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<手癖>  作者: c.monkey
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エピローグ

 優の脱走未遂から数日。何を思ったのかは分からないが、あの会話以降優は尚のこと行動を控えるようになり、私が帰ると留守番の報告までするようになった。……心配をかけまいとでも思っているのかしら。何にせよ、強引な手段に出なくて済みそうなところは結果的にあの子自身の自由を守ることにも繋がっている。何を思っていようが構わない、私が求めているものを満たしてくれるのならばそれで。

 相も変わらず強引に飛んできた魔理沙が駆け回る騒がしさを背に、私は日課となっている境内の掃除に精を出す。全く最近は落ち葉が多くて敵わないわ、掃いても掃いてもきりがない。膨らみ広がった箒の先端に呆れ遠方に滲む景色をぼんやりと眺めながらついた溜め息を掻き消し、背後で響いた砂利を踏みしめる心地のいい音が鼓膜を揺らす。……魔理沙。

「あいつ、どこにいるんだよ。聞いたぜ、二週間も居候してるんだって? いないじゃないか。どこにやったんだよ」

「さあ? 別に、止めもしてないんだから探せばいいじゃない。今までしてたみたいに」

 全く……素直すぎるというのも困ったものね、一体どれだけのことを話したのか。よりにもよって魔理沙に、……いやむしろ魔理沙でまだ良かったと言うべきか。

 魔理沙一人に怪しまれたところでそう簡単に私の術を解けるとは思わない、放置していても構わない相手で済んだことはむしろ僥倖だっただろう。そう思っていたのは、どうやら私だけではなかったようで。

「探して出てくるような単純な話ならやってるさ。悔しいが、結界に関してのことはお前の十八番だからな」

 ────“結界”。下げかけた顎と砂利を弄んでいた靴が不意にぴたりと止まり、色を失って平らになった視界を回すと本殿の前に立つ一際異質な存在へと向ける。異物。ここには異物が多すぎる。意識を広げれば私たち以外の声など簡単に聞こえてくる。結界の外は、あの子にとって騒がしすぎる。

 いつになく真剣な表情をしていた魔理沙は、肩から滑り下りた髪を揺らすと顎で背後を指しながら確信を持った声色で話を続けてきた。魔理沙の観察眼とその疑心を少し見くびっていたのかもしれない、それは、認めても構わないけれど。

「ずれてるんだろ、空間が。私のいたところと、あいつのいるところ」

 偉そうに、何様なの? そうして続けられた私を責め立てるかのような聞き飽きた文言に、かっと熱くなった頭が絞めた喉を堰き止め無意識のうち立てた爪に手の内側が鈍く火照る。結局取り残される私の気持ちなんて、所詮普通の魔法使いでしかないあんたには分からないくせに。分からないから、誰もが私にそれを押しつけてくる。

「なあ、霊夢……人間を守るのが、“博麗の巫女”の役目なんじゃなかったのか?」

 ────わかってるわよ。そんなこと。

「気分悪いわ。もう帰る」

 木枯らしに吹かれ流れた新たな落ち葉が参道を覆う。構わず箒を掴むと焦がすような視線に照らされる頬を引き攣らせながら、立ち尽くしたまま動かない魔理沙の隣を横切って本殿へと向かった。頻りに上下する背の奥から投げかけられちくりと胸を刺してきたその耳障りな雑音を、届かないガラス戸の隔たりに閉め出しながら。

「また閉じ籠るのか? 隔離された箱庭に」

 うるさい。うるさい! 何も分からないくせに知ったような口をきかないで!

 直接叫び声を上げる代わりに、勢いよく打ちつけられ衝撃に揺れたガラス戸でガタガタと耳障りな音を立てて抗議する。冷たく硬い扉に丸めた肩甲骨を押しつけると、そのまま靴裏を擦ってずるずると土間へ腰を落とし、息つく間もなく頭を抱えると髪をきつく指に絡ませながら舌に広がる血の味を噛み締めた。どれだけ押さえても鳴り止まない脳裏の暗闇に笑うような魔理沙の言葉が反響し、輪郭を失って際限もなく響き渡ってくる。何度も、何度も、それはいつしかあいつの声を失ったまま。

『博麗の巫女の役目』

 わかってる。わかってる。わかってる。今さらそんなこと誰かに言われなくてもわかってる。

『人間を守るのが』

 守ってるじゃない。守ってるのよ。誰よりずっと誰より大切に誰より失わないように!

