31.新たなスタート
「それじゃあ、橋本君と息がぴったりで、この才能を発掘した、結花が指揮を振ってみたら?」
「えっ?」
結花はポカーンとして立ちすくんでいる。
この提案も満場一致でうなずいているクラスメイトが居た。
そして、このタイミングで今日の音楽の授業の終わりのチャイムが鳴った。
さらに、この授業は午前中最後の4時間目。この後は昼休みが入り、少しばかり長い休憩がある。
皆、食事をしに向かう中、結花はポカーンと音楽室で立ちすくんでいた。
ツンツンと肩を叩かれる僕。
振り返ると、さっきまで隣に座っていた、黒ぶち眼鏡の女の子。
「橋本君、すごいんだね。その・・・・・。さっきはごめんね。が、頑張ってね。」
彼女は僕に向かって謝ってきた。
「大丈夫。気にしないで。」
僕は首を横に振って、気にしないでというアピールをする。
「あの、北條さんも、ごめんなさい。橋本君をいじめているように見てしまって、ひどい目で見ていました。本当にごめんなさい。」
その言葉で、結花は我に返った。
「えっ。」
結花は何のこと、と思ったが。
「あの、さっきの発言。橋本君を伴奏者にしようとした発言、無理やりで橋本君をいじめているみたいにおもちゃって、本当にごめんなさい。」
再び彼女は頭を下げる。
「ああ。あれね~。いいの。いいの。気にしないで。お互いのことを知らないで、初めてやり取りを聞いていたら、そうなるよね~。」
結花は彼女に向かって、笑顔で対応した。
「あの。2人とも、頑張ってね・・・・・。」
そういって、黒ぶち眼鏡の彼女は音楽室を出て行った。
音楽室に残っているのは僕と、藤田先生。そして、さっきから緊張の面持ちで立ちすくんでいる結花だった。
「どうしよー。どうしよー。ハッシ~。指揮なんてやったことなーい。」
結花は僕の手を掴んで泣き叫ぶように言った。
「大丈夫よ。2人ならやれると思うわ。」
藤田先生はそう言って、エールを贈る。
「ハハハ。大丈夫だよ。コンクールの時、結花は助けてくれた。今度は僕の番。僕は指揮もやったことあるから、教えるよ。」
本当は指揮をやったことがあるけれど、少し自信がない。教えられるだろうか?
しかし、結花の不安を取り除けるのは僕しかいないし、今度は僕が頑張る番だと思った。
そう思いながら、僕はこの言葉を発した。
それに・・・・・・。
結花でないと僕も伴奏が最後までできなさそうだったから。
「本当?ありがとう。ハッシー。ありがとう。ありがとう!!」
結花はこの瞬間、再び笑顔を取り戻した。
「ああ。良かった。結花が指揮をしてくれて。だって・・・・。」
「だって?」
結花は口が詰まった僕に聞いてくる。
「結花がやってくれるなら心強い。」
僕はそう言った。
もちろんそうだ。
こういう遊びでならできるが、まだまだ、大舞台での1人でピアノの演奏はやりにくい。
勿論、一番の理由は安久尾の一件だ。
もう、ピアノは出来ないと思っていたところに、生徒会メンバーが来てくれた。
そして、加奈子がいたから、先日のコンクールはあれほどの演奏が出来たのだ。
今回も結花と一緒ならば。
「本当に?超嬉しいんだけど。あたし、頑張る!!」
結花の決意溢れる言葉だった。
「ああ、良かった。良かった。それにしても橋本君。すごいんだね。そういえば、同姓同名の子が、何年か前にコンクールで入賞していたわね。私も、新聞でしか名前見たことないから、きっとその子はすごいんだろうな。New橋本輝として、負けないようにしなきゃね!!」
藤田先生は笑顔で言う。
「それでは、そのことについて、放課後お話があります。藤田先生。」
誰かが音楽室に入ってきた。
僕の良く知っている顔だった。
この学園の理事長、花園慎一。葉月の父親だ。
「それと、橋本輝君。君にもお話があるので、放課後、藤田先生と一緒に理事長室に来てもらえるかな?それにしても、さっきの授業も廊下で、見ていたよ。葉月のいう通り素晴らしいピアノだった。」
慎一は僕に向かって笑顔で頷いた。
「り、理事長。はい。わかりました。」
藤田先生はそう言って、頷いた。
「えっ?理事長?す、すみません。こ、こんにちは。」
結花は再び緊張している。
「ははは、北條結花さんだね。橋本君との指揮と伴奏。期待しています。いろいろ教えてもらってね。そんなに緊張しなくても、生徒会に入ってくれて、ありがとう。葉月から助かっていると聞いてますよ。」
