第3話 瘴気の森
「ここは……」
気づけば、森に倒れていた。
王都の方向なんてわからない。出口もない。
黒い霧が地を這い、木々は歪む。
湿った土と腐葉の匂いが混ざり、呼吸が重い。
銀の短剣、エーデルワイスを握り直す。
生き延びるには、まず森を探索するしかない。
足元の茂みを踏むたび、霧が靡く。
どこからか低く唸る声が聞こえた。
「……早速か。」
闇の奥から、黒い影が跳び出す。
魔狼ヘルハウンド。動きが早く、厄介な魔物だ。
鋭い牙、漆黒の毛並み、飢えた瞳がこちらを捉える。
慎重に行動しなくては。
ここでは、一つの判断ミスが命取りになる。
まだ距離はある。まずは相手の動きを…
その瞬間、魔狼の口が青白い炎に覆われた。
「……まずい!」
咄嗟にエーデルワイスを構える。
魔狼の口から炎の弾が飛んでくる。
忘れていた、昔、王国の書庫で見たことを。
ヘルハウンドは炎の魔法を使う――
回避は、間に合わない。
とっさに防御姿勢を取り、炎弾を正面から受ける。
爆風と砂塵が舞い、体を覆った。
―熱い。
魔物の攻撃に耐性のある白銀製の短剣でもこれだ。
直撃していたら、今頃灰になっていただろう。
攻撃を受けているだけでは始まらない。
こちらも反撃を試みるが、魔狼はふわりと宙を舞い、銀の短剣は空を切る。
また魔狼の口元が光る。
再び炎弾が放たれる。
早い。
だが、来るとわかっていれば避けられない速度ではない。
炎弾、回避、炎弾、回避、炎弾、回避。
疲労が身体を蝕む。
このままでは、いずれ反応が追いつかなくなる。
どうする、考えろ。
リリィの教えを思い出せ。
「いいですか、殿下。魔物との戦いでは地形を使うことが大切です。動きの速い魔物なら、泥に嵌める、蔦に絡める――」
――そうだ、魔法を使え。
茨の魔法で動きを封じられれば、あるいは。
だが、相手も生き物だ。
いきなり放ったら、避けられる。
正面から受け、砂塵を作る。
その隙に――
怖い。
失敗すれば死ぬ、受けても痛い。
だが、帰ると約束したんだ。
覚悟を決めろ。
炎弾が飛んでくる。
エーデルワイスを構え、正面から受ける。
爆風、砂塵が舞い、体を包む。
「今だ!」
魔力を練り、足元から黒い茨を伸ばす。
茨が魔狼の前脚と後脚を絡め取る。
魔狼は咆哮し、もがく。だが茨は瞬時に絡まり、動きが鈍る。
「食らえ!」
銀の短剣を強く握り、魔狼の急所を狙う。
炎を吐こうと口を開いたその瞬間、踏み込み、短剣を振り抜いた。
――刺さった。
魔狼の動きが止まり、炎の光が散る。
倒れた体が黒い霧に沈む。
「はは、茨も役に立つじゃないか」
最も、兄上であればここまで苦戦することもなかったのだろうが。
息を整えながら、足元の茨を解く。
短剣の重みを手に感じ、生を実感する。
「……これが、瘴気の森か。」
案外、やれるのではないだろうか。
そう思った矢先、ヘルハウンドたちの遠吠えが響いた。
ヘルハウンドは群れで生活する魔物、先ほどの一匹だけではなかったのだ。
暗闇の中、赤く光る瞳。
数を数えると、ざっと二十匹ほど――いや、それ以上かもしれない。
無数の狼の口元が青白く光る。
一斉に魔弾を放つつもりだ。
こんな数、対処できるはずがない。
――これで終わりか。
終わり?
終わってたまるか。
僕は絶対に帰る。
たとえ腕一本になろうとも、この森を出てみせる。
銀の短剣が月光を反射して光り、魔弾が迫る。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
叫びと共に振りかざす。
光と爆音が視界を覆い、思わず目を閉じた。
しかし――痛みはない。
「大事はないか。」
聞きなれない声に恐る恐る瞳を開けると、そこには
錆びついた鎧の騎士が
炎に包まれながらも、僕を見下ろしていた。




