爺達への落とし前
ゴールマン公爵をはじめ、ストレイ伯爵、ビオラ伯爵、クレイダーマン子爵、バリウス子爵、ローダン男爵の6名は呼び出しに応じ王宮に参内した。
ロシマの騎士、ブーン・ガーランドとケイン・タックラーへの謝罪のためである。
二十年以上前になるが、ブーンとケインは勇名を買われロシマの騎士から中央騎士になるため王城に赴いたが、騙されて大恥をかかされたため中央騎士の叙勲を辞退している。
その後の二人はロシマの騎士として活躍し、「暴れ獅子」「猛り竜」の二つ名を得ている。
歴史にIFはないが、もし中央騎士として叙勲を受けていれば騎士団長を務め一代男爵位も手に入れていたであろう傑物である。
その未来を潰したのがゴールマン公爵をはじめとする呼び出された6人だった。
「なぜワシが地方騎士如きに謝罪せねばならんのだ!」
「されないならそれも結構。ただしお命の保証はしかねる。騎士団も近衛隊もあの二人を止める事はできないし、止める気もないので」
「ワシは国家の重鎮ぞ? そのワシを護る気がないと申すか!!」
「国家の重鎮であろうともやっていい事と悪い事があるのではないですか?
それに国事であれば命を賭してお守りするが、此度は私事。
重鎮であればこそ謝罪の機会を設けさせて頂いた。
それを無下にされると言われるならば御身はご自身で守られよ。
ではご武運を」
騎士団や近衛隊が太刀打ちできない相手を私兵でなんとかできるはずもない。
6名は渋々謝罪の場に向かう事にしたのだった。
会場で二人を待つ間に宰相から「相手の納得できる謝罪を行うこと」と釘を刺された。
「交渉次第という事ですかな?」
「そう言う事になるかな。相手の要求が無謀であれば我等が間に入る。
だが爵位を後ろ盾にした高圧的な態度は決してとるでないぞ。良いな。
何を不服そうにしておる。冗談抜きで首が飛ぶぞ?」
暫くして扉の外がざわつきブーンとケインの到着が告げられた。
「ブーン卿、ケイン卿。よう参られた。息災か?」
「「陛下もお久しゅう」」
二人は片膝をつき敬意を表す。
「此度は仲裁の労をとっていただき恐縮ですきに」
「仔細は聞いておる。国家の英雄とも言える其方達への侮辱、知らなかったとは言え今まで放置したことは朕の不徳である。許されよ」
「勿体無いお言葉、ありがとう頂戴いたします」
「うむ。
此度の儀じゃが、お主等を侮辱したとは言え二十年以上も前の事。今はこやつ等も国事の重鎮を担っておる。
誠心誠意の詫びとそれなりの賠償金で謝罪を受け入れてくれぬか?」
「十分です。ただし条件をつけさせてつかあさい」
「不敬であるぞ!」
「ゴールマン公、控えよ! ブーン卿、条件とは」
「謝罪した事を周知していただきたく。
周知して頂けるなら、謝罪の言葉はいりませんけえ」
「ブーンの申す通りで。口先だけの謝罪の言葉なんざ不要、時間の無駄でござんす。
それより謝罪を周知頂くことで自分らの名誉を回復する事の方が重要かと」
「それで良いのか?」
「ようござんす。ワシ等はもう暫く王都におりますけえ、三日以内に発表と周知をお願いいたしやす」
「うむ、承知した。ゴールマン公、それで良いな」
「結構です」
詫びの言葉など言いたくなかったゴールマン公達は鷹揚に頷いた。
「では賠償金であるが」
「宰相殿、それについてもお願いが」
「金額の事か?それはこれから話し合おうとしているのだが?」
「金額なんざ幾らでも良うござんす」
「ワシ等はこの歳ですけえ、幾らいただいても。棺桶に入れる訳にもいきませんけえのう」
「じゃで、ワシ等への金は傷痍軍人会と遺族会に寄付してやりたいんで」
「この数日、共に沓を並べて戦うた昔の仲間を訪ねたんじゃが、みな苦しい生活を送っておって涙が止まらなんだ。少しでも助けてやりたいんじゃ」
「銅貨一枚でもええ。ワシ等からとして傷痍軍人会と遺族会に寄付してやってくれんですか?」
「本当にそれで良いのか?」
「「構わん」」
「承知した。貴殿等の望み通りに図らおう」
「貴殿等の友を思う気持ちに感銘を受けた。伯爵家の名誉にかけて賠償金を用意し寄附金としよう」
「ありがたいのう。では後の事はお任せして良いかの? 会いたいモンがまだまだおるんでな」
「うむ。大儀であった」
「少々拍子抜けでしたな」
「どうせ広報から国内向けに和解報道はせねばなりませんから、周知はせねばなりませんからね。
それが実際には詫びもしなくていい。
賠償金もこちらで決めていいときた。
まあ格好がつく程度には必要でしょうが」
「裁判でしたら勝訴ですね」
「ヤツ等も中央貴族に逆らう愚を悟ったのでしょう」
「ヤツ等の気が変わらぬうちに早々に発表するといたしますか」
「それが良かろう」
この後広報を通じてゴールマン公爵をはじめとする中央貴族6家がブーン卿とケイン卿に正式に詫びを入れ和解した事、また和解金として公爵家が金貨300枚。伯爵家が200枚づつ。子爵家・男爵家が100枚づつ。計金貨一千枚を用意し、ブーン卿とケイン卿の意向で傷痍軍人会と遺族会に寄附される旨を発表する事になった。
「ゴールマン公爵閣下。暴れ獅子、ブーン・ガーランド卿と猛り竜、ケイン・タックラー卿のお二人と皆様の間で和解が成立したと伺いましたが」
「うむ。両卿とも我等の心からの謝罪を受け入れて下さりわだかまりはなくなった。
また我等の用意した賠償金は、卿等の希望により傷痍軍人会と遺族会に寄付する運びとなった」
「ブーン卿やケイン卿は賠償金を受け取られないのですか?」
「卿等の希望でな。戦友や遺族達の困窮している姿を見て援助をしてやってほしいとの事なのでな」
「そのお気持ちに打たれ、我等も用意した金額に心ばかりではあるが上乗せさせてもらう事にした」
記者席から歓声が上がった。
…中央貴族の重鎮がブーン卿とケイン卿への賠償金に上乗せする?