『隔離された箱庭』

「箱庭で、何が悪いの?」

 冷や汗の流れた頬が痙攣し高鳴る心臓に掻き消されながら口をついた呟きは、私が想像するよりも余程空虚で乾いたものだった。ぽっかりと穴が空いてしまったかのような胸の中は酷く軽く浮ついて不安定で、まるで自分という存在さえもが滲んで見えなくなってしまいそうになる。

 混じり合うから正しいの? 揺らぐからこそ生きているというの? だとしたら、私はあの子に生を求めない。箱庭でもいい。独りよがりな理想郷でいい。あの子には変わらぬままでそばにいてほしい。何も知らず、私以外誰のことも知らず、ただ死ぬまで貴方でい続けていてほしいと願っている。そのための、

「……霊夢?」

 意識を覆っていた垂れ幕の暗がりを裂いた灯りと意識外から響いたその声にどきりとして、堪らず喉で息を引き止めると膝を立てたまま縮こまる。もはや隠しようもない姿にどう弁明しようかなどと考える間もなく、ぱたぱたと駆け寄ってきた優がさすってきた背の温かさに、そして同時に寄り添ってくれた柔らかなその声音に、両腕で支えた頭の中心に湧き上がった熱が堰を切って溢れてくるのがわかった。

「霊夢、どうしたの!? 大丈夫? 体調、悪いの? 何かあった……?」 

「……う……」

「え……な……泣いてるの?」

 情けない。私は優を守る立場なのに。私がこんなんじゃ、優が不安がってしまうかもしれないのに。拭っても拭っても溢れてくる涙に首を振り、引き攣りそうになる息を必死に整えてどうにかまともな返事をしようとしたところで────不意に。

 頬に触れた人肌と冷えた肩から頭にかけてを包み込まれた腕の安心感に、押しつけられた布に視界を奪われたまま見開いた目元が途端静かになった。細い指で優しく撫でつけられる髪の感触に合わせ、耳元に滑り落ちる落ち着いた囁きが一粒ずつ胸の空洞を満たしてくれる。やっぱり貴方は、ここで生きる私を救ってくれる。

「いつもありがとう、霊夢。ごめんね、無理させて……。大丈夫? 僕に何か、できることはある?」

「ううん……ううん、いいの。違うの。貴方が……貴方がいてくれるから……。お願い、優。貴方のことずっと守るから……貴方も私と一緒にいるって約束して。貴方だけは変わらないって、貴方だけは私を裏切らないって誓って……」

 差し出されたその身に顔を埋め、息も絶え絶えになりながら優にしがみつく。堪えようもなく声を震わせた私を制することもなく、膝をついた優は尚も腕を開いて優しく抱き締めてくれた。その分だけ、私も貴方へ喰らいつく。

 充てられた役割を全うするために私はここにいる。“博麗霊夢”である限り私はその役目を果たさなければならない。世界は私の望みなんて無関係に回り続けるの、私の祈りなんて何の役にも立たずに全てが敵に回る日が来ないことなんて、誰も保証してくれない。だからこそ、確固たる唯一の砦だけは私が選んでみせる。

 この残酷な均衡の外からやってきた存在だからこそ、きっと変わらずにいられる貴方。戸惑いながらも伸ばしてくれたその手を固く握りしめて、私は貴方に縋りつく。例えその優しさが気休めであろうとも、例えこの背にのしかかる業があんた諸共押し潰そうとも、この身の行き着く最果てが、例え何処であろうとも。

 指を絡めたその手は温かく、何より罪を知らずに軽かった。あんたはきっと私の重さに耐えられないだろう。だからこそ、私だけがあんたを引き止めることができる。逆行する世界のすべてが私を見捨て、いつかこの身が灼かれるその時が来ようとも。

 私はこの手を、離さない。

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