17.小さな発表会
レッスン室の扉が再び開く。
「ヨシッ。お前たち、お取込み中失礼だが、時間だ。私についてきてくれるか?」
加奈子は頷く。
そして、僕も頷き、原田に言われるがまま、原田と加奈子の二人についていく。
案内されたのは、どうやらこのバレエスタジオでいちばん大きなレッスン室だった。
レッスン室の入り口側には椅子が並べられ、すでに子供達や保護者が何人か座っている。
奥側は広いスペースがあり、誰かがこれから発表しようとする雰囲気だった。
「じゃあ。少年。加奈子ちゃんと一緒にここに座って、またしばらく、待っていてくれ。」
原田はそう言って、僕と加奈子を一番前の列で、しかもその最前列の、一番奥から2番目と3番目の椅子に座るように促した。
そこから待つこと、さらに15分。その15分の間に、このレッスン室はこのバレエスタジオに通う子供とその保護者がさらに集まった。
といっても、椅子の数は3分の1ほど空席があるが、それでも人数が多いことに変わりはない。
やがて、原田がやってきて、レッスン室の奥側、つまり仮説のステージのような場所の中央に立った。
「皆様、日ごろからこのバレエスタジオを支援していただきありがとうございます。ただいまより、バレエスタジオの発表会を開催させていただきます。発表者は、明日からのゴールデンウィークに行われます、コンクールに出演される皆さまです。どうぞ、日ごろの練習の成果を十分に発揮しますので、盛大な拍手で迎えてあげてください。そして、送り出してあげてください。よろしくお願いいたします。」
レッスン室が拍手で盛り上がる。
原田はやはり生徒や保護者の前なのだろう。いつもの話し言葉ではなく、丁寧な口調で、挨拶をしていく。
「発表会ですか。」
僕は加奈子に言った。
「そうなの。驚かせて、ごめんね。このバレエスタジオは発表会やコンクールの前日に、お父さんやお母さん、そして、他の生徒に見せるための発表会を開いているの。目的は色々あるけれど、緊張を少しでもほぐすためかな。」
加奈子は笑いながら応える。
「黙っていてすまなかったな、少年。どうだろう、コンクール前最後の練習だと思って、加奈子ちゃんと一緒にやってもらえないか。そして、キミも他の生徒のバレエも楽しんで見て行ってくれ。ここは、さっきも加奈子ちゃんが言ったように、みんなの緊張をほぐす、つまり君の緊張もほぐす、そういう場所だ。」
原田は、ウィンクして、笑いながら言った。そして、僕の隣、つまり、最前列の一番奥の端の席に座った。
僕は静かに頷いた。
そうして、原田の司会進行のもと、この大型連休のコンクールに出場するバレエスタジオの生徒たちのお披露目が始まった。
最初は、小学生からだった。
しかも、見るからに小学校低学年くらいの子がバレエを披露していく。
凄い。小学生が緊張せずにやっているよ。
僕の心はだんだんと楽しんできている。
そして、バレエを披露していく子たちの学年がどんどん上に上がっていく。
そして、中学生のお披露目が始まる。
うん。中学生くらいになると、やっぱりスタイルもよくなって、動きにキレが出てきているな、きっとさっき披露した小学生の子たちは、この子たちを目標にして頑張るのだろうな。
僕はそう思った。
「それでは中学生最後の発表者は、藤代雅さんです。」
原田の視界の言葉に促され、中学生最後の発表者である、藤代さんが現れる。
藤代さんの衣装は純白のチュチュで、まさに王道のバレリーナだ。
出てきた瞬間に、おおっ。と僕はなる。
藤代さんは一瞬、加奈子の方を見て頷いた。
「なんかすごそう。」
僕はつぶやく。
「お目が高いな。少年。うちのバレエスタジオのナンバー2。加奈子ちゃんのライバルだな。」
原田が言った。
「そうなの。いつも私を目標にしてくれる。」
加奈子はそう言って、真剣な表情で、藤代さんの演技を見つめた。
