第1話 咲かない王
フロレア大陸の中央に位置する花の国ロザリア。
この国の民は、ロザリアの民にのみ宿る固有魔法――
《花の魔法》を受け継いできた。
それぞれが己だけの花を咲かせる。
その花弁は時に刃となり、
時に盾となり、
時に国境線すら塗り替えてきた。
華やかにして苛烈。
その力によってロザリアは幾度もの戦火を制し、繁栄を築いてきた軍事国家である。
ロザリア王国第二王子、フラン=ロザリア。
それが、僕の名だ。
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「フラン様、王がお呼びです。」
そう声をかけてきたのは、僕専属の従者兼教育係、リリィ・ホワイト。
幼い頃から王族としての学問と戦闘技術を叩き込んできた人だ。
「ああ、今行くよ。」
自室を出て、王城の回廊を歩く。
高い天井、赤い絨毯、壁に並ぶ歴代王の肖像。
その中に、一枚だけ、ひときわ鮮烈な肖像がある。
燃えるような赤薔薇を背負った女性。
先王妃エルザリア=ロザリア。
戦場を駆けた最強の騎士。
そして、僕の母だ。
「フラン様も、本日で十五歳でございますね。」
「……ああ。」
十五歳。
花の魔法が発現する年齢。
《花冠顕現の儀》。
王族は十五となったその日、王の御前で初めて己の花を咲かせる。
それがロザリアの掟だ。
祝福であり、
同時に審判でもある。
母に似た赤い目を持って生まれた僕は、幼い頃から“次代の赤薔薇”と囁かれてきた。
赤は戦場の色。
ロザリアを勝利へ導く色。
僕には、どんな花が咲くのだろうか。
玉座の間へ続く扉が見えてくる。
重く、冷たい扉。
僕は息を吸い、扉に手をかけた。
重厚な扉が、鈍い音を立てて開く。
玉座の間は、思っていたよりも静かだった。
整列した重臣と、張り詰めた空気。
玉座に座すのは、王レオニード=ロザリア。
漆黒の軍装。
背後には、深く艶やかな黒い花が静かに咲いている。
その傍らには、第一王子ローデリヒ。
僕は進み出て、膝をついた。
「ロザリア王国第二王子、フラン=ロザリア。
花冠顕現の儀に臨みます。」
沈黙。
広間の空気が、やけに重い。
父王が、ゆっくりと僕を見下ろした。
その瞳には、何も映していないようでいて、
確かに僕だけを射抜いている。
そして――
「顔を上げよ。」
低く、抑揚のない声。
僕は顔を上げる。
赤い瞳が、王と交わる。
「本日、貴様の価値が定まる。」
静寂が落ちる。
「咲かせよ。」
たった一言で、玉座の間の空気が凍りついた。
それは祝福の命ではない。審判の宣告だった。
謁見の間、フランは一歩前に出た。
深紅の瞳がゆっくりと閉じられる。
胸の奥に沈む魔力を、静かに引き上げる。
空気が震えた。
次の瞬間――
床石の隙間から、茨が這い出す。
黒光りするそれは蛇のようにうねり、柱を絡め取り、玉座へ向かって伸びていく。鋭く、美しい軌跡。
どよめきが走った。
「……やはり。」
「赤薔薇の再来か。」
母と同じ、茨の魔法。
三百年前よりこの国を守護してきた王家の象徴。
赤薔薇の魔法。
誰もが、次の瞬間を疑わなかった。
――咲く。
鮮烈な赤が、空間を染め上げるはずだった。
だが。
茨は伸び切り、止まった。
沈黙。
蕾は生まれない。
花は――咲かない。
やがて、ざわめきが広がる。
「……なぜ」
「蕾が、ない」
この国で、花を咲かせられなかった者など一人もいない。
ふと、誰かが呟く。
「花占いの予言……」
古の魔法使い。
王国黎明期に仕えた“花占い”の術師。
彼女は一つの予言を遺している。
――花咲かぬ王子が現れし時、その血は国を枯らす。
空気が変わる。
期待が崩れ、畏怖が疑念に変わり、疑念が恐怖へと沈む。
臣下たちが、わずかに距離を取り、騎士の手は無意識に柄へとかかる。
玉座の間に満ちるのは、もはや期待ではない。
恐れ。
そして、明確な敵意。
僕の足元で、花を持たぬ茨だけが、静かに軋んでいた。
ざわめきの中、静かに一歩前へ出たのは第一王子ローデリヒだった。
「父上。」
静かな声が、広間に響く。
「予言は王国黎明期より語り継がれております。
花咲かぬ王子は、国を枯らすと。」
誰もが知っている。
だが、誰も口にできなかった言葉。
「災いの芽は、早いうちに摘むべきかと。」
わずかな間。
そして、はっきりと。
「即刻、処刑を。」
空気が凍りついた。
臣下たちは目を伏せる。
否定の声は上がらない。
理屈としては、正しい。
玉座の上で、王レオニードは微動だにしない。
やがて、ゆっくりと瞼を閉じた。
広間に落ちる沈黙は、やけに長い。
父としての時間が、ほんの一瞬だけ流れたのかもしれない。
だが――
瞳が開く。
そこにあるのは、王の色だった。
「本日をもって、フラン=ロザリアを瘴気の森へ追放とする。」
ざわめきが走る。
瘴気の森。
強力な魔物が巣食う、死の領域。
追放と銘打ってはいるが、実質は死刑だ。
王は視線を逸らさない。
僕も、逸らさなかった。
こうして僕は、国を追われることとなった。




