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27.今後のプラン、そして打ち上げ~Side原田~


 私の名前は原田裕子。

 バレエ講師だ。今はバレエスタジオを切り盛りしていて、多くの教え子に囲まれながら過ごしている。


 若いころはバレエでヨーロッパ全土を旅し、ローザンヌで入賞もした。

 今はそのころに比べて、体力が落ちたが、沢山の知識が以前よりもある。

 そうして、沢山の教え子がいるから、私はとても幸せだ。


 その中で今私がとても期待している生徒が2名いる。

 井野加奈子ちゃんと、藤代雅ちゃんだ。


 二人とも真面目で貪欲でストイック。加奈子ちゃんは少し大人しめなクールなキャラ、そして、雅ちゃんは和という雰囲気をした、大和撫子であり、品が良く、こちらも大人しめなキャラではあるが、闘志は本物だ。

 お互い切磋琢磨しながらライバルとして見ているようだ。



 さて、今年のコンクールはどっちが勝つかな。

 二人とも、どんどん振付をマスターして、コンクール本番までにはかなり余裕がある。


 あとは細かいところの仕上げだな、と思った矢先。加奈子ちゃんから一本の電話がかかってきた。

 桜舞うこの季節、大興奮した加奈子ちゃんの声。

 電話の内容を聞いて私は耳を疑う。


 「そうなんだ。とりあえず、明日来て。どんな人か見たいな。その人を。」

 私はそう言いながら、電話を切る。


 「はい。ありがとうございます!!」

 電話の向こうで興奮冷めやらぬ彼女の声。

 きっと、加奈子ちゃんを本気にさせたのだろう。どんな人だろう、そのピアニストは・・・・・・。

 私はとても楽しみにしながら翌日を待った。



 翌日、さらに私は目を疑った。

 加奈子ちゃんが、男の子を連れてきた。なんと、加奈子ちゃんを虜にしたピアニストは男の子だった。

 そして、加奈子ちゃんの瞳の色で、確信する。

 ああ、好きな人を見る目だ。


 私は深呼吸して、その少年を迎え入れた。


 「君?加奈子ちゃんを虜にしたと言う、天才ピアニストは。」

 私はバレエの講師として、最初は毅然として迎え入れた、あくまでも加奈子ちゃんを信頼しているが実際にピアノを聞かないと私も判断ができない。


 「はい。橋本輝と申します。」

少年はそう言って、自己紹介した。素直ないい声だ。


 「よろしく。このバレエスタジオの責任者で、加奈子ちゃんのバレエの先生の原田です。」

 私は少年に手を差し出し、握手を求めた。


 レッスン室に少年を案内し、早速ピアノを披露してもらう。

 すると驚いた。

 確かに少し緊張しているようだが、音楽に関しては、まるで、天性の何かを持っているようだ。

 加奈子ちゃんが少年を好きになったのが良くわかる。


 今の加奈子ちゃんと、この少年なら、きっとどこまでも行けるかもしれない。

 そう思って、私は、加奈子ちゃんに、Goサインを出した。


 そして、少年には。もう少し加奈子ちゃんを見るように指示を出さなければならない。

 いろいろな意味で。


 少年に、加奈子ちゃんが君に恋をしているというヒントを与えつつ、加奈子ちゃんは少年のピアノで踊りたいという意思を告げ、あとは自分で考えて、演奏するように指示を出した。


 するとどうだろう。

 見る見るうちに二人の演技が上達していく。

 さすがに、この少年は真面目なので、加奈子ちゃんの恋心に関しては鈍かったが、それでも、お互いの息がぴったり合った。


 言うことはなかった。後は細かい動きの確認だけ。

 本当に短期間で、ここまでもってくることができたのは、すごかった。


 そうして、加奈子ちゃんは予選通過を果たす。

 もちろん、雅ちゃんも予選通過だが、雅ちゃんの方は、橋本輝という刺客が現れたことに関して、とても悔しがっていた。

 自由曲は王道の『金平糖の踊り』での真剣勝負だったのに・・・・・・・。悔しがる姿は印象的だった。



 コンクールの予選後、予選を通過した、加奈子ちゃんと雅ちゃん以外は次の発表会やコンクールに向けての練習に入っていく。

 「ねー、ねー、先生。ピアノのお兄ちゃんはいつ来るの?」

 「私もー。ピアノのお兄ちゃんの曲で踊りたーい。」

 教室の生徒たちは、あの発表会のお披露目以降、少年がお気に入りのようだ。


 「そうだなぁ。あのお兄ちゃんは本当にプロ級のレベルだから、皆、一生懸命頑張って、加奈子ちゃんみたいにコンクールで賞がもらえれば弾いてくれるかもねー。さあ、お兄ちゃんにピアノ弾いてもらえるように、練習するぞー。頑張るぞー!!」