課題曲は、加奈子と同じ曲を選択している。加奈子と同じか、いや、それ以上にいい動きをしているような気がした。
自由曲は『くるみ割り人形』の『金平糖の踊り』。本当に王道という感じで、カッコいい。
加奈子がプリンセスなら、藤代さんは女王なのだろうか。
確か、実際の『金平糖の踊り』も女王が一人で踊るんだよな。と思いながら、藤代さんの演技を見た。
年齢は、加奈子より藤代さんの方が後輩であり、それを加味して総合的にみると、加奈子の方が上になってくるように見えるが。バレエダンス素人の僕が見るに、加奈子と藤代さんはそんな大差ないように思えて、彼女が高校生になったとき、プリンシパルの座を奪われるのでは?とも思ったりした。
そうして、藤代さんの、勢いがある演技は終了した。
会場からは今日いちばんの溢れるばかりの拍手の音が包み込む。
そして、藤代さんはそれに答え、胸に手を当ててお辞儀をし、さらにチュチュのスカートをたくし上げて、お辞儀をした。
お辞儀をし終わった後、藤代さんは加奈子の方を見てウィンクした。
まずい。それを見て僕は少し緊張する。
上手く、加奈子と合わせられるか・・・・・・。
そんな中で、高校生の演技が始まった。
だが、僕は、高校生の演技は僕の目に何も入ってこなかった。まずい、こんなに大勢の人の前で、ピアノを弾くのは本当に久しぶりだ。
どうしよう、僕のせいで、プリンシパルの座が加奈子ではなく、藤代さんになってしまったら。
そんな思いがこみ上げてくる。
そして。
「皆様、お待たせしました。本日のメインイベントにして、本日最後の発表者。ずっとこの教室に通って来てくれている、この教室に通う、みんなの憧れ、井野加奈子ちゃんの演技になります!!」
原田はニヤニヤしながら司会を進める。
会場からはわーっを拍手が自然に沸き起こる。
「毎回、圧巻の演技をしてくれますが、今回はその演技にさらに拍車をかけた、史上最強の助っ人をご紹介します!!橋本輝君です。拍手。」
僕はロボットのように立ち上がる。
原田の言葉に溢れるばかりの拍手がさらに湧き起こる。
「それでは、史上最強コンビの演技にご注目ください。」
まずい。とても緊張している。
だが、僕の肩に誰かが、手を乗せて、背中が温かくなる。
「緊張しなくていいよ。私を信じて、大丈夫。藤代さんなんかに負けない!!輝、お願い。輝が居れば私は・・・・・。輝、私を信じて。」
加奈子の顔を見る。
これから、踊りたくてたまらない目だ。
藤代さんなんかに絶対負けない。
ここで負けたら、コンクールでも負けてしまう。絶対プリンシパルで居続けたい。
そんな、加奈子のきりっとした表情だった。
僕の心臓の音が聞こえなくなった。
足が自然と前に出る。
そうだ。思いっきり楽しもう!!
きっと、加奈子の魅力をもう一度見て、生徒会の演説に生かせそう。
余裕が出てきた。
「ありがとう。」
加奈子に言った。
「うん。」
加奈子はウィンクして、そういって、僕をピアノに促してくれた。
さあ。始めようか。僕たちの、うちのプリンシパル、井野加奈子の演技を。
加奈子は僕の方を向いて合図を出した。
『ワルツOp70-1』。最初の音。
それが出た瞬間、よし。行けるぞと思った。
加奈子が指示した、テンポ。
加奈子はそれに見事に合わせている。
課題曲二つ目、『マズルカ』。
もう少し詰められる内容ではあったが、やはり他の生徒よりもキレがあり、安定した動きを見せる。
一瞬、客席の方を見る。
客席の皆は、僕たちに食い入るように見ている。
「すごい。さすが加奈子ちゃん。」
「ピアノの子もすごい、プロだよね。」
「このテンポで付いていくなんて。ピアノと言い、バレエと言い、本当に一流だよ。」
そんな声や表情がかすかに聞こえてくる。
さあ。観衆を虜にしたところで、自由曲。『ワルツOp42 大円舞曲』。
思いっきり全力でやってやるぞ!!
