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ブラックな会社に勤める僕は、ドラゴン娘を拾う

作者: サチ

約ひと月ぶりの新作です。前作連載を終えてしばらく休息期間を設けさせて頂いておりましたが、暫くはこうして短編を出していこうかなと思います。書かないと腕が鈍るのでね。

 人の気配を感じない深夜手前。

 ヘトヘトになった体を無理やり引きずりながら帰路に着く。

 等間隔で立つ街灯を目印に歩きながらスマホで時刻を調べた。無機質で単調な白背景に浮かぶ黒の時計版。示す数字は12時をピッタリと指したところだ。

 もうこんな時間か、そう思うことは無い。毎日毎日これの繰り返しで、何も感じなくなってしまった。こんな人生でいいのかなぁと常々思う。

 あ、自己紹介遅れたね。僕は黒社(こくしゃ)勤。ブラック系の会社に勤めるしがないサラリーマン。28歳のアラサーさ。

 誰にこんな自己紹介を話しているのかって?……人は疲れると脳内視聴者を作り出すものなんだよ。1人は寂しいからね。

 浮かぶ言葉を脳内でアフレコしながらぼーっと歩く。傍から見れば歩くミイラだろう。最近は疲れが溜まりすぎているのか目の下のくまが酷くなり、子供に怖がられたり、新人の子に40代だと間違われたりもした。

 まだお兄さんなのに、悲しい。こんな日は家に帰ってお酒を飲むに限る。

 街中にあるアルコール販売をしている自販機。いつもそこに売っているお気に入りの物を2本買って帰るのだ。

 財布を出しながら自販機に近付く。街灯のみの辺りと違って、自販機は一層煌々と明かりが強いためか、どうしても目が痛くなる。

 少しすぼめた瞳で前に立つと2本分の小銭を入れて2回ボタンを押した。ガコンガコンと続けざまに音を立てて落ちてくる缶。下の取り出し口から2本を取り出すとまた前を向き歩き出す。

 自販機で購入し終えてから少し行ったところでフラフラと歩く人影が見えた。体調が悪いのか酒に酔ったのかまでの判別はつかない。しかし傍から見て危なっかしいというその状況だけは一発で理解する。


「って、やっぱりかっ……」


 危ないと思った矢先、その人影はフラフラフラーっと住宅を覆う塀に寄りかかるようにして倒れた。勢いよく倒れたわけではないので怪我は無いだろうが、素直に心配である。

 急ぎ足で駆け寄る。

 ちょうど等間隔に並ぶ街灯同士の中間地点。そのせいか微妙に表情が分かりにくい。分かるのは体格的に女性という事くらいだろうか。


「大丈夫ですか?」

「うぅ……」

「体調悪いんですか?」

「あ……あぁ……」


 状況が分からない。喋れないのか、そもそも僕の言葉を認識、もしくは理解出来ているのか。酔っていたら認識すらできな人もいる。


「どうしよう……」

「あう……み……ず」


 困り果てていた頃にそんな言葉が聞こえた。


「水ですか?」

「あ……う……ん」

「分かりました。少し待っててくださいね」


 女性を塀にもたれかけさせてから少し言った先にある公園に駆け込む。今日使った空のペットボトル。これを人に使うのは気が引けるが今は緊急時だ。公園内にある水道で大雑把に洗ってから中に水を汲んだ。

 もう一度駆け足で先程の場所に戻る。体幹の維持が出来ないのか戻ると横に倒れていた。一瞬本当に危ない状況を想像したが、近くで確認した感じ呼吸も正常の範疇を超えない辺りではある。


「すみません、また起こしますね」


 肩に手を回しグッと体を起こす。ぐらんと揺れる頭が塀にぶつからないように手で支えてあげながら、先程と同じようにもたれかける姿勢を作ってやると僕は先程水を汲んだペットボトルをカバンの中から取りだした。中では先程買った2本の缶が結露してビチョビチョに濡れている。

 キュルキュルとキャップを開け、そのキャップをコップ代わりにする。こういう状態の人に一気に水を飲ませたとてそれは逆効果だ。内蔵に負担のないようゆっくりと口の端、その隙間から流し込むようにするのだ。

