八吉とメエ
その昔。
八吉という幼い男の子がいました。
父親はすでになくなり、母さんと二人で暮らしていました。
けれど、八吉は淋しくありませんでした。
父親が残してくれたヤギ、メエがいつもそばにいたからです。
そんなある日。
母さんが病で倒れました。そしてその後も、母さんは日ましに弱っていくばかりでした。
「おじさんが迎えに来てくれるからね」
母さんが死んだら、おじさんの家で暮らすことになる――八吉はそう教えられました。
「おっかあ!」
八吉は泣きました。
「空の上から父さんと見てるからね」
母さんも泣いて、八吉を強く抱きしめてくれました。
その夜。
母さんは八吉を残して息をひきとりました。
翌朝。
八吉は和尚さんに裏山に連れていかれました。
「どこに行こうと、ここを覚えておくんだぞ。オマエの両親が眠っておるんだからな」
そこには父親の墓があったのです。
――おっかあ。
八吉は空を見上げました。
父さんと母さんが、空から見守ってくれているような気がしました。
ふたつめの朝。
おじさんが迎えにやってきました。
八吉はメエとともに、そのおじさんの家に向かいました。
山をいくつも越えました。
長いこと歩き、着いたときは夕暮れがせまっていました。
「さあ、お入り」
おばさんが抱き上げてくれました。
その日から。
おじさんたちと暮らすようになりました。
おじさんの家はとても貧しく、その日、その日を食べていくのがやっとでした。
ある晩。
となりの部屋から、おじさんとおばさんのひそひそと話す声が聞こえます。
「こう不作では売るしかないな」
「かわいそうに、八吉」
おばさんは泣いていました。
「飢えて死ぬわけにはいかないだろ」
「そうだねえ」
最後に、二人の大きなため息が聞こえました。
メエが売られてしまうのです。
――メエ……。
八吉はメエとはなれたくありませんでした。どうしても別れたくありませんでした。
真夜中。
おじさんたちが眠るのを待って、八吉はメエを連れてこっそり家を出ました。
外はまっ暗でした。
闇の中をひたすら歩き続け、夜が明けるとどこか遠くの村にいました。
そのころ。
八吉がいなくなったこと知ったおばさんは泣いていました。
「ヤギを売る話を聞いたんだわ。それで八吉はヤギを連れて……」
「八吉にとって、それほどかけがえないものだったとはな」
おじさんはすぐに八吉を探しに出たのでした。
八吉は見知らぬ村にいました。
おじさんの家を出てから、ずっとなにも食べていません。疲れきって歩くのもやっとでした。
やがて日が暮れます。
八吉は村人の納屋に忍びこびました。
そこにはたくさんのイモがありました。
盗んではいけない……そう思いながらも、空腹につい手が出てしまいました。
メエにも食べさせてやりました。
母さんの顔がまぶたに浮かびます。
――おっかあ、ごめんよ。
その夜。
八吉は納屋で眠りました。
次の朝、雪が降っていました。
八吉は雪の中を歩きました。
生まれた村を探し、それからもひっしに歩き続けました。
そして夕方。
八吉は寺の鐘の音を聞きました。
――和尚さんだ!
聞きおぼえのある鐘の音で、生まれ育った村に帰っていることがわかりました。
鐘の音に向かって歩きました。
鐘の音は終わっていましたが、雪のつもった山に見おぼえがありました。その山のふもとに、両親の眠っている墓があるのです。
すっかり暗くなったころ。
八吉は両親のもとにたどり着きました。
「おっかあ、ごめんよ。どうしてもメエと別れたくなかったんだ」
泣きくずれ、墓の前にひざまずきました。
雪が八吉の背に降りつもってゆきます。
横たわった八吉のほおを、メエが起こそうかとするようになめます。
――メエ……。
八吉は眠くなってきました。
まぶたが重くなり目をとじると、父さんと母さんがあらわれました。
「オラをひとりにしないで」
八吉は二人に向かって、とりすがるように手をさしのべました。
「ああ、もちろんだ」
父さんがほほえみます。
「八吉のこと、空からずっと見てたのよ。また三人で暮らそうね」
母さんは八吉を抱きよせてくれました。
母さんのぬくもりが伝わってきます。
――また、いっしょに暮らせるんだ。
八吉は幸せでした。
雪が降りつもります。
メエは八吉にくっつくようにそばにいました。
降りしきる雪から八吉を守るように……。