55.合宿初日
原田のバレエ団を乗せた、『瀬戸運送バス』は高速道路を走る。
途中、サービスエリアで休憩を取るが。
「輝、大丈夫?何か、買ってこようか?」
隣に座っている加奈子の声で目が覚める。
途中までは、加奈子と話していたのだが、昨日からの疲れもあったのだろう。
高速道路で、道が単調になったとこから寝始めてしまったようだ。
「ごめん、加奈子、寝てた。」
僕はそう言って、加奈子に謝る。
「気にしなくて、いいよ。飲み物とか買ってくるね。ああ、輝もトイレとか行く?まだまだ結構かかるから。」
「ああ。そういうことなら・・・・・。」
僕は加奈子の言葉に甘えて、トイレに行くことにした。
外は、少し涼しい。
「ああ、大丈夫か?少年。」
雲雀川の市街地よりは少し涼しい。だが、ここは同じ県内なのだという。
「まあ、雲雀川市が県の南の端で、これから行くところは県の北の端のようなところだからな。順調に行っても2時間以上はかかるかな。高速で1時間、一般道で1時間というところかな。」
原田はそう言いながら笑っている。
「ここからは景色もいいぞ、少年。眠気覚ましにはぴったりだ。」
原田の声に、少し希望が湧く。
そうして、僕たちは休憩を済ませ、再びバスに乗り、休憩を取ったサービスエリアの直後のインターで降りて、ここから一般道へ向かう。
川沿いの道だった。
「この辺りは、温泉街もまばらにあって、渓流を見ながら、温泉や釣りとかで、とても綺麗なんだ。故に、毎回ここは渋滞でハマるのだけど、今回は楽勝だな。」
車の流れがスムーズである。夏休みだが、平日というところと、お盆よりは少し前ということが功を奏したのだろう。
バスは、渓谷の奥へ、奥へと入っていく。
本当に綺麗な渓流の景色だった。
やがて、一緒に走っていた、渓流とも別れを告げ、バスはさらに山の中へ。
だんだんと標高が上がっていく。
白樺の木が、ポツン、ポツンと増えてくる。
「これから行くところは2000メートルを超える場所だ。この山も奇麗だよな!!」
原田の説明に、僕も、加奈子も頷く。
そして。
一つのホテルに到着する。
そのホテルの目の前にはスキー場なのだろうか、だが、夏場のこの時期は、スキー場になる予定の芝生が広がる。
「ここら辺は、スキー場が混在していてな、スキー場専用のホテルがいくつもあるが、夏場はスキー客も人っ子一人、いないからな。県の支援事業で、夏場は、こういう団体が合宿で使えるように、特別割引で支援しているわけ。この周辺のホテルにも、いろいろな団体が合宿で利用しているよ。ほら。」
原田の指さす方向には、確かに、先ほどまで乗ってきたバスとは異なる塗装のバスが、何台か停車している。
受付を済ませ、荷物を置き。
大広間のような場所に案内される。
そこは、綺麗な床が広がっていて、鏡張りの壁が敷き詰められている、場所でもあった。
ほかにもそういう部屋がいくつもあり、明らかに、ここだけ増築された部分だった。
おそらく、原田が言っていた、県のスポーツや部活の支援事業で、そういう補助金をたくさんもらっているのだろう。
「ヨシッ。みんな、そろったな。これより合宿を始める。冬のクリスマスコンサートまで、気合入れていくぞ!!」
「「「「オーッ!!」」」」
原田の掛け声に生徒たちが大きな声をあげる。
そうして、先ずはスタッフの紹介をする、原田の他にも、何人かの先生を紹介し。その後で。
「さあ、お待ちかね、スタッフの一人として、最強の助っ人が来てくれたぞ!!加奈子ちゃんのバレエをピアノでエスコートした、橋本輝君だ。」
原田はそう言って、僕の方を指さし、僕は礼をする。
「みんなのリクエストに応えて、練習で、ピアノを弾いてくれることになったぞ。そして、昨日本番を終えたばかりなのに、来てくれた、感謝の拍手をしよう!!」
原田の言葉に僕は頷く。
「わーい。」
「やったー!!」
「お兄ちゃん、ありがとう!!」
バレエスタジオに通う生徒たちが、心から喜んでくれた。
そして。今日ここは、バレエスタジオに通う、生徒たちがほぼ全員集まる機会。
今年の4月から新しく入った生徒の自己紹介が行われた。
やはり、大半が、まだまだ小さい子ばかり、頑張って、大きな声を出しながら、頑張って自己紹介をしていた。
そうして、初日の練習に入った。
まずは柔軟運動、ということで。早速リズムに合わせて、行うことになった。
「少年、行けるか?」
原田の声。
そう、柔軟運動にもピアノ演奏がある。
渡された楽譜を開いて、ピアノを弾く、それに合わせて、元気よく動く、生徒たち。その中には加奈子も藤代さんもいる。
十分にアップをしたら、クラス毎に分かれての練習になった。
