96.バレエノートのつけ方
翌日日曜午後も原田のバレエスタジオに居る僕。
勿論、この日の午前中は岩島先生のところに風歌と訪れ、2台ピアノ、連弾部門の練習をして、原田のバレエスタジオに来ていた。
加奈子は午前中はクリスマスコンサートの練習だった。
昨日と同様に温かく出迎える加奈子。
「少年はコンクールが終わったら、改めて練習に入ってもらう。今は、メインステージ『くるみ割り人形』の練習が先だ。」
原田はニコニコ笑いながら、僕の肩をポンポンと叩く。だからそこまで気にしなくていいとの素振りだろうか。
「ヨシッ。今日は『華麗なる大円舞曲』の練習と行こう。実は、少年と出会う前までは、これを加奈子ちゃんのコンクールの自由曲にしていたんだ。振付は覚えているかな?」
原田は加奈子の瞳を覗き込む。
「はい。」
と頷く加奈子。
「ヨシッ、まあできなくてもいいや。少年と出会った、最初の練習でテンポを合わせるのに苦労しただろう。今回もそれがありそうだしな。最初に少年のテンポとズレてもいいから、覚えている振付をベースに、加奈子ちゃんの思うがままに、踊ってみな。」
原田の言葉に頷く加奈子。
加奈子は、バレエのスタンバイをして、待機している。
僕に向かって頷く。
何度もこの光景を見たことか。
「いつでもいいよ!!」
その合図。
冒頭部分。ターン、タタターン、タタタン、タタタン、タタタンターン、と最初の音を鳴らして。
加奈子は一気にキレのある動きを連発していく。
確かに、テンポ間は掴めてなさそうだが、ベースとなる振付がしっかりしている。
何だろうか。加奈子の動きを入学して見てきているからだろうか、加奈子を信頼して、合わせられる。
同時に、加奈子も、僕のピアノの弾き方を理解しているようだった。
「ヨシッ、お互い、息ピッタリ。流石だ。そして、さすがプリンシパルだ。コンクールで自由曲変更して、しかも半年近く前の振付を完璧に覚えているな。」
原田はニコニコ笑う。
「そしたら次に行こう。そのまま、もう一度少年に冒頭からピアノを弾いてもらって、加奈子ちゃんは譜めくりをやってみよう。今回は昨日の『マズルカ』より、難しいからな。演奏時間も長いし、その分ボリュームがあるぞ。」
原田はそう言いながら、加奈子を僕の隣の椅子に促す。
加奈子は僕の隣の椅子に座るが、昨日と同様、ソワソワと緊張する加奈子。
「大丈夫。間違えたっていいさ。少年も、私も、加奈子ちゃんが普通の女の子だってことを知っているさ、この時くらい、完璧でなくても大丈夫だよ。少年も喜んで教えてくれるよ。」
原田は加奈子の両肩に手を乗せる。
そして、僕も花らに促され、加奈子の太ももに手を当てる。
「うん。ありがとう。」
加奈子は深呼吸して頷く。
「そしたら、リラックスできるようにヒントを教えるね。今回のヒントは。これ。」
小節の終わりに、太い線で、点がついた記号を指さす。そして、今度は小節のはじめに同じような記号がついているものを指さす。
「ここから、ここまで。」
僕は、その太い線と二つの点の範囲をなぞる。
種明かしすると、それは繰り返しの記号。同じ範囲を繰り返して2回演奏するのだ。
あえて、その記号の意味を加奈子に教えないようにする。
加奈子は僕がなぞった指を見て、うん、うん、と頷く。
「この箇所以外にも、こういう記号がこの曲は沢山出てくるから、よく見ててね。」
僕の言葉に、うんうんと頷く加奈子。
加奈子は深呼吸する。
加奈子の呼吸の音を聞いて、深呼吸を終えたのを確認する。
僕はもう一度冒頭から、『華麗なる大円舞曲』を弾いて行った。
そわそわしだす加奈子、もうすぐかな・・・・。という表情だ。
「まだだよ~。」
僕はニコニコしている。
そして。加奈子は勢いよく譜めくりをする。
「ちょっと惜しい。でも、大丈夫。少し早かっただけ。」
僕はそう言って、止まらず続きを弾き続ける。
次のページは、やたらと繰り返し記号が多く、繰り返す範囲も多かったりする。
加奈子はそれに気づけるか。
やはり、早いタイミングで、譜めくりをやろうとする加奈子。
「まだだよ~。」
僕はにこにこと笑う。
それでも、タイミングをうかがう加奈子。
「まだまだだよ~。実はもっと後の方だよ~。」
そういいながら、僕はピアノの手を止めない。
少し首をかしげる加奈子。
そして。
「あっ。」
と声をあげて、頷く。
何かに気付いたか。
加奈子は椅子に座った。
この様子だと、僕のヒント、繰り返し記号にわかったようだ。
そして。
それは訪れた。
次の譜めくりのタイミングは分り易かったようだ。
繰り返しの記号も覚え、一瞬、左手のパートが休符になっているところ。
僕が右手のみの演奏が続くところを見計らって。
加奈子が勢いよく譜めくりをして、次のページに行く。
「100点満点!!」
僕はニコニコしながら、伴奏の手を止めず、というより、その瞬間少しテンポを走ってしまった。
加奈子がニコニコ笑う。
原田の方を見る。原田は拍手をしている。
そして、次の譜めくりも繰り返しをした直後が次のページに遷移する箇所だったため、ベストタイミングで、譜めくりをしてくれた。
「ナイス。もう100点あげちゃう!!」
僕はそう言って、ニコニコしながら、最後までピアノを弾いた。
ピアノが弾き終わって。
「すごいじゃん、加奈子!!」
僕は思わず抱きしめる。
「ひ、輝、やったー!!」
加奈子はニコニコ笑う。
それに呼応して、僕はさらに抱きしめて。
「ひ、ひかる、ぐるじい。」
加奈子の言葉が聞こえ。
「ああ。ごめんごめん。」
思わず頭を下げる僕。
「ヨシッ、ナイスナイス。良かったぞ!!」
原田は加奈子に拍手を送った。
「はい。輝のヒントの記号が繰り返しの意味だって、分かったので、繰り返しが終わったところで。そして、音符がない所があったから、左手は休みなのかなって。」
加奈子の言葉に、パチパチパチパチ、と原田と僕は思いっきり、心のこもった拍手を贈る。
思わず飛び上がってしまうところだった。
流石は、加奈子だった。とても優秀で、理解力の高い、成績優秀な加奈子だった。
「ヨシッ、そしたら、加奈子ちゃんが、理解できたところで、新しいバレエノートのつけ方をレクチャーするよ。」
原田はニコニコ笑いながら、加奈子ちゃんにバレエノートを持ってくるように指示する。
加奈子が持ってきたノートは、加奈子の誕生日に僕がプレゼントしたものだった。
実際に使ってくれているところを見て、なんだかうれしくなる。
「嬉しい。使ってくれていて。」
「ふふふ。まあね。」
加奈子はにこにこと笑う。
「折角少年のプレゼントしたノートだ、新しいやり方をマスターしていくにはとてもいいノートになったな。」
原田はニコニコ笑いながら、バレエノートのつけ方をレクチャーしていった。
「いい?これからは、このノートと楽譜が必需品になる。楽譜にメモして、それをこのノートに対応させるんだ。」
原田はそう言いながら、振り付けのノートの書き方、楽譜のどの部分でどうするのか、つまり、楽譜とノートの対応のやり方を、細かいところまで加奈子に教えて行った。
一通りの説明を聞いて、実際に、楽譜にメモしていく加奈子。
楽譜のメモは加奈子にしては大雑把だったが。
「うん。最初のうちはこのくらいだろう。だんだんと慣れるさ。もう少し譜読みの力を少年のサポートで、頑張ってステップアップして行こう。実際に、ソロで披露してもらう『英雄ポロネーズ』はこのやり方で振付をしていくからね。」
原田の言葉に頷く加奈子。それに僕も頷く。
うん、最初のうちは、これくらいだろう。だが、加奈子の力なら、すぐに出来るようになっているだろう。
復習という意味で、もう一度『華麗なる大円舞曲』を弾く。
今度は、加奈子はノートにメモしたことを基に、僕のピアノの前でバレエを披露していた。
間違いなく今日、最初に引いたときより、加奈子の動きが大きく変化した。
「どうだった?」
加奈子に聞く原田。
「いつもより、早く、復習ができたと言いますか、覚えられた感じがします。」
加奈子の言葉に大きく頷く原田。
「そうだ。このやり方ができれば、普段、私の振付を聞きながら覚えていくより、頭のいろいろな場所を使っていくから、振り付けを覚えるのがより早くなるぞ!!少年のサポートで慣れて行こう!!」
原田は親指を立てる。
「さあ、時間はまだまだある。同じような感じで、『マズルカ』も加奈子ちゃんがこの間踊った自由曲、『ワルツ、大円舞曲』も同じような感じで、少年に弾いてもらいつつ、楽譜にメモして行こうか。少年も練習になるしな。」
原田はそう言って、ニコニコ笑いながら、僕にピアノを弾くように指示する。
譜めくりをやりながら、タイミングを確認し、楽譜とノートにメモする加奈子。
そうして、それぞれの練習の最後に披露した、加奈子のバレエはコンクールの時より、良い動きをしているように思えた。
まだまだ、慣れないのに、さすがだと思う。
「ヨシッ、それじゃ、次は、クリスマスコンサート用の加奈子ちゃんのソロステージ、『英雄ポロネーズ』の振付だ。よろしくな。少年。」
原田は僕の肩をポンポンと叩く。
僕のコンクールのためなのに、なんだか申し訳ない気がする。
「す、すみません、よろしくお願いします。」
僕はそう頭を下げるが。
「だから、気にすんなって。いい機会で一石二鳥なんだ。お前と、加奈子ちゃん、両方の成長のためのさ。」
原田は笑っていた。
「そうだよ、輝。一緒に頑張ろうね。」
加奈子はそう言って、ニコニコ笑っていた。
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3.只今、構成中。近日アップします。