第一章:ヴェルゼ、異世界のホワイト企業に感動する 4
ヴェルゼは、作業の進捗を確認しながら、ふと違和感を覚えた。
「……ん? 予定では、もう資材の移動が終わってるはずなのに……」
現場の一角には、運搬用の巨大な岩材が積み上げられたままになっている。
本来なら、魔法オペレーターが転送魔法で所定の位置へ移動させるはずだった。
ヴェルゼは近くの作業員に声をかけた。
「おい、どうなってる? なんで資材がまだここにあるんだ?」
「あ、それが……魔法オペレーターのジルさんが、急に体調を崩して休みになっちまって……」
「えっ……?」
魔法オペレーターとは、工事現場で魔法を使い、大型の資材を運んだり、地形を整えたりする専門職だ。
人間界でいうところの重機オペレーターにあたる。
しかし、魔法には熟練の技術と膨大な魔力が必要であり、誰にでも代替できるものではない。
「それで、今のところ何もできてないのか?」
「ええ……別のオペレーターを手配しようとしましたが、今すぐには来られないらしくて……」
ヴェルゼは額に手を当てた。
今日の工程が完全にストップするのはまずい。
資材の搬入が遅れれば、次の作業にも影響が出る。
「くそ、どうする……」
そのとき、通信魔道具が震えた。
『ヴェルゼ、現場で問題発生って聞いたけど、大丈夫?』
通信の主は総務のグレースだった。
ヴェルゼはすぐに状況を説明する。
『なるほどね……じゃあ、私の方でも再度別の魔法オペレーターをできるだけ早く手配するわ。
でもこの時間からじゃ間に合わないかもしれないから、現場で対応できる方法も考えて』
『了解。頼む』
ヴェルゼが通信を切ってしばらくした頃、聞き慣れた陽気な声が響いた。
「よーっす! なんか大変そうじゃねえか!」
駆けつけてきたのは、ライオンの獣人──同期のライルだった。
「ライル! なんでここに?」
「グレースから連絡があったんだよ。『ヴェルゼがピンチ』ってな!」
「助かる……!」
ヴェルゼはライルと顔を見合わせ、意を決したように頷く。
「うん、仕方ない。
ひとまず持てる分だけでも手作業で運んでいこう。
ライル、人手を増やすために、作業員の配置を調整してくれ!」
「おう! まかせとけ!」
ライルは作業員たちに指示を出し、資材を手作業で運べる分だけ少しずつ動かし始める。
しかし、それでは膨大な時間がかかってしまう。
そこへ、ヴェルゼの通信魔道具が再び鳴り響く。
『ヴェルゼ、進捗はどうだ?』
今度は直属の上司、ドラント主任だ。
『魔法オペレーターが来られず、資材の移動が止まっています。今、ライルと作業員たちで手作業の準備をしていますが、限界があります』
『……よし、分かった。だったら、少し荒業だが、一時的に補助魔法を使える奴を探そう』
『補助魔法……?』
『転送魔法が無理なら、強化魔法で作業員の力を底上げして運ばせる手もある』
ヴェルゼはハッとした。
『それなら……!』
ヴェルゼはすぐにグレースへ連絡し、社内の補助魔法適性のあるスタッフを確認してもらう。
幸運にも現場近くにいた魔法補助スタッフの協力を得ることに成功した。
彼は到着するや否や、作業員全員に**「筋力強化魔法」**をかける。
すると、普段なら持ち上げられないほどの巨大な岩材を、作業員たちが次々と運び始めた!
ライルも加勢し、現場は活気に包まれる。
「うおおおっ! すげぇ……! こんなに軽くなるのか!」
「ハハハッ! こりゃあ、魔法オペレーターがいなくてもなんとかなるかもしれねぇな!」
最初のトラブルこそあったものの、チームワークと機転を利かせた対応により、何とか予定通り資材を運ぶことができた。
ヴェルゼは大きく息を吐き、ライルとグータッチする。
「……何とかなったな」
「ったく、お前の現場は一瞬たりとも気が抜けねぇな!」
「ハハハ、それはお前にも言えるセリフだよ」
こうして、ひとまず現場の危機は乗り越えられたのだった。
常に孤独だった前職とは違い、仲間との連携感がヴェゼルにはとても頼もしく感じられた。
と、同時にほんの少し、僅かな違和感を感じとったヴェルゼであったのだが、特に気にする事なく、奥底に仕舞い込む事にした。