…かなりの額だろうな
…そう言えば、昨日ブーン様とケイン様が金貨500枚づつ寄附されたけど、それより少ないって事はないよな
(…ん?)
…あ、その話本当だったんだ
…職員の話だと、顔を涙でくしゃくしゃにして『田舎騎士じゃけえこん位しか蓄えが無か。少ないが受け取ってくれ』って拝む様に置いてったらしい
…銀貨や銅貨も混じっていたって本当か
…本当らしい。正真正銘なけなしの金なんじゃないかな
…やっぱりあの二人は立派だよね
…でも、あの二人がそれだけ出しているとなったらゴールマン公爵達はお幾らくらい準備されているんだ?
…倍くらいじゃあないか?
…有名人とは言えお二方は地方騎士だぞ。爵位もない二人に対してゴールマン公爵様は中央貴族だよ。
…ストレイ伯爵もビオラ伯爵も中央貴族の重鎮だよな
…そんな方々が『感銘を受けて上乗せした』とおっしゃっておられるんだぜ?倍程度じゃあ格好つかないだろうさ
(まずい!公爵様、いかがいたします!?)
(とりあえずこの場は誤魔化せ!)
(持参した金貨一千枚はどうなさいますか?)
(寄付金として出す訳にいかんだろう! 別の名目にせねばならぬ!)
(して、いかほどに)
(元の五倍だ!)
(五倍?そんな無体な)
(たわけ! 子爵家、男爵家があやつ等より少額で良い訳無かろう!)
(く……)
(もう良い。わしが話す!!)
「クレイダーマン子爵、バリウス子爵、ローダン男爵がそれぞれ金貨五百枚。ストレイ伯爵、ビオラ伯爵が一千枚。
わしが一千五百枚。計五千枚用意させていただいた。
またブーン殿とケイン殿に老後の蓄えを吐き出さす訳にも参らんので、卿等にお返しするための一千枚をわしがここに用意させていただいた」
記者席から大歓声が起こる。
その歓声に笑顔で応えゴールマン公爵は会見場を後にした。
大貴族としての面目は保てたが、予想外の出費に胃痛が止まらなかった。
後日ゴールマン公爵をはじめ6名の貴族にブーン卿とケイン卿からの感謝状が届いた。
銅貨一枚でも良いと言ったのに多額の寄付をしていただいた事で中央貴族の懐の深さを感じ入った。
また感情的になり後先考えずに寄付してしまったので将来に不安だった。返金いただいた事は正直ありがたい云々。
これでは怒るに怒れなかった。
王都のローゼンブルク邸の一角でシア達は祝杯をあげていた。
「上手く行きましたな、お嬢」
「だから言ったろう? コイツはこういう事が得意だって」
「やめてよ、シア。ブーンさんとケインさんのお人柄と実績があったから上手く行ったんだから」
「謙遜は不要じゃけえ。ユリア嬢の言うた通りに事が運んだんじゃ。胸を張ってええ」
「しかしお嬢にようもこんな良い友達ができたもんじゃ」
「本当に。わし等もお嬢もこういう謀り事は不得手じゃけえの」
「皆さんがそう言う方だから効果があったんですよ。
ただ私の事は内緒って事で」
「なぜじゃ? 恩人として言い広めたいんじゃが?」
「バレたら次から警戒されちゃうじゃないですか。謀り事は密をもって良しとせよ、です」
「そう言うモンか?」
「こういうのはシアには今後もあると思います。
そのうちバレると思いますが、バレるまで楽をしたいので」
「お嬢のためと言われるか。ならばわし等には嫌も応もないのう。心得た」
「あなたもね、ハリー」
「心得ております。コンスタンシア様」
記者会見の会場にいた青年が応えた。
「でも、ユリアさんの指示で噂を拡めただけであんな結果になるとは正直言って思ってもみませんでした。素直に凄いと思いますよ」
「また何かあればお手伝いしてくださいね。貴方はもうこのチームの一員なんですから」
「光栄です」
ハリー・ロイドはローゼンブルク邸からの帰り道、今回の謝罪会見の顛末を振り返った。
ユリアの指示はブーンさんとケインさんに、わざと銀貨や銅貨を混ぜて傷痍軍人会と遺族会になるべく多くの寄付金を届けること。
そしてその事をゴールマン公爵達にわざと聞こえる様に話す事だけである。
あとは相手が勝手に転けてくれる。
何を言っているのか分からなかった。
ゴールマン公爵に一泡吹かせたくないかと声をかけられた時は「何を言っているんだ」と思っていた。
恩人のケイン卿からの頼みだから受けた。
結果はどうだ。
ゴールマンのヤツは絶対用意してあったあの一千枚で誤魔化すつもりだった筈だ。
それが俺の煽りで誤魔化せ無くなった。
胸がすいた。
この国が変わる予感がした。あの少女二人がいれば。
そして俺のことをチームの一員と言ってくれた。
光栄だと答えた。
尾いていこう。この国を変えるために。
一回で終わらせようとして少し長くなってしまいました。