 「「おー!!」」

 子供たちに気合を入れさせる。


 プロ級のレベル。この時の私は彼のピアノの成績を知らなかったため、そこまで、子供たちが本気ならこのバレエスタジオでピアニストとして活躍してほしいと思った。


 しかし、あの少年は加奈子ちゃんの専属ピアニストになって欲しいし、加奈子ちゃんの恋に気付いてほしい。今はそっちが優先だ。私も加奈子ちゃんの恋心を応援しよう、そんな思いで言った比率の割合が多かった。


 そして、今日。

 偶然審査員をしていた、私の恩師の一人、茂木先生に出くわす。

 いや、正確には茂木先生が、少年に興味があったようで・・・・・・・。それを待っていた。


 茂木先生は音楽に精通した人だ。音楽の面ではいつも助けられている大恩人だ。

 音楽や演奏に関しては間違いなく茂木先生を私は頼る。



 そして、茂木先生から、少年のことを色々聞かされる。

 まさか、ものすごくレベルの高いピアニストだったとは・・・・・・・・・。

 そして、心に深く傷を負った、最悪の過去を持っていることも今日明かされた。


 少年の友達の義信君はぶっ倒しに行きたいようだったが、私が全力で止めた。


 あのまま行けば、無策であり、もっとこちらに不利益が被るだけだったのは目に見えて判っていたからだ。

 しかし私も悔しかった。何だろうか一緒に悔しがる私の心がそこにはあった。


 しかし、私が悔しがるのはほんの一瞬だった。

 茂木先生が、中学生部門の審査員として、ミーティングがあるということで我に返った。


 そうだ、雅ちゃんがいる。ずっと控室に残してきたままだ。

 私は深呼吸して、今後のことを急いで考えた。


 とにかく少年には、もっとピアノを弾いてもらいたい。それは加奈子ちゃんだけでなく、私も、そして、このバレエ教室の皆からの願いだ。

 少年のコンクールの成績を聞いた以上、伴奏者としてお願いしたい。


 だが、そのためには加奈子ちゃんの力が必要だ。

 私は改めて、加奈子ちゃん以外の他の子を見回す。特に目の表情だ。


 ヨシッ。これしかないか。

 そう思って、私は席を立った。


 少年の背中に手を置く。

  「すまない、少年。中学生部門の練習が始まる時間だ。いつまでも雅ちゃんを待たせるわけにはいかないので、私は行くぞ。料理はゆっくり食べていてくれ。勿論、茂木先生のいう通り、残してくれて構わない。

 そして、温かい、ミルクティーを注文しておく。ゆっくり飲むといい。

 すまないがお前たち私と一緒に一瞬来てくれるか?

 少年、一瞬一人にさせて申し訳ないが、ここで待っていられるか?」


 少年は頷いた。

 ヨシッ。とにかく素早く済ませよう。




 私はそう言いながら、少年以外のメンバーを一度集める。

 「さてと、先ずは義信君。とか言ったかな。」

 ガタイのいい男子に声をかける。彼はすぐに反応する。


 「君はすぐに戻って、少年と一緒にいてやってくれ。私も、雅ちゃん、午後の中学生部門に出る子の練習を見終わって、衣装に着替えてスタンバイしたらすぐに向かう。その子も最初の方の演技なので、開演前には舞台袖で待機になるから、すぐに戻ってくる。そうしたら、二人で、ホールの客席まで少年を連れて行こう。