 しばらくの間はこの作業を続けただろうか。今頃はきっと家で晩酌している頃だったんだろうなと思ってしまう自分がいてとても悲しくなる。けれど、そう思うのはこうしてちゃんと助けるという選択肢を取ったからに過ぎない。何も間違ったことはしていないのだ。ifの世界線に思いを馳せたとてそこに至ることはない。

 段々と落ち着いてきているようで呼吸も寝息のものに変わった。

 ふむ、秋に向かう晩夏とは言え夜は夜だ。このまま放っておくわけにもいかず、かといってタクシーで自宅に送り返すにも彼女の住所を知らない。

 本当はあまり取りたくは無い選択肢だったのだけれど……致し方がない。



✲✲✲



 目を覚ますといい匂いがした。はるか昔に経験したあの匂い。

 ムクリと私は体を起こす。

 見慣れない景色。お世辞にも広いとは言えないこの空間にもう1人私の知らない人が立っている。


「あ、起きました?ちょっと待っててくださいね、今味噌汁持っていきます」


 あぁ、そうだ。味噌汁、確かそんな名前だったな。


「はい、どうぞ。熱いのでゆっくり飲んでください」


 コトンとローテーブルに置かれた黒のお椀。中からは湯気を立てた味噌汁がいい香りを漂わせて佇んでいる。

 両手でお椀をすくうように持ち、縁を口元に近付けた。唇に触れる熱い感覚。そして流れてくる味噌汁の風味。体の芯に直接伝わるようなその感じは非常に心地が良かった。


「あの、すみません。私よく状況を理解できてなくって……こんな事、お味噌汁を頂いた後に言うのもあれなんですけど」


 テーブルにお椀を置きながら私はそう言った。


「いえいえ、それはお気になさらず。それよりも体は大丈夫ですか?急に倒れたところを目撃したのでこうして一度連れ帰ってるのですが」

「体は一応……大丈夫みたいです」

「なら良かったです。……けど、どうしてあんなにフラフラになっていたんでしょう?」


 フラフラになっていたことは覚えていない。だが、フラフラになった原因となる出来事は覚えている。


「……あの、お恥ずかしい話にはなるんですけど、その、少々強めのお酒を飲んでしまって」

「なるほど、体がついてこなかったと」


 納得したように頷いてくれて少し安心する。


「はい。……けど、もう大丈夫なのでお暇させて貰いますね。これ以上お邪魔しても申し訳ないので」

「そうですね。僕もこんな狭い部屋に女性を閉じ込めるのも申し訳ないですし。あ、お水だけ渡しておきますね」


 そういうと冷蔵庫から冷えた水を持ってきてくれた。


「ありがとうございます。今日はご迷惑をお掛けしました」


 そう言って私は部屋を出ようとした。

 そう、出ようとしたのだが。


「ど、どうかされましたか?」


 体が前に進まないのだ。魔力というか、結界に阻まれているようなそんな感覚。

 少し嫌な予感がよぎる。いや、しかしそんな事をする人にも見えない。第一私自身にその様な違和感がない。

 けど……。

 私は不安を払拭するためにも勇気を振りしぼることにした。


「あの、失礼ですが……私が眠ってる間に私の体で遊んだりとかは……」

「遊ぶ?……いやいやいやいや!してませんよ!?」

「ほ、本当に?」

「本当です本当!体調悪そうな人にそんな事出来るほど僕の人間性腐ってないですから!」

「そ、そうですか。……でもそしたら何で」


 うーんと腕を組んで熟考してしまう。あらゆる可能性を考えるのだが、どれもこれもどこか腑に落ちない。


「あの、差し支えなければ何があったのか教えて貰ってもいいですか?僕も助けになれるかもしれませんし」

「あ、えっと……んんー、これを言うべきなのかどうか」


 私は悩んだ末に決意する。

 サラリと長い黒髪を隠れていた耳にかけるようにして流した。すると彼は驚いた表情を浮べる。


「耳が……尖って」

「……はい。私は耳を見てもらったら分かる通り人間とはまた違う種族です」


 私という人間について彼に一通り説明する。

 まず私は人ではなく、龍の血が流れる龍人族であるということ。そしてこの姿は限りなく人に寄せたものであって、尻尾の生えている状態や、翼のある状態の姿にもなれるということ。また、私が酔っていた理由は龍酒という龍人族の成人の儀式で飲む酒を飲んだことが原因であること。そして最後に、龍人族にはとある掟というか契りのようなものがあるということを伝えた。


