親友として認定された(1)
バーバラは暗部の棟梁ハンゾウを訪れた。
新しく生徒になったユリアの特別カリキュラムを組むためである。
「バーバラ殿、本気でお育てなさるのですね」
「あの娘はなかなかの逸材ですので。
本物の王妃であろうと務まるまで鍛え上げようと考えております。
コンスタンシア様にああ言われた時には逃げ出さないための当て馬程度と思っておりましたが、揺さぶってみますとこれがなかなか。
頭もきれる、負けん気も強い。
体力の方は、まあこれからですが、精神力は頭抜けておりました」
「と言うと?」
「三音まででしたら一分ほどで意識を取り戻せます」
「まことですか!? 王や王子の様にではないでしょうな?」
「まともに、です。あえて例えるならば、戦場でのコンスタンシア並みです」
「それは逸材ですな。影武者としてでなくとも国として失う訳には参りませんな」
「ですのでハンゾウ殿にはユリアに身を護る術を叩き込んでいただきたいのです」
「心得た。時にバーバラ殿。どこまでを考えておられるか?」
「ハンゾウ殿が会得しておられる、魔孔を点くあの技を伝承できるやもしれませんよ?」
「どう言う事ですかな」
「あの娘は聖魔法が使えます」
「なんと!」
「壊れても元に戻せるので」
ハンゾウはバーバラの差し出した手をしっかり握る。
「お任せあれ。我等の護身術、投毒術、遁甲術を全て伝授いたしましょうぞ!」
「変装術もお願いいたします。
私は淑女教育と人心掌握術、圧縮魔法を伝授しようと考えております」
「怖しい怪物ができそうですな」
「愛国心と使命感が有れば大丈夫でしょう。
アレはコンスタンシアと同類の様ですので」
「……目的のためなら手段は選ばない」
「しかし心根は真っ直ぐです」
今日も本当に疲れた。
ババラ様の授業はハンパないのだ。
精神が休まるのは実技の時だけで、知識の伝授は「唵!」なのだ。
そう、圧縮魔法はお説教以外にも使えるのである。
外国語の習得や貴族のパワーバランス。外交知識や歴史など情報知識については「唵」で頭に直接叩き込まれる。確かにその方が早いのだが精神の負担はとんでもないのだ。
それを一日二回。それ以上は負担が大きく弊害の方が多いらしい。
その合間に実技が加わる。
お辞儀の仕方から歩き方、外交のある国々の礼法……
みっちり二時間は鍛えられる。
「唵」は一瞬なので、時間としては二時間なのだが中身の濃い授業を四時間受けたようなものなのだ。
逃げ出したいが、初日にババラが私とシアを抱きしめ泣きながら呟いた声が甦る。
「この国の将来は貴女達にかかっているの。
あの王子に任せる訳には……
貴女達しかいないの。
こんなに華奢な肩に重荷を背負わせてゴメンなさい。
でもほかにいないの……」
「ババラ様…頼りないかもしれないけど、アタシ頑張るから。皆んなの泣く顔、見たくないから頑張るから」
声は少々虚ろだったが、シアって本当の貴族なんだと思う。ノーブレスオブリージを本気で考えているんだと思う。
「火炙りになりたくない」がモチベーションの自分が恥ずかしく思った。
しっかりしろよ、王子!
…しかしホーク王子の顔を思い出すと気が萎える。
一日目の夜、私は疲れ果てて走馬灯を見た。
走馬灯とは、あまりの辛さにに脳が一番楽しかった記憶を思い出してストレスを和らげようとして起きる現象らしい。
でも私が見たのはこの世界に生まれる前のあの記憶だった。
「アキ、また紅白龍虎合戦やってるの?」
「ショーコ、一応乙ゲーなんだから、その呼び方辞めてよね」
「そのカバーで乙ゲーはないだろ……
なんで紅い竜と白い虎背負ってんだよ。しかも陰の付け方がヤクザ映画のポスターみたいだし」
「それはそうだけど……でも中身はちゃんとサクセスストーリーの恋愛物だから」
「夜勤明けでハイになって内容わかってないだけじゃないの? 早く寝なよ?」
「そう言うショーコはこれから現場?」
「ううん、今日は休み。久しぶりに道場に顔を出してくるつもり」
「ほどほどにね〜」
直後、凄まじい揺れを感じ宙に浮いた。
床が消えブラックアウト。
おそらく私はその時死んだ。
直下型の地震だと思う。
私にはユリアとして生きてきた記憶のほかに、高田アキとして生きた記憶があるのだ。
高田アキ、某大病院の救急外来で看護士をしている。緊急の呼び出しに備えって名目で家を出て市内に部屋を借りている。
でも一人だと予算が苦しいので、友達のショーコとルームシェアしている。
血塗れで担ぎ込まれた患者さんを救う事ができると達成感でハイになれるので、希望して救急に所属している。仕事が趣味みたいなもので、家ではゲームくらいしかしない。好みは乙女ゲーム。どこでも中断できるからだ。
ショーコは大学生。バイトはもっぱら体力作りを兼ねてドカチン。バトルマニアで総合格闘術の道場に通っている。世界を回って腕試しが夢らしい。
基本脳筋なのだが頭の回転は速い。しかし父親が西の方出身らしく、発想がすぐにお笑いになる。
根本的な価値観が似ているため仲はいい。
ショーコに言わせると私のツッコミのタイミングがバッチリだとか。
久しぶりに思い出した……
ショーコはどうなったのかなあ……
走馬灯を見る日常が三日ほど続き、私はシアに親友認定された。