 客席まで連れて行ったら、義信君には申し訳ないが今日は帰って欲しい。後は私が送り届ける。今日も実際に私の車で少年をここまで連れてきた。

 大丈夫か?義信君。」


 「はい。勿論です。先生!!」

 義信君は大きな声で、いい返事をした。

 「ヨシッ。そしたら、少年の元へ。」

 義信君は頷き、少年の元へと向かって行った。


 それを確認して、残りは女の子の方へ視線を向ける。

 「さて・・・・・・。残りはお前たちだな。私の目はごまかせない。単刀直入に言おう。お前たち4人とも、あの少年に恋をしているな?」


 私の単刀直入すぎる質問に最初は戸惑いの表情を見せたが、少し表情を変えて見せる。

 ごまかせないぞ。という思いをより強く見せた表情に。


 「もち。」

 ギャルっぽい結花が反応が早い。


 「へへっ。」

 続いて葉月ちゃんがにっこり笑う。


 「・・・・・はい。」

 加奈子ちゃんもそれと同時に少し戸惑ったが、長年の生徒だ、誤魔化せないと悟ったのだろう。静かに頷く。


 「そうですね。」

 生徒会長、つまり元生徒会長、も落ち着いた様子で応える。


 「だろうな。加奈子ちゃんの目を見ればわかる。私は今まで、少年に、加奈子ちゃんの思いを気付いてほしくて、男からガツンと加奈子ちゃんにアタックしろというようなメッセージをテレパシーのように送っていたのだが。どうやらそれは限界のようだ。話を聞いてわかったと思うが、彼の心の傷が深すぎる。」

 私は一呼吸置いた。


 「今夜が、今夜からが勝負だろうな。夜も眠れず、もしかしたら夢にうなされるかもしれない・・・・・。当時のことを思い出して・・・・・。」

 4人はハッとした眼の色に変わる。



 「察しがいいな。おそらくあの少年は今日1日はああいう状態だろう。店に追加の予約の電話を入れておく、お前たち、今日は一緒にコンクールの打ち上げに出ろ!!そして、少年を囲むようにテーブルに座ってくれ。

 そして、打ち上げが終わったら、少年を私が車で家まで送り届ける。お前たちはどうする?」

 4人に考えてもらう時間を少し作る私。


 「まあ、バレエ教室は女の子が多いからね、これ以外の恋愛相談もするよ。そういう子供たちと恋バナするのが私の楽しみの一つで、一番の楽しみなのだが・・・・・・。

 そうして、実際にうちの生徒を護るための保険もかけている。手を出してみな。」


 私は持っていたバックから、小分けにされた小さな袋を何枚か取り出した。

 ただ、この場所で、女の子同士で、それを見せるのは流石に引くだろう。全員に小さな袋の感触を確かめさせる。


 「プラン変更だ。お前たちから行かないとだめだ。1人2つずつ、人数分の小袋がある。袋の中身、わかるな?」


 生徒会の女子メンバー4人は深くゆっくり頷いた。


 「中学生部門は割かし遅くまでやっている。家に、荷物取りに行きたかったら、取りに行きな。いいか?彼を救えるのはお前たちだけだ。よろしく頼む。そして今日は土曜で明日は日曜だ。ゆっくり休ませてあげやれ。勿論、加奈子ちゃんも明日はゆっくり過ごしなよ。」

 私はそう言って、皆を解散させた。


 家に荷物を取りに行く人も居た。

 「加奈子ちゃん。」

 私はそう言って、加奈子ちゃんを呼び止める。


 「あの4人の中で、一番応援しているからね。彼はもう、加奈子ちゃんもそして、バレエ教室に必要な存在だ。今後も機会があれば、少年にはウチでピアノを弾いてほしい。だからよろしくお願いします。」

