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26.暴かれた過去


「そして。橋本輝君。本来であれば君に特別賞を渡すべきだったかな。」

 仁王立ちして、僕たちを待っていたスーツ姿の白髪交じりの男性は、こういった。


 僕の背中が震えている。

 手も、足も震えている。

 言葉が詰まる。


 「あの。先生はこちらの少年とお知り合いなのですか?」

 原田は偉くかしこまった表情をしている。


 「原田君、この男の子のことを知らないで、ピアノ伴奏をお願いしていたのかい?まあ、バレエのコンクールだし、君はバレエの人間だから無理もないか。」

 スーツ姿の男は一段と真剣な表情で声が低くなる。


 「ええ。すみません。私も、その、加奈子ちゃん、つまり、彼女の学校の後輩としか、聞いていなくて、ピアノの演奏を披露してもらって、これは行けると思って、Goサインを出したのですが・・・・・。」

 原田は素直に話す。


 「後輩・・・・・。後輩ねぇ。確か井野さんは高校2年生だったよね。そこは書類に書いてあった。そうなると、橋本君は・・・・・・。1年生?」

 スーツ姿の男性は僕に向かって聞いてくる。


 まずい。僕の震えがさらに止まらない。

 おそらく、この男の質問の意図を完全に理解しているのは僕だけだ。


 僕は頷くことしかできなかった。


 「はい。輝君は確かに、私たちの後輩です。ねえ、加奈子。」

 葉月は頷く僕にフォローを入れる。

 加奈子は素早く頷く。


 葉月と加奈子に申し訳ない気持ちでいっぱいだが、同時に彼女たちに対して、少し反発している心も僕の中にはある。

 だが、怒っても始まらない。

 葉月は知らないのだ。今発した言葉がこの男に対して、火に油を注ぐことになるとは。


 「そうか。高校1年生か・・・・・・・。」

 男は深く考え込む。


 「あの、おじさんどちら様ですか?明らかに困っているのですけれど、特にハッシーと生徒会長が・・・・。」

 その沈黙な空気をいい意味で、壊してくれたのが結花だった。

 これは感謝しかない。


 「ああ。失礼しました。」

 スーツ姿の男性は、胸の内ポケットの中から名刺を差し出す。


 「私は今回、審査員をやらせていただいた、茂木(もてぎ)と申します。」

 そういって、人数分名刺を渡してくれた。


 茂木という男の名刺を見る。

 『茂木博一(もてぎひろかず)』という名前の後の肩書を僕は見る。


 『四ツ谷音楽(よつやおんがく)大学(だいがく)音楽学部(おんがくがくぶ)作曲指揮(さっきょくしき)専攻(せんこう)准教授(じゅんきょうじゅ)』と書いてある。そして。

 『雲雀川(ひばりがわ)交響楽団(こうきょうがくだん)音楽監督(おんがくかんとく)、兼、関東(かんとう)管弦楽団(かんげんがくだん)連盟(れんめい)副理事長(ふくりじちょう)』という肩書がさらに続く。


 しまった。てっきり地元のバレエのコンクールということで、審査員はバレエの人間しかいないと思っていたが・・・・・・・。

 バレエも、やはり音楽を必要とする芸術分野、こういう分野の人間が審査員の一人に存在してもおかしいことではなかった。


 そうなると当然、僕のことも知っているはず。

 僕はさらに息を飲む。


 「茂木先生は私の恩師でもあってね。私がローザンヌやバレエ団に居たころに、指揮をしてもらった先生だよ。今でも、発表会の時は音源を演奏してもらっている時があるんだ。」

 原田はさらに追加する。


 「あ、あの、すみません、そうとは知らずに、いつも発表会の時、本当にありがとうございます。」

 加奈子は頭を下げる。

 確かにそうだ。加奈子の発表会でも、知らず知らずのうちにこの茂木という人物が指揮をしている音源で踊っているのだ。


 「いいよ。いいよ。前途ある若者に踊ってくれるのはこっちもありがたい。お礼を言うのはこっちの方だ。いつもエネルギーが伝わってくる。原田君は本当に昔から良くしてもらっている。」

