入学式(2)
王立学校はこの国の次代を担う者の養成校だ。
貴族の子弟は当然として、平民出でも優秀な者は下級貴族の養子として入学してくる。まあ平民出の大半は卒業と共に養子縁組は解除するので貴族として見られる事はない。
学校内では名目上「平等」となっているが、貴族の中にはそれを良しとせず身分を鼻にかけて威張り散らす輩もいる。
目の前のバカ共がそうだ。
「そこの貴様、道を開けよ!」
「それはアタシに言ってるのかい?」
「なんだ、その口のききかたは!」
「田舎者でね。お上品な言葉使いには慣れてないんだ。大目に見てもらいたいね」
「チッ、田舎者が……こちらはストレイ伯爵家の嫡男であるブライ様である。道を開けよ」
「中央貴族の?」
「ほお、知っておるなら話が早い。不敬である。道を開けよ」
「断る」
「は?」
「学内では身分の上下なく平等、と当校の理念に書かれてある。身分を傘に無理強いしてくるのは筋が通らねえ。だから断る」
「これだから田舎者は……
良いか小娘。田舎ではどうだか知らぬが中央では貴族と平民には歴とした差があるのだ。
ドン亀の肩章を付けた平民崩れが上位貴族である伯爵家に歯向かう事は許されておらん。退がれ」
「ドン亀? ああ、そう言や黒盾旗をドン亀って呼んでるって聞いたな。
貴族は見栄えを気にして目立つ戦果を上げやすい部隊にばかりに入りたがるんで、地味な黒盾隊には平民しか入らないってか?
何を考えてんだか。バカ共が!」
「なんだと!!」
「いいか、耳の穴かっぽじってよく聴きやがれ!
風魔法に乗せて矢の雨を降らす青弓隊!
戦槍を林のように立て機動力で相手の陣に穴を開ける白槍隊!
剣を振るって火の如く敵を蹂躙する赤剣隊!
この三隊は確かに戦の華よ!
しかし苦しい戦で絶対退がってはならぬ局面を乗り越えるは、泰山亀の様に少しずつではあるが前進を止めぬ黒い盾隊!
なぜ我が国の軍旗に風林火山の文字が刻まれておる!
各隊が各隊を尊敬し合うこそ軍の理念。
一つの隊を侮るなどあってはならぬ」
「は、理念はどうあれ現実を知らぬ愚か者が!」
「ならば現実とやらを教えてもらおうかい!」
「後悔しても遅いぞ!」
剣は抜かず鞘ごと切りかかってきた辺りは、少しは理性が残っていたようだ。
だが容赦無く拳を叩き込む。
残ったヤツらと取り巻きに向けて、かかって来いよとばかりちょいちょいと手招きする。
さて、近衛隊が来るまでひと暴れといくか!!
「鎮まれ! 厳粛なる式を控えてなんの騒ぎであるか!!」
学校の衛士ではない。今年王立学校に入学してくる王子の護衛に派遣されてきた近衛隊士である。
「お? シュナイダーのアニキじゃねえか」
「ん? シアか? おまえ何してるんだ?」
「十五だからな。今年からここに通うんだよ。
で、国王陛下からの頼みでね。
貴族であるってだけで他を見下すヤツとか、黒盾隊をコケにする傾向があるってんでクンロク入れてんだ」
「じゃなくてだな」
「ん?なに?」
「おい、皆んな来てみろよ。シアがいるぞ」
「え……本当だ。シアだ」
「皆んな何言ってんだよ? つい三日前まで一緒に訓練してたじゃないか」
「いや、その格好じゃ分かるわけないよ。なんで女装してるんだ?」
「……ケンカ…売ってる?」
「何言ってんだよ。早く着替えてこいよ」
「そのケンカ、買った!!!」
今度は近衛隊士と殴り合いが始まった。
「なんの騒ぎだ?」
現れたのは近衛隊の隊長である。
目のまわりに痣をつけたストレイ伯爵家の侍従が駆け寄るのが見えた。
「近衛隊のザーレ殿とお見受けする」
「いかにも。これはなんの騒ぎですかな」
「あの者が我がストレイ家に無礼を働いたのだ。
これに対し、ストレイ家は無礼打ち法の適用を求める! 近衛隊として正式に受理いただきたい!」
無礼打ち法とは、上位貴族である伯爵家以上の者の署名と本人の署名が有れば下位の者の処刑が認められる法である。
元来は止むに止まれぬ事情で犯罪に手を染めた者の家族に累が及ばぬよう定められた法だったが、今では貴族のトカゲのシッポ切りに使われる事も多い。
対象となるのは字も書けない平民が多いため、署名の代わりに拇印も認められている。
「小娘が! 処刑されたくなくば泣いて詫びるがいい! もしかしたら助けてやるかもしれんぞ」
「ストレイ家の方か。学内では身分の上下はありませんぞ。それにいささか大人気なくはないか?」
「ストレイ家の名誉を保つため。退く気はございません。ましてやあの小娘は反省の色もないではありませんか!?」
「シアよ、一言詫びるわけにはいかんか?」
「なんでアタシが詫びんといかんか! 筋が通らんことをしとるのはどっちじゃ!」
「仕方ない…」
ザーレはシアに紙を出しサインさせると、その紙にストレイ家の嫡男やこの騒ぎに関連した者達の拇印を取った。
拇印を押さされた面々が狐に摘まれたような表情をしている間に紙はシアに渡される。
「ザーレ隊長、なぜその紙をそいつに預けられるか?」
「身分の高い方に預けるものだからだ」
「は?」
「あなたが小娘と呼ぶこの方はロシマのローゼンブルク侯爵家令嬢コンスタンシア様だ。伯爵と侯爵、どちらが高位でしたかな?」
一瞬会場の音が消えた。
「……シア、おまえ女の子だったの?」
「まだ言うか--!!」
アタシの鉄拳がシュナイダーのアニキの顔に直撃し、会場に音が戻る。
爺に目をやると目くばませしてきた。
アタシは壇上に上がり、今日のために用意してきた大見得を切る!
「無理が通れば道理が引っ込む。
そんな世間じゃあ、泣くのは弱ええ者ばかり。
そうは言っても通さにゃならねえ無理もある。
そん時ゃ筋くらい通そうじゃあないか。
六尺に満たねえこの身だが、身体を張って筋を通すがのぶれす・おぶりーじってぇヤツだ!
ロシマに咲いた一輪の大薔薇、コンスタンシア・ローゼンブルクたあ、アタシの事よぉ〜
皆んな、気軽にシアって呼んでくれよな!」
爺は目尻を押さえてうんうん頷いている。
よし!決まったぜ!!