 私は加奈子ちゃんに頭を下げた。


 「はい。勿論です。先生。」

 加奈子ちゃんはレオタードなどの着替えを持ってきているようなので、荷物を取りに戻ろうとはしなかった。

 そういうことならと思い、少年のところに一緒に居るように指示し、私は雅ちゃんの練習に向かう。



 時間が遅くなったことを雅ちゃんに詫び、一気に集中力を高めた。

 彼女も演技は安定しているので、問題はないことが救いだった。


 雅ちゃんとともに控室に戻る。

 衣装に着替え終わり、スタッフに舞台袖に移動するように指示される。


 「じゃあ、客席で見ているよ。しっかりね。」

 「はい。先生。」

 私は雅ちゃんを見送り、再び、加奈子ちゃんと義信君、そして、少年の元へ向かう。



 喫茶店に戻ると、義信君、いや、義信少年と加奈子ちゃんはずっと少年についていてくれた。

 「待たせたな、義信君。いや、義信少年。いや、ガタイがいいから、もっと素敵なあだ名を考えよう。」

 私はそう言いながら、その場を和ませる。


 「少年、昼食はもう大丈夫か?」

 私は少年に問いかける。


 「はい・・・・。大丈夫です。」

 料理も、ミルクティーも大分残っているが、今の彼の場合、これが限界だろう。


 「行くぞ。立てるか?」

 私はそう言いながら、少年に聞く。

 少年は頷く。


 私は、昼食代の会計を済ませ、少年の片方の肩を、そして、もう片方の肩を義信少年が持ち、そのまま立たせて、ホールへと向かった。


 「自力で歩けそうだな。」

 私はそう思うと、少年の肩から手を放す。


 そのままホールの客席に移動し、少年を座らせる。

 とりあえず、中学生部門が終わるまでは、このまま座らせるだけでいいだろう。


 「よし、ありがとう。義信少年。お前はもう帰ってもらって大丈夫だ。後は私が送って行こう。」

 私はそう言って、義信少年に挨拶をする。


 「ありがとうございます。申し訳ありません。じゃあ、係長、ゆっくり休んでください。お疲れさまでした。」

 ホールの客席の中なので、義信少年は静かに言った。


 「・・・・・・・。ありがとう。またな。」

 少年、つまり、輝少年は静かにお礼を言った。


 そういって、義信少年はホールを出て行った。


 彼がホールから出て行くのを見て、私も、少年の隣に着席する。

 今はとにかく、雅ちゃんの番を祈って待つしかない。

 少年の隣には加奈子ちゃんが座っている。そのまま一緒にいてくれるだろう。


 最初の何人かの演技が続く。

 そして、雅ちゃんの番。

 課題曲は加奈子ちゃんと同じ、『マズルカ』そして、自由曲は『金平糖の踊り』。

 安定した演技を見せる。


 名前の雅の通り、本当に優雅だな。と見とれてしまう。


 雅ちゃんの演技も太鼓判の拍手を客席からもらう。


 私は少年を見る。

 少し落ち着いてきた様子だ。

 やはり少年には音楽が合う。音楽が流れていれば落ち着いていそうだ。


 「控室に戻るよ。雅ちゃんを見てくる。」

 加奈子ちゃんにそう伝えて、私は控室に戻る。



 深呼吸して雅ちゃんと落ち合った。

 「よくやった、雅ちゃん、私がバタバタしてて本当にすまない。」

 私は素直に謝る。


 「いえいえ、先生。先生のおかげで、ここまで来ることができましたから。」

 雅ちゃんは素直に丁寧にお礼を言う。


 よかった。大丈夫なようだ。

 だがしかし。


 「先生の方こそ大丈夫ですか?いつもと違って、表情が疲れているようで、少しお休みになったほうがいかがでしょうか?」


 「そうか?いつもと変わらないが・・・・・・。」

 さすがは雅ちゃんだな。見抜かれている。