少し走っているか・・・・・・。
いや大丈夫だ。加奈子は付いてきているし、さらにキレのある動きが増してきている。
これはいける、これはすごい!!
加奈子も、僕も楽しんでいた。
本番は明後日というのに、凄く楽しんでいた。
最後、フィニッシュに向けてこの曲の勢いが増して来る。
そして、勢いが増してきたところで、フィニッシュを決めた。
はあ。はあ。よかった。
一時は緊張したが、加奈子がそれを取り戻してくれた。
「ブラボー!!」
誰かが叫ぶ。
そして、それと同時に、溢れるばかりの拍手に迎えられた。
僕は加奈子と握手をする。
「ありがとう輝。本番もこの調子でお願い。」
「はい。」
そういいながら、握手を交わして、さらに拍手が大きくなった。
「いや~ぁ。素晴らしかったです。さすがといっていいほどの加奈子ちゃんの演技でした。」
原田は立ち上がり、司会を進める。
「さて、今日の発表会の感想をお聞きしましょう。感想は勿論、ここに、初めて来てくれたゲストでもあり、本当に素晴らしい演奏を加奈子ちゃんと一緒に見せてくれました、橋本君にお願いします。今日はどうでしたか?」
原田はそう言いながら、僕に話しかけてきた。
会場は溢れるばかりの拍手をして、僕が話そうとすると、その拍手は鳴りやんだ。
「あの、ありがとうございました。久しぶりに、音楽で楽しめた、そんな時間でした。僕自身もみんなの前でのピアノの演奏は、1年ぶりくらいで、凄く久しぶりで、緊張したのですが、加奈子先輩がすごく頑張ってくれて、そして、この教室に通っている、小学生の皆もすごく頑張っていて、パワーをもらった。そんな気がします。ありがとうございました。」
僕は頭を下げた。
そう、本当に楽しかった。頭を下げた瞬間に、会場から拍手が沸き起こった。
「あの、他の曲もピアノ、弾けるんだよね?」
原田は僕に聞いてきた。会場の皆に聞こえるように聞いてきた。
「は、はい。」
僕は頷く。
「どうだろう。よろしければ、コンクールに出場するメンバーの壮行会も兼ねているので、エールといっては何ですが、アンコールで何か弾いていただくことはできないでしょうか?」
突然の原田の質問に戸惑ったが、何だろう、みんなの拍手と加奈子の力に後押しされて、無性にピアノが弾きたい気持ちになっていた。
拍手が沸き起こった後。
「アンコール、アンコール、アンコール」
という声がする。
僕は少し照れたが。
「ありがとうございます。では、みんなからパワーをもらったので、お返しに、エールを贈りたいと思います。課題曲が、『レ・シルフィード』ということなので、そうですね。みんなが一度は聞いたことがあるショパンの曲を2曲やってみようと思います。加奈子先輩みたいに、いつか僕のピアノで踊ってくれる人が一人でもいることを願って、弾いていきたいと思います。」
僕は再び、皆の拍手に送りだされて、ピアノへと向かった。
1曲目。ショパン『ワルツOp64-1』。通称『子犬のワルツ』。
「ああ。やっぱり。」
「知ってる。知ってる。」
という声が会場から漏れる。
僕は勢いのまま、『子犬のワルツ』を弾いていく。
客席はいい感じに僕に引き付けられていた。
『子犬のワルツ』が弾き終わり、1曲目から拍手が沸き起こる。
少し息を整えて、2曲目。
本当は弾きたくない自分がいる。この曲は中学3年の時のピアノコンクールの曲。つまり、安久尾に1位を奪われてしまったときの曲。
もう弾きたくない、そう思ったが、加奈子と出会い、そして、この教室の皆、そして、生徒会の葉月、瀬戸会長と出会い、もう一度、弾いてみたくなった。
