97.バレエノートのつけ方、その2
再び月曜日が始まる。
学校の授業、生徒会の文化祭の準備、コンクールの練習と、大忙しの日々である。
今週から、文化祭で開かれるバザーの準備として、空き教室を解放し、バザーの品の寄付を募る。
募った品を査定して、値段をつけていく作業を実施する。
さらには、生徒会室の前に箱を設置。
この箱の隣に、申込用紙を設置。
この申込用紙と箱は、そう。【花園学園グランプリ】のエントリーだ。
そして、おそらく一番最初に、その申込用紙に手を伸ばしたのは。
「よ、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
学校の制服を着ている、赤城兄妹の双子の妹、未来。
当然、コスプレをしていないためか緊張している。
僕、未来、そして、未来の双子の兄の隼人、そして、風歌は、それぞれ自分の名前を書き、申込用紙を箱の中に入れた。
「頑張ろう!!」
「「「「おーっ!!」」」」
僕たちは気合入れを行った。
といっても、何回かの練習で、ほぼ仕上がっていたので、あとは細かい調整をするのみだった。
ここから文化祭までの、生徒会の主な役割は、【花園学園グランプリ】の参加者の確認とプログラムの作成、そして、バザーの寄付の処理であった。
チラシに関しては、大方発注を依頼しているし、あとは、各部活やクラスから、出し物をヒアリングして、パンフレットの発注をするくらいだろうか。
ちなみに並行して、前日祭として、体育祭も行われるが、こちらに関してはプログラムがある程度決まっており、各クラスで、出る種目を確認し、前日、当日に準備するだけだった。
【花園学園グランプリ】の出場者も、僕たちのチーム以外で参加者がちらほら確認される。
僕は、生徒会書記として、チーム名、参加メンバーの名前を入力していく。
一方バザーの方は、力仕事ということで、結花と義信、さらには史奈が、寄付された品を整理しているようだ。
寄付された品のリストをもらい、こちらも、入力していく。
ちなみに、この作業は早織にも手伝ってもらっている。
「なかなか様になっているね。輝君。」
一緒にいる葉月がにこにこと笑う。
「うん。いろいろと手伝えなかった分頑張ろうと。」
僕はニコニコと返事をする。
「体壊さないでよ。仮にも、輝は色々と頑張っちゃうタイプだし、断れなさそうなタイプだから。」
加奈子は心配そうに言う。
確かに、ここまで、誘われたら、断れない時期が続く。
唯一、断ろうと思ったのが、赤城兄妹の動画出演だったが、結花の力を借りて、事なきを得たし、【花園学園グランプリ】という違う形で、結局は増えてしまうことになっていた。
僕としては、それでも楽しいが、加奈子から見たらやっぱり心配なのだろう。
「大丈夫。僕は今、とても楽しいから。」
と加奈子に、笑顔を見せる。
加奈子は頷く。
「そう、それならよかった。」
と、ニコニコ笑っていたが、顔の奥では、無理しないでね、という表情になる。
そうして、今日の作業を一通り終えて、加奈子とともにバレエスタジオへ向かう。
今日からは、関東大会で披露する自由曲、『英雄ポロネーズ』の練習。そして、加奈子のソロステージの振付だ。
先日から、僕のコンクールで、譜めくりのサポートとなった、加奈子。
加奈子こそ、無理しないで欲しいと思っているが、お互い、性格が一致している。
「加奈子も無理しないで。」
と伝えると。
「大丈夫。私も楽しいから。」
との二つ返事。
「「一緒だね♪」」
と、ニコニコ笑う。
さて、譜めくりサポートをきっかけに、加奈子も、原田とともに、楽譜を読んでいく訓練を始めている。
「ヨシッ。2人とも、時間通りで、感心、感心。それじゃあ、振り付けをしていくぞ。」
原田は僕と加奈子の前に相変わらず颯爽と現れ、僕をピアノの前に促した。
「それじゃ、『英雄ポロネーズ、作品53』と行こう。この曲は長いので、最初のページまで少年に弾いてもらって、譜めくりのタイミングをまずは、確認しよう。その後、最初のページの振付を、この間の復習のような感じで、同じような要領でやってみよう。」
原田の言葉に僕たちは頷く。
僕はピアノを弾いていく。
さすがに、この曲は演奏時間も長く、とても難しい。
