第2話 別れ、追放
追放は、即日だった。
僕に与えられたのは、最低限の装備だけ。
夜の王城は、異様なほど静かだった。
祝福も、嘆きもない。
僕はもう、存在しないものとして扱われている。
自室へ戻ると、リリィが待っていた。
「……あまりにも、急でございます。」
その声は、いつもよりわずかに低い。
「泣いてるの?」
「泣いておりません。」
即答だった。
けれど、その拳は微かに震えていた。
「森の内部は瘴気が濃く、一度足を踏み入れれば、森のどこかへと転移させられ、脱出は非常に困難です。魔物の階位も不明瞭で、過去の生還者は――」
「いない、でしょ。」
「……お供いたします。」
「駄目だよ。」
正直、生きて帰ることができるかわからない。
リリィまで巻き込むわけにはいかない。
「第二王子としての、最後の命令だ。」
彼女の拳が白くなる。
そのとき、扉が開いた。
「兄様。」
アリアだった。
母と同じ赤い瞳。
僕と同じ血を引く、たった一人の妹。
第一王子ローデリヒとは、母が違う。
兄は第一王妃の子だ。
父王は、戦場で母に出会い、恋をした。
血に濡れた剣を握るその姿に心を奪われたという。
「聞きました……本当なのですね。」
「うん。」
アリアは唇を噛む。
「私も、まだ花は咲いておりません。」
来年、彼女も十五になる。
「もし、私も咲かなければ――」
「咲くよ。」
即座に言い切った。
「君は、僕とは違う。」
何が違うのかはわからない。
けれど、アリアまで“災い”と呼ばせるわけにはいかなかった。
遠くで鐘が鳴る。
門が開かれた合図だ。
僕は二人を見る。
「必ず帰ってくる。」
森の入り口。
意外にも、そこにはローデリヒが立っていた。
「森に入るまでは、私が立ち会う。」
「……ありがとうございます。」
黒い霧が地を這い、木々は歪み、空気そのものが腐っている。
境界線の手前で、ローデリヒは足を止めた。
「……ここで、別れだ。」
森は、入った者を“どこか”へ飛ばす。
深部か外縁か、それすら選べない。
運が悪ければ、魔物の巣の真上に落ちることもある。
一度入れば、出口を見つけることは容易ではない。
付いてきてくれたリリィが一歩前へ出る。
「殿下。」
胸元から、小さな鞘を取り出した。
銀の短剣。
月光を受け、静かに光る。
「我が家に代々伝わる家宝です。」
「それは――」
「エーデルワイス。瘴気を払うとされる白銀の剣。」
彼女は僕の手を取り、強引に握らせた。
「お守りです。…必ず、帰ってきてください。」
「……必ず。」
短剣は冷たい。
だが、確かな重みがあった。
生きろ、と。
そう言われているようだった。
境界を越える。
一歩。
黒い霧が足に絡みつく。
二歩。
空間が軋む。
三歩目で、世界が裂けた。
視界が反転し、上下が消える。
森が、僕を“どこか”へ放り投げる。
最後に見えたのは、リリィの赤い瞳。
そして、闇。
気づけば、知らぬ森の深部に倒れていた。
王都の方角など、わからない。
出口は、どこにもない。
帰ることは、困難。
それでも。
「……上等だ。」
花は咲かなかった。
だが、茨の魔法はある。
足元で、黒い茨が静かに蠢く。
僕は、まだ枯れていない。
エーデルワイスを握りしめ、立ち上がる。
森が、息をした。
まるで、新しい獲物を歓迎するように。