 茂木は加奈子に笑顔を見せる。


 「で、本題なんだけど。原田君。彼はそういう意味で言うと、僕たちの音楽という分野ではとても有名な子でね。3年前の全日本ピアノコンクール中学生部門で優勝。4年前も確か中学生部門で5位入賞とかだったかな。原田君が、そんなすごい子とどうやって連絡を取ったのか知りたかったのだよ。私ももう一度彼に会いたかったわけだしね。」


 茂木はそう言って笑っている。茂木は笑顔なのだが、僕はとても震えている。

 4年前・・・・・・。


 「係長、そんなすごい人だったんすかー?」

 義信のはしゃぐ声が聞こえる。

 「ハッシー、マジすごくね?」

 結花も一緒に驚いている。

 そんな声がかすかに聞こえる。2人が大声で驚いているはずなのに・・・・・・。


 「輝。ねえ、輝。」

 加奈子が僕を見る。

 「どうしたんすか?係長。」

 加奈子の表情に気付いたのか、義信も僕の方を見た。


 「少年、少年。しっかりしろ!!」

 原田もその様子に驚く。

 無言でただただ一点を見つめる僕。


 「・・・・・・・。4年前・・・・・・・・。中学生部門・・・・・・・。」

 瀬戸会長が何かに気付いたようだ。

 その瞬間、僕は全身に震えが走り、そのまま床に跪いてしまった。目には大粒の涙が一気に流れ込んだ。


 「輝君。輝君。」

 葉月は僕の背中をさする。



 「茂木先生!!」

 原田が驚いた表情を見る。

 「ああ、そうだな、場所を変えよう。歩けるか?橋本君。」

 茂木が僕に向かって手を貸してくれた。


 茂木が僕の手を引っ張り、原田と義信が両手両肩を支える形で、僕を立たせてくれた。


 そのままの足で、『雲雀川オペラシティ』の喫茶店へ入る。


 僕をゆっくりと席に座らせてくれる。

 「すみません。ありがとうございます。」

 僕はみんなに頭を下げる。


 「気にするな。まあ、突然、床に跪いてしまったので、驚いたが。喋れるか?」

 原田の言葉に僕は頷く。


 僕は深呼吸する。


 「あの・・・・・。何かの間違いでは。さっき、4年前の中学生部門と言いましたけれど・・・・・・・。瀬戸会長の言葉にハッとしました。それだと輝は小学生になってしまいます。」

 加奈子が瀬戸会長の言葉にハッとしたかのように、思ったのだろう。

 さすがは成績優秀な加奈子だ。


 その言葉にみんながハッとする。

 特に同学年である、義信と結花が激しく反応する。


 「ちょっと、どういうこと、だって、ウチら、同じ学年よね。」

 「そ、そうっすね。今年の一年生から共学されたのだから。」

 結花と義信がそう言う。


 「いや、確かに4年前と3年前だと思ったなあ。僕が全日本ピアノコンクールで同じように、審査員で、彼を見つけたのは・・・・・。うーむ。でも橋本君が高校1年生だから・・・・・・。みんなの意見の方が、間違いなのだろう。3年前と2年前なのかな・・・・・。」


