第一章:ヴェルゼ、異世界のホワイト企業に感動する 6
歓迎会が終わりに差し掛かる頃、ヴェルゼは少し酔いが回り、心地よい疲れを感じていた。
ライルが笑顔でビールを注ぎながら、嬉しそうに話を続けている。
その時、ヴェルゼの肩に軽く手が置かれた。振り向くと、見覚えのあるゴブリンの姿があった。
「ヴェルゼさん、少しお話ししませんか?」
それはラグナスだった。
入社したときに少しだけ話したものの、実際に接するのはほとんどなかった。
しかし、その姿はすぐに思い出すことができた。
ラグナスはゴブリンという種族でありながら、非常に堂々とした体格を持ち、その存在感は抜群だ。
「ラグナスさん?」
ヴェルゼは少し驚きながらも、温かい笑みを浮かべて答えた。
「どうしたんですか?」
ラグナスは真剣な表情で少し考え込み、「実は、次の橋の工事でリーダーを務めることになりまして。」と話し始めた。
「このプロジェクトに関して、あなたの経験をぜひ活かしたいと考えています。ヴェルゼさんの意見を聞きたくて。」
ヴェルゼはその言葉に少し驚く。
ラグナスは確かに入社してからの期間が短いが、すでに難しいプロジェクトのリーダーに任命されるほどの実力者だ。
それに、彼の穏やかながらも頼れる姿勢には、自然と信頼を寄せる部分があった。
「リーダーに任命されるのはすごいですね。」ヴェルゼは素直に感心しつつ答えた。
「もちろん、力になれることがあれば何でも言ってください。」
ラグナスは軽く頷き、さらに言葉を続けた。
「ありがとうございます。実は、現場の作業員のモチベーションが少し心配で。難しいプロジェクトだからこそ、皆の士気が低くならないように気をつけなければならない。経験豊富な現場監督として、どうすれば引っ張っていけるのか、アドバイスをいただきたいんです。」
ヴェルゼはしばらく考え込む。
ラグナスが抱える悩みは、どんな現場でも避けられない問題だ。
だが、彼の姿勢を見て取ると、簡単に答えるのは失礼だと思った。
「まずは、スタッフ一人一人の状態をしっかりと把握することが大事です。」ヴェルゼは真剣に答えた。
「モチベーションが低いと感じる理由が、それぞれ違うこともありますから、個別に話をして、原因を突き止めるのがいいでしょう。それができれば、自然と皆の士気も上がるはずです。」
ラグナスは熱心に耳を傾け、すぐにメモを取った。
「その通りだな。個別に話をすることで、皆の悩みを共有できれば、チームのまとまりも生まれるはずだ。」
「そうですね、現場のリーダーとしては、スタッフを引っ張るだけでなく、支えることも大切ですから。」ヴェルゼは軽く肩をすくめるように笑った。
ラグナスはにっこりと笑顔を見せ、「ありがとう、ヴェルゼさん。君の言葉、心にしっかりと刻んでおきます。」と感謝の意を示した。
「お互い頑張りましょう。」ヴェルゼは、心の中でラグナスに対する尊敬の念を深めながら答えた。
その後、ラグナスは再び自分の席に戻り、会場の隅に消えていった。
ヴェルゼはその背中を見送りながら、これからの仕事にどんな挑戦が待っているのか、少しワクワクした気持ちになっていた。
ヴェルゼはラグナスの言葉が頭に残り、ふとドラントが言っていた新しいメンバーについて思い返す。
あの時のドラントの様子や言葉が、今になってどこかしっくりときた。
新しいメンバーとは、もしかしたらラグナスだったのかもしれないと、ぼんやりと考えていると、その思考を遮るように、ドラントが立ち上がり、会場に向けて穏やかな声で締めの挨拶を始めた。
「さて、みんな、今日は本当に楽しい時間を過ごせたな。ヴェルゼ、ライル、グレース。君たちがここに来てくれて、ほんとうにうれしいよ。これからも一緒にがんばろうな」
その言葉に、会場が温かい拍手で包まれる。
ヴェルゼは、なんとも言えない安心感とともに、その光景を見つめていた。
歓迎会の終わりとともに、みんながそれぞれの帰路へと向かっていった。