 少し考えて・・・・・・。ちょっと待てよと思う。帰りの車で少年と一緒になる。そうなると事情を知らないと厄介だな。


 「雅ちゃん。」

 私は彼女を呼び止めた。そして。


 「実はな。昼休みに・・・・・・。」


 私は事の顛末を雅ちゃんに話した。

 音楽面でお世話になっている、審査員の茂木先生にあったこと。少年の素性を茂木先生から聞いて、このバレエスタジオに、加奈子ちゃんのピアニストになった経緯を。


 「そういうことだ。それが顔に少し出ていたようで、本当にごめん。私でも耐えきれない、状況がハード過ぎた。」

 私はそう言いながら、雅ちゃんに話した。


 「許せません・・・・。そんなことができる人や大人がいるなんて。橋本さんが加奈子先輩に巡り会えたのが一番良かったと思います。」

 「ああ。私もそう思うよ。帰りの車内、打ち上げ会場まで一緒になると思うけど、どうか気を付けてもらえると助かる。」


 「はい。」


 そんな話をして、私は客席へ戻る。勿論、着替えを終えた雅ちゃんと一緒に。

 少年は少し落ち着いてきたようだ。

 やはり演技は見られなくても、流れてくる音楽で、少し落ち着いてきているようだ。


 中学生部門の発表を終え、審査結果が発表される。

 長い待ち時間だったが、その間に外の空気を吸わせ、もう一度客席に向かう。


 「お待たせしました。中学生部門。結果を発表します!!」


 特別賞、第三位の発表。そして。


 「第二位、準優勝は、藤代雅さんです。」

 審査員の声に雅ちゃんは反応し、私と加奈子にお辞儀をして、壇上へ向かう。


 少年の方を見ると、少し反応したのだろうか、ゆっくりゆっくりと拍手をしている。

 ただ表情は少し硬いようだ。当然である。



 コンクール会場から引き上げる。

 ここの時間までに、加奈子ちゃん率いる生徒会の女子メンバーと無事に合流することができた。


 少年は私の方を見る。

 「あの・・・・・。葉月先輩や、瀬戸会長、それに結花さんまで・・・・・。」

 ゆっくりとした喋り方だ。


 「ああ。せっかくだし、加奈子ちゃんの優勝記念に打ち上げに招待することにした。」


 少年は黙ってスマホを取り出す。


 「ああ。義信少年は、家の都合があるので参加できないそうだ。呼ぼうとしたのだろう?」

 少年は頷く。


 「みんなによろしく伝えてくれとのことだ、さあ、車に乗ってくれ。」

 私は、皆を車に乗るように指示を出し、ホールを後にし、打ち上げの会場に向かった。


 雅ちゃんに事情を話して正解だった。車の中ではほとんど静かだった。

 私は車を走らせ、打ち上げの会場に向かう。



 「着いたぞ、皆、ここだ。」

 打ち上げの会場は市役所だった。この雲雀川市の市役所は、30階建て。雲雀川市でいちばん高い建物だ。

 その最上階、29階、30階にはレストラン街がたくさんある。

 その一つで打ち上げをすることになっていた。


 少年は、その市役所をぼんやりと見上げている。

 「雲雀川の市役所だ、初めてか?この町でいちばん高い建物だ。」

 少年は少し表情に変化が現れた。


 エレベータで最上階に上がる。

 少年、加奈子ちゃん、元生徒会長、葉月ちゃん、結花を同じテーブルに座らせる。

 少年が座っているのは一番窓際の席。

 東京の方と比べて、夜景の規模は小さくなるが、眼下に広がる、雲雀川の夜の街並みの景色が少年の心を助けてくれたようだ。



 少年のことを彼女たちに任せ、私は、今回のコンクールに参加した生徒と保護者を迎える。

 そして、打ち上げが始まる。


 「えー。コンクール、お疲れさまでした。今回は、なんと、藤代雅ちゃんの準優勝、井野加奈子ちゃんの優勝という、素晴らしい成績でした。まずは、二人からコメントをお願いします。」


