ある男の苦労と呟き
巫女とは、この世に神から賜りし幸福の種。
その清らかな魂は、世界を廻り幸を落として回る宝である。
この世界の者ならば、幼子でも知っている話だ。
「巫女様」は神の眷属でありながら、人の身を纏って生まれてくる。
その身体の生を終えるまで、生まれ落ちた国に神の加護を与える尊い方だと。
この世には七つの国がある。
イチヤ(壱夜)、フタミ(双海)、ミモリ(深森)、シセイ(詩星)、イツハ(乙羽)、リッカ(六花)、ナツキ(凪月)――円を描くようにして並ぶそれらの国々を、巫女は代々順に廻ってきたのだ。
イツハで巫女がその代の生を終えてから、暫く。次はこの国であるはずだった。
それなのに、ぱたりと巫女が生まれる気配が無くなってしまった。
本能的に知っているのか、巫女が生まれる番が回ってきた国の人間は、巫女が生まれた瞬間を何故か悟ることができる。それを感知した瞬間、皆は狂喜し、三日三晩宴が催されるものなのだが――この国では、誰も巫女が生まれたことを知ることができなかった。
巫女は亡くなってから、そう間を空けることなく生まれ変わる。
十年が経過する頃には、国は激しく荒れていた。
この国は神に見捨てられたのだと他国からは言われ、作物が思うように育たず、国庫は空に近付き、内乱が起こり――最早、巫女は喪われたのだとばかり、思っていた。
これが最後の贅を尽くした晩餐だろう、と国王が開いた盛大な晩餐会は、着実に滅びへと辿る国の、繁栄が終わる瞬間だと誰もが思っていた。
その最中に現れたのは、二つの人影。
誰もが、その内の一人に目を奪われた。
かく言う自分も、その一人だ。
艶やかで短い黒髪、黒曜石のような深い黒眼。その人がまるで天使のようにあどけない笑みを浮かべた瞬間、国民は、巫女の帰還を知った。
枯れかけていた草木が芽吹き、荒れた海が静まり、争いが沈静化した。蔓延していた病がぴたりと猛威を奮うのを止め、人々は生きる希望を取り戻した。
これを、奇跡と呼ばず何と呼ぼう。
皆が巫女に見惚れる中、ふと、その傍らにいた人物に気付いた。
呆れたような表情で、どこか誇らしげに、しかし僅かに陰を落としたその顔は、巫女とよく似た顔立ちをしている。
けれど巫女が儚げな美貌であるのに対し、長い黒髪を結いあげたその少女は、どこか凛とした気高さを持っていた。
あれは誰だ、そう思った時、その黒瞳と目が合ったが、向こうは気付かずに視線を逸らしていた。
そして暫く後、巫女の帰還の騒ぎが落ち着きだした頃、きちんと対面した少女は、私の剣を指さして言うのだった。
「私に剣の使い方を教えて」と。
やがて、王宮の宝物庫に眠っていた魔剣を手に入れた彼女の剣技には、そうそう太刀打ちできる者もおらず――剣自体が一撃で相手を殺す力を持っているのに、彼女は巫女を護る騎士であったために、卓越した剣の才能を備えており、実に短期間で、世界に名高い騎士長とすら渡り合えるようになっていた――連日、巫女に言い寄ろうとする者は叩き帰されていた。
王太子であるルーゼリアス様をはじめ、宰相、魔法使い、騎士長と最高権力の面々は、日々諦めずに巫女の元へ通っている。夜這いを仕掛ける時はさすがに、何度か殺されそうになったが――日中はあからさまに口説かなければ放っておかれているようだ。おそらく、巫女が過ごしやすいようにという打算も入っているのだろうが、彼女は自分のことは二の次である。やや心配だ。
巫女であるミオ様が、少年だということには驚いたが――今までに男の巫女はいなかった――愛の形は千差万別という神の教えがあるので、国の重鎮がこぞって巫女との結婚を望んでいようと構わないと思う。ただ、一夫一婦制ではあるので、重婚にならないよう気をつけてほしいが。
ここまで来ればわかるだろうか。
俺、いや私の名前はカイルアース・ライズフェルト。
現王佐を父に持つ、ルーゼリアス様の乳兄弟であり、直属の護衛騎士である。
ある少女にはどうも、あの四人と同じだと勘違いをされているようだが、私はミオ様に恋情を抱いてはいない。
どちらかと言えば、気にしているのは少女本人のことである。
双子の弟のためにと騎士としての役割を全うすべく、己の怪我にも気遣わないようなあのどこか危なっかしい少女を見守ることが、主君を護るのと同じくらいに大切なこととなっているのだということに――彼女が気付く日は、おそらく遠いだろう。
内容が統一されていないが、これは傍目から見た私のただの心の呟きである。あまり気にしないでほしい。
何はともあれ、平和になったこの国では、今日も巫女を廻った妙な争いが起きている。
側面と説明的な。
名前が最初に出てた人と、王子様の名前を出しときました。