 茂木はそう言った。


 僕は首を振る。

 「どうしたの。輝。」

 「どうしたんだ、少年。」

 僕は黙ったままだ。だがここで黙っていると何も始まらない。


 「も・・・・・・。も、茂木先生が正しいです。」

 僕は口を開く。


 「え?どういうこと?」

 「橋本君、でも、それだと計算が合わないわよ。」

 葉月と瀬戸会長が言った。



 「け、結論を先に言うと。本当は、葉月先輩と加奈子先輩と同い年で、本当は高校2年なのです。」

 ゆっくり一言で言った。

 皆に伝わったようだ。


 みんな、唖然としている。


 「どういうこと?」

 葉月が重い口を開く。


 「何があったんだい?」

 茂木はゆっくり口を開く。


 深呼吸する。

 「前の、高校、退学になったんです。強制的に。」


 ゆっくり、ゆっくり僕は話した。

 安久尾にはめられ、カンニングの濡れ衣を着せられたこと。さらにそこから、万引きやみだらな行為も擦り付けられたこと。


 弁明の余地が一切なかったこと。


 なぜなら、前の高校の理事長は安久尾との関係が深い人物で、与党の幹事長の弟が取り仕切っていること。安久尾の伯父も、安久尾建設という会社の社長で、安久尾の父親も国会議員だということ。


 そして、さらに根は深く。全日本ピアノコンクールの審査員も金で買収し、中学3年の地区大会を、僕ではなく安久尾に優勝させ、僕は予選落ちさせたこと。


 「ごめんなさい。ごめんなさい。」

 僕は大粒の涙をこぼしながらすべてを話した。


 「本当は話さなきゃいけなかったのですが、なかなかできなくて・・・・・・。本当にごめんなさい。・・・・・。」

 そのまま僕は泣き崩れてしまった。

 男なのに恥ずかしい。



 話を進めるごとに、原田、茂木。そして、加奈子、瀬戸会長、葉月、結花、さらに義信の表情がものすごく険しくなる。


 「さ、最低。」

 結花は少し過呼吸気味になりながら、涙をこぼす。明らかにいつもの結花ではない。


 「なんだそれ!!絶対に許せねー。係長は、係長は。コンニャロー!!ぶっ潰してやる。」

 義信は席を立ち、勢いよく。喫茶店を出ようとする。


 「待ちな!!」

 原田がそれを全力で止める。


 「なんで止めるんすか?」

 義信は原田に言ったが。


 「あたしだって悔しいさ。今すぐにでも殴り飛ばしたい気分だ。もしも、自分のバレエスタジオの生徒がこんな目に遭ったときを考えると居ても立っても居られない。少年はもう、うちの生徒だ。本当であれば今すぐにでも殴りに行きたい!!

 だが考えてみろ!!相手は、与党の幹事長と、外務副大臣がバックにいるんだ。実力ではなく、大金を簡単に使って、こんな実力のあるライバルを地の底まで叩き落して、さらに追い出した人物だ。今君が行っても勝ち目はないよ。捕まるだけだ。」

 原田は息を殺しながら、ものすごく低い声で、義信を戒める。ちなみに外務副大臣とは安久尾の父親だ。

 義信は少し考えて。


 「申し訳ないっす。すみません。」

 そういって席に着く。



 「なるほど・・・・。これで謎が解けたよ。

 私はずっと全日本ピアノコンクールの審査員をしていた。3年前、中学2年生だった橋本君は、満場一致で優勝だった。そして、その地区にシード枠を設けた。


 だがその翌年、橋本君は中学3年生の時の、ピアノコンクール。全日本コンクールに勝ち上がっていたのは君ではなく、安久尾君だった。


 橋本君を負かせることができるということはきっとすごい演奏をしてくれると思ったが、彼の演奏ははるかに去年の橋本君を下回る演奏だった。

 シードで枠を増やして、安久尾君と一緒に、勝ち上がってきた子たちもそうだ。一体何が起きたのかわからなかった。

 橋本君はこんな奴らに負けてしまったのかと思った。もしかするとピアノを辞めてしまったのかとさえも思った。

 

 審査員全員がグルだったとはね。


 橋本君は中学3年の時にコンクールの成績が少しでも良ければ、音楽高校にも推薦で入れたのだけれど、賄賂という誘惑に負けた審査員たちのせいで、その道が絶たれてしまったな。

