

「でもさぁ~もう目の前なんだよね。ってことで牽制兼ねて、一発行くから。攻撃範囲に結衣入ってるから避けろよ~」

「え、ちょ、ちょっと待っ――!」

 

 結衣が言いきる前に放たれる誠の<ラグナロク>の主兵装。両肩に備え付けられた長距離砲撃用武器<グングニール>が放つ極太の光線が『廃都』を抉りながら直進して行く。相手のトルーパーがその高機動性を生かして回避するが、もう一体のトルーパーは回避が間に合わず下半身を光に呑まれて消失させる。結衣は間一髪、回避に成功していた。

 

「一匹打ち漏らしたわ、結衣よろしく~」

「あ・ん・たねぇ~!!!」

 

 結衣がゲームの怒りを現実世界に顕現させようとした瞬間、俺のゲーム機が小気味良い音でカスタマイズ終了を告げた。

 

「あ、治った! 結衣、最後の俺が貰うよ」

「え? ちょっと待って! それは私の――!」

 

 結衣が言葉を言いきる前に振るわれる<タケミカズチ>の<アメノオハバリブレイド>、敵のトルーパーを剣先の隅に捉えて一刀両断する。相手のトルーパーだった物が派手な爆音を上げて消失した。

 画面上では、勝利した俺達の三機の機体が派手なアクションポーズを決めると空の彼方へと飛び去っていくCGが流れていた。俺のクレジット合計額に、俺の配当が配られる。結構な額になっていた。

 

「あんた達――」

 

 やばい。結衣がご立腹だ。主に誠の所為だと思うが、このままでは俺の身まで危ない。ここは幼馴染の力を見せてやるしかない。

 

「いやぁ~結衣のお陰で助かったよ。あのまま右手だけだったら、二人は兎も角、俺はやられてたかもしれないよなぁ~」

 

 こういう事を言えば……ほら、結衣の顔は恥ずかしそうに赤くなって、強気そうな顔をしながらも嬉しさが溢れてますって、全部顔に書いてある表情になっちゃうんだ。そんで、おきまりの――

 

「別に和哉の為に私が戦ったんじゃないんだからね! 私は一人で四機を相手にしたかっただけよ!」

「でもさホント、オレの<グングニール>だって、結衣だったら避けられると思ったからこそ! 撃てたって物だよな!」

 

 さすが誠だ、この機に乗じて自分の非まで有耶無耶にさせるつもりだな。

 これも、俺達幼馴染特有の連携攻略法だ。当然、こういう台詞にも――

 

「ふ、ふん! 当然よ! 私を誰だと思ってるのよ」

 

 と、腕組んで、あまり無い胸を張って自信満々な表情をするんだよね。もはやパターン化しているんだよな。攻略サイトの運営出来るくらい、俺と誠は結衣を把握してるんだ。

 

 そんなやりとりをしていると、俺達三人に筐体使用の順番が回ってきた。

 俺達は、それぞれ空いている筐体に搭乗すると、プレイ料金の三○○円を投入する。

 俺は、今の今までの為に貯めに貯めたクレジットと、部品を使って、中間テストの問題用紙の裏にビッシリ書きこんだ設計図を基に、新しい機体を組みあげていく。<タケミカズチ>を解体し念の為パーツとAIは全てセットにしたまま保存しておくことにした。俺が、今組みあげているのは普通の機体に使用するパーツの三倍の量とクレジットをつぎ込んで作成する規格外の物だ。

 この<疾風機兵アサルト・コア>は、その自由設計性の高さから周囲から”オタク”向けと思われているし、事実、自分自身のことも”今時のオタク”だと思っている。俺が言う”今時のオタク”ってのは、服装とかお洒落だし、見た目も悪く無いのに、趣味に関しては自己満足を極める人のことを言っている。所謂”釣りバカ”だって俺から言わせれば”オタク”だし、週末には必ずゴルフに行く親父達も”オタク”だ。