自信がない。でも今なら。
ショパン『ポロネーズOp53』。通称『英雄ポロネーズ』。
落ち着いて、最初の音を弾く。
よし、行けそうだ。休符を少し長くとりつつ、勢いを増していく。もっと行ける。もっと行ける。今なら。
そう思いながら進めていく。
そして。
誰もが知っている主題に入ると。会場からは再び頷きの声。
「ああ。」
「知ってる。知ってる~。」
「聞いたことある~。」
そんな会場の声が自信につながり、安久尾の一件もあり、少し長い曲がさらに長く感じたことがあったが、繰り返される主題の部分をまた聞きたいという聴衆が味方になってくれたのだろう。
何とか、最後まで弾くことができた。
弾き終わり立ち上がった瞬間。僕は大きな拍手に迎えられていた。
何かを乗り越えられた。そんな瞬間だった。
僕は原田と加奈子の方を見た。
原田は親指を立てて、にっこりしている。
加奈子は教室の子供たちと一緒に、無邪気に拍手をしていた。
「ありがとうございました。橋本君のアンコールでした。」
そうして、僕は席に戻る。
そして、保護者の代表と思われる人物が出てきた。
「原田先生、そして、沢山の先生方、今日までご指導ありがとうございました。今日、この機会、他の子たちと刺激を受け、切磋琢磨しながら、コンクール、そして、これからもまた頑張れそうです。これからもよろしくお願いいたします。いつもは発表会のステージ上で渡していますが、今回はコンクールということなので、一足早いですがここで、感謝の気持ちをお渡しします。」
そういって、花束を原田に渡した。
「ありがとうございます。それではコンクールの壮行ということで、円陣を組んで終わりにしようと思います。出演者はステージに来てください。」
原田の招きに、皆が応じる。
当然、加奈子も、その円陣の中に入っていく。
「何ボーっとしているんだい、少年。キミも入るんだよ!!」
原田は僕を円陣に招く。
加奈子、そして藤代さんが、笑顔で迎えてくれ、加奈子と藤代さんの間に入る。
「今回も加奈子先輩に負けてしまいました。橋本さん、貴方の素晴らしい力によって。本番、加奈子先輩をよろしくお願いします!!」
藤代さんは、そういって、僕に握手を求めてきた。
「ありがとう。とてもうれしいです。」
僕は笑顔で、握手を交わして、円陣の中に入っていった。
「それじゃ、コンクール、笑顔で楽しく、頑張るぞ~!!」
「「「「おーっ!!」」」」
原田の掛け声に、円陣の仲間たちが盛り上がった。
そして、拍手で終わった。
円陣を組み終わった後も。
「いやぁ~。すごいものを聞かせてもらいました。ありがとうございました。」
「おにーちゃん、すごーい。」
「いやいや。感動しました。」
そういいながら、何人かの人と握手を交わして、原田に見送られながら、スタジオを出て行った。
「輝、本当に今日は、そして、今まで、私の我がままに付き合ってくれてありがとう。本番、明後日。よろしくね!!」
加奈子はそう言って、僕を見送ってくれた。
加奈子は衣装に着替えているので、当然、着替えてから帰ることになる。
「はい。僕の方こそ、ありがとうございました。とても楽しかったです。」
「おにーちゃん、バイバーイ!!」
加奈子、そして、その後ろから、小学生の生徒たちが見送ってくれた。
僕は自転車をこぎだし、夜道を走り、伯父の家へと帰路に就いた。
最後まで、ご覧いただきありがとうございます。
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