 当然、安久尾という人物も、地区大会はその金で優勝できても、全国コンクールであまりいい成績を残せていないから、当然、音楽高校の推薦もなし。


 不運にも君たち二人は同じ高校で出くわしてしまったわけだ。」

 茂木はコーヒーをすすりながら、ふうっとため息をつく。


 そして、茂木は、机に両手をついた。

 「すまなかった。君に辛いことを思い出してしまった。本当に申し訳ない。だが、ピアノを辞めずに続けてくれていたことが本当にうれしい。君の将来が明るくなるように協力することを約束しよう。

 困ったことがあれば、渡した名刺に連絡をくれ。私からも原田君を通して、連絡するかもしれないが・・・・・・。」


 そういって、茂木は深々と頭を下げ、席を立つ。


 「君の食事代は私が支払おう。ここにある料理は残しても構わない。本当に今までよく頑張ったよ。今日は本当にすまなかったね。原田君、君にも申し訳ないことをした。引き留めて悪かったよ。私は、中学生部門の審査員のミーティングがあるからこれで、失礼するよ。ゆっくりしてていいからね。」


 そういって、茂木は再び頭を下げて、食事代を支払い、喫茶店を出て行った。


 何も対応できず。ただただ、涙を流す僕。


 「輝・・・・・・。」

 加奈子は僕の背中をさすってくれる。


 「それで、引きこもるようになって、逃げるように伯父さんの家に来たのね。」

 瀬戸会長は冷静に言った。


 「パパは教えてくれなかったな。ごめんね、輝君。気付いてあげられなくて。」

 葉月は一緒に涙を流しながら僕の方を見る。


 「っうん。」

 僕はただただ息を詰まらせ頷くことしかできなかった。


 「・・・・・・。絶対に、絶対に、許せない。輝をこんな目に合わせて。」

 加奈子は鋭い眼差しにかわった。

 


 加奈子の手が僕の背中から離れ、代わりに葉月が僕の背中をさすってくれる。


 「落ち着いた。輝君。泣いていいんだよ。今日は。悔しかったね。」

 「そうよ~。かわいい後輩だもん、今日は頑張ったし、沢山甘えていいのよ。」

 葉月と瀬戸会長は、そういいながら僕の目を見つめる。


 「ハッシー。絶対、絶対いいことあるから。だから・・・・・。」

 結花は訳が分からず、言葉が出ないのか、一緒にいてくれる。


 「ご、ごめんなさい。今まで黙っていて。ほ、本当は話さなきゃいけないと。」

 僕は、息を詰まらせながら、気持ちを全て伝える。


 「うん、うん。わかったから。私たちだって、絶対に許さない。その安久尾とか言う人を・・・・・・。」

 葉月はそう言いながら、僕に寄り添ってくれた。



 原田は腕時計を見て、時間が迫っていることに気付く。

 すぐに立ち上がり、急いで、今後のプランを練り上げていた。


 原田は僕の肩に手を置く。

 「すまない、少年。中学生部門の練習が始まる時間だ。いつまでも雅ちゃんを待たせるわけにはいかないので、私は行くぞ。料理はゆっくり食べていてくれ。勿論、茂木先生のいう通り、残してくれて構わない。

 そして、温かい、ミルクティーを注文しておく。ゆっくり飲むといい。

 すまないがお前たち私と一緒に一瞬来てくれるか?

 少年、一瞬一人にさせて申し訳ないが、ここで待っていられるか?」


 僕は頷く。


 そうして、僕は1人テーブルに残されたが、何も料理を食べる気がしなかった。


 原田の言った通り、ミルクティーが運ばれてくる。

 僕はそれを冷まそうとしているが、たとえ冷めても全部飲む気になれなかった。


 ただただ、沈黙の時間だけが過ぎて行き、僕の目から涙が止まらなかった。


最後まで、ご覧いただきありがとうございます。

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 1.忍者翔太朗物語~優秀な双子の兄だけを溺愛する両親のもとで奴隷のような生活をして育った忍者のお話~URLはこちら↓

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