加奈子も楽譜、ということであればついて行くことがやっと、という印象があるが。
加奈子の譜めくりもうまくなってきた気がする。
ここだ!!という表情に変わり、最初のページをめくった。
結果は今度は若干遅かったが、それでも、全然違うというわけじゃなく、惜しいという感じだった。
「うん。ちょっと、惜しかった。もう少し早いタイミングで、最初のページは過ぎてた。」
僕はニコニコ笑う。
確かに、この曲はリズムとしてはバレエで振付しても刻んでいけるが、そのリズムを楽譜に起こすのがとても難しい。
テンポ間も楽譜のみだと、わからなかったようだ。
「ヨシ、ヨシ、確かに惜しかったがいい感じだったぞ、大分、楽譜の、譜読みがつかめてきているな。」
原田は加奈子の方に手をやる。
「さて、ここからは、加奈子ちゃんの本領発揮の出番だな。楽譜の情報を見ながら振付を確認するぞ!!」
原田はそう言って、加奈子に振付を叩き込んでいく。
普段はパワフルな原田だが、振り付けに関しては指の先から、足の先まで繊細だ。
加奈子は、『マズルカ』や『華麗なる大円舞曲』、さらには『ワルツ、大円舞曲』と同じように、楽譜とノートにメモしていく。
今まで僕が練習で弾いた3曲は、加奈子はコンクールで行った、振付をすでに覚えたうえで、こういうふうに楽譜とノートにメモして、それを対応していくものだったが。
さすがに、今回は1からの振付、少し大変そうだが、加奈子の表情は気合が入っている。
今週は、僕にとっても、加奈子にとっても、『英雄ポロネーズ』三昧となった。
月曜日から、木曜日まで、毎日、バレエ教室に通い、昨日の復習と、次のページの振付となった。
そして、その木曜日の最後の通し練習。
「ヨシッ、では、少年、頭から弾いてくれるか?」
僕は原田の指示で、頭から、『英雄ポロネーズ』のピアノを弾く。
加奈子はそれに付いてきている。いや、ピアノの音を完全に理解して、振付をモノにしていた。
凄い。凄い。
僕は加奈子の舞に惹かれながら、ピアノを夢中で弾き続ける。
僕と加奈子の二人だけの空間。
まるで、最初に、葉月の家で、加奈子が私服のままバレエを披露したときのように・・・。
演奏が弾き終わる。
パチパチパチパチ。
と拍手が鳴り終わり、原田が大きくガッツポーズをしていた。
「どう?加奈子ちゃん、明らかに覚えるのが速くなってきている、そして、細かい動きも完全に入っているし、もう、100パーセント仕上がったといっても過言ではないぞ!!」
「はい。凄いです。このくらいの演奏時間の曲は、もう少し長く仕上がりにかかっていたはずですよね、先生。」
加奈子も原田の言葉にニコニコと頷いた。
「ああ、そうだよ。そうだとも!!」
原田は笑っている。
僕も思わず、そのやり取りに拍手していた。
「いい?その感覚、忘れないで。最も、少年がいるときは、このやり方で振付を確認するけど。」
「はい!!」
加奈子は大きく、返事をした。
「すごかったです。ありがとうございました。」
僕はそう言って、もう一度、大きな拍手を贈る。
原田と加奈子は首を振る。
「ううん、お礼を言うのはこっちの方。輝のおかげで、また一つ成長できた。それに、約束、果たせそうだから。」
加奈子は笑っている。
最初のバレエコンクールの時。加奈子は言っていた。
【困ったことがあったら、言ってね。】と。
その言葉を思い出し、僕は涙目になる。
「おいおい、少年、泣くのは早いぞ。お前のコンクールが終わってからだな。」
原田は頷く。
「ヨシッ、そしたら、明日の金曜と、来週は少年のコンクールの予定に合わせて、『英雄ポロネーズ』以外の3曲を復習することにしよう!!」
原田は親指を立てて、今日のレッスンを終えたのだった。
僕と加奈子は原田に見送られて、バレエスタジオを後にする。
そして、自転車をこいで、それぞれの帰路に就く。
といっても途中までは一緒で。
いつもの、『南大橋入口』と書かれた交差点に差し掛かる。
「じゃあ、また明日ね。輝。」
加奈子が手を振る。
僕も頷いて、改めて、お礼を言って、加奈子の自転車が見えなくなるまで見送った。
そうして、僕も南大橋を渡って、伯父の農家の家へと帰路に就いた。




