4.早春の日の散歩
そこから、夏、秋、冬と過ぎ、季節は春先になった。
相変わらず、高校へは行かずに、伯父の畑を手伝う日々が続く。
「まあ、人間関係で、大変だったから、単位制や高卒認定でもいいしな。好きにしておけよ。」
と伯父は言っていたので、しばらくは伯父の畑を黙々と手伝っていた。
夏は、トマト、キュウリ、ナスなどの収穫。
秋は、稲穂の新米、さらにサツマイモなど、秋野菜の収穫。
冬は、畑は休みと思ったが、とんでもない。大根や白菜など冬の野菜もここでは育てている。
季節が変わるたびに、野菜の色も変わる。
その収穫した野菜をトラックに詰め込み、市場に卸している。
伯父は市場にも連れて行ってくれた。
そして、伯父の妻、つまり伯母も一緒に住んでおり、伯母は畑の野菜で、漬物を作っており、こちらも手伝いをしている。
冬。ちょうど、大根から沢庵を作る作業が半分終了したところだ。
この沢庵が、この一年でなくなるのだから驚きだ。勿論、沢庵や漬物もその都度、出荷している。
「お前が来てくれて助かってるよ。結構作業が早い。」
「ほんとだね。ありがとうね。輝君。」
伯父と伯母はそういうふうに言ってくれるからありがたい。
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございます。」
僕は頭を下げる。
「なーに、気にすんなよ。」
伯父は言う。
「すっかり元気になったみたいだし、どうだろう、もう一度、高校に通ってみないかい?」
伯母は提案してきたが。
「高校かぁ、どうだろう。自信ないな。」
僕は不安な表情をしている。
「まあ、焦らずに休んでいけ。」
伯父は、そういったので、その言葉にうなずき、焦らずに体を休めることにした。
そんなこんなで、早春の今日も、市場への荷物を運んでいく。
無事に、市場に荷物を卸して、伯父の農家に戻ると、そこから少しゆっくりする時間になる。
時間もあるので、今日は、少し歩いて、この町を流れる川沿いの土手を散歩することに。
高校に行けなくとも、ここまで出られるようになるだけ進歩かもしれない。あのまま元の家にずっといたら、今も引きこもっていただろう。
川沿いの並木。梅の木と白モクレンが立ち並ぶ土手に来ている。
つぼみが膨らみかけ、そろそろ春の訪れを感じさせる。
また夏が来れば、昨年の夏の出来事を思い出して悲しくなるのだろうか。
僕は、そんなことを考えながら、川沿いを歩く。
だが、今日はいつもと違った。
白モクレンの木陰に人が横たわっている。木の幹を支えるようにして、足を延ばして座っている。
苦しそうな表情をしている女性。
お腹が大きく、妊娠しているようだ。
まずい・・・・・・。あたりを見回すと僕以外誰もいない。
怖いけれど、僕が声をかけなきゃ・・・・・。
そんな、思いが頭をよぎる。
「あの・・・・・。大丈夫ですか?」
僕は、妊婦さんに声をかける。
「はあ、はあ。ご、ごめんね。自転車に乗っていたら転んじゃって・・・・・。」
見ると倒れたままの自転車が置いてある。自転車のかごの中には買い物袋があるようだ。
とても緊張していたが、とにかく救急車だ。
スマホを取り出し、通報する。
自転車で転んだ妊婦さんが倒れている旨を伝え、すぐ来てくれるそうだった。そして、場所を聞かれた。
「場所、この場所は・・・・・・・。」
しまった、伯父の家にすっかり居候していたので、場所を知らないんだよなぁ。
ツンツン、と僕の足に何か突かれた感じがして、妊婦さんの方を見ると。
「はあはあ。この場所はね・・・・・・。」
妊婦さんが弱々しい声で、場所を教えてくれ、その通りに伝えた。
「承知しました。向かいますね。」
と電話の向こうで対応してくれたので、わかったようだった。
僕はペットボトルの水を妊婦さんに差し出す。
「まだ空けてないので、どうぞ。」
と声をかけた。
「あ・・・・・。ありがとう。」
妊婦さんはペットボトルを開けて、少し水を飲む。
やがて、救急車のサイレンが近づいてくるのが分かる。
「少し待っててもらっていいですか?」
と妊婦さんに了解を取り、土手の下に降りて、救急車が来たのを確認して、大きく手を振る。
救急隊員がタンカをもって、妊婦さんに駆け寄る。
「申し訳ないのですが、貴方もいろいろと状況をお聞きしたいので、病院までご同行をお願いできますでしょうか。」
と、救急隊員に言われたので、僕も妊婦さんと一緒に救急車に乗り込み、聞かれたことに答えた。
すべての、聞き取りが終わるころ、病院に着いた。
待合室に待っているように、指示があったので、僕は、病院の待合室で椅子に座って待っていた。
治療室から出てきたのは医師。
「救急車でご同乗された方ですね。赤ちゃん、助かりましたよ。緊急帝王切開になりましたが、元気な男の子が生まれました!!あなたが、通りかからなかったら手遅れになっていたでしょう。適切な処置に感謝しかありません。」
医師は僕に向かって頭を下げる。
「いえいえ。無事で本当に良かったです。そして・・・・・。」
「そして・・・・?」
医師が聞き返す。
「はい。生まれてきた赤ちゃんには是非、幸せになって欲しいと思いますので。」
僕は医師の目ではなく、医師の背後にある壁の方を見て、僕は言った。
「なるほど。そうですね。もう少しで、ご家族の方が、いらっしゃいます。どうか、挨拶をして行ってください。」
医師に言われたので、しばらく待っていると。
50代くらいの男性と、20代くらいの男性の方が、それぞれ現れた。
「橋本輝君ですね。」
50代くらいの男性。少し白髪交じりで、かなり高級そうなスーツを着た男性が、僕の目を見て尋ねる。
「はい。」
僕は頷く。
「どうもこの度は、娘と孫を助けていただき、ありがとうございました。」
男性は頭を下げる。
「私からもお礼を言います。妻と息子を助けてくれて、本当にありがとう。」
20代くらいの、先ほどの妊婦さんと同じ年齢くらいの男性が、頭を下げる。
「いえいえ。当然のことをしたまでです。たまたま僕が通りかかって、運がよかったと言いますか。」
僕は、妊婦さんの父親と、夫に首を振った。
「これだけではすみません。どうか、後日お礼をさせていただきたく。携帯電話の番号か、ご住所の方をお聞きしたいのですが・・・・。」
とのことだったので、携帯電話の番号と、伯父の家の住所を伝えた。
連絡先を伝えて、今日はこれで失礼する旨を伝え、2人に見送られ、病院を出た。
伯父の家に帰宅後、伯父から、
「随分と遅かったじゃないか、何かあったか?」
と聞かれたが、わけを話すと。
「本当によくやった。流石、俺の甥っ子だぜ。」
「よく頑張ったね、輝君。」
伯父と伯母から、褒められ、その日の夕食はごちそうが並んだのだった。
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