 雅ちゃんと加奈子ちゃんがそれぞれコメントと感想を話す、その間に。


 「申し訳ない少年。感想は言わなくて大丈夫だ。少し立てるか?」

 「はい。大丈夫です。」

 少年は頷いた。

 その確認を取ったちょうどその時、加奈子ちゃんと雅ちゃんのコメントが終わって、拍手喝さいを受けていた。


 「えーそして、なんといっても加奈子ちゃんを優勝に導いた要因は他でもありません、素敵な伴奏をしてくれた橋本輝君にも大きな拍手を。」

 少年はその場に立って、礼をした。


 「では、次も頑張りましょう、乾杯!!」

 私は、そういって、打ち上げが始まる。


 少年たちが座っている席を見るが会話をしているようだ。

 問題ない。大丈夫だろう。

 話題も、昨日のニュースとかそんな感じの内容が聞き取れる。


 時折、幼稚園や小学生の無邪気な生徒が加奈子ちゃんと、少年の方に寄ってくるが。

 「お兄ちゃんは疲れているみたいなの、ごめんね。」

 そう言って、他の生徒の相手をしている、加奈子ちゃんの姿が見える。

 加奈子ちゃんに習い、他の生徒会のメンバーも同じように少年にかわって対応してくれていた。


 これは本当に、ありがたかった。



 そうして、打ち上げもそろそろお開きの時間を迎える。


 「少年、今日はあれだし、家まで、送って行くよ。ああ、そうだ、ついでだから、このテーブルに居るみんなも家まで送って行くよ。」

 私は少年に話しかける。


 「すみません、ありがとうございます。」

 少年は、ゆっくりとお礼を言う。その瞬間に、再び少年から涙が出た。


 「ああ、大丈夫だ、今日は本当によくやったよ。」


 「「「「ありがとうございます。」」」」

 生徒会メンバーも声をそろえて言った。

 その瞬間に私はウィンクをして、皆頷いた。



 打ち上げが終わり。少年と、花園学園の生徒会メンバーを連れて車に乗る。


 「少年、住所、言えるか?」

 私はそう言って、少年に聞く。

 依然としてゆっくり、弱々しい声だったが、はっきり聞き取れる声だった。

 ナビを入力して、車を出す。


 この町の名前の由来になる雲雀川を渡る。

 「川の向こうからきてるのか。」

 川の向こうは住宅地と農家が広がる。交通量は少なくなり、街灯も少なくなる。

 僅かに残る、街灯と、車のランプを頼りに、夜道を私は走っていた。


 目的地周辺という音声がナビから聞こえてきた。

 畑が広がり、一軒家の明かりが見える。そして、その隣にもわずかながら、建物があるのが分かった。

 「この家か?」

 私は、少年に聞く。


 「はい。ありがとうございました。」

 

 私は車を止め、少年はドアを開けて車を降りる、それと同時に生徒会メンバーも全員車から降りた。


 家のインターホンを鳴らす。


 少年の保護者らしき人が出てきた。男性ということは彼の伯父だろう。

 「輝、お帰り、どうしたんだ?その顔は?まるで、ピアノのコンクールで予選落ちしたとき以上に落ち込んでいるけど。」


 「あの、輝君の保護者の方ですか?」

 「はい、そうですが。」


 「初めまして、バレエスタジオの講師をしている原田と申します。大丈夫です、安心してください。輝君は立派に伴奏者としての役目をはたして、友達のコンクール優勝に貢献しました。ですが・・・・・・。」

 私は、その後起こったことを彼の伯父に話す。

 玄関が騒がしいことに気付いたのが、彼の伯母も出てきて、もう一度今日起きたことを伯母にも話した。


 「あちゃー。」

 「そんな。申し訳ありません。ご心配をおかけして。」


 伯父と伯母は表情を変える。


 「ええ、そんなことがあったので、心配になりましたので、家まで送らせていただきました。」


 「「どうもありがとうございました。」」

 伯父と伯母は頭を下げる。


 「なんか心配だよ、ハッシー、ここに残ります。ウチはすぐ近くなので。」

「私も、輝君のことが心配で。しばらくここにいます、自分で帰れるので。」

 「私も、そうしようかしら。本当にここまで弱った橋本君を見たことないですし・・・・・。」

 「あの、私、ここに、残っていいですか?輝、今日私のために頑張ってくれて。私も家が近いので。」


 コミュニケーション能力の高い順番に、結花、葉月ちゃん、元生徒会長、そして加奈子ちゃんが偶然を装いながら、ここに残ろうとしているのが分かった。


 それを聞いて、少年と、彼の伯父は驚いている。

 「いや、皆さん大丈夫ですよ、あとは俺が何とかしますんで。」


 「あの・・・・。そこまでしなくても、ごめんなさい。ごめんなさい。」

 少年は何が何だかわからない様子だった。


 少年の伯母だけは違ったようだ。

 状況を見回し、生徒会メンバーのそれぞれの持っている鞄が少し大きいように気が付いた。


 伯母は伯父の方に手を乗せ。

 「お言葉に甘えて残ってもらいましょう。輝、今日はお友達と話をしなさい。本当にいい友達を持ったね。輝はそっちの離で暮らしているの。カギは輝が持っているから。さあ、こっちよ。」

 

伯母に案内され、少年たちは、離に向かって行く。

  離か。

 私だけだろうか。心の中でにやりと笑っているのは。


 「あなた、先生にお礼して。輝はもう高校生よ。やっぱり悩み事や隠し事は、私たちよりお友達の方が分かると思うわ。それに、あなたは父親ではなく伯父よ。話しにくいことも当然あるわよ。」

 彼の伯母はそう言って、伯父に指示を出す。


 「そうか。そういうことなら、仕方ねえや。先生、すみません。少し待っていてください。」

 伯父はそう言って、母屋の奥に消えていく。


 「どうも、先生ありがとうございました。これはうちの畑でとれたものですが。」

 伯父からトマトが入った段ボールを受け取る。


 「ありがとうございます。お気遣いいただいて。すみません、私はそしたらこれで。」

 私は頭を下げる。


 「「どうもありがとうございました。」」

 伯父と伯母に頭を下げられ、車に乗り込み、私は車を発進させた。


 「ありがとう。少年。お前は1人じゃないぞ。また、ピアノを弾いてくれ。」

 そう呟きながらアクセルを踏み、車を加速させた。

 


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