第一章:ヴェルゼ、異世界のホワイト企業に感動する 7
橋の工事が始まり、現場に足を踏み入れたヴェルゼはその光景に驚愕する。
普段は現場に顔を出さないエレナが、ここに立っているではないか。
「エレナさんが……」
彼女がこの現場に出ている理由がすぐに分かったわけではない。
ただ、普段は役員としてオフィスにいるエレナが現場に足を運んでいること自体が異例だった。
その姿勢には、やはりただならぬ緊張感が漂っている。
「ヴェルゼさん、遅かったわね。」
エレナが、少しだけその冷徹な目でヴェルゼを見ながら声をかけてきた。
普段の優雅さはなく、鋭く、そして決然とした表情が彼女の中の強い意志を物語っている。
「今回は、私がこのプロジェクトを統括することになったの。メディアの注目も集まっているし、絶対に失敗は許されない。」
その言葉に、ヴェルゼはただただ驚きながらも納得する。
このプロジェクトがそれほど大きな意味を持っていることはすぐに分かるし、エレナがこんなに真剣な表情で現場に立っている理由も理解できる。
「了解しました、エレナさん。」
ヴェルゼはその一言を口にし、改めて現場を見渡す。
すでに多くの作業員が作業を開始し、工事の準備が着々と進んでいる。
その中で、エレナは現場を指揮する立場として、数多くの指示を出していた。さすがにその手腕に圧倒される。
よく見るとラグナスも現場で動き回っており、ヴェルゼと目が合うと軽く手を振った。
「おはよう、ヴェルゼさん。」
明るく挨拶をしてきたラグナスは、まだまだ余裕を感じさせた。
工事は長期にわたるプロジェクトとなり、毎日のように準備が進んでいった。
その中でヴェルゼは少しずつ感じ始めたことがあった。
それは、エレナの姿が次第に心に引っかかるようになったことだった。
定時を過ぎても帰ることなく、エレナは事務所に残り続ける。
彼女が書類を整理したり、資料に目を通している姿を何度も見かけた。
仕事に対する姿勢が並大抵のものではないことはすぐに分かるし、その働きぶりに感服する反面、この世界でなぜそれほどまでに働き続けるのかと疑問を抱かずにはいられなかった。
「工期はまだ全然余裕あるのに、あんなに仕事に打ち込んでいったい何を背負っているんだろう……。」
そんな思いを抱えながら、ヴェルゼは日々の業務に従事していた。
エレナの姿は、彼にとってどんどんと気になる存在となっていく。
そして、ラグナスに関しては、以前の歓迎会の時の印象よりも違った印象を受ける。
真面目で硬いタイプなのかと思っていたが、意外と気さくで、ふるまいも作業員のことを本当に大切にしている印象を受けた。
その日、現場では大規模な設備点検が行われていた。
ヴェゼルは作業員たちが行うチェックリストに目を通しながら、確認作業を進めていた。
ところが、何か不安定な兆候を感じ取った。
「ヴェゼル、ちょっとこっちを見て。」
エレナが、現場の一部に異常を発見したようだ。
ヴェゼルが急いで駆け寄ると、エレナは作業中の一つの大型機械を指差した。
その機械の一部がひび割れており、内部のパーツが少し外れかかっていた。
「すぐに修理しないと危険が及ぶわ。」
エレナの言葉に、ヴェゼルも表情を引き締めた。
「どうしてこんなことに…?」
ヴェゼルは困惑したが、すぐに冷静に状況を見極めようとした。
機械が故障している部分は、安全に関わる重要な部分で、もし放置すると作業員の命にも関わる可能性があった。
「ラグナスさん!」ヴェゼルは急いでラグナスを呼びに行く。
ラグナスはその場ですぐに指示を出し、周囲を整理し始めた。「ここからは、エレナ、ヴェゼル、私の三人で対応しよう。まずは現場を安全に保ちながら、修理の方法を考えないと。」
ヴェゼルは頷いた。
ラグナスの冷静な指導を受けて、エレナとヴェゼルも現場の状況を把握し、素早く修理作業を進めることになった。
しかし、この問題は一筋縄ではいかなかった。
ひび割れた部分の修復に必要な部品が予想以上に多く、時間がかかることが判明した。
さらに、作業員たちが今後使う予定の一部機器にも影響が出ていることが分かり、問題はさらに拡大していった。
「もしこの機械が完全に壊れてしまったら、作業が止まってしまうわね....」
エレナは緊迫した表情で言った。
「それだけはまずいな....それにもし他にも同じような不具合が出ていたら…」
ヴェゼルがさらに心配そうに続けた。
ラグナスは二人の言葉に深刻な表情を浮かべる。
「それなら、まずは機械の修復を最優先にしよう。並行して、他の設備も確認して、全てが正常に動いているかをチェックする。もし他に不具合があったら、早急に修正しないと、今日一日の作業に影響が出る。」
作業員たちも緊張し、ラグナスの指示のもと、次々と動き始めた。
エレナとヴェゼルはその間にも、自分たちの担当部分を効率よく進めながら、何とか時間内に修復を終えようと全力で動いた。
最終的には、ラグナスの冷静な指示と、エレナとヴェゼルの協力で、問題は解決を見たが、その後の調査で、今回の故障の原因の究明までは至らなかった。
部品が交換されることで、再発のリスクは低くなったが、この事件が示唆するものは少なくなかった。
「ラグナスさん、おかげで助かったわ。」エレナは一息つきながら言った。
「だが、これをきっかけに、全ての設備の定期的な点検と交換をもっと強化する必要がある。」
ラグナスは冷静に、次に取るべき対策を話し始めた。
ヴェゼルはそのやり取りを見ながら、改めてラグナスの頼りがいのあるリーダーシップに感心していた。
そして同時にもしこの問題がもっと深刻だったら…とも考えた。
今後、何か予兆を見逃さないよう、さらに気を引き締めなければならないと思った。