盾を愛した王子
幼い頃。
王子は父から盾を授けられた。
盾はかしこまり告げた。
「命に代えてもあなたをお守りいたします」
王子は生まれつき左手が不自由だった。
故に盾は常にその左に控え有事の際はもちろん、普段の生活においても王子を支えていた。
「何なりとお申し付けください。私はあなたを守る盾なのですから」
可憐な盾だ。
人にしか見えない。
いや、あるいは人であったのかもしれない。
盾は王子を守るのが役目だった。
事実、盾は王子を守り続けた。
王子が成長し、王となった後も役目を果たし続けた。
「お世継ぎを残すのも役目でございます」
この頃には盾は大分口うるさくなっていた。
王はその都度、適当に話をかわしていたが、ある時になり盾に心中を明かした。
「私は盾です。女ではございません」
顔を伏せて告げられた言葉に王は諦めるしかなかった。
王は生涯未婚で子を成すこともなかった。
晩年の王は自らの後継に傍系の少年を指名すると盾と共に隠棲した。
「お許しください」
すっかり古びた盾は死の間際に王へ謝罪をした。
「盾でありながら、あなたを守るどころか生涯癒えぬ傷をつけたことを」
王は不自由な左手をどうにか盾のものに重ねて問う。
すると、盾は今まで見せた事のない呆れ顔になり微笑んだ。
「かしこまりました。必ず、来世でもあなたをお守りいたします」
盾が葬られた後、王もまたその後を追うように世を去った。
後の世に王は盾に恋した狂人とされ、彼の肖像画には常に一枚の盾が画かれるようになったが、いずれの絵でも彼は盾をまるで大切な恋人を守るように抱きしめている滑稽な姿をとっている。
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「えぇ……」
美術館に飾られていた王の肖像画とその解説を読んだ女性がため息をつく。
「えっ、それじゃ。本当にこの人は盾を人間だと思っていたの?」
「そう。名前までつけて呼んでいたらしいよ」
「本当は人間だったとかは?」
「盾がどうやったら人間になるんだよ」
「それもそっか」
恋人の笑いに女性も笑う。
「ま、いずれにせよさ。子供を作らなかったからこのアホが死んだ後に内乱が起きて、それであっさり数百年の歴史はおしまい」
「救いようのない馬鹿じゃん」
恋人の解説に女性は呆れ笑いを漏らして絵画から背を向けた。
歴史のたった一瞬にしか存在しない狂った王の説明のことなど、もう既に忘れつつあった。
「荷物重くない? もう少し持とうか?」
「大丈夫。今日は左手の調子良いんだ。それに先生も言っていたしね。少しでも使うようにって」
「そ。それじゃ、もし重たくなったら言ってね。私持つから」
そういって女性は恋人の左に立って歩き出す。
この美術館にはまだまだ見たいものがたくさんあるのだから。