理事長の言葉に結花は困惑する。
「ああ、この方は、理事長であり、葉月先輩のお父さんだよ。」
僕がフォローを入れると、結花はああ。と納得したように頷いた。
そんなやり取りがあった、今日の放課後。
藤田先生と一緒に理事長室の扉をノックする。
「失礼します。」
僕は頭を下げる。
「失礼します。」
藤田先生も一緒に頭を下げる。
「やあ。待っていたよ。」
理事長の慎一は僕たちを笑顔で出迎えた。
理事長室には慎一の他にすでに先客が2人いた。
2人は男女で、それを見た瞬間、僕の目が見開いた。
男性の方は僕の良く知っている人物。
先日のバレエコンクールの審査員をしていて、僕の過去について知っていた人物。茂木だった。
女性の方は茂木よりも大分若く、30代くらいだろうか。かなりのお嬢様な雰囲気を醸し出している。
「お、お、お姉ちゃん。それに、茂木先生まで。」
藤田先生の驚きの声がした。
その女性は藤田先生の驚いた声とともに、笑っていた。笑顔だった。
「やあ、橋本君。こんにちは。」
茂木が迎える。
「こんにちは。」
僕は頭を下げる。だが、過去を暴いた人物。
茂木は優しそうな口調で話しかけてくれるのだが、少し距離が開いてしまう。
「大丈夫。怒られることはないよ。そこに座って。」
慎一が理事長室のソファーに促した。
僕と藤田先生は理事長室のソファーに座る。
いわゆる応接セットに備え付けられているものだ。
「輝君。本当にすまなかった。井野さんのバレエのコンクールの件、私からも謝らせてほしい。」
慎一は頭を下げる。
「いえいえ、そんな。」
何を切り出すかと思ったら、理事長も謝ってきた。
「いや、確かに、輝君の件、つまり、この高校に入学してきた経緯は私しか知らなかったことに問題がある。葉月から話は聞いたよ。どうして黙っていたのかと問い詰められてしまった。あの後、君のことを少し調べさせてもらったよ。ピアノの成績、本当に素晴らしい成績だね。」
理事長はそう言いながら、窓の外を見る。
「いえいえ。理事長は悪くないです。むしろ、この学園では、知らない人の方が多いと助かります。あまり自分からも話さない方がいいと思っていますし・・・・・・。」
僕は理事長に言った。
「そうだな。だが、今後、ここにいらっしゃる茂木さんみたいに、君のことを知っている人物に出くわしてしまうかもしれない。音楽のコンクールとかに出るとなるとね。だけど、あまり話したくないときは誰かに相談してほしい。僕も、葉月も、そして、生徒会メンバーも君の味方だからね。」
理事長の慎一はそう言いながら、僕の肩を持った。優しそうな表情でこちらを見る。
「さて、そういう意味で言うと、今後のことなのだが。まずはそこにいる藤田先生に、君のことを知ってもらわないといけないと思うのだけれど、大丈夫かな?」
僕に向かって、そういった。
「別に大丈夫です。」
僕は慎一に向かって頷く。理事長なら信頼できる。
「そうか、それなら、藤田先生、これから話すことは、他言無用でお願いします。この学園で、私の知る限り、このことを知っているのは私と、生徒会メンバーだけなので。」
藤田先生は頷く。
「では、結論から言うと、彼は、ピアノの橋本輝君、本人だよ。おそらく、そのコンクールの成績を新聞か何かで見たとき、住んでいる地域も違うし、ひょっとすると学年も違うと思ったのではないでしょうか?」
理事長は藤田先生に向かって話す。
「えっ?そうなのですか?」
藤田先生はそう言って、驚きの表情を見せる。
「ああ、そうだよ。」
理事長の慎一はそう切り出し、藤田先生に僕のことを話す。ここの学園に来た経緯、前の学校のこと、コンクールのこと。
「そんな。そんなことがあったなんて。この件に関しては、他の人には口が裂けても言えないですね。真実を知ればかなり橋本君も傷が開いてしまいます。」
藤田先生は全てを知り、僕の方を優しく見る。
やはり、この話は、僕がしなくても緊張してしまう。
「ああ。先日の生徒会長さんのバレエコンクールで、私はうっかり、彼に質問してしまって、一緒に居合わせた生徒会の諸君も知ることになってしまったのだ。本当に驚いたよ。」
茂木は藤田先生に向かって言う。
「そこでだ、輝君。どうだろう、もう一度、ピアノを習って、コンクールに出てみないかと、こちらの茂木さんからお話があったんだ。」
慎一は僕に向かって笑顔で話しかける。
