空虚
月明かりに照らされたベランダで一人、冬の冷たい空気をゆっくりと肺の中に取り込んだ。吐いた白い息が夜の暗闇に静かに溶けていく。
その様子をただ眺めていた。
午前3時。街は寝静まり、街灯だけがぼんやりと灯っている。胸にじんわりと響く一抹の寂しさから人肌恋しさを感じ、安心を求めるように指先をそっと擦り合わせた。
――満たされない。
そのとき、背後から人の気配がした。気配の主が静かに歩み寄り、私の背後で立ち止まる。そして、背中に滑らかで温かな肌が触れた。
「眠れないの?」
柔らかい手が私の肩を撫で、少しかすれた声が耳元で囁いた。
「いいや…目が覚めてしまっただけだよ。」
そう答え振り返ると、穏やかな表情のあの子と目が合った。溶けてしまいそうなほど優しい眼差しで見つめるその瞳に目眩を覚える。吸い込まれるように距離を詰めると、頬に手を添え、目尻を親指で撫でた。私はこの視線を向けられるたび、自身の奥底で凍りついていた何かが溶け出すのを感じる。それと同時に、どこまでも貪り食ってしまいたくなるような仄暗い衝動が湧き上がるのだ。
怖がらせたくはない。包み込むように、大事に、大事に、この世のすべてから守りたい。いつも私だけをその瞳に映していてほしい。絶対に逃さない。
そんな胸の内を悟られないように、ふわりと微笑んでみせた。