 おっと、話が脱線したな。このゲームの最高に面白い部分ってのは、自分の思うままに、武器だろうが、制御機構だろうが、AIだろうが全部設計出来るってことだ。そこで俺が思いついたのは、昔の変形機構を持ったスーパーロボットだ。このゲームをプレイしている人の中には、人型から飛行形態とかの変形については実装している人が何人か見受けられる。でも、人型から人型の変形で設計するのは一握りだ。その理由は、変形機構の制御AI開発が凄く難しいからだ。主な理由として普通の機体にはAIを一つしか実装しないという点がある。だけど、俺は分かったんだ。変形用のAIを分けて開発して組み込むってことだ。んで、今俺は筐体のコンソールを使って、<タケミカズチ>で学習させたAIのコピーへ更に手を加えたAI<イザナギ>を開発してる。<イザナギ>には変形後の機体制御用に三つのモジュールが組み込まれていて、俺の<タケミカズチ>と、誠と結衣の機体からAIの情報をモジュールとして提供して貰った。

 機体のカスタマイズに正味四○分以上掛けたところで、俺の機体が完成した。

 カスタマイズ画面にあるテスト運用画面では、俺の新たな機体がスムーズに変形し、自由に動き回っている。運動性ステータスの補正用に新規導入した新型の<慣性除去装置イナーシャル・リムーバ・デバイス>も、運動性の向上にかなり効果的に作用しているようだ。

 俺は、テスト項目を全て終えるとコンソールに付いている音声チャット機能を起動して、誠と結衣を呼び出した。

 電子音と共に全天周囲モニターの正面の上方向に二つの窓が開いて、誠と結衣の姿が映される。誠は自分の機体のテスト運用を、結衣は目元の化粧を直していた。

 

「二人ともお待たせ! いける! 最高だ!」

 

 俺は自分の上がりきったテンションを隠さずに、二人に完成の喜びを全力で告げた。

 

「おぉ~やっとか! オレも和哉が作った新型の慣性除去装置、試してみたぜ! スクランブル発進時の運動性が特に上がったな! それに被弾して吹き飛んだ時の戦闘復帰シークエンスが明らかに向上したぜ!」

「私の<ブラックキャット>も、明らかに敏捷性があがったわよ! さすが和哉の作ったパーツだわ」

「よっしゃ! そんじゃ~早速オンライン対戦で、どっかの誰か達を血祭りに行こうぜ!」

 

 俺達三人は、二人から八人までのチームで行われるオンライン対戦にエントリーした。一八○秒で一回、戦闘の決着を付けるチーム戦方式の物だ。これらの戦闘はゲームセンター内に設置された大型モニターで場内に流れ、そこで行われるロボットアニメのようなカメラワークに順番待ちの人たちも、気持ちを熱くさせながら待つことが出来るようになっていた。ちなみに個人戦方式は、他にチーム戦を行っている人がいない時だけ、モニターで流れるようになっている。このゲームはチーム戦で行うことがメインなのだ。

 俺達は【只今対戦者を受け付けています】と表示された文字の下にあるプログレスバーが徐々に伸びるの横目に、新しい機体での戦闘方法について、作戦を練りながら待っていた。

 しかし、待てど暮らせど一向に画面が変わらない。

 さすがに一○分が経過したところで、俺達は『係員呼び出し』のボタンを押したが、全然現れる気配が無い。

 しびれを切らせた結衣から、一度筐体から出ようと声が掛けられ。俺達は、一度出ることにした。が、筐体の上下開閉式のハッチが開かない。

 

「ちょっと! コレどうなってんのよ!」

「こりゃ、オレ達閉じ込められちまったんじゃねぇか?」

「ははは、笑えねェ冗談だな! オイ!」

 

 俺がハッチを思いっきり蹴飛ばすと、画面の文字が【只今対戦者を受け付けています】から【NOW LOADING...】に変わった。

 それと同時に俺達の耳に、得も言われぬ気持ち悪い音が鳴り響く。

 それは、老婆の慟哭(どうこく)のような音と、鉄板を無理矢理引き裂くような音だ。

 音が止むと同時に、俺達の意識は”切断”されていた。


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