最初に僕が担当するクラスは、コンクールの選抜メンバーで行う、『レ・シルフィード』だった。
僕のピアノコンクール練習も想定して、曲調のテンポも、僕に併せて振付しなおしてくれるという。
「すみません。気を遣わせてしまって。」
僕は原田に頭を下げるが。
「いいの、いいの。加奈子ちゃんを含め、皆、少年のピアノでやりたいといっているから。そして、私もだ。」
原田はウィンクしながら言った。
改めて、僕がピアノを弾いていく。
加奈子は僕のピアノの動きに対応できている。テンポ、間の取り方もピッタリだ。
それにピッタリマークするように付いてくる、藤代さん。
そして、男性の先生が一人いて、その先生も一緒に踊ってくれるのだが、勿論、その先生も僕のピアノの動きに機敏に付いてきてくれる。
その他は、小学校4年生から高校2年生までのメンバーで構成されるが。
やはり、速いテンポで行くためには少し慣れが必要かもしれなかった。
隣に座る史奈は僕の指示で、符めくりを手伝ってくれている。
『瀬戸運送』の社長令嬢であった史奈、ここまで、僕たちを乗せた、自分の会社のバスで一緒に付いてきてくれていた。
やはり運動部出身のようで、楽譜は読めなそうだが、僕が合図をすると、すぐに動いてくれた。
原田は、それを見ながら、それぞれに、指示を出している。
一つ一つ、曲を止めつつ、動きの確認をする生徒たちがそこにあった。
やがて、このクラスの練習が終わる。
「ありがとうな。少年。ひょっとすると、『ワルツの70』、『マズルカ』と『華麗なる大円舞曲』以外は、テンポ、少し落としてもらうかもしれない。この3曲は、加奈子ちゃんと雅ちゃんがメインにやってもらう予定になっているから、問題ないけど。」
原田はそう言いながら、今日の手ごたえを伝える。
「ええ。問題ないですよ。むしろすみません、僕の方に合わせていただいて。」
「いいって、ことさ。全国や海外に目を向けると、実際に少年のピアノのテンポでやっているバレエ団もあるからな。」
原田は笑いながら言っている。そして。
「おお、噂の王子様との初対面だな。初めまして。」
先ほど、加奈子たちと踊っていた、男性のバレエ講師が声をかけてくれる。
「初めまして、橋本です。」
「ははは、驚かなくていいよ、バレエは男性もやる人が多いからね。まあ、圧倒的に女の子の方が多いから、講師の僕が、こうして、ヘルプで入るのだけど・・・・・・。」
凄く笑っている。やはり、体のラインが綺麗で整った容姿をしている。
「僕は、吉岡。裕子ちゃん、つまり、原田先生とは幼馴染でね。不思議だな、僕と君は似ている気がする。」
吉岡はそう言いながら何か、懐かしい目を見るように笑っていた。
「ちょっと、動きの確認をしたいんだけど、いいかな。なんせ、僕もバレエ講師で、かつ、ダンサーとして、いろいろな所に出かけるから、都合で、練習に入れる機会が少ないんだ。」
吉岡はそう笑いながら、もう一度、僕のピアノに合わせて、細かく踊っていった。
「うん。ありがとう。やっぱり、君は素晴らしいね。その才能、大事にするんだよ。」
吉岡は、僕に笑って頷いてくれた。そして、両手をさしだして、握手をした。
「はい。」
と、なぜだろう、懐かしさのあまり、涙が少し出そうになる僕が居た。
そんな形で、初日の練習を終える。
この後は夕食を取る。
加奈子と藤代さんと僕でテーブルを囲み、夕食で出された、ハンバーグとサラダを食べる。
その他にも、かなりの量が出され、とてもおいしく夕食を取ることができた。
その後、原田に部屋に案内される。
「どうぞ、少年、ここを使ってくれ。」
広々とした洋室が目の前に広がった。
「カギはここだ。」
そう言って、原田は靴箱の上にカギを置いてくれる。
「あの・・・・。他には?吉岡先生とか・・・・・。」
僕は原田に問いかけるが。
「何を言っている?君は協力してくれるスタッフの一人だ。1人で使ってくれよ。隣は私の部屋。そして、隣の隣は吉岡先生の部屋だ。あ~くれぐれも、ここより上の、4階、5階のフロアには行かないでくれよ!!女の子の生徒さんが大半なので、女子部屋の階だからな。」
原田は笑いながら言っている。
「あ、あの、ありがとうございます。わかりました。」
うん。流石に女子生徒の部屋に行くといろいろと問題になりそうなので。うん。この部屋は広いし、ここで休むとしよう。
僕はそう言って、部屋を出て行く原田に頭を下げ。部屋の椅子に腰かけ、ゆっくりすることにした。
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