「契り……それについても聞かせてもらっていですか?」

「はい。契りというのはいわゆる主従関係です。私の属する龍人族というのは非常に力のある存在です。ゆえにその生涯を単独で過ごすことも決して少なくないのですが、稀に誰かに仕える形式というのをとる個体も存在します。その際に契りを交わすのですが、それが相手の体液を摂取するというものなのです。多くの個体は主人となる人の血液を摂取することでその契りを成立させています。痛みと共に絆を確立するという意味合いがあるみたいです」

「なるほど」

「そしてその主従関係は基本生涯断ち切ることは出来ません。可能となるのはどちらかが命を落とした場合のみとなり、付属する条件として主人からの許可を得ない限りは一定範囲からは動けないというものがあります」


 ふむふむ、と彼はなるほどと言った感情を表情に出しながら頷く。そして段々と私が疑った状況に気付き始めた。


「え……もしかして僕ときみとの間に契約が成立してる可能性があるってこと?」

「はい、だから私は現状この部屋から出れないんです。加えて先程私の体で遊んだかどうかを尋ねたのは」

「遊んだの時に僕の体液を摂取する結果になっていた可能性がゼロじゃないから……ってことか」

「となります。……けど、この短時間で感じたのは、あなたがそんな事をする人だとは思えないですし、何かあったのかとは思いますけど」

「んー……体液、体液かぁ」


 難しい顔をして思考をフル回転させているのがよく伝わってくる。

 私は意識を失っていたので彼との間に契約を結んだきっかけを思い出すことが出来ない。何の役にも立てずに申し訳ないと思う気持ちが募っていく中、彼の表情が一瞬変わった。


「どうかされましたか?」

「ん、いや……そのもしかしたらなんだけどさ、その体液って唾液でも契約には問題ないの?」

「……?一応はそうですね。体液の括りからは外れないので」

「……もしかしたらなんだけど、きみが倒れた時水を飲ませたんだけどね、その水を汲む時に使ったペットボトルが僕が1日使ってたやつなんだよね……。一応洗いはしたけど水でサッと流すだけだったし、もしかしたら」


 その話を聞いて私の中では確信めいたものが光る。

 そうだ、確かに水を摂取した瞬間に体の内が随分と熱くなったような、そんな感覚を覚えた事があった。意識が無かったがゆえに忘れていたが、あれは契約成立の証だったのだ。


「……多分それで契約は成立していますね」

「な、なんてこった。じゃあ今すぐその解消を」

「することはできません。先程も話したとおり、それができるのはどちらか一方の命が尽きた時です」

「そんな……」

「それに私はまだ死にたくはありませんし、あなたを死なせるわけにもいきません」


 そこまで言ってから私は床に降りて姿勢を正す。そして深々と頭を下げた。


「私の事をあなたの従者として仕えさせて下さい」

「へ……?」


 間の抜けた声。顔を上げるとぽかんとした彼の表情が浮かんでいる。


「え、あ、いや……でもきみの事をいきなり下みたいに見るのは僕には……」

「けれどこれは契約の大前提のルールですから」

「いや、そもそも契約自体な事故みたいなもので!」

「と、言われましても私も巻き込み事故を食らったようなものですし」

「そっ、それを言われたら何も言えないっ!」


 彼はさんざん悩んだ挙句、ぐぅ!と唸って1つの答えを捻り出した。


「主従関係の上下は絶対的なのかな?」

「そうですね。その個人間にはよりますが」

「なら、僕ときみとの力関係は限りなく対等なものに近いとする。僕が50.1だったらきみは49.9くらいのイメージだね。これなら契約のままだし、ほとんど対等だよ」

「確かに、それなら悪くはありません」

「うん、じゃあひとまず今後の事は後で考えるようにしよっか」

「はい」


 そう言って私達は部屋の奥に戻り先程の味噌汁のおかわりを楽しむのだった。



短編いかがでしたでしょうか。今回はふわっとした思いつきで書き出したものです。ふわふわなので内容を考える時間も短いし、書いた時間も短いので読み応えがあるのかは定かではありませんが、楽しめて貰えたら本望です。次作はいつになるかは分かりませんが、ぜひ楽しみにしていてください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 思わぬ形で主従関係が生まれてしまいましたね。 疲れている状態でも女性を助ける主人公からは生来の人の良さを感じました。
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