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82.恐怖


 コンクール会場のトイレで安久尾に襲われ、床に倒れこみ、呼吸を整えている僕。


 「大丈夫ですか?」

 何だろうか、その一言に救われた。

 幸運なことにトイレに人が入ってきて倒れこんでいる僕に気付き駆け込んできてくれたのだ。


 「はい。その・・・・。・・・・。転んじゃって。」

 とっさにその人にウソをつく僕。

 コンクールの本番前。あまり迷惑をかけたくない。


 「・・・・・・。そうですか。立てますか?」

 僕は頷く。

 その人に支えてもらいながらゆっくりと立ち上がる。


 「・・・・もう。行かないと・・・・・・。」

 おそらく、休憩がもうすぐ終わる。心音たちの元へ早く。

 歩みを進めようとするが。


 「ご心配なさらず、あと、強がって。嘘をつく必要もありませんよ。」

 男の人は黙っていった。


 「・・・・・っ?」

 僕はその男の人の顔を見る。


 どこかであったような。


 「お忘れですか?橋本さん?まあ、今日初めて、しかも一瞬しかお会いしていないので、わからなと思いますが。」

 僕は首をかしげる。


 「私は、ここまで、バスを運転していた、瀬戸運送の者です。」

 ああ。バスの運転手。

 僕は少し安堵の表情になる。



 「お嬢様が、もしやと思い、コンクールのプログラムを調べられたところ、見つけてしまったのですよ。あなたの、例の、前の、高校の名前を・・・・。そして、その高校の指揮者の名前を・・・・。」

 運転手の言葉に僕は頷く。


 「お嬢様の指示で、私は少し貴方を見ていました。特に、貴方が一人になったときに注意するようにと。結果は、偶然ではありますが、口で説明するほどでもありませんでしたが・・・・。」

 運転手の言葉に僕は頷く。


 「少しご休憩を、貴方が、集合場所に少し遅れることはすでに、お嬢様に連絡しています。今頃、お嬢様が、コーラス部の皆さんにもその連絡が行っていることでしょう。」

 運転手はそう言って、僕に飲み物を差し出した。


 「あ、ありがとうございます。」

 僕は運転手に頭を下げる。


 「お礼はいりません。強いて言うならお嬢様に。」

 僕は運転手の言葉に頷く。


 史奈にもお礼をしないと。きっと、今朝の彼との会話はそのためだったのだろう。


 運転手の差し出した飲み物を飲み、少し落ち着いて心音たちの元に向かう僕。

 「大丈夫ですか?」

 運転手に言われたが。


 「はい。何とか。やれそうです。」

 正直に言うと、蹴られた痛みがズキズキと痛む。

 だがそうは言ってはいられない。


 運転手に頭を下げ、僕は大急ぎで心音たちの元へ向かう。


 すでに舞台袖に移動している心音と風歌とコーラス部員たち。


 「すみません。遅くなりました。」

 僕は心音に頭を下げる。


 「全然オッケー、緊張するよね。でも、大丈夫?なんか、泥だらけで汚れているけど・・・・。」

 心音は僕の身なりを見るが。


 「だ、大丈夫です。少し、トイレで転んじゃって。」

 「ああ、そうなんだね。生徒会長から、そう聞いている。心配しちゃった。」

 心音は笑いながら言っている。


 少し呼吸を整える僕。

 よりによって、こんな時に・・・・・。出番直前にアクシデントだなんて。

 しかも、花園学園コーラス部の順番は2番目。よりによって最初の方の順番になるなんて。


 まだズキズキと痛むが、そうは言っていられない。


 主催の挨拶を終えると、一組目の演奏。

 一組目の演奏で、少し呼吸が再び落ち着いてきた。


 そうして、一組目の演奏が終わり、花園学園コーラス部の番。

 ステージに入場する僕たち。


 「プログラム2番。花園学園コーラス部。指揮、桐生心音、2年。ピアノ、緑風歌、2年。橋本輝、1年。」


 司会のこの言葉に僕の鼓動は早くなる。

 そして、ズキズキと安久尾に殴られ、蹴られた体の個所が再び痛んでくる。


 この客席のどこかに、安久尾がいる。・・・・・・・。

 まずい。


 課題曲。風歌の伴奏の符めくり担当。

 心音が指揮を振り始める。

 風歌が伴奏を弾き始める。


 入りは順調。だけど。

 符めくりのタイミングが若干早かった。


 「・・・・・っ。」

 ミスタッチをする風歌。

 そこから、曲が走っていく。


 ―えっ、えっ?―

 風歌は少し焦る。その焦りが伝わってくる。


 心音の指揮の腕がそれに応じて、速くなる。

 心音の表情も心配そうな表情になる。


 ―ついて行かないと・・・・・・。―

 心音はそう心に決めて、思いっきり指揮を振る。

 ―頑張れ、風歌。―

 心音は一心不乱に課題曲の指揮を振り切った。


 課題曲を終える僕たち。

 ―ごめんなさい。風歌先輩―

 僕はすまなそうに風歌に頭を下げる。

 最初の入りはものすごくよかった。


 だけど、僕がぶち壊してしまった。


 自由曲。僕の伴奏。

 集中。集中。


 自由曲を弾き始める。

 ―よし。上手く切り替わった。このまま、このまま・・・・・・。―


 そう思ったが。


 ―花園学園。―

 ―男のお前が。―

 ―陰キャのお前が。―


 ―お前は永遠に俺の下なんだよ。俺の上にはなれねぇーんだよ。―


 安久尾の言葉が頭の中に響いてしまった。

 一気に恐怖に震えだす僕。

 一瞬にして、優しい曲調の自由曲が、恐怖になる。


 ―安久尾がこの演奏を聞いている。・・・・・・。笑いながら。―

 ―ええい。出で行け!!出て行け!!安久尾!!―


 だが、自分とのこの戦いが終わるのが遅かった。

 思いっきりピアノの演奏をしている僕。


 本来、ピアノに落とすところ。つまり、弱い音量に落とすべきところをそのままの勢いでフォルテッシモ、つまり一番大きな音量の、楽譜の指示とは真逆の感情こもった伴奏で通過。


 さらに曲が走り始めて。


 それに気づいたときにはもう遅かった。

 心音、風歌、そして、コーラス部の皆が、必死の表情で歌っている。

 つまり、必死で暴れ馬になった僕のピアノ伴奏についてきたのだった。


 当然、立て直すことができなかった。

 自由曲が引き終わったとき、全てを悟った。


 1組目の団体より、客席の拍手の音量は小さかった。


 ステージから、退場して、涙が出ていた。


 「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。」

 僕は舞台袖で、うずくまっていた。


 「ううん。橋本君のせいじゃない。本番にやっぱり飲まれちゃうよね。」

 心音はそう言ってくれたが。

 やはり悔しい表情がうかがえる。


 僕はその言葉に首を振った

 ちがう。そうじゃなくて。


 完全に僕のせいだった。最初は風歌も落ち着いて入れていた。

 コーラス部員の曲の出だしも完璧だった。


 だけど、僕が。僕が・・・・・。

一瞬の恐怖の心に支配された僕が、それを壊してしまったのだ。


 関東コンクールのこの場所。

 楽しみにしていたこの場所を僕のせいで、皆の楽しみを奪ってしまったのだ。


 「ごめんなさい。ごめんなさい。」

 ただ、ただ、涙を流すことしかできなかった。





最後まで、ご覧いただきありがとうございます。

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●現在執筆中の別作品もよろしければご覧ください。

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3.只今、構成中。近日アップします。

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