僕は理事長、つまり慎一の方を見る。そして、茂木の方を見る。
二人ともゆっくりと頷いた。
「君の心の傷は深いだろう。だが、どうだろう。私もサポートするから、もう一度、一緒にコンクールに出てみないか。勿論、先日の一件もある。レッスン代はしばらく無料にする。」
茂木という男に関しては信用できない。やはりあの一件以来そうだ。
だが、何だろう。優しそうな言葉だったからなのだろうか。
わからない。わからないが、前に進みたいと、僕の心が言って居る。
だが、少し不安という部分も僕の心は言って居る。
「輝君。ダメでもいいさ。少しでもやってみたいという気持ちがあるなら。どうだろう?そして、コンクールに出て、関東大会や全国に進んで、君を退学にした人達を一緒に見返してみないか?」
慎一はそう言って、僕の肩に手を乗せた。
「コンクールに出られるかどうかわかりませんが、もう一回、ピアノは弾いてみたいです。」
僕は自然と言葉が出た。
「良かった。安心したよ。先日の一件もそうだし、今までの退学になった経緯も考えると、もうだめかと思った。だが、音楽は本当に素晴らしいな、少しでも前に進む気持ちがあって、本当に良かった。そういう意味で、君に2人の先生を紹介しようと思ってね。」
茂木はそう言って、笑った。
「1人は、そこにいる藤田先生だ。この人も結構ピアノの面で信頼できる。そして、もう一人が僕の隣にいる。」
茂木はそう言って、藤田先生の姉らしき人物を紹介した。
「初めまして、藤田先生の姉の、岩島晶子です。結婚して、お互い苗字は違うけど、よろしくお願いします。」
そういって、その人は自己紹介した。
「この姉妹は本当に、音楽の知識がある2人だ。どうだろう。藤田先生となら、学校にいるときにいつでもレッスンできるし、岩島先生の方も、原田君のバレエスタジオの近くで教室を開いているよ。ああ、原田君も今後も君に来てほしいと。」
茂木は優しく提案してくる。
「裕子ともすごく仲が良くてね。君のことを聞いたら、会いたくなって、今日、茂木先生と一緒に来ちゃいました。」
岩島先生はそう言って、笑っている。
なるほど、原田の友人というところも信頼できる。
「はい。どこまで行けるかはわかりませんが、よろしくお願いします。」
僕は頭を下げる。
「そうか、良かった。それなら、レッスンの日程とかは別途相談してくれ、もちろん、生徒会の活動とかで忙しいみたいだから、毎週、同じ曜日や時間帯じゃなくても構わない。次のレッスンをいつにしようか、という感じで、毎回練習終わりにコミュニケーションを取ってくれ。」
茂木は僕に向かって言った。
「藤田先生、部活とか忙しいと思いますが、可能な限りで大丈夫ですので、彼に相談に乗る程度でも構いませんので、それでよろしいでしょうか?」
理事長は藤田先生にお願いしてくる。
「も、もちろんです。よろしくね。橋本君。私は、いろいろ部活の指導もあるから、メインはお姉ちゃんで良い?」
僕は頷いた。
「良かったよ。他にやりたいことはないかい?音楽でなら、君の才能はとても輝けると思うのだが。」
茂木の提案に僕は少し考える。
そして、今日の結花とのやり取りを思い出す。
「指揮を振ってみたいです。」
僕はそう言うと。
「ああ、それなら歓迎だよ。私の連絡先を教えるから、いつでも見においで。勿論、そっちの二人の先生に習ってもいいからね。」
そういって、茂木は改めて、連絡先を渡してくれた。
「応援しているよ。私も、そこにいらっしゃる理事長先生と一緒に、君をサポートしよう。勿論、この二人の音楽の先生も一緒にね。」
茂木のまとめの言葉に、理事長室にいるメンバーは僕に向かって、しっかりした表情で頷いた。
「ありがとうございます。」
僕はお礼を言った。
「そういうことだ、話は以上だ。生徒会の活動、頑張っておいで。」
理事長は僕に向かって、うん、と頷く。
「はい。ありがとうございました。」
僕はそう言って、理事長室を出た。
茂木のことはまだ信用できないが、今日の優しそうなやり取り、そして、先日の食事代を支払ってくれたりと、本当に誠意を持ってくれていることに関して、感謝の気持ちでいっぱいだった。
僕も頑張らないと。
新たなスタート。
もう一度、再起を。この場所で始めよう。
そう思いながら、僕は学園